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第十八話 奇襲
しおりを挟む夜空に輝く二つの月がルアグアーレという世界の空に浮かんでいた。
青白い光を放つ月と、黒く濁った赤い光を放つ月。その夜、青白い月には雲がかかり、残った赤い月だけがこの世界の夜を照らしだしていた。
夜も深まり、ズメウに駐屯しているフレア族の兵士達の多くは寝静まっている。静寂だけがこの辺りを支配し、外に出ている者は見張りの者たちだけだった。
慧牙のいる小屋の見張りをしていたヨハンは暗闇の中で一人、微動だにすることなく、真っ直ぐに前を見つめたまま立っていた。
「こんな夜は不吉な事が起る……か。昔よく母さんが言ってたな」
目線だけを僅かに上げてヨハンは呟いた。幼い頃、親から聞かされた迷信を思い出して、夜空に浮かぶ赤い月を見つめる。闇の中、空に浮かぶ大きな赤い円は異様なほどに見つめる者を不安を与えた。
「……赤い月に呼ばれし戦士。我の手となり足となれ。血を流してこそ得られる。遠き闇を赤く染めよ」
ポツリとヨハンが呟いた。言葉の内容とは裏腹にヨハンの顔が僅かに綻ぶ。その時、暗闇の中で誰かがこちらの方へと歩いてくる足音が聞こえてきた。咄嗟にヨハンは腰にかけていた剣に手をかけた。
「ヨハン、見張りの交代です」
「セヴェリか? おい、大丈夫なのか?」
仲間であるセヴェリだと分り、ヨハンは剣から手を離した。
「なんとか……いえ、もう大丈夫です。数時間寝たら回復しました。僕がいない間、代わりに見張りをしてくれてありがとうございました」
慧牙を勝手に外へ連れ出した罰として、レイヴィルから遠く離れた山の麓まで走るよう命じられたセヴェリは、口では大丈夫だと言いながらも、少しばかりふらついた足取りで自身の持ち場までやってきたのであった。
「回復たって、まだふらついているだろう。無理するな、ここは俺が見張るから、お前は自分の小屋に戻っていろ」
「ほんとにもう大丈夫ですから。それに、この任務はレイヴィルさんから直々に与えられた任務です。だからヨハンは戻って休んでいてください」
ヨハンは気を使い、まだ休んでいるよう促したが、セヴェリは手にしていた槍をしっかりと持ち直すと背筋を正した。
「だけどセヴェリ、お前はリリー島の任務から戻ってずっと見張りをしていただろう? それに昼は山まで走らされたんだ。体力も限界を超えているはずだ、お前は休んでいろよ」
「ずっと見張りといっても、他の兵士と交代で行ってるので合間に休んでいます。走らされたのは罰ですから当然のことですし、麓までは辿り着けなかったですけど……。だから僕はいつまでも休んでいる訳にはいかないんです。命令は守らないと」
元々少し垂れ気味の目をきつく引き上げて、セヴェリは自分に言い聞かせるように話した。慧牙と同い年であるが、年齢よりも若く見える外見は兵士の格好をしていても、他の兵士達と比べて弱々しく頼りなげな感じを受ける。だけどセヴェリは自身の中に信念を持っているようで、心配するヨハンを跳ね除けて自分の意思を貫こうとしていた。
「昼は俺も悪かった。俺が見つけた時にすぐ注意してケイガを小屋に戻していれば、こんなことにはならなかったんだからな。だからセヴェリは休んでろ」
「駄目です。僕は与えられた任務をきちんとこなしていって、早く一人前の兵士になりたいんです。そして、父さんを歩けない身体にしたあいつらに報復してやりたいんだ」
「……そうだったな、分かったよ。ならここはお前に任せるとしよう」
