マナイズム・レクイエム

織坂一

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“赤いもの”を見て青年は剣を取る

“赤いもの”を見なくていい生活

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俺はもう一生、“赤いもの”なんて見なくていいと思っていた。


大好きな彼女もそう言ってくれたし、俺自身、彼女の髪と瞳の色以外に“赤いもの”なんて見たくもなかった。
“赤いもの”が俺に思い出さみせるモノ――それは2年前、戦場で見てきたあらゆるもの全てである。

街を炎で焼くあか
血に転がった死体が流す血の色あか
見知った仲間達が苦しみ悶えながら、傷口から流す血の色あか
なにより、敵の制圧が終わった後の俺の手も血で赤く染まっていた。

俺はそんな赤い色が大嫌いで、戦場にいることが非常に苦痛だった。
故郷に帰ったって出迎える家族などいやしないが、俺はそれでも良かった。
こんな残酷な“赤いもの”を目にしなければなんでもいい。

3年間の徴兵期間は俺の精神と肉体だけをすり減らし、同じく戦場で戦った仲間は無慈悲に死んでいった。
無論、敵も死ぬには死ぬが、それでも末端の軍人である俺達が誰かを葬り去ることなど早々ないわけで。
むしろ敵の死体を拝むよりも、自身や仲間の血が飛ぶ光景の方が断然多かったのだから。

結果、リアムと言う軍人は足に怪我を負ったのを機に、2度と凄惨な戦場へ姿を現すことはなかった。
足の怪我こそ大したことなかったが、俺に問題があったのは精神こころの方だ。

軍医からの診断を受け、戦場にいること自体不可能だと言われた以上、もはや戦場ここに軍人おれの居場所などない。


「でも、結果オーライじゃないの。そんな地獄から戻ってこれたんだから」


戦場じごくから戻ってきた俺を出迎えたのは、幼馴染であるマナ。

マナと俺の住む村は辺境の地にあるが、不幸なことに俺は国から徴兵令を受け、そのまま戦場へと送りこまれた。
しかし2年前、俺は先にも言った通り、足に銃弾を受けたことに俺は軍を退役。以降は故郷へ帰郷していたのだ。

俺には身内などいないし、ある理由もあって村で出迎えられるような存在でもない。
むしろ戦場でくたばってくれと思う村人が多い中、マナだけは俺を泣いて出迎えた。

村に戻る前、一応帰郷することを手紙でマナに知らせていたが、実際3年ぶりに再会したマナは俺に泣きついて離れなかった。

良かった、あなたが無事で。
ずっと、あなたの帰りを待っていたんだから。
散々泣きながら俺に抱き着く姿は、当時17歳らしい歳相応の反応だった。

俺はマナを抱き返し、彼女が泣きじゃくる間、代わりに頭を撫で続けた。


ただいま、無事に帰ってこれたよ。
また君に会えて、俺も嬉しい。
そう言葉を交わした後、マナは俺の胸に埋めていた顔を上げてはこう言った。


「もう一生、赤いものなんて見なくていいんだよ」


そう儚く笑う彼女の姿が、2年経った今でも鮮明に思い出せる。
昨日のことのように。いや、今さっき起こった出来事かのようにだ。

この2年間、俺は負傷した足と精神をひたすら治療し続けていた。
治療とは言え、特別珍しいことをすることなく、ただマナと平穏な毎日を送っていただけである。
しかし、そんな些細な毎日が俺にとってはなによりの良薬だった。


「ねぇ、リアムは将来子供とか欲しい?」

「こど…も……?」

「うん」


そう、こんな洒落も言えるほどに。
マナはいつものように愛らしく笑うも、俺にとっては嫌な話だ。
だから、口から出た言葉は今にも落ちて割れそうな卵のように危うく、実際俺は苦虫を噛んだ心地でいた。


「残念ながらお断りだ。そもそも俺の祖先が東洋人だってのをいい理由に、この村のジジババ共は一族もろとも酷い扱いをしてたんだぞ? そんな苦痛を自分の子供にも味合わせろだって?  嫌だね。マナとの可愛い子どもなんだから」

「あははっ、確かにそうね。でも待ってリアム。いつ私との子供って言ったの?  私だってこの見た目で親から酷い扱いを受けたのよ?  なら大事な自分の子供に辛い思いをさせたくないわ」

