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9.祝祭 前編
しおりを挟むリン達が住むイオという町は宇宙暦二二一年六月にここに入植していた人々によって作られた。当初、ここに住み始めた人々の数は百名だったが、今現在では一万程の人々が住んでいる。小さな町であるが必要な物は全て揃っており、住民の大半が農業で生計を立てていることもあり自給率も高く、燃料となるベライトも僅かだが近くの山で産出しており、惑星リースの天候を制御している衛星さえ故障しなければこの町だけで生きていけるところだった。
六月に入り、雪の多いイオの町もやっと雪どけが終わり辺りは一面緑に覆われていた。この時期になると冬の間家の中に閉じこもってばかりいた人々は皆家から出て、一年で僅かしかない暖かい時期を思い思い楽しんでいた。
「三六度四分、もう大丈夫だな」
「ほんと? そうしたらベッドから出てもいい?」
二階のベッドの置かれている部屋で寝ていたリンの首筋に手をあてて、リンの体温を測っていたレノは安心したように言った。リンが話せるようになってから約二ヶ月が経ち、その間に順調とまでは言えないが大分事件前の頃に戻ってきたリンであったが、未だに両腕にはあまり力が入らず思うように動かすことはできていなかった。他にも原因不明の高熱が頻繁に出てベッドに縛られる日々も多くあった。人間の身体に詳しく医療の知識もその辺の医者よりもあるレノであっても、リンの高熱が頻繁に出ることや未だに両腕が自由に使えないことも原因は分らなかった。だがそれらの症状は多分心因的なものであろうとは判断していたが、そのことはリンには伝えなかった。リン自身も自分のこれらの症状に対して疑問を抱いていたが、あえてレノに聞くようなこともなかった。
「あぁ、出てもいいがあまり無理はするなよ。少しでも具合が悪くなったらすぐ私に言いなさい」
「ありがとう、僕着替えるね」
そう言うとリンは嬉しそうにベッドから起き上がり着替えようとベッドのすぐ横にある縦長のタンスの両扉を開けた。
「着替えが済んだら軽く食事をしよう。今日はまだ朝食を食べていないからな」
「うん、わかった」
パジャマを脱いで、深緑色の長袖Tシャツと黒のパンツに履き替えたリンは、壁にベッドに置かれていたボーダーの厚手のパーカーを着ると階下に降りていった。
「今日は天気がいいね」
「あぁ、昨日までは雨が降り続けていたが今日から一週間程はずっと天気がいいそうだ」
「そっかぁ、……外に出てみたいな」
キッチンで朝食の用意をしていたレノはその言葉でピタリと手を止めると、キッチンチェアに座って窓から見える景色を眺めているリンを見た。
「今日はこの町の記念日なんだそうだ。ここ、イオに人が始めて住み始めた日で今日は広場で祝祭が行われているんだが…一緒に行ってみるか?」
「ほんと? 行きたいっ、僕そういうの見たことない。いいの? レノ」
ガタンと椅子から立ち上がったリンはレノの所へ駆け寄ると、目を輝かせて言った。
「あぁ、熱も下がっているし、今日は気温も高い。食事を残さず食べれたら一緒に出掛けよう」
「大丈夫、全部食べるよ。嬉しい、ありがとうレノ」
リンはあまりの嬉しさにレノの元へと駆け寄ると、リンよりもずっと背の高いレノを見上げながら黒い瞳を輝かせた。
イオの中心に位置する雪の広場は人で賑っていた。年明けの新年を祝うときも寒い季節にも関わらず多くの住人がここで新年を祝っていたが、建町記念日である六月十二日の祝祭はそれよりも遥かに多い人が広場に集まり、イオに住む全ての住民がここ広場に集まっているようであった。出店もたくさんあり、辺りは陽気な音楽が流れいろいろなイベントも行われていた。
「すごい人だね」
「リン、手を離さないように。この人の多さではすぐに迷子になりそうだ」
「僕、もう今年で十四歳だよ。迷子になんかならないよ」
「私がなるかもしれないだろう?」
冗談とも本気ともとれる言葉にリンは足を止めると涼しい顔をしているレノと視線を合わせた。
「っ…なんか、それって考えたらすごくおかしいね」
「そうかな?」
「そうだよっ、レノみたいな大人の人が迷子になるなんて、考えただけでも笑えるよ」
しっかりと手を繋いでいた二人は、溢れる人の中楽しそうに笑いながら広場の中を歩いていた。ここに越してきてから初めて外に出たリンは、ゼムリア連邦の無機質な都会とは全く違う、緑に囲まれたこの町の雰囲気に安心した様子であった。以前リンが一時住んでいたゼムリア連邦の王族居住地も緑に囲まれた環境のいい場所であったが、そことは全く違い牧歌的な雰囲気もまたリンの心を落ち着けるのにいいようだった。
「レノ、あそこ見て。本がたくさん並んでいるよ」
