13 / 25
青年は邪と化して忠臣は正義を執行する
牽制と怒り
しおりを挟む「……久しぶりだな、ソフィア。最後に顔を見たのは大分前だったな」
決して何色にも侵されることのない、雪のように白く輝く銀髪。
肌も同じく色白。これだけであれば神話で語られるような女神の風貌そのもの。
しかし、蒼玉のような瞳は人体に適応したように眼孔へ埋められ、伏せた長い睫毛もまた奴の特徴だった。
幼い頃からそうだったが、年を重ねた今でもその美しさは健在で、声さえ出さなければ女として見間違えるほどの美男——それが、ソフィア・アールミテと言う男だ。
正に氷結の貴公子。奴は仮面のように貼り付けた笑みを俺へ向ける。
「ご無沙汰しております、リアムさん。そうでもありませんよ? あなたに徴兵令がかかったとき、1度だけお顔を拝見しましたからおよそ5年ぶりですかね。今となってはずいぶんと男前さに磨きがかかったようでなにより」
邂逅早々奴が俺に向けた皮肉は、奴の気質に似つかわしくないものだった。
そもそも今の一言は、俺の知っているソフィア・アールミテにはない言動ものだ。
本来——と言うより、俺の知っているこいつはこんな気質の人間じゃない。
「——はっ、お前はそこまで多弁だったか? 幼い頃から俺を見ればすぐにマナの後ろへと逃げていたくせに。ロクに他人と口を利けないコミュ障がよくもまぁペラペラと」
「ご自覚がないようですから訂正しますが、私はあなた方のような見るからに蛮族な人種と口を利きたくないのですよ。あの村にいる者はみな、私からすれば山賊とそう変わりない」
現実を突きつける俺に対し、ソフィアは人とは思えない言葉を吐露する。これもまた、あの頃は口にしなかったが、恐らくずっと自身の本音として抱いていたのだろう。
しかし、今はこんな下らない言い合いなどどうでもいい。
「酷い選民思考だな。だが、マナだけは違ったんだろ? マナは優しいからな。どこか妄想に倒錯していた誰かさんが勝手に彼女を女神と呼んでも、笑って許したぐらいだ」
そう言って、俺はソフィアを挑発する。
今更こんな挑発などせずとも、奴がこの場を氷漬けにした時点で戦闘の火蓋は切って落とされている。しかし、奴の能力と言うものが依然として見えない。
ソフィアの能力を見抜く時間稼ぎに、俺も慣れない雄弁さを演じれば、奴はそれに易々と乗っかった。まるで余興とでも言わんばかりに。
美貌だけでなく振舞いからも気品と余裕を感じられるその様は、正に舞台役者かなにかだ。
俺が奴の痛い過去を抉ってもなお――いや、マナの話をし出した瞬間、奴は突飛な選民思考を彼女だけは別だと、柔らかい声音で撫でては払って笑う。
「ふふ、確かにそうですね。彼女はなによりも優しく、清らかで美しい女性だった。それこそ今までお会いしてきた淑女の中で1番と呼べる程の。あれほどまで完璧な女性を女神と言わずしてなんと言うのでしょう?」
「否定はしないさ」
俺は剣の柄に手をかけるが、すぐに柄から手を離す。
するとソフィアは「おや?」と呟いてはわざとらしく首を傾げる。
「既に戦いは始まっていると言うのに、今になって怖気づいたのですか?」
「そんなワケあるか」
そう、そんな訳がない。
むしろ今すぐその心臓を穿って、五体をバラバラにした上で、その端正な顔どころか五臓六腑全てを細切れにしてやりたい気持ちでいっぱいだ。
しかし、それが出来ないのは今の状況で迂闊に動けば、すぐに決着が着いてしまうからだ。
奴は一瞬にしてあらゆるものを凍結させる氷結能力を有しているのは事実だし、ゆえに動作を見切られた瞬間、俺は氷像に変えられてしまう。さらに問題はそこだけではない。
奴の能力の有用性は? 攻撃の範囲は? 能力の応用は? ——など、それだけではなく。もう1つだけ頭を悩ませることがあった。
それは、あれが呪術かどうかだ。
『ゴースト』共が黒い爪による物理攻撃しか出来ないのは、奴らを体内に埋め込んだ俺がよく知っている。
それだけでなく、村の洞窟で戦った『ゴースト』は散々、俺に呪術やら呪力とやらの単語を耳へと刷り込んでいる。ならば、ソフィアが今使用している能力は呪術によるものなのではないか、と。
だとすれば、この剣で斬ることはともかく、唯一の隠し玉である干渉能力の使用は不可能だ。
何故か? 理由は至って単純明快。
ソフィアの体内に『ゴースト』が埋め込まれていない以上、こちらから干渉が一切出来ないからだ。
だと言うのに、何故奴の動作どころか表情さえ視認出来るのかは今は置いておくことにする。
俺は呪術がどんな仕組みで扱えるかは知らないが、今のところ確信しているのは『ゴースト』達が動く為の燃料とはまた別の物を利用して、非現実を顕現させていることしか分からない。
現にソフィアの体内に『ゴースト』はいない。ゆえにこちらから自在に操ることは出来ず、ただ懐に斬りこむことでしか攻撃を通さない。
さらに、問題はこれだけではなかった。
ソフィアが武術や剣術などの武芸に関して素人なのは、既に俺は見抜いている。
体幹こそズレていないが、それでも重点の置き方は一般人と変わりなく、戦闘の際に取る重点の置き方じゃない。
ただ呪術に関しては俺以上——それどころか、こんな荒唐無稽な技を出すなど、呪術師と言われる奴らでも不可能だろう。
ソフィアもそれを分かっているがゆえに、今も端正な顔から笑みを絶やすことなく平静でいられる。それが攻め込む側としてどれだけ苦しいことか。
ゆえに俺の口から出たのは、あまりにも見苦しい言い訳だけだった。
「予備動作って知ってるか? 今俺が剣を抜きでもすれば、お前はすぐ俺を氷漬けにするだろ。つまり今から攻撃しますって言うのが丸わかりな訳だ」
「無論、予備動作の意味ぐらいは知っていますよ。……ええ、確かに今あなたは賢い選択をした。後一瞬遅ければうっかり標本にしかけたところでした。まだ伝えたいことはあると言うのに」
「何?」
などと呑気なことをこいつは口にするが、こいつの本音は俺と同じである。
今のソフィアが放つのは、絶対的強者の覇気そのものだが、それ以上に憎しみが上回っている。
それこそ、あんな小さな村1つなど容易く丸呑み出来るぐらいに。
なにより俺への殺意が、数十メートル離れた俺にまで届くぐらいだ。
生まれのせいか粗暴な言葉こそ口にしないものの、奴の纏う憎悪は鋭く、冷たく、残酷で俺にあらゆる怨嗟を伝えていた。
何故お前が、彼女に愛される?
