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第5章
§40‐1 領主会議
しおりを挟む5日後、各領地の代表者が城に集結した。
城で一番広い会議室の中で、各領地の役人たちが落ち着き払った風で忙しなく動き回っている。
磨き上げられた円卓を囲むように、緊張の糸が張り詰めている。行き交う役人や家臣が小声で打ち合わせる声が重なるので、結局なかなかやかましい。
俺はグレンの後ろでジェイドとミレイと共に立っている。
グレンは隣の席に座るように勧めてくれたが、辞退させてもらった。
ゼフィロス王国において、王の伴侶には何の法的権限も無い。お飾りだと言われようが一向に構わない。スフェーンに居た頃と似たようなものだ。
王の隣に咲く、ただ美しいだけの花。その花には棘があることを敵に知らしめたいのが本音ではあるけれど。
しかし今回は王城から各領への命令を出す。お願いするわけではないのだが、変に事を荒立てる必要はない。火種は少しでも減らしておいたほうがいい。
俺もこういうことに頭が回るようになったのだなと思う。
逆に言うとスフェーンにいた頃が恵まれ過ぎていたのだろう。
グレンの身に危険が迫ってから物の見方が変わったという実感がある。
守られるだけの存在だった俺が、愛する守りたい人を得て、少しだけ強くなれたのかもしれない。
「定刻になりましたので、会議を始めます」
峻厳としたジェイドの声がざわついていた会議場の空気を引き締めた。
水面に落ちた一滴の雫が波紋を広げるように、さざめきがすっと引いていく。
「それでは東西南北の順で代表者は名を述べてください。それをもって議事録の記述を開始いたします」
重要な会議が行われる際は、冒頭で各領の代表者が名乗ることになっているという。
話には聞いていたが、実際目にするのは初めてだ。厳粛な儀式の重みを肌で感じる。
代表者は会議の重要度によって出席する者が変わる。今回は各領の真の代表者である侯爵4名が出席しており、名代を立てる領は無かった。
それだけ、今回の議題が喫緊かつ重大であるという証左だ。最後まで渋っていた侯爵が若干1名いたようだが。
「東方領、ゴルダ・ムージェである」
低く、不遜な声が響く。
最初のゴルダは呼びつけられ不機嫌なのを隠さない様子。痩せぎすの体でわざわざ大きな音を立て椅子に座った。
「西方領より、シェスト・グレンデルである。よろしくお願いいたします」
次いで西方領の侯爵がゴルダとは対照的な、丁寧で滑らかな声で挨拶をした。
シェストは白毛で細身の体を恭しく折り曲げ着席した。座るたびにいちいち長く豊かな尻尾を持つのが面白い。雪のように白い毛並みが、上質な衣服の下で艶めいている。
ちら、と目線を投げたのに気づかれたようで、赤目が三日月のように細めて向けられる。血を思わせる深い紅。その瞳で見つめられると、まるで心の奥底まで見透かされそうだ。
結婚式のときに挨拶したときにも思ったが、ここにいる誰よりも悪人顔だ。狐獣人は何かと企んでいるのではないかと偏見を持たれやすい。
しかしその実、実直で熱い心をもつ者なのだとグレンが評していた。
王都のある西方領を任せる侯爵は誰でもいいわけではない。
シェストはその点、グレンに忠誠を捧げている信頼できる人物だそう。グレンより少しだけ年上で話しやすく、何かと頼りにしているらしい。
「……南方領、ユスタフ・リルアー。よろしくどうぞ~」
緊張感で満ちたこの場にそぐわない、呑気な間延びした声で挨拶したリルアー侯爵。
彼は一番掴みどころのない男である。
しなやかな身体つきは、まさに獲物を狙う虎だ。そのくせ、纏う空気はひどく怠惰。
結婚式で相対した際は、ゴルダとは違う意味で値踏みされている気分がした。まるで、俺という商品にいくらの値がつくか、品定めされているような不快な視線だった。
彼は商会の代表も務めており、王都の商業ギルドに次ぐ規模で商いを行っている。
彼にとって重要なのは金になるかどうかで、「名誉で腹は膨らまない」と言う性質の男だ。この会議も、彼にとっては新たな商談の場くらいにしか思っていないのかもしれない。
虎獣人の彼は派手な縞模様に合わせているのか、豪著な耳飾りをつけている。ソルファが見たら髭を歪ませそうだ。
「北方領、タイタス・ピエタである。よろしく」
明瞭で、力強い声。姿勢よくはきはきとした喋り方が印象的だ。
タイタスはスフェーンに面する北方領を治める侯爵。
着席すると俺のほうへ金色の瞳を向けて、パチッとウインクをしてくる。
その様子に思わず口元だけで笑む。何かを察知したのか、グレンがちらりと流し目を寄越す。
スフェーンからゼフィロスへ来たときに北方領で宿泊した際に彼と食事をした。あの時の歓待は、今も温かい記憶として残っている。
グレンが王の座につく際、評価された実績のひとつとして、夜道を照らす灯りと冬に暖を取る機械を作る施策に貢献したことがある。
比較的暖かいゼフィロスといえど、北方領では寒さが苦手な種の獣人にとって冬越えは大問題だった。
その問題を解消するのに一役買ったグレンのことをタイタスは評価しているという。
スフェーンに面しているのがタイタスの治めている北方領なのは僥倖だった。
もし違う伯爵領だったなら、あれほど迅速に援軍を出すことは叶わなかったかもしれない。俺とグレンの縁を繋いでくれた、恩人でもあるというわけだ。
すべての侯爵が名乗り、議事録の速記が開始された。
「本日の議題は事前に通達している通り、ユーディア王国の内戦激化に伴い、万が一我が国へ暴徒や盗賊、改造魔獣などが侵入してきた際の対策に関してです。侯爵におかれましては、各領の伯爵と連携し民の安全を第一に動いていただきたく」
ジェイドの言葉にまず意見を述べたのは予想通りだが、ゴルダであった。
「王よ、果たしてそのような脅威は本当に迫っているものなのですかな?」
疑念を隠そうともしない、刺々しい問いかけ。
「詳細は調査中だが、スフェーン王国や冒険者ギルドとも連携を取り差し迫った危険の可能性が高い」
「ふぅむ……もし間違っていた場合はどのように責任を取られるおつもりで?」
ゴルダの眼が、嘲るように細められる。
「危険がないのであれば僥倖だ。危険がなくとも、いつか訪れるかもしれない脅威に備え、民の避難訓練や避難経路の確保、受け入れ先の選定は必要だろう?」
「ぬぬぅ……」
これくらいは予想の範囲内。グレンはゴルダの言葉に淡々と応じる。さすがだ。俺は後ろで、そっと拳を握りしめた。
次に手を挙げたのは南方領のリルアー侯爵。ふわりと、高級な香油の匂いがここまで漂った。
「予算は国から下りるということでよろしいでしょうかねぇ」
「そちらは私から。こういう時のための予備費です。まさか別の目的に使っていらっしゃるなどということはございませんでしょうし」
ジェイドが、氷のように冷たい視線でリルアーを射抜く。
「ハッハッハ、言ってみただけですのでご勘弁を。何事も相談してみないと、お得になるのを逃してしまうかもしれないですから」
リルアー侯爵は両手を挙げて睨みつけるジェイドを宥めた。その仕草には反省の色など微塵も感じられない。
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