マナイズム・レクイエム

織坂一

文字の大きさ
22 / 25
青年は彼女のために鎮魂歌を謳う

悪食の狩人は神さえ喰らう

しおりを挟む


自分が生き残るために俺はマナを喰った。
それを聞いた瞬間、過去の親父と俺が重なり、自己嫌悪に陥る。

同時に反射的に今喰ったマナの肉体を吐こうとする。
胃液が込み上げ、俺の肉体は体内なかからマナを引き剥がそうと必死だった。

しかし吐き出すことだけは絶対にしないと、俺は喰ってしまったマナの体を必死に飲み込んだ。
そんな愉快と言わんばかりに『原初の災厄』ファースト・スカージは今の俺の様子を眺め、目を細める。


「そうそう、絶対に吐き戻すなよ? そしたら今度こそその小娘はお前を憎んだまま許さない。一生お前は恨まれて生きていくのだ」


『原初の災厄』ファースト・スカージの声音に含まれるのは愉悦と嗤笑ししょう。侮蔑は無論のこと、黒く染まった貌から白く浮かび上がる瞳は憐れみも込めていた。


「あ、ああああああ……っ」


一方、俺の喉から洩れたのは、か弱い嗚咽と先程胸を穿たれたときに吐血した残物。
涙はとうに出ず、血に噎び、ただただ泣く。

すると、『原初の災厄』ファースト・スカージはこちらへと歩み寄るなり俺の頭を優しく撫でた。

黒く歪な手はやけに温かく、それは声も同様だ。不出来な子供を窘めるその姿や手の温度は、遠い日のマナがくれた温もりとよく似ている。


「お前は物語で言うならば、主人公だ。しかし物語と言う構成上、主人公は大方強く、どんな敵でも打ち勝つことが出来る。しかし、ヒロインはどうだ? か弱いただの女に主人公という強大な存在が勝てるとでも?」


俺はただ、俯いたまま首を横に振る。
俺は決して主人公なんて器ではないが、ヒロインがマナなのには違いない。

こうやって役を当てはめてしまえば、マナを喰ってしまった罪悪感もソフィアへの恨みもどこか和らいでいく気がした。
もはや気を緩めてしまえば『原初の災厄』ファースト・スカージと言う存在さえ今ここに在ることを赦してしまいそうな程だ。それだけこいつの声は優しかった。


「であろう? 男と女と決まって力量の差が違うのに、物語を飾る象徴を添え物がどうやって押しのける? それではバランスが崩れてしまう」


それこそ世の道理。摂理であり不変な事象。
瞬間、『原初の災厄』ファースト・スカージは喉を鳴らし、俺の頭を撫でていた手に力を込めてわし掴みにされる。

俺は抵抗する気すらなく、ただ『原初の災厄』ファースト・スカージのなすがまま。
そして俺と奴の目が合った瞬間、跪けと言わんばかりに、『原初の災厄』ファースト・スカージは俺の頭をそのまま地面へと打ち付けた。


「がはッ!」

「物語をなぞらえよ。世の万物は人の歴史が元となる。現実も、物語も。他者によって脚色されただけの違いは左程ない」

「なら……ッ、お前のような悪党は主人公に殺されるんじゃないのか……ッ!?」


不思議と泥どころか埃1つもない地面を舐めさせられる俺だが、ただこいつに疑問を投げかける。
そうだ。俺がもし主人公ならば、『原初の災厄』こいつは悪党そのもの。であれば今すぐこいつは主人公おれに討たれて死ぬ運命にあるだろう。

だと言うのに、『原初の災厄』ファースト・スカージはそんなことは些事だと言う。絶望に打ちひしがれ、無様に床に這いつくばらされた俺を支配し、俺を睥睨しては愉快と嗤う。


「そこら辺の心配については不要だ。なにせ儂は悪党ではなく、。時折人の世に顕現する神の気紛れしぜんげんしょうである。種族自体が違うんだよ」

「ッ、神の気紛れしぜんげんしょう、ねぇ……」


血と絶望に噎ぶ俺は、思わず奴につられて笑ってしまう。
そうか。神だから、人間たちを見下して、ただただ嘲笑っているのか。
だとすれば、こんな立て続けに俺に絶望を与え続けた理屈も納得出来る。

なにせこいつはソフィアからあらゆる智慧を受け継いだが、その本質は神の合わせ鏡。だからこそ俺達のように一時的に世界の法則を捻じ曲げるのではなく、世界そのものを書き換えてしまうことも造作もない。

