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第4章
§33‐1 剣舞
しおりを挟む無事に婚姻の儀式を終えることができ、次は剣舞の披露だ。
参列者を待たせるわけにはいかないので、この準備の時間は慌ただしい。支度部屋に戻って大急ぎで剣舞の衣装に着替えた。
俺は儀式で泣いてしまったので、髪型を変えてもらっている間は自分の魔法で作った氷を使って目元を冷やしていた。じん、とする氷の冷たさが、まだ火照りの残るまぶたに心地いい。
「う~、グレンのせいで泣き顔になった!」
「大丈夫ですよ、剣舞はそこまで客席から近くないですし、お客様は演出に目を奪われると思いますので」
そういうミレイも鼻を啜っていて、思わずおかしくなって二人で笑ってしまう。髪を結ってくれている係もつられて、「お式のお二人を思い出したら泣いてしまいそうです!」と言うのでまた笑いが起きる。
話しながらも手は止めないあたり優秀な係で、髪の毛もあっという間に後ろ頭の高い位置で結い上げられ、紐と飾りもつけ終わったようだ。頭皮がキュッと引き締まる感覚に、自然と背筋が伸びる。
「はい! 完成です!」
「さすが、早い! ありがとう!」
俺は氷魔法を止めて姿見の前に立つ。そこに映るのは先ほどまでの柔らかな花婿ではなく、戦場に立つ剣士の姿。
剣舞の衣装は腕が出ており、裾が足首まで長さのあるひと繋ぎの形だ。胸から腰あたりまで夕焼け色で、裾にかけて黒くなる。
暗闇に灯る光のようなデザインで、羽織も袖なしなのだがそちらは全体が黒い。襟元に黒い羽の飾りが付いている。これが首をくすぐってくるのだが我慢できないほどではない。
髪を高く結い上げたのは、剣舞の中で戦場を表現した場面が出てくるからだ。先ほどまで髪を編みこんでいたので、ちょうどよく髪が波打っていて、戦場では髪など気にしていられない様子が表現できていると思う。
係とミレイ、タイクと一緒に改めて着用し忘れていないものがないか全身の確認をする。
無事確認できたところで、ミレイとタイクと一緒にバタバタと支度部屋を出て、剣舞会場のステージ裏に向かった。幕の向こう側から、大勢の列席者のざわめきが聞こえる。
予想通りというかお約束のようになっているが、やはりグレンは先に着いて演出係と打ち合わせをしていた。薄暗い舞台袖で彼の真剣な横顔がかっこいい。
「ごめん、お待たせ」
「まだ少し余裕があるから大丈夫だ。ちゃんと水分補給をしておけよ」
「うん。グレン、かっこいいね!」
「気恥ずかしいな」
グレンの衣装は、黒にしようという案もあったのだが、タキシードと被ってしまうので、全体が濃紺色だ。俺の胸元の夕陽色との対比で、グレンは淡い黄金色。
剣舞の衣装にも口を出し……指示を出していたようで、どうやら胸元の黄金色は俺の髪色に近づけるようにと衣装係にお願いしたらしい。そういう絶妙に細かい性格も、可愛らしく感じるのだから不思議なことだ。
ステージの袖からちらり、と客席を覗くと、またしても兄二人が最前列を陣取っている。二人が狙ったわけではなく、列席客として席が決められているのだろうが、まんまと二人の望み通りになっているのが腑に落ちない。
「はあ……」
「どうしたため息など吐いて。新婚も新婚だぞ」
「また兄さんたちが最前列に座っているのがね……」
「何が嫌なんだ」
「嫌っていうわけじゃないけどさぁ」
俺はあの二人に剣舞を教わったのだ。二人はここ50年の王族の中で五本の指に入るのではないかと言われる剣舞の踊り手だ。
二人で一緒の演目も、各自の演目も関係なく自分たちのものにしてこなしていたのを、子どもの頃はよく見ていた。特にアド兄は芸術肌で、王族だけでなく国民が誰しも踊りやすいように演目や脚本を創り出し、踊り手を増やす活動を成功させている。
そんな二人を目の前に自分で書いた演目を披露するのは、まるで試験官の前に立たされたようで正直気が重い。手のひらにじっとりと汗が滲む。
「そんな話を聞くと俺の方が胃が痛くなってきたぞ……」
「あぁ~ごめん。そうだよな。でもあの二人がやってこなかったことも取り入れてるから、きっと面白いと思ってくれるはずなんだ」
グレンを不安にさせるつもりはなかった。耳をぺたん、と横向きに倒す彼へ抱きつく。鼻先が首の後ろをくすぐる。グレンはこの仕草をよくやる。俺の匂いが強く感じられるから好きなんだそうだ。彼の落ち着く匂いと、吐息が首筋にかかる感触で俺自身の緊張も解けていく。
「大丈夫か?」
「うむ。落ち着いた」
顔を見合わせた俺たちの後ろから、オホン、と咳払いがひとつ聞こえる。
「お二人とも、ご準備はよろしいですか?」
「大丈夫ですごめんなさい」
「もうそんな時間か」
「はーい、では開演です。司会どうぞ!」
にっこり笑ったミレイの顔が怖かった。その笑顔の圧を感じて俺たちは慌てて身体を離す。最近グレンと二人の世界に入ってしまうことが多いのでミレイやタイクに生温かい目を向けられている。
ミレイの指示により、開演を告げる司会がステージ中央に歩み出る。
「ご列席の皆さま、大変お待たせいたしました。本日はダンスではなく、めでたく結婚を認められたお二人による“剣舞”をお見せいたします。拍手も歓声も皆さま思い思いの瞬間に遠慮なくどうぞ。それではお楽しみください!」
司会が拍手を受けながら袖に捌ける。ステージは暗転し、一度幕が下りる。
今度は俺がステージ中央に向かう番だ。息を吸って、吐いて、両肩を回す。隣に立つグレンが背中をポンッと優しく押してくれる。それに合わせて足を踏み出した。もう後戻りはしない。
予定通り、ステージの中央へ立った。心臓が早鐘を打っている。だが、不思議と恐怖はない。隣には、彼がいるのだから。
――――幕が、開く。
剣舞の物語は――――
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