「……そうだよなぁ、残念な話だ」


そう、二重の意味で。

俺の先祖は東洋の生まれなのだと親父達家族は自称していて、この国では珍しく俺は黒髪黒目と言った風貌であった。
それは両親も同じだし、祖父母もそうである。

しかし、この村の人間は他所から来た人間を迎え入れず、元々住んでいた村が抗争に巻き込まれて逃げてきた俺達一族を村から追い出そうとしたのだ。

だから俺はこの髪と目の色は嫌だったし、軍にいたときも一部の同僚からは嘲笑の的だった。

今までの経験から吟味するに、こんな迫害を大事な我が子に味合わせたいなど思わない。それはマナも同じである。

マナはこの村の生まれだが、俺とはまた違う特殊な理由があった。
その理由と言うのが、両親のどちらとも髪と瞳の色が似なかったこと。

マナの両親は、栗色の髪に薄く透き通った碧い瞳が特徴的だった。
しかしマナだけ髪と瞳の色が赤く、それが原因でマナは実の両親から虐げられていたと言う過去がある。

だから俺ら2人に共通して言えることは、「産まれてくる子供が可哀そう」と言う結論だけだ。
個人な我侭よくを言ってしまえば、俺とマナの間に子供が産まれないと言った現実も悲しい。

なんにせよ、こんな軽口が叩ける以上、俺達2人は自身の抱えるコンプレックスや過去を解消出来ていることを実感する。


「でも親御さんとは和解できたんだろ? 今はお姉さんが別の土地に嫁いで行ったから一緒について行ったとは言え」


「うん、まぁ。でも私はリアムの帰りを待ちたいからここに残ったわけだし」

「それについては、ありがとう……」

「どういたしまして」


照れる俺の頭を背伸びして撫でるマナ。
俺は先程からしていた鳥籠の掃除を終え、餌皿に新しい餌を敷き詰める。

すると俺の後ろでマナと遊んでいた小鳥のルルが、部屋の壁の隅に立てかけてあった古びた刀剣の元へと飛んでいく。

マナは「こら!」とルルを叱り、そのままルルを確保。俺はその様子を見ていたが、苦々しい面持ちでそのやり取りを見ているしかなかった。

なにせ俺が村八分にされていたのは、祖先が東洋人だからと言う理由だけでない。
もう1つだけ、忌み嫌われる理由があったのだ。

それが、俺の一族が英雄に焦がれていたからである。

この家の壁に立てかけてある古い刀剣は、俺の祖父母が一族の宝だと守ってきた刀剣である。
祖父母や両親の話によれば、俺らの祖先はこの刀剣1つでありとあらゆる敵を斬っていったと言う。
剣1本で戦場に立ち、数多の敵を屠り、さらには故郷の人々を平和に導いた――そんな胡散臭い英雄譚を俺は幼い頃から散々聞かされていた。

しかし実際使っていたと称される剣を見てみれば、既に剣は到底使えるものではなかった。
既に刀身は錆び、触れれば折れてしまうと、幼い頃の俺でも理解出来たほどだ。
なにより祖父母や親父達は、そんな祖先の英雄様に憧れ、闘いを求めては荒れに荒れた地だけを転々とするだけの日々。

特に祖父母も両親も戦えるわけではないのに、幼い子供達と古い刀剣1つを抱えて、色んな土地をさ迷った結果、抗争に巻き込まれてこの村に逃げ込んできたと言うお粗末な身の上話オチが俺にはあったのだ。
ゆえに俺は見た目だけではなく、一族の掲げた邪な理想英雄への憧れのせいで村八分にされていた。

正直、俺は戦うことは怖い。

戦場で戦うことの恐ろしさは嫌というほど味わったし、もう2度とあんな地獄へは戻りたくないと言うのが、今の俺の本音だ。

幼い頃はただ理想だけを並べ、血の色さえ見たこともないのに戦えるなどと慢心していたが、実際に戦場と言う地獄を経験した以上、2度と戦いたいなどと思わない。
しかし、それでも再び武器あんなものを手にする日が来るとすればきっと―—。


「ねぇ、リアム。リアムは戦うこととかお父さんたちが掲げていた理念が嫌いだったけど、私を……ルルを守るためなら、剣を取たたかってくれる?」

「ああ、もちろん」

ルルとマナと言う大切な存在を守るためなら、俺はどんな困難にだって立ち向かおう。

例え、あのとき戦場で見た凄惨な景色をもう1度見ようとも、2人を守るためならば、俺は彼女らを守るために、盾として剣を振おう。

ここで、勇ましく『男として』と言えないのが恥ずかしいが、どうせ現実はそんなものだ。
俺のような人間は、決して剣を取って戦うことなど出来るはずもないと。

それが、少しだけ、悔しかった。




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