たくさんの人で、どこにどんな出店があるかもよく分からない状態の中、リンは一瞬長テーブルにたくさん詰まれた本の山を見逃さなかった。リンはレノの手を引っ張るように一瞬見えた本の山に向かって歩調を速めた。
「すごい、こんなに本がたくさんある」
「いらっしゃい、なんでもそろってるよ。小説はこっちのテーブルだよ、歴史とか実用書なんかはあっちのほうだ。何か探し物があれば言ってくれ」
本を売っている年配の男性が、ニコニコしながら駆け寄ってきたリンに声をかけた。近寄ってみると本の詰まれた長テーブルは奥に向かって幾つも並んでおり、リンはその多さに圧倒された。
「いっぱいありすぎて、どれから見ればいいのか迷うね」
そう言いながらリンはレノから手を離すと、年配の男性が指差した歴史の本があるテーブルの所へ行った。どれもかなり年季が入っており、古本の匂いが辺りに立ち込めている。本は無雑作に高く積み上げられており、下のほうにある本は積まれている本をどかさなければ、どんな本なのかも分らない。リンは一番上に置かれている本の題名を見ながら、一番近くにあった本を手に取り中を開いてみた。細かな字がぎっしりとページを埋め尽くし、所々に染みがついたり破れた箇所もあるその本をリンは何度か捲る。そして同じように他の本も手に取っては置いてを繰り返していた。いずれも年配の男性が言った通り、歴史の本なのだが分類はきちんとされておらず、様々な時代や国の本が無雑作に積まれていた。ひと通り一番上にあった本を捲ったリンは、その本の山の一番下にあった一際古るそうで、他の本よりも大きな分厚い本を見つけると、なにやら以前どこかで見たような感覚が起った。リンは見覚えのある本の中身を確認しようと、上に詰れていた本を全部脇に避けていった。
「これ…」
姿を現した分厚い本を捲り、リンは息を飲んだ。
「何か欲しい本があったか? …それは旧エラン時代に書かれた歴史書によく似ているな。だがこれらの類の本はここにないはずだが…」
後ろから覗き込んできたレノは、リンが見ている本を見て言った。リンはレノの言葉には反応せず、その古い本をパラパラと捲り、突然その動きがとまった。
「これ、この本はジェフからもらった本だ…」
「ジェフから?」
「前にあの家でジェフからもらった本だよ、だってここ、この五十七ページのところに僕が間違ってつけちゃった折り目がある…」
「…リン、それは確かゼムリア連邦の王族の誰かが保管しているもので、かなり価値のある本だ。内容はかなり歪曲されて書かれていると聞いたが、そのような本がここにあるわけがない」
「ジェフは王族だよ、そのジェフが僕にくれた本だ。あの時はケースの中に入れられていてかなり厳重に保管されていたし…。でも…なんでこの本が」
本を見つめたままリンの手は僅かに震えていた。この本を見つけたことによってリンはゼムリアにいた時のことを思い出してしまっている様でった。レノは少し眉を寄せるとリンの肩に手を置き言った。
「…リン、その本を買おう」
「え…でもこれすごく価値のある本でしょう? 僕、そんなお金ないし」
「お金は私が払う、おいっこの本は幾らだ?」
レノは近少し離れた所にいた年配の男性に大声で話しかけると本の値段を聞いた。
「それですかい? あぁ、これは二十クランでいいですよ」
「そんなに安いのか?」
「これはこの前、隣町で大量に仕入れた本の中に混ざっていて、旧エラン時代に書かれた歴史書にそっくりの偽者なんでけどね。こういう類のものはたくさんあるし、中身はほとんど確認してませんが、なにせ状態があまりにひどいからのぉ」
「隣町というのはノーラ市の事だな? それらの本はどこから流れてきたんだ?」
「ここらで隣町と言ったらノーラしかないじゃないか、あんたここの住民じゃないのかい? まぁいい、ノーラに流れてきた本は多分スレアからだろうなぁ、まぁ盗品も紛れているだろうが、だけどこの本は偽者だよ。あの本であれば必ずケースに入っているはずだし、こんな剥き出しにはしないだろうしな。それに本に題名がついていない、普通どんな本でも題名はあるだろう? なのにこれは題名がない、素人でも見れば分る偽物だよ」
ゆったりとした口調で長い説明を終えると、男性は肩を竦めた。レノは話を聞き終えるとポケットから財布を取り出し、百クラン札を取り出して男に渡した。
「え、あんたこの偽物を買うのかい? 商売人としてはありがたいが、やめといたほうがいいよ?」
「物好きなんでね、これを一冊もらおう。なにか本を入れる袋はないか?」
「あ、あぁ、ちょっと待ってください」
年配の男性は慌てた様子で大きめな茶色の紙の袋を取り出すと、その本を詰めてレノに手渡した。レノはそれを受け取ると、小脇に抱えリンの手を取った。
「あれ? お客さん釣りは?」
「いい、取っといてくれ」
「え…あ、ありがとうございます」
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