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彼女のためと強き意志を抱いた青年は愚策を選ぶ
ソフィア・アールミテと言う男
しおりを挟む村にいた最後の『ゴースト』を葬った俺は、夜明けと同時に村を出た。
俺は出発前に再度村の出口から村の惨状を見たが、それを目の当たりにした瞬間、例えマナを見つけたとしても、もうここでは暮らせないと思っていた。
なにせ、俺達が今まで送っていた温かい日常は、あの家で過ごした大事な思い出達だ。既に家族の1人と家を失った今、またここでマナと笑い合うなんてことは到底出来ない。
なにより、こんな血で浸され、死体が転がる無惨な場所で暮らしたいと思える悪趣味にもなれなかった。
村で起きた惨状に一時的に目を逸らして、俺はマナを想う。
マナがこのことを知ったら、彼女はきっと酷く悲しむだろうな、と。
最悪、私をルルの元へ連れて行ってなんて言うかもしれない。俺はそれが恐ろしいがために思い出を葬ることを決めたのだ。
昨晩の自称土地神レベル達の襲撃で、完全にこの村は廃村と化し、生きて残っていたはずのあの女も『ゴースト』に切り刻まれて死んでいた。
もう思い残すことはここにはない――そう覚悟を決め、俺は再びパルピスの内容を思い返す。
肝心のパルピスは消えてしまったものの、あれに書いてあった言葉は俺の中に刻み込んでいる。ゆえに忘れることはないし、この先どこを目指せばいいのか大体は分かる。
全ての元凶であろうソフィア・アールミテと言う男だが、噂によれば俺が徴兵令を受ける前に生家のある『ファフニル』と言う国へと戻っていったと言う。
俺達が今生きるこの時代、苗字がある人間は大体王族か爵位持ち、もしくは商家や領主だけだ。爵位を持つソフィアは俺とは違い、血統書つきの箱入り息子なのだ。
そしてアールミテ家は、伯爵と階級に差があるにも関わらず、数多の公爵達と友好的な関係を築いていることで有名である。
とは言え、それは奴の父の代までの話。
ソフィアには弟が1人いるが、弟を贔屓していた奴の両親は将来家を継ぐのはその弟だと、当時当主だった父親が社交界で言いふらした。と同時に、奴は元居た家を追い出され、あんな辺鄙な村へと捨てられることになった。
親から捨てられたも同然なあいつは、あんな辺鄙な村で俺と同じく常に嘲笑の的だった。
結局ソフィアは徴兵令がかかると同時に、徴兵令から逃れるかのように村から生まれ故郷へと帰っていった。
しかし、奴が『ファフニル』へと戻ってすぐに、アールミテ家の本屋敷は火事に遭う。そこで当主である奴の父と母、そして次期当主であった弟も屋敷と同じく焼けて焼死体へと化した。
ついに一族諸共失脚される言う危機の中、故郷である『ファフニル』へとちょうど帰郷したソフィアに白羽の矢が立った。
以後、ソフィアはアールミテ家の正式な後継者となり、現在も『ファフニル』の経済を回したり、慈善運動などを行っていると聞いた。
ソフィアは伯爵家の当主としては随分と優秀らしく、15歳と言う若さで家督を継いだ後、奴の父が失脚しかけたその原因全てを改善し、アールミテ家再興の基盤の建て直しを図った。
その後に行った活動や『ファフニル』への貢献は潰えかけた家の名誉を挽回するには十分過ぎたと言う。以後、奴は他の公・侯・伯爵家の間では可愛がられ、一気に頭角を現したとのことだ。
ソフィアは表面上物腰柔らかく、誰に対しても態度は平等。かつ智慧者であり、今では友好的な同じく爵位持ちの連中からは「なぜあの父親は弟に家督を継がせようと考えていたのか」と非難されたとかなんとか――そんな噂も村で耳にしたことがある。
しかし俺はこの噂を聞いた時点で、どこかキナ臭いとは思っていた。
アールミテ家の本屋敷が火事に遭ったのをソフィアの陰謀だったと仮定したとして、奴がそんなことは出来ないこともよく知っている。
向こうは俺のことをどう思っていたかは知らないが、1つ年上の俺から見て、奴は俺と同じく根性無しでなにより根っからのビビリだった。
恐らく奴は屋敷を燃やそうなんて思っても、結局怖くなってむしろ自分が油を被って火を点けてしまいそうな危うい人種だ。俺から見たソフィア・アールミテと言う男はそんな印象だ。
