マナイズム・レクイエム

織坂一

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青年は邪と化して忠臣は正義を執行する

牽制と怒り

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「……久しぶりだな、ソフィア。最後に顔を見たのは大分前だったな」


決して何色にも侵されることのない、雪のように白く輝く銀髪。

肌も同じく色白。これだけであれば神話で語られるような女神の風貌そのもの。
しかし、蒼玉のような瞳は人体に適応したように眼孔へ埋められ、伏せた長い睫毛もまた奴の特徴だった。

幼い頃からそうだったが、年を重ねた今でもその美しさは健在で、声さえ出さなければ女として見間違えるほどの美男——それが、ソフィア・アールミテと言う男だ。
正に氷結の貴公子。奴は仮面のように貼り付けた笑みを俺へ向ける。


「ご無沙汰しております、リアムさん。そうでもありませんよ? あなたに徴兵令がかかったとき、1度だけお顔を拝見しましたからおよそ5年ぶりですかね。今となってはずいぶんと男前さに磨きがかかったようでなにより」


邂逅早々奴が俺に向けた皮肉は、奴の気質に似つかわしくないものだった。
そもそも今の一言は、俺の知っているソフィア・アールミテにはない言動ものだ。
本来——と言うより、俺の知っているこいつはこんな気質の人間じゃない。


「——はっ、お前はそこまで多弁だったか? 幼い頃から俺を見ればすぐにマナの後ろへと逃げていたくせに。ロクに他人と口を利けないコミュ障がよくもまぁペラペラと」

「ご自覚がないようですから訂正しますが、私はあなた方のような見るからに蛮族な人種と口を利きたくないのですよ。あの村にいる者はみな、私からすれば山賊とそう変わりない」


現実を突きつける俺に対し、ソフィアは人とは思えない言葉を吐露する。これもまた、あの頃は口にしなかったが、恐らくずっと自身の本音として抱いていたのだろう。
しかし、今はこんな下らない言い合いなどどうでもいい。


「酷い選民思考だな。だが、マナだけは違ったんだろ? マナは優しいからな。どこか妄想に倒錯していた誰かさんが勝手に彼女を女神と呼んでも、笑って許したぐらいだ」


そう言って、俺はソフィアを挑発する。
今更こんな挑発などせずとも、奴がこの場を氷漬けにした時点で戦闘の火蓋は切って落とされている。しかし、奴の能力と言うものが依然として見えない。

ソフィアの能力を見抜く時間稼ぎに、俺も慣れない雄弁さを演じれば、奴はそれに易々と乗っかった。まるで余興とでも言わんばかりに。

美貌だけでなく振舞いからも気品と余裕を感じられるその様は、正に舞台役者かなにかだ。
俺が奴の痛い過去きずを抉ってもなお――いや、マナの話をし出した瞬間、奴は突飛な選民思考を彼女だけは別だと、柔らかい声音で撫でては払って笑う。


「ふふ、確かにそうですね。彼女はなによりも優しく、清らかで美しい女性だった。それこそ今までお会いしてきた淑女の中で1番と呼べる程の。あれほどまで完璧な女性を女神と言わずしてなんと言うのでしょう?」

「否定はしないさ」


俺は剣の柄に手をかけるが、すぐに柄から手を離す。
するとソフィアは「おや?」と呟いてはわざとらしく首を傾げる。


「既に戦いは始まっていると言うのに、今になって怖気づいたのですか?」

「そんなワケあるか」


そう、そんな訳がない。
むしろ今すぐその心臓を穿って、五体をバラバラにした上で、その端正な顔どころか五臓六腑全てを細切れにしてやりたい気持ちでいっぱいだ。
しかし、それが出来ないのは今の状況で迂闊に動けば、すぐに決着が着いてしまうからだ。

奴は一瞬にしてあらゆるものを凍結させる氷結能力を有しているのは事実だし、ゆえに動作を見切られた瞬間、俺は氷像に変えられてしまう。さらに問題はそこだけではない。

奴の能力の有用性は? 攻撃の範囲は? 能力の応用は? ——など、それだけではなく。もう1つだけ頭を悩ませることがあった。

それは、あれが呪術かどうかだ。
『ゴースト』共が黒い爪による物理攻撃しか出来ないのは、奴らを体内に埋め込んだ俺がよく知っている。

それだけでなく、村の洞窟で戦った『ゴースト』は散々、俺に呪術やら呪力とやらの単語を耳へと刷り込んでいる。ならば、ソフィアが今使用している能力は呪術によるものなのではないか、と。

だとすれば、この剣で斬ることはともかく、唯一の隠し玉である干渉能力の使用は不可能だ。

何故か? 理由は至って単純明快。
ソフィアの体内に『ゴースト』が埋め込まれていない以上、こちらから干渉が一切出来ないからだ。
だと言うのに、何故奴の動作どころか表情さえ視認出来るのかは今は置いておくことにする。

俺は呪術がどんな仕組みで扱えるかは知らないが、今のところ確信しているのは『ゴースト』達が動く為の燃料とはまた別の物を利用して、非現実いのうを顕現させていることしか分からない。

現にソフィアの体内に『ゴースト』はいない。ゆえにこちらから自在に操ることは出来ず、ただ懐に斬りこむことでしか攻撃を通さない。
さらに、問題はこれだけではなかった。