二十年前、リリー島で起きた大きな戦いでセヴェリの父親は負傷した。
ヨハンはセヴェリの肩に手をおくと、慧牙の見張り役を彼に譲る。
『おい、さっきから何話してんだよ。その声はセヴェリか?』
ヨハンとセヴェリの耳に扉の奥からくぐもった慧牙の声が聞こえてきた。どうやら小屋の外で立ち話をしていたヨハン達の声で目を覚ましたらしい。二人は目を合わせると、肩を竦めた。
「ケイガ、起こしてすまなかったな。これからセヴェリと見張りを交代する。くれぐれもセヴェリを困らせるなよ」
『なんでセヴェリがまた見張りにつくんだ、倒れてたんだろ? 無理させるなって。それにヨハン、お前も戻って休めよ。どうせここは鍵かかってるんだし、出るにもでれねぇんだから』
扉がドンドンと強く叩かれた。慧牙はセヴェリが倒れたにも関わらず、またすぐに見張りにつくことがどうにも納得いかないようであった。ヨハンは困ったように片方の眉を上げて、揺れる扉を右手で軽く押さえつける。
「いいから、お前は黙ってそこで寝ていろ。明日といっても、あと数時間で出発なんだからな。それまでちゃんと休んでおかないと、後がきついぞ」
『あいつが勝手に決めたことだ、俺はどこにも行く気なんかねぇよ。それよりセヴェリ、お前は見張りなんかするな。そんな必要ねぇだろ』
「セヴェリは今回の件で責任を感じて自ら見張りに戻るって言ってるんだ。セヴェリの気持ちを察してやれ」
「僕は大丈夫ですよ、それより起こしてしまってすみません。もう煩くしないので、ゆっくり休んでください」
『ふざけんな、お前らどっちも見張りなんてする必要ねぇんだよ、いいから二人とも早く帰れ!』
先ほどよりも強く扉を叩き、扉の向こうから聞こえてくる声が大きくなった。慧牙の怒りがまた増していることに気がついた二人は、少しばかり困ったような表情を浮かべた。
「あんまり俺達を困らせるな、こちらにはこちらのやり方があるんだ。言い方は悪いがケイガはよそ者だろう、それに一応捕虜だからな。ここのやり方に従ってもらうぞ」
きつい口調でヨハンに窘められて、慧牙の声が聞こえなくなった。けれども返事を返さない代わりに扉を勢いよく蹴りつけたらしく、一瞬だけ扉が揺れた。その後は静かになり、改めてヨハンはセヴェリに見張りを引き継ぐと、自身の小屋へと戻りはじめた時だった。
赤い月だけが顔を出している夜空から、突如として無数の閃光がズメウの駐屯地へと降り注いだ。あまりに突然の出来事にヨハンもセヴェリも眩しい光から目を背けて、その場で蹲る。
空から降り注ぐ閃光は駐屯地内にある石で造られた小屋に当たると、その瞬間、小屋は大きな音を立てて石壁が周囲に飛び散った。石の破片が粉々に吹き飛び、地面に降り注ぐ。
ヨハンは手で頭を抱えながら、必死に状況を確認しようと僅かに顔を上げて空を見た。顔を上げた瞬間、バラバラに砕けた石の破片がに一斉に降りかかる。無数の閃光は途絶えることなく駐屯地を襲い、次々と小屋が破壊されていった。その度に破壊された石壁が周囲に飛び散った。
閃光が一瞬だけ収まった隙に、ヨハンはセヴェリの元へと走り出した。
「あいつらが来たぞ。セヴェリ、大丈夫か?」
「僕は大丈夫ですっ、でもケイガが!」
怪我はしていなかったらしく、セヴェリはいつもの気弱そうな顔つきからひきつったような表情に一変させて、慧牙の身を案じていた。慧牙のいる小屋も閃光が当たり、円形の小屋の天井部分が崩れ落ちていたのだ。小屋の中にいれば、崩れた石壁の下敷きになっているかもしれない。ヨハンの額に嫌な汗が流れ落ちた。
なんなんだよ、鍵かけたんならヨハンもセヴェリも見張りなんていらねぇだろ。なのになんでわざわざ見張りなんかつけるんだ。おかしいだろ。
どこに向けていいのか分らない怒りを思いきり扉にぶつけると、慧牙はふて腐れたように毛布の上に寝転がった。
セヴェリはずっと見張りやってて疲れてるんだろ? 夜も寝ないで頑張ってるってのに、それなのに俺がちょっと外に出たくらいで山まで走らせやがって。途中で倒れたセヴェリに休みもろくに与えないで、すぐ見張りやらせるなんて何考えてんだ、レイヴィルの奴。
彼がすぐにまた見張りに戻されたのは、レイヴィルのせいだと思っている慧牙はイライラしながら小屋の天井を見つめていた。そしてセヴェリに対しても、ヨハンに対しても怒りを感じていた。大人しくレイヴィルの命令に従っていることに納得できなかったからであった。
幾らここでは部外者だとしても、慧牙は望んでここに来たわけではない。レイヴィルに無理矢理連れてこられただけである。強制的に連れてこられて、ここのルールに従えと言われても、はいそうですかと言って、素直に従うことなどできるわけがない。
自分は犯罪を犯したわけでもなんでもない。それなのに、どうしてこのように一方的に閉じ込められなければならないのか。この世界にはこの世界のルールがあるのかもしれない。フレア族にはフレア族のルールがあるだろう。それは頭では理解したとしても納得できなかった。
「あぁくそっ、むかつくな!」
どうしてもやり場のない怒りを抑えることができない慧牙はすぐにまた起き上がる。そして小屋の端まで歩いていくと、隅に置かれていた長方形の大きな箱の蓋を開けて中を引っ掻き回し始めた。
小屋の扉とは反対側にある小さな窓、その窓の外側からは風を凌ぐ為の板がつけられていた。慧牙はその板を剥がし、ここから出られないかと考えた。自分がいなくなれば他人に迷惑をかけなくてすむ。慧牙は硬くて板を剥がせそうな道具を探した。けれども探している内に手がふと止まった。
俺がまた外にでれば、あいつ……また罰を受けるじゃねぇか。
手にしていた小さなノミのようなものを地面に投げつけると、慧牙は舌打した。
その時、轟音とともに小屋の天井がいきなり崩れ落ちてきた。
大きな白い石が砕けて小屋の中に一斉に落ちてくる。何が起こったのか分らず、慧牙は声も出せぬままその場で頭を抱えて膝をついた。
「……な、何が起こったんだよ」
小屋の中央にあった炉は完全に石壁に埋もれ、つい先ほどまで横になっていた毛布も落ちてきた大きな石壁の下敷きになっていた。
慧牙は呆然と崩れ落ちた石の山を見つめて、直後、全身に震えが走った。それは運が悪ければ死んでいたかもしれないということと、天井に大きな穴があいて冷たい外気が一気に流れ込んできた為か、どちらかであった。
「ケイガ、大丈夫ですか!? ケイガ!」
突然セヴェリの叫び声が聞こえて、慧牙は小屋の入口の方に視線を移した。けれども扉は崩れた石壁によって塞がれ、かろうじて扉の上辺りだけが見えている。中にいた慧牙を心配してセヴェリが甲高い声で何度も慧牙の名を呼んでいた。
「大丈夫だ、セヴェリは? お前は無事か!?」
「よかった、今そこから助け出すので小屋の中央にいてください! 壁側には寄らないで、もしかしたらまた壁が崩れ落ちるかもしれないから!」
「わかった! それより一体何があったんだ!?」
無残にも崩れ落ちた石壁の破片の上を歩いて小屋の中央に移動する。それから再び外から大声で説明するセヴェリに返事をかえした。その時、頭上で幾筋の閃光が走った。眩しい光に驚いて慧牙は崩れ落ちた天井の所から夜空を見上げると、夜空にたくさんの閃光が走っているのを目撃した。流れ星かもと思ったが、あまりに太い光の筋を見てすぐに違うと悟る。
「攻撃を仕掛けてきたんです、ユーリャ族がここを攻めてきたんです! こんなことはこれまで一度だってなかったのに!」
「セヴェリ、しゃべってないで手伝え! おいケイガ、怪我はないんだな?」
「あぁ!」
ヨハンの声も聞こえてきて、慧牙は大声で返事をすると、二人の助けを待つことになった。その間も夜空に走る光の筋は絶え間なく現れ、何度も近くで閃光が起こり、暗い小屋の中は幾度も明るくなってはすぐ闇に包まれていた。
聞こえてくる轟音と兵士達の叫び声が聞こえてくる。リリー島でのフレア族とユーリャ族の戦闘が思い返された。慧牙は助けを待ちながら、また人が死ぬのだろうかと思い胸を詰らせた。
「お前の能力でこれ以上壁が崩れないよう凍らせろ、急げ」
「分りました!」
外でヨハンとセヴェリのやり取りが聞こえてくる。慧牙はセヴェリの能力というのが全く分らず、寒さで身体を震わせながらも待つしかなかった。しばらくすると閃光とは違う青白い光が、扉の隙間から漏れてきた。ただその様子を見守っていると、突然崩れた天井からヨハンが姿を現した。
「無事で良かった」
崩れた天井から小屋の中に降り立ったヨハンを見て、慧牙は口を開けたまま驚いていた。結構高さのある所だ、こんな高さまで登ってきたヨハンの身体能力に感嘆する。
「お前、すげぇな。こんな高い所までどうやってあがったんだよ。よじ登ったのか?」
「そんなことはどうでもいい。それよりも早くここから脱出だ」
「え、うわ!」
小屋の中央で立ち尽くしている慧牙を右手で抱え上げると、ヨハンは少し両膝を曲げてから夜空に向って跳躍した。身体が急に浮き上がり、慧牙はヨハンの身体へ咄嗟に掴まる。まだ崩れていない壁に上がると、そのまま小屋の外へとヨハンは飛んだ。
「ケイガ、怪我はない!?」
「あ、あぁ怪我はしてない。それより、これからどうするんだ?」
「急いでレイヴィルの元に行くぞ!」
ヨハンは再び慧牙を担ぎ上げると、セヴェリとともに閃光の中をくぐり抜けて走り出した。
「おい! 降ろせ!」
「駄目だ、ここは危険すぎる。それにお前はこの駐屯地内の事を知らないだろう」
「くそっ!」
怪我もしておらず、普通に走れるのにヨハンに担がれるのは納得いかなかったが、こんな状況では仕方ないと思い、慧牙はそれ以上抗議せず大人しくヨハンに運ばれることになった。
「でもなんで、あいつらがここを!? 今までこんなこと一度もなかったのに! それに毎日必ずこの付近の偵察をしているはずなのに、どうして偵察部隊は気づかなかったんだろう!」
「なぜ偵察部隊が気づかなかったかはわからんが、とうとうあいつらの堪忍袋の緒がきれたってことだろう。俺たちの執拗な聖地への攻撃が功を奏したとでもいうべきか。だが、こういう時に備えてレイヴィルも奇襲を受けた際の策を練っていた。でも少しばかり敵のお出ましが早すぎたかもな。とにかく、急いで行動に移さないと、俺達がかなり危険な状況だという事だけだ」
「レイヴィルさんは大丈夫だろうか」
「あいつのことなら心配ない。それよりもパニックに陥っている兵士達が右往左往している方が危険だ。こんな状況では個々で応戦することなど意味のないことだからな。早く皆を集めないと。おい! お前達そこで何をしている、早くレイヴィルの元に行け!」
動揺し、戸惑う兵士達を見つけたヨハンは大声で早く集合するようにと声をかける。
閃光の直撃にあい、倒れている兵士達や、怪我をして歩けなくなっている者達がそこら中にいた。これまで直接ここを攻撃されたことのないズメウの駐屯地、夜も更けて皆それぞれの小屋で眠りについていたであろう。
そんな中、突如空から無数の光が落ちてきた。奇襲を受けるかもしれない、ということは想定されていたが、これまで一度も奇襲を受けたことがなかった兵士達は皆ここでは安心しきっていたのかもしれない。あまりに突然の攻撃に兵士達はひどく混乱していた。
「あいつらがっ、あいつらが攻めてきたんです!」
「敵の数は!?」
「分りません、ですがかなりの人数だと思われます。多分、聖騎士団の奴らかと」
「すぐにレイヴィルの元へ向うんだ、急げ!」
「はっ!」
至る所で兵士達の叫び声や怒鳴り声が飛び交う。ヨハンは兵士達の姿を見かける度に、声をかけながら走りつづけていた。いつの間にかヨハンの後ろには続々と兵士達が一緒になって走っていた。途中、石壁が崩れて道が塞がっているところもあり、空から無差別に続く攻撃を交しながらも駐屯地内をまるで迷路のように駆け回ったていた。
「ヨハン、あいつらの攻撃が一度治まれば、次は直接乗り込んでくるぞ。リーダーが奇襲があるかもしれないって言ってたが、本当だったな」
「流暢な事を言ってる場合じゃないぞ。幾ら想定されていたとはいえ、まだ対応策を皆には伝えていなかったからな。とにかく油断していたら、被害がこれ以上でかくなるぞ。そうなる前に陣形を作って迎え撃たねばならん」
後ろからついてくる兵士達の中から、一人だけヨハンのすぐ隣につくと、その兵士は喜々とした声で話している。慧牙と同じ年頃で、釣り目のきつい顔立ちをしている。その若い兵士はこの奇襲を喜んでいるようだった。
「でもどうしてまた、こんなことになったんだろうな、昨日の偵察では怪しいところは一切なかったんだ。術を使った痕跡もなかったし、いつもなら魔物や力を持つユーリャ族に反応する動物達も騒ぐことはなかった。おかしなところはひとつもなかったのに、あいつらなんで姿を消してここまで来れたんだろう! ゾクゾクするな」
「聖騎士団の連中なら、気配を全て消してこのズメウまで来る事は可能だろう。今までの針でつつくような攻撃にとうとう耐えられなくなったとみえる」
「そいつは? あのリリー島で捕まえたという不審者か?」
突然、話の方向が変わり、慧牙は反射的にヨハンの隣で走り続ける若者を睨みつけた。ことあるごとに不審者だとか神の子だとか言われて、慧牙の我慢も限界に近かった。いや、もう限界を超えているかもしれないが。
「こいつ、なにもんだ?」
「ターヴィだ、まだ若いがかなりの腕前の持ち主だ。おい、あと少しでレイヴィルのいる小屋に着く。ターヴィ、後はまかせるぞ。ケイガ、ここからはターヴィについていけ!」
突然、地面に降ろされて慧牙は転びそうになった。降ろすなら降ろすと先に言ってくれと心の中で毒づくと、慧牙は皆と同じように走り出す。雪の降る地方で生まれ育った慧牙にしてみれば雪の上を走る事は苦もなかったが、予想以上にターヴィ達の速度は速く、慧牙はかなり必死で走る羽目になった。
「どこ行くんですか!? そっちは危険です!」
セヴェリがヨハンに対して声を上げた。
「まだ駐屯地内で混乱している奴らを集めてくる、ターヴィ、ケイガを頼むぞ。セヴェリもな」
「任せとけ」
ヨハンが一人、分岐している道を皆と反対の方へと外れていく。慧牙とセヴェリ、ターヴィは先頭を走りながら、後方からついてくる多くの兵士達を引き連れてレイヴィルのいる小屋へと急いだ。
幾つもの閃光が辺り一体を一瞬だけ光らせて、その後すぐに石の破片が飛び散る中、ある一筋の光が慧牙達の集団を襲った。
「わぁぁぁぁ!」
光は慧牙達のすぐ後ろにいた兵士達の中に落ちて、その瞬間すぐ後ろから叫び声が上がった。それと同時に慧牙とターヴィ、セヴェリは衝撃で前方へと投げ出される。石の粒がパラパラと頭や身体に落ちてきて、慧牙はなんとか立ち上がろうとした。後ろでは兵士達の騒ぐ声が聞こえる。
何がおきたのか確認しようとした。
その時、地面に人の手のようなものが転がっているのを見て、一瞬呼吸が止まる。そのまま周囲に忙しなく目を向けると、地面の至る所に人の身体の一部と思われるものが散乱していた。
直撃を受けた兵士の身体が粉々に砕けちっていたのだった。慧牙はあまりにも唐突に起った事態に頭の中が真っ白になり、ただそこら中に転がっている、無残な兵士の亡骸を呆然と見つめていた。けれどもターヴィとセヴェリは慧牙と違い、すぐに立ち上がるとまだ地面に蹲っている慧牙を強引に立ち上がらせた。後方からついてきていた兵士達は悲鳴を上げながら、来た道を戻り始めたり、違う道へと逃げようとしていた。
「落ち着け、もう少しだ。散り散りになるな!」
ターヴィが散り散りになって逃げ出す兵士達に怒気を飛ばす。そしてなんとか逃げ出そうとした兵士達を集めると、再び目的地に向って走り出した。
気がつけば、粉々になった兵士の身体の肉の破片や血がターヴィの背中を汚していた。慧牙の左側を走っているセヴェリの背中にも同様に汚れている。慧牙は自身の背中もそうなっているのだろうと考えると、これまでに感じたこともない強い恐怖感を覚えた。それはリリー島での出来事よりも強く、より強烈に刻まれた。
まだここに連れて来られて日は浅いが、イノアやセヴェリ、ヨハンという人達と知合い、気づかぬ内に親近感を覚えたからであろうか。この者達と同族の仲間が、たった今殺されたのだ。そしてその者の肉片や血が自分達の身体に附着している。
「あり得ないだろ、こんなこと! おかしいだろが!」
半分パニックに陥った慧牙は誰に話すでもなく、ただ全速力で走りながら心に溜まり続ける怒りと恐怖を吐き出していた。
「大丈夫です。僕達が守るから心配しないで!」
慧牙の状況を察したのか、隣を走っているセヴェリが励ましてきた。これまでずっとセヴェリは兵士というよりも、気弱で戦闘には到底向いていないタイプだった。そんな彼の言葉に驚きながらも慧牙は口をきつく結び、ただ真っ直ぐに前方を見つめて走りだした。
「見えた。よし、リーダーの小屋はまだ攻撃を受けていないようだ。みんな行くぞ」
ターヴィがレイヴィルのいる小屋を確認すると、後方から必死でついてくる兵士達を元気づけるように声を上げた。
「ケイガ! 無事だったんですね。それにターヴィもセヴェリも。良かった、どこか怪我はしてませんか?」
レイヴィルのいる小屋に入るなり、中に避難していたイノアが血相を変えて歩み寄ってきた。どうやら本当に心配していたらしく、慧牙に声をかけるとすぐにどこか怪我をしていないかチェックし始めた。そしてすぐに背中に附着している血や肉片を見つけると、サッとイノアの顔色が変わった。
「大丈夫だって、背中の血は俺のじゃない。どこも怪我してないからっ……。それよりも一体どうなってるんだ、なんでこんなことに」
「まさか、お前の口からそんな言葉が出るとはな。こっちのほうが驚きだ」
「なんだと?」
イノアが心配する後ろで、レイヴィルが冷めた目つきでそんな言葉を言ってきた。
なんでこいつは会うたびに突っかかってくるんだ!? 本当にこいつはいちいち勘に触る奴だ!