だと言うのに、『ゴースト』と関係していると知った瞬間、奴ならあの村の惨劇や自身の家族を手にかけかねないと言う矛盾した考えを持つ俺がいた。
確かに奴はビビリだが、俺と同じく周囲へ抱く羨望や憎しみは人並み以上にある。
それゆえに、誰かを呪い殺せる術があると知れば、きっと有効活用することだろう。
俺はあの『ゴースト』に呪力や呪術についての知識は胎児並と言われたが、もしかしたらソフィアには呪術に関する知識を有しているかもしれない。
また、あの通称・土地神レベルの『ゴースト』は、自分の背後にはなにかがいると言う示唆し、挙句死骸からソフィアの名前の書かれたパルピスが出来てきた以上、もはや奴が一切関係ないと断言など出来なかった。
とにかく俺は、アールミテ家の屋敷がある通称・神国——『ファフニル』へと向かう。
『ファフニル』へ向かう道中、どこの街に寄っても『ゴースト』に襲われたなんて痕跡はどこにもなく、隣を過ぎ去る者達はみな剣を携えている俺に不審な視線を向けていた。
そして俺は故郷から丸5日ほど歩き通し、なんとか『ファフニル』近辺にある街へと辿り着く。
その頃には既に日は落ちていて、俺としては不安しかなかった。
これはあの絶望的な半日以上を送ったからこその経験則だが、『ゴースト』は陽が暮れるにつれ、行動が活発的となる。
現に村を襲った時刻も、ちょうど夕暮れどきであれから何時間も戦った挙句、夜が更けかけた中で馬鹿げた質量の『ゴースト』と戦うハメになったのだ。
ゆえに反射的に、日が暮れれば俺の心身は常に周囲を警戒していた。
今日はなにも起こらなかったから、明日も大丈夫——なんてのは不確実な愛の言葉と同じく幻想的で愚かなものだ。
それに俺は無一文な状態なため、基本は橋の下や廃屋などで体を休めていた。
せめて金があれば宿に泊まれるが、『ファフニル』周辺の宿など一部の富裕層しか利用していない。
それほどまで一泊の料金も高く、食事などのオプションなども付ければさらに宿賃は乗算される。どちらにせよ、ただの一般人が宿を取ることなど不可能だ。
「さて、今夜の宿はどこにするかな……」
疲弊したしきった足を引きずり、精神状態も不安定なままで、フラフラと俺は街を歩いていく。
本格的に陽が落ちる前に早く休める場所を探したいが、俺はある難題へとぶつかることとなる。
それは、今俺が歩いている位置に関係していた。
と言うのも、今俺が歩いているのは市街地の先で、『ファフニル』に繋ぐ聖都と呼ばれる場所にいたからだ。
聖都は『ファフニル』の手前にあり、昔『ファフニル』を住処としていた白い鋼で出来た鱗を持つ蛇が、聖都ここを餌場にしたと言う伝説のある曰くつきの街でもあった。
その伝説おかげで、聖都はありとあらゆる邪を祓うべく、いくつもの魔法円を地に描き、生者死者を問わず、聖都にある魂全ての安寧を願うと言う信念を掲げた。その信念の具現化の1つが霊碑街と言う集合墓地を設けたこと。
死者を弔うのは全て、白い鋼で出来た鱗を持つ蛇の餌場となったこの場所にだからこそのこと。それらの背景を鑑みれば聖都は嘆きの都だ。
正直この言い伝えに関しては不憫としか思えないし、こんな霊碑街があると考えれば如何にも人間の醜悪さが滲み出ている。
この霊碑街を歩いていれば、この先の神国に住む連中がいかに保守的で利己的なのかがよく伺える。
また霊碑街はかなり広く、聖都を抜けるにはこの霊碑街を通らなければならない。つまり俺はしばらく墓を延々と渡らせられることになる。
不幸なことに現在俺がいる場所は奇しくも霊碑街の中心部。
こんな場所で休めるかと思いつつ、仕方なく俺はある墓にもたれて束の間の休息を得る。
俺は元々出自が出自ゆえに、先祖やそれにまつわる話はクソ食らえも同然。その信条は酷くねじ曲がり、結果として今、知らない人間の墓に背をもたれても罪悪感もなにもない。
それよりも、体の疲れをどうにかしたい一心で俺は小さく欠伸をする。
まだ夜になってはいないが、せめて仮眠はしておこう――そう思い、目を瞑ろうとした瞬間だった。
「リアム」
その瞬間、マナの声が俺の耳元で聞こえた。
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