ソフィアが武術や剣術などの武芸に関して素人なのは、既に俺は見抜いている。
体幹こそズレていないが、それでも重点の置き方は一般人と変わりなく、戦闘の際に取る重点の置き方じゃない。

ただ呪術に関しては俺以上——それどころか、こんな荒唐無稽な技を出すなど、呪術師と言われる奴らでも不可能だろう。

ソフィアもそれを分かっているがゆえに、今も端正な顔から笑みを絶やすことなく平静でいられる。それが攻め込む側としてどれだけ苦しいことか。
ゆえに俺の口から出たのは、あまりにも見苦しい言い訳だけだった。


「予備動作って知ってるか? 今俺が剣を抜きでもすれば、お前はすぐ俺を氷漬けにするだろ。つまり今から攻撃しますって言うのが丸わかりな訳だ」

「無論、予備動作の意味ぐらいは知っていますよ。……ええ、確かに今あなたは賢い選択をした。後一瞬遅ければうっかり標本にしかけたところでした。まだ伝えたいことはあると言うのに」

「何?」


などと呑気なことをこいつは口にするが、こいつの本音は俺と同じである。
今のソフィアが放つのは、絶対的強者の覇気そのものだが、それ以上に憎しみが上回っている。

それこそ、あんな小さな村1つなど容易く丸呑み出来るぐらいに。

なにより俺への殺意が、数十メートル離れた俺にまで届くぐらいだ。

生まれのせいか粗暴な言葉こそ口にしないものの、奴の纏う憎悪は鋭く、冷たく、残酷で俺にあらゆる怨嗟を伝えていた。

何故お前が、彼女に愛される?
お前は彼女を捨てたと言うのに。
私はお前よりずっと前に彼女を崇め、で、さらにはこの村を出ようと誘った。

だと言うに、彼女はお前を選んだ。
そして、彼女の心を壊して伽藍洞とさせたその挙句は

だから絶対に殺す、慈悲など無用。今すぐ私の前から消えていなくなれ。お前の薄汚い顔など拝みたくないし、なんなら凍てつかせて、その体を砕きたいぐらいだ。

なにより、お前のような悪鬼こそ、彼女にとっての災厄なのだ――と。


「……ずいぶんと多弁なことで」


口に出さずとも伝わる明確な殺意など、恐らくソフィア自身も無意識に放っていることを自覚している。いや、自覚している時点で奴は俺を八つ裂きにすると宣告しているのだ。

ゆえに俺へ伝えたいことなど、はっきり言ってロクなことではないだろう。だが、ソフィアは今の状況を心の奥底から愉快そうに嗤っていた。


「だったら、言ってみろ。お前は俺になにを伝えたいんだ? マナを返せとでも?」

「いいえ。あなたもセカンド……もといレッドスカージを斃したのなら、あのパルピスに目を通したはず。そこに書いてあったでしょう? 『彼女は私の元にいます』、『彼女の忠臣であるソフィアの隣に』……と」

「と言うことは、やはり……!」


この一言で、今屋敷内にマナがいることが明かされた。
その可能性をこいつは口にし、なにより不気味に浮かぶ笑みがそれを事実だと俺へと色濃く告げる。

つまり全ての元凶はこいつのせいであり、マナはソフィアによって連れ去られた――これが明確な答え。

クッ、と喉を鳴らし、肩を震わせるソフィアの姿はまるで悪魔だ。
自身の欲の為ならば、例え愛した存在であろうが連れ去って、自身の傍へと置いておく。
そんなことでしか安堵は抱けず、眠れもしないのだろう。だから俺は、こいつを恨む以外の選択肢などどこにもない。

よりソフィアへの憎しみが募る中、俺は我を忘れては抜刀し、廊下を疾走する。しかし奴は俺が奴の首を狩る前に、ふぅと息を吐いた。

すると、空中に氷の玉が浮かびあがり、それは針のようなものを生やして爆散する。
散ったはずの氷は全て床を突き刺し、一瞬にしたこの廊下は針地獄へと変えられた。

一方、俺は視界に映った僅かな点を全て弾くことで、なんとか磔にされずに済む。しかし、昂る憎しみが凍てつくことなどはない。

本来なら、何故爆散した氷杭を全て捌ききれたのかが不思議で仕方ないが、俺の奴へ募らせた怒りは自分がソフィアに勝つために重要である疑問さえかき消してしまった。


「そもそもマナを連れ去ったのはお前の方だろ! なのに全て俺のせいだと!? ふざけるな! 誰がマナがお前みたいなナルシストを愛してるなんて言った!? 彼女の愛は俺に在る! お前がッ! お前なんかが、彼女の大事だったものをッ、俺との日常をッ! 壊していい理由なんかになるものかよッ! 答えろッ、お前は一体なにが目的でこんな馬鹿げた真似をしたッ!?」


激昂する俺に対し、ソフィアはその言葉を待っていたと言わんばかりに嗤う。

もはや優男を匂わす端正で品のある顔は美醜の容相へと代わり、柔和だった声質は裏腹に含んだ怜悧さに犯されて、哄笑となり屋敷全体へ伝播する。


「真実は至って簡潔ですとも、私が『ゴースト』達の指揮を執っていたことは明白。それについて是非を問う必要はどこにもありません。……ただもっと真実を深堀りするのであれば、私は『』の忠実な下僕しもべだと言うことぐらでしょうかねェッ!」


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