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1章:失踪の川

11日目.盲捜

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 もしもこのトライで霧の正体を突き止めた場合、脱出出来なかった人がどうなるかは分からない。戻って来られるかもしれないし、最悪の場合は……。
 ここに来る前に最新の行方不明者の数は確認してきた。今から俺のやるべきことは行方不明者全員を無事に霧から逃がすこと。一度水没したらその日は戻れないことを考えると、早急に呼び集めて待機してもらう必要がある。

 「今日は調査じゃない。救出を目的として準備した。起動……。」

 俺はバッグから赤く点灯する懐中電灯を取り出し、真上へと投げた。
 目的もなく彷徨うなら、何かある方向に向かうのは生物の性。この霧の濃度なら、赤が一際目立つだろう。
 これまでの調査で、霧の中での移動距離は実際の移動距離と同じであり晴れた時に戻ってくる場所と同じである事が分かった。
 川から離れていて一番足場がある橋の下なら、安全に人を集めることができる。







 「誰かいますかー!」

 「はい!こちらの安全は確保出来ています!」

 そう呼びかけると、最後の行方不明者の影が迫ってきて、次第に姿が確認出来た。
 俺は印刷してきた行方不明者名簿と、集まった人の数、特徴を確認する。
 
 「良し。……それでは、そこから動かないでください。一時間以内に、霧から脱出できます。自分はこれからまだ行方不明者が居ないか確認してきます。」

 そう言い残して、俺は彼らを置いて歩き出した。新たな行方不明者が居ないかの確認も理由であるが、まだ俺にはすべき事が残っている。霧を発生原因を突き止めることだ。



 かなりの距離歩いたが、これ以上行方不明者は居ないようだ。そして、ずっと変わらない景色が続いている。
 
 「……何も無さ過ぎて考察も出来ないな。」

 そう呟きながら足を進めていると、川が近くなった。距離感は何となく掴んでいるが、危険なので離れようとした時、異変は起こった。

 「嫌な予感がする……。」

 突然、これまでにない程の激流が流れ始めた。激流は終わりの前兆。避難させた行方不明者はこの川の影響を一番受けにくい場所に居るため、大丈夫だろう。
 ただ、俺は逃げられない。逃げる必要もないだろう。

 「目的の一つは達成済み。これだけなにもないと、幽閉先が一番怪しい。……延長戦と行きますか…。」

 そうして、俺は川の流れに呑まれ、意識を失った。







 この五日間、交番には行方不明者が見つかったという報告が次々に舞い込んできていた。あるお昼休憩のこと。
 
 「連続失踪事件の行方不明者が一気に見つかるなんて、全く真相が見えてこないが素晴らしいな。そう思わないか?風波。」

 先輩警官にそう言われ、夕焚は応えた。

 「はい。不思議なことがあるものですね。行方不明者の方々は何も言及してないですし……。」

 「そうだな。人為的な事件なのかも分かっていない。ひとまずは、肉体的にも精神的にも被害が無くて良かった。そろそろ仕事に戻るぞ。」

 そして、先輩警官は室内に戻って行った。夕焚は一連の流れについて、何をしたのかは分からないが、誰が見つけたのかは想像が出来ていた。

 「蓮斗さん……。」







 「ここは……」

 意識を取り戻すと、俺は暗い洞窟のような場所に居た。先程より霧の濃度が低く、奥までしっかりと確認出来る。
 こんな洞窟が地元にあった事を、俺は知らない。存在するかも分からない。
 
 「進む以外ないな……。」 

 水が流れる方向に、俺は足を進めた。



 しばらくすると、天井から日の光が差し込み、植物が広がっている空間に着いた。そこには一輪、川での記憶を思い出す花が咲いていた。

 「シロバナタンポポ……。」

 思い返してみれば、俺が初めて見つけたシロバナタンポポも、風雨にさらされた後に激流に飲まれた。
 台風で正面を堂々と立って見れず、前が見えていない。半ばこじつけな気がするが、色々と一致してしまう。
 あの日を再現するかの如く、こいつは咲いているのだ。

 「とんだ怪奇現象に巻き込まれたものだよ……慣れてしまったけどね。」

 俺は花にもっと近付いて、見つめた。何処か儚げに感じるが、気のせいなのだろうか。
 
 「……まぁいいか。霧については何も迫れなさそうだ。」

 シロバナタンポポは一旦置いておき、俺は調査を再開した。
 


 「これで恐らく全て……。何も無いな。強いていうなら……」

 洞窟内を一通り見て回り、俺はまたシロバナタンポポの生える周辺に目を向けた。やっぱり、それしか考えられない。
 ただ、何をするべきか見当が着かない。そう迷っていると、急に足に痛みが走った。

 「ぐっ…!何だ急に……!」

 身体張り裂けそうな強い激痛が急に襲ってきたが、すぐにそれは治まった。

 「はぁ……何だったんだ急に…。休みなしで歩き回ってるのが駄目だったか…?」

 そう色々と考えていると、不自然にある“声”が聴こえた。

 『来たのね……少しは昔のような君になってくれた…?……楽しそうね…私にも…未……』

 しかし、言い切る前にその声は掻き消されてしまった。この声…聞き覚えがある。

 「……!あの夢の声……。」

 失踪の川の事を伝えた、あの夢の声にそっくりだった。
 他のところに異変はなく、やはりシロバナタンポポだけが異質だという結論に至った俺は花を摘み取り、観察を始めた。
 
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