お前は彼女を捨てたと言うのに。
私はお前よりずっと前に彼女を崇め、愛で、さらにはこの村を出ようと誘った。
だと言うに、彼女はお前を選んだ。
そして、彼女の心を壊して伽藍洞とさせたその挙句はこれだ。
だから絶対に殺す、慈悲など無用。今すぐ私の前から消えていなくなれ。お前の薄汚い顔など拝みたくないし、なんなら凍てつかせて、その体を砕きたいぐらいだ。
なにより、お前のような悪鬼こそ、彼女にとっての災厄なのだ――と。
「……ずいぶんと多弁なことで」
口に出さずとも伝わる明確な殺意など、恐らくソフィア自身も無意識に放っていることを自覚している。いや、自覚している時点で奴は俺を八つ裂きにすると宣告しているのだ。
ゆえに俺へ伝えたいことなど、はっきり言ってロクなことではないだろう。だが、ソフィアは今の状況を心の奥底から愉快そうに嗤っていた。
「だったら、言ってみろ。お前は俺になにを伝えたいんだ? マナを返せとでも?」
「いいえ。あなたもセカンド……もといレッドスカージを斃したのなら、あのパルピスに目を通したはず。そこに書いてあったでしょう? 『彼女は私の元にいます』、『彼女の忠臣であるソフィアの隣に』……と」
「と言うことは、やはり……!」
この一言で、今屋敷内にマナがいることが明かされた。
その可能性をこいつは口にし、なにより不気味に浮かぶ笑みがそれを事実だと俺へと色濃く告げる。
つまり全ての元凶はこいつのせいであり、マナはソフィアによって連れ去られた――これが明確な答え。
クッ、と喉を鳴らし、肩を震わせるソフィアの姿はまるで悪魔だ。
自身の欲の為ならば、例え愛した存在であろうが連れ去って、自身の傍へと置いておく。
そんなことでしか安堵は抱けず、眠れもしないのだろう。だから俺は、こいつを恨む以外の選択肢などどこにもない。
よりソフィアへの憎しみが募る中、俺は我を忘れては抜刀し、廊下を疾走する。しかし奴は俺が奴の首を狩る前に、ふぅと息を吐いた。
すると、空中に氷の玉が浮かびあがり、それは針のようなものを生やして爆散する。
散ったはずの氷は全て床を突き刺し、一瞬にしたこの廊下は針地獄へと変えられた。
一方、俺は視界に映った僅かな点を全て弾くことで、なんとか磔にされずに済む。しかし、昂る憎しみが凍てつくことなどはない。
本来なら、何故爆散した氷杭を全て捌ききれたのかが不思議で仕方ないが、俺の奴へ募らせた怒りは自分がソフィアに勝つために重要である疑問さえかき消してしまった。
「そもそもマナを連れ去ったのはお前の方だろ! なのに全て俺のせいだと!? ふざけるな! 誰がマナがお前みたいなナルシストを愛してるなんて言った!? 彼女の愛は俺に在る! お前がッ! お前なんかが、彼女の大事だったものをッ、俺との日常をッ! 壊していい理由なんかになるものかよッ! 答えろッ、お前は一体なにが目的でこんな馬鹿げた真似をしたッ!?」
激昂する俺に対し、ソフィアはその言葉を待っていたと言わんばかりに嗤う。
もはや優男を匂わす端正で品のある顔は美醜の容相へと代わり、柔和だった声質は裏腹に含んだ怜悧さに犯されて、哄笑となり屋敷全体へ伝播する。
「真実は至って簡潔ですとも、私が『ゴースト』達の指揮を執っていたことは明白。それについて是非を問う必要はどこにもありません。……ただもっと真実を深堀りするのであれば、私は『彼女』の忠実な下僕だと言うことぐらでしょうかねェッ!」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる