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第1章
§8 兄弟の絆
しおりを挟むグレン様を城まで招き、互いに身なりを整えるために一度別れる。
俺は身を清めて正装を身に付け、兄たちの元へ向かう。
冷たい水で汗や血、土の匂いを洗い流すと、ようやく現実に戻ってきたような気がする。
「失礼します」
「入れ」
扉が開かれ、拍手で迎えられた。
謁見の間にはすでにギル兄とアド兄、その他家臣たちが集まっていた。家臣は昔から仕えてくれている者が多く、俺たち兄弟の成長を見守ってくれた親戚のような人物たちだ。
「ライゼル王子、よくぞ最後まで戦ってくれました」
「さすがこの国の守護者です」
「ありがとう……皆」
温かい言葉を浴びて小っ恥ずかしい気持ちになる。この国の皆の笑顔と安堵の表情を見ることが、俺の戦う理由の全てだ。
そのまま足を進め、兄たちの目の前で礼をする。
「ご苦労だったなライゼル」
「無事でよかった。本当にありがとう」
ギル兄の低い声には、いつも以上の安堵と労いが込められていた。アド兄の穏やかな笑顔は、俺の顔色を隅々まで確認しているのが分かり、相変わらず過保護だなと苦笑する。
「いえ。全て二人の采配あってのこと。最後まで戦う機会をいただきありがとうございます」
表向きの挨拶を終え、三人だけで話せるように奥の部屋へ向かう。謁見の間はこの後ゼフィロス王国一行を出迎えるために準備が行われる。
三人だけになりくつろいで話せるようになったので、俺は戦場の様子とグレン様の戦いっぷり、そしてなぜ俺が交換条件になったのかの経緯を伝えた。
「なるほど……ゼフィロス王の家臣の助言と強引さのおかげで我々は命拾いしたわけだな」
「おまけに国交の回復までついてくるとはね。ノグタムの侵攻と災害で疲弊しているうちとしては有難いことばかりだけど。ライゼルを望むという条件は今からでも交渉の余地がありそうだね」
「そうだな。ライ、どうする。私とアドは条件の変更を交渉しても一向に構わないぞ」
二人の兄の瞳には、俺の意思を尊重したいという強い愛情が滲んでいた。
「グレン様にも伝えたけど、俺は一度決めたことは覆したくないな。それに今後スフェーンとゼフィロスが国交を回復させるのに、あちらに俺が居たら少しでも役に立てるかもしれないし」
俺の決心が固いと見たのか、二人はそれ以上交渉の話はしなかった。
その代わり……とんでもない爆弾を落としてきたのだけれど。
「ライ。ゼフィロス王の体格はやはり他の獣人と同じように立派だったか」
「え? そうだね。何なら今まで会ったことのある獣人の中でも特別大きかったかな」
不意に、グレン様に抱き上げられた時の分厚い胸板と腕の太さを思い出し、心臓が跳ねた。
ギル兄はなんでそんなことを聞くのだろうと思って首を傾げる。二人が互いに顔を見合わせて頷くと、今度はアド兄が笑顔で口を開く。
「いいかい。獣人との性交渉は慣れるまで時間がかかるらしい。身体を痛めないようにしっかり準備するんだよ」
「はあっ!?」
「なんだ。伴侶になるのだから想定内なのかと思っていたぞ」
「そ……そんなこと想定しているわけが……」
言葉が震え、思わず俯いてしまう。そんな親密な行為について、家族と、しかも兄たちと話すなど羞恥で爆発しそうだった。
「あらら、ライは純粋だからねえ」
「アド。ライに持たせる荷物はお前に任せるぞ」
「はいはい。ライの身体への負担が少しでも軽くなるように色々と持たせてあげないとね」
「二人とも、なんかもうちょっとこう……言葉を選んでくれないかな」
「男きょうだいで何を今更。それとな、もしゼフィロス王がとんでもない暴君であれば一刻の猶予も与えずスフェーンへ帰ってこい。お前の足ならばそれくらい簡単だろう」
「できればそんなことにはなってほしくはないけれど、僕もそれは大賛成だ。約束だよ、ライ」
「ええ……分かりました」
この二人の兄は俺に甘いところがある。昔から。二人は歳が近いが、俺は少し歳の離れた弟だ。それもあってか、昔から世話を焼いてもらった記憶がある。
それにしても突然とんでもない爆弾を落としてくるのだからたまったものではない。とはいえ、全く想定していなかった自分も甘かったと思う。
俺が嫁ぐわけだし、体格的にも受け入れる側になるのは俺の方なのだろうな……。
想像しようとしてもそういった類のことは経験が無いし、とんと疎いので未知のことに頭が痛い。
それからはスフェーンの今後やゼフィロス王国陣営と話し合う事柄など、他愛ないこともたくさん話した。
スフェーン王国を出ればこういった時間もなかなか持てなくなるだろう。そう思うと少し寂しい気もするが、過保護な兄たちから離れて自分自身で道を拓いていく決意はできている。
そうこうしているうちに家臣から伝達がきた。ゼフィロス王国の皆様の準備が整ったようだ。
「さて、それでは可愛い弟の旦那様を拝みに行くとしよう」
「ちょっとくらい牽制しても許されるよね」
「俺が許す」
「ちょっと二人とも……頼むから余計なことは言わないでよ」
ギル兄は前髪をがっ、と後ろに撫で付け襟足と合流させるように整えた。アド兄は銀縁の眼鏡を押し上げ、顎の辺りで切り揃えた髪を耳にかける。
とても嫌な予感がするのだが、俺と同じ金色の髪を持つやる気満々の兄二人を止める術を持ち合わせていない。
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