慧牙はムキになって口を開きかけたが、それはすぐにイノアによって封じられた。
「聖騎士団がこちらに奇襲をかけてきたのです。こちらの偵察を掻い潜り、すぐ近くまでやってきて大規模な奇襲をかけられたのは今までにないことでした。ですが陣形を整えて的確に攻撃を加えれば、退けられます。この小屋以外にも、別の小屋には多くの兵士達が非難している。ここ周辺の二つの小屋は防壁を張ってあるので、外に出ない限り聖騎士団の攻撃は交せます」
「だけどここにずっといても始まらないだろう? この攻撃が一旦治まれば、次は直接ここに聖騎士団が乗り込んでくるはずだ。どうするんだ?」
イノアの説明にすかさずターヴィが口を開いた。大地を揺るがす振動が不規則に慧牙のいるところまで伝わる。遠くで兵士達の悲鳴が聞こえた。また誰か死んだのだろうか。さきほどの兵士のように粉々になって……。そこまで考えて慧牙はその考えを打ち消すかのように頭を振った。
「降り続ける無数の光の矢でかなりの数の敵が奇襲をかけていると感じるだろうが、それは違う。恐らく聖騎士団の数は十人もいないだろう。もう少しすればこの攻撃は収まる。その時に我々は行動を開始する。イノア、攻撃が収まったらすぐにここに集まった兵士達を連れて駐屯地南の端まで移動しろ。ターヴィ、お前は俺と一緒に来い。それと他の小屋に非難している者達も俺とともに北にある茂みまで移動だ。セヴェリ、別の小屋にいる兵士達に伝えろ。攻撃が収まったらすぐに外に出ろとな、そして俺がいる場所に集まるよう伝えてくれ」
「はい!」
顔色ひとつ変えることなくレイヴィルは次々と指示を飛ばしていった。レイヴィルの指示を聞いて、セヴェリはすぐに他の小屋に集まっている兵士達に伝言を伝える為に扉のほうへと兵士達を掻き分けていった。
こんなにもひどい攻撃を受けているにも関わらず、必死の思いで逃げてきたセヴェリが外に出て行くのを見て、慧牙はレイヴィルに食って掛かった。
「危ないだろ、すぐにセヴェリを戻せ! 死んだらどうすんだ!」
先ほど死んだ兵士の事を思い出し、慧牙は焦ったように声を荒げた。
「あいつは兵士だ、生死など我々には取るに足らん。余計な口を挟むな」
「なんだと!?」
セヴェリの身を案じて言った言葉を容易く跳ね返されて、慧牙はレイヴィルに掴みかかろうとした時、イノアが間に割って入ってきた。
「レイヴィルの言うとおりですよ。我々は兵士です。兵士は上官の命令には絶対に従わねばなりません」
有無を言わせないきつい口調が慧牙に突き刺さる。慧牙は怒りのやり場を失い、近くにあった長椅子に思い切り蹴った。
「くそ! じゃあ、なんでその聖騎士団って連中の数が少ないとか分るんだよ。十人もいないとかそんなわけねぇだろ、こんなにすげぇ攻撃くらってんのに。攻撃が収まったらすぐにみんなで逃げたほうがいいんじゃねぇのか!?」
勝手な思いつきをわざとレイヴィルに聞こえるように大声で口にした。すると、ここで初めて表情を変えたレイヴィルは慧牙のすぐ目の前まで歩み寄ってきた。
「いちいち煩いな、イノア、こいつを暫くの間黙らせろ」
「え、ですがケイガは……」
「いいから早くやれ」
イノアは数秒迷った後、もう一度レイヴィルと慧牙を見比べたが、彼の命令に逆らうことはできず、小さな声で「すみません」とだけ言うと、慧牙の目の前に右手を広げてきた。一瞬にして目の前が真っ白になり、電流が身体中を駆け巡る。
「ぐぁっ!」
痛みに声を上げ、両膝から力が抜けて自身の身体が崩れ落ちていく感覚を覚えながら、遠のく意識の中でレイヴィルの声が聞こえてきた。
「貴様のせいで、こんな事になったしまったというのに。こいつは何も分っていない、この者は我々フレア族の神ではなく、悪魔だ。こいつを見ているだけで……」
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