初めからこの世界はこうだったと、ありとあらゆる文明と人を葬った後で、再び栄華をしては、また壊す。
気に食わなければ、書き損じた紙を捨てるような気軽さで、こいつは世界の法則を変えてしまう。

ならばさぞこいつは今起きていることだけでなく、人の歩む歴史を見る度、劇でも見ている心地なのだろう。

本来なら、それを言葉に出来るだけの知能も目もないが、今こいつにはただ俺の絶望だけが見えている。

またソフィアから得たその智慧なんてものは、そもそもこいつに渡してはならなかったものだ。
しかしソフィアは運悪く『原初の災厄』ファースト・スカージへ心酔し、こいつの為に全てを捧げた。これら全て奴にとっては1つの劇。だからこそ片腹痛いぞと俺らを見下す。
ただ愉快だと嗤う暴虐の王。


「先程、あの狂信者ゴミが儂を介して顕現した幻も、全て奴の妄想のようなものだ。自分はお前より優れているから、あんなことなんてなければ、こんな風に演じられた……とな。もはや愉快を通り越して、哀れであるぞ。人間共」


王はただ、先程まで寵愛していたはずの臣下への暴言にすら心を痛めない。
だが、こんな有様をずっと見させられていれば、こいつがどんなさがを抱えているのかなど俺でも理解出来る。

成程、俺達人間は神にとっては玩具も同然で、人間の尊厳すら甚振ることも趣味と言える範囲なのか、と俺は痛む頭の中で憎しみだけが支配していく。
正直、俺は今この20年間生きてきた中で1番と言えよう不快さを感じていた。

悪趣味め、鬼畜め、なにが神だ。
自身は絶対強者だと威張り散らし、そうして人の死と不幸を食い物にして、それほど美味いと感じるのか? だとしたら、お前は俺以上の悪食だ。

そう、ふつふつと怒りが、屈辱が、憎しみが増していく。

先程は抵抗するだけ無駄だと思っていたが、ここまでコケにされれば、まだ僅かながらに残った自尊心は怒りと言う火を燃え盛ろうと憎悪を燃料にする。

しかし、地べたを這いつくばるしか出来ない俺が、いくら呪力を纏って肉体を強化したところで、こいつ敵うはずもない。

現実は覆ることなく、終焉おわりの時が来る。


「では、そろそろ幕引きとしよう。なに『原初の災厄』ファースト・スカージと言う存在は1度具現したら、次の贄がなければ目を覚まさない。ゆえに儂が攻撃に転じられるのも1度だけ。だから、このまま『ゴースト』なぞ使用せずに世界を滅ぼしてやるか。お前の呪力も上乗せさせてやれば、さらに手間が省けるだろうしなぁ」


1度だけ? この単語を聞いた瞬間、俺の中で時が止まる。
俺は『原初の災厄』ファースト・スカージの一言に思わず瞠目し、その言葉を反芻する。

動かない時間ときの中で、俺は何度も今こいつが吐き出した唯一の弱点を噛みしめる。すると思わず笑いが出てしまった。


「……なにがおかしい?」


分からない、そんなこんな状況で笑ってしまう理由など理解出来ない。
しかし俺は愉快だと、滑稽だとそう奴を嘲笑って、嗚咽を漏らし、血のあぶくを吐きながら嗤う。
嗤い、笑い、嗤い笑って嗤って哂ったその末に、また哂う。

ただ後に正常な頭で反論出来るならこう言うことだろう。お前は今、狩人おれの目の前で喉元を晒したぞと。

もはや笑いは止まらず、俺は壊れた操り人形のようにカタカタと身を震わせては嗤う。
悪鬼のように、あのとき『ゴースト』に両目を潰されてから大きな力を手にしたときのように。

今俺の頭を掴んでいるのは、絶対的強者で、相手にとっては不足なし――そう、俺の中で消えたはずの英雄きちくへの憧憬の残滓は一気に暴走する。


「“喰え”」


擦り切れかけた喉は、たった一言の呪詛を口にする。後1度だけこいつを喰らえと。
主人公? 英雄? 笑わせるなよ、俺はそんなものになれないただのゴミだ。
愛した存在も守れず、それどころか愛した彼女を苦しめて、尊厳さえ辱めて、あれだけ温かかった体さえまで喰って。

あの温かく小さく愛おしかった彼女を美味いあいしてるなんて、到底言えるはずもなく。
だから俺は愛の言葉ではなく、最期にすべきことを理解して、ただそれに従う。

俺は一気に体内にいる『ゴースト』たちだけを放出し、この空間——もとい『原初の災厄』ファースト・スカージごと喰い殺すべく、意図的に自身の能力を全て意図的に暴走させた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...