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第5章
§38‐2 異変
しおりを挟む待っていたのは猛々しい雰囲気の獅子獣人。歴戦の勇士の風格。
鳶色の立派な毛がまた彼の威風を際立たせる。ギルド長というよりはその護衛役と言われたほうがしっくりくる。
椅子から立ち上がった部屋の主が威圧感さえ覚える体躯で俺の前に歩み出る。
「初めまして、ライゼル様。王都の冒険者ギルド長、バノーテと申します。ご挨拶が遅れ大変申し訳ございませんでした」
声は風貌に似合わず、落ち着いて理性的だ。
「初めまして。こちらこそ、本日はお時間をいただいて申し訳ございません」
挨拶の握手をすると、立派な右手の分厚さに驚かされる。武骨で、硬い皮膚。まさに戦う者の手だ。グレンと同じくらいの大きさだ。
グレンからの事前情報として、バノーテ殿は現役の頃最高位の冒険者として活躍し、大型の魔獣討伐では共に闘ったことがあると聞いていた。挨拶をしただけでその実力の一端に触れた気がして頷ける。
どうぞお掛けください、と勧められたソファに腰掛ける。革張りのソファは、少し使い込まれている。
タイクとブラスをちらっと見たが、二人は俺の後ろで立っているつもりのようだ。
「本来であれば私が城へご挨拶に参じるべきですのに、誠に恐れ入ります」
黒いシャツにジャケットを羽織っているが、パンツと靴はしっかり冒険者の装備だ。彼なりの気遣いを感じ、警戒は緩めないが少し心が穏やかになる。張り詰めていた糸が、わずかに緩む。
「いえ、バノーテさんもお忙しい身だ。本来ならば商業ギルドの後に間を空けず私が来られたら良かったのだが、遅くなってしまった。許してくださるとありがたい」
「もちろんです。そして敬称も不要です。ソルファのことはもう呼び捨てだと本人から自慢されました」
「ははっ、お二人は長い付き合いだとソルファからも聞いています」
「ものすごく端折った言い方ですが、確かにそうですね」
バノーテの口元が、わずかに笑みの形を作る。
人と打ち解けるのも早い。こちらの懐にすっと入り込んでくるようだ。
冒険者はその場その場での臨機応変な対応力が求められる仕事。スフェーンの冒険者業では、初対面の冒険者相手に上手く打ち解けられる者はランクを上げるのが早い傾向にあった。
「……本日は何か、急ぎのご用向きがおありなのでしょうか」
そして本題に入るのも早くてありがたい。個人的にはソルファ同様、好ましい性質の人だ。
「グレンからの言伝と、いくつかお教えいただきたいことがございまして」
「何なりと」
「まず、旧王族派の動きが活発になってきています。もし情報が入った際には共有いただけるとありがたい」
「……もしや、式の際になにか」
「はい。剣舞の際にグレンを狙った暗器が確認されました。騎士団で分析中ですが、証拠という証拠は見つけられないかもしれません」
あの瞬間の、肌を刺すような殺気を思い出す。
バノーテは式と剣舞にはギルドの仕事のため列席できなかったので、実際にその場にはいなかった。それなりに驚いているようなので、情報が漏れている可能性は低そうだ。
「グレンを狙う理由を持つのが旧王族派だけなので、その線で動いていますが、まだ何とも言えません」
「なるほど」
バノーテは、太い腕を組んだ。
「後は、ユーディア王国の内戦が思ったよりも過激化しているようです。冒険者の皆さんもユーディア王国近郊の依頼を受ける際にはご注意を」
「それに関してはギルドにも情報が集まっております。どうぞこちらを」
バノーテが差し出した資料は、冒険者からの目撃情報や伝聞をまとめたものだ。びっしりと細かい文字が並んでいる。ありがたい。不確かな情報でも何かの糸口になる可能性がある。
「助かります」
「一番気になるのは、謎の生物兵器を作っているという噂です」
「それはこちらでもスフェーンから情報をもらいました。どうやら魔獣を改造しているようだと……」
「想像しただけで恐ろしい。彼らは一体何を求めているのか……」
バノーテが視線を床に落とす。グレンから聞いていたバノーテの情報は、もうひとつある。
「あなたは、ユーディア王国の出身だと聞きました。……故郷に、ご家族は?」
尋ねる声が、自分でも少し硬くなるのが分かる。
「いえ、おりません。幸い私は若い頃にゼフィロスへ来られましたので、縁のある者は皆こちらに」
「そうか」
「……ですがやはり、思うところはあります」
握りしめられた拳が、彼の思いを物語っていた。
故郷が戦火で燃えている。心穏やかではいられないだろう。
「……すみません。別件は、ここ2、3か月のうちで気になる報告についてですね。それはこちらにまとめております」
「ありがとう」
個人的にはこちらの資料により興味があった。
もしかすると、ユーディア王国との国境近くで通常の魔獣に混ざり、改造魔獣が討伐されているかもしれないと思ったのだ。
思っていたよりも資料が分厚かったのでタイクに渡し、情報の精査は城で行うことにする。
「もしユーディア王国から出た改造魔獣がゼフィロスに現れるようなことがあれば、国境付近の村や町は大騒ぎになるでしょう。現在、早急に民の避難経路と受け入れ先を割り振っています。まだ公にしていない情報なので留めておいてください」
「畏まりました。現状、冒険者ギルドでお力になれることはございますでしょうか」
「各ギルドの連絡手段の再確認をお願いします。有事の際、いかに連絡が早くとれるかが重要になります」
「早急に確認させます」
「ありがとう。不確かな情報ばかりで申し訳ないが、よろしく頼みます」
俺から差し出した手を、バノーテが再び力強く握ってくれる。
今後、改造魔獣の情報が入れば互いに共有し、対策を考えようということも話した。
一通り話したいことは伝えられたので今日の目標は達成である。
「これで以上です。お時間をいただいてありがとうございます」
「こちらこそ、情報共有をありがとうございます。しかし……まだ式を挙げて間もないというのに、ライゼル様も大変ですな」
髭を摩りながら俺のことを気にかけてくれる。
実はこの間ソルファにも全く同じことを言われたのだが、伝えると機嫌を損ねるかもしれないので黙っておく。彼らの関係性を思うと、微笑ましいが。
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