【完結】花守の騎士は隣国の獣人王に嫁ぎ懐刀となる

狗宮 寝子

文字の大きさ
72 / 95
第5章

§41 瘡蓋

しおりを挟む





 静寂を切り裂く、痛々しい悲鳴が鼓膜を打った。


「ッあ! ……ハァ、ハッ……」
「……グレン、大丈夫だ。大丈夫」


 夜闇に慣れた目で、月明かりが彼の強張った背中を白く照らすのを捉える。

 薄掛けを破りそうな勢いでグレンが飛び起きた。

 その気配で同時に起きた俺は、悪夢の残滓に怯え、この世の終わりのような顔をしているグレンを抱きしめた。

 グレンから抱き返されることはなく、腕は力無くだらりとしている。まるで魂が抜け落ちたかのように冷たい瞳が俺の焦燥を煽る。

 俺は裸足のままベッドから出て床を踏む。離れたローテーブルに置いてあるグラスへ、水差しから飲み水を注ぐ。グレンのもとへ戻り、手に持たせる。

 虚空を彷徨っていた瞳がゆっくりと俺をとらえた。


「ライ、ゼル……」
「うん、俺だよ。水は飲めそうか」
「あぁ……」


 俺を見つめる瞳が安堵の色を浮かべ、微かに潤んだ。

 グラスの水をゆっくりと飲み干す。
 その手から滑り落ちぬようグラスを優しく奪い、テーブルに戻した。

 ここ数日、グレンがうなされて飛び起きるので万が一に備えてサイドテーブルに水差しを置かないようにしている。

 
「すまない……また、起こしてしまったな……」


 絞り出すような謝罪の言葉が、ひどく痛い。何が、って俺の耳や鳩尾や心臓が痛く感じるんだ。


「気にするなって。お互い夜の見張り番はたくさん経験しているんだから」


 グレンの負い目に感じる気持ちが軽くなるように、努めて明るく返す。

 向かい合って座り、グレンの頭を撫でながら脱力した身体を俺の方へ倒して体重をかけさせる。しなだれる首が俺の肩にぴったりと沿う。

 そのまま彼の頭を撫で続ける。

 心の中では、もう一歩踏み込んでみるべきか逡巡していた。

 今日はまだ早いかもしれない。いやそれはただの先送りだ、と思考が回る。

 確かなのは、このまま彼が苦しみ続けるのをただ見ているだけなど耐えられないということだけ。


「……ありがとう、ライ」


 くぐもった声が、胸元で響いた。


「ん~? 当たり前だろ。グレンが苦しんでいたら寄り添うさ」


 そのあまりに力の無い言葉に、涙が出そうになる。

 誤魔化すようにして努めて明るく返す。

 グレンが辛いと、俺も辛い。ただそれだけだ。まるで合わせ鏡のように、彼の痛みが俺の心を抉る。


「少し前の俺なら……落ち着くまで私室を別にしようなどと、言っていたかもしれないな」
「それを許す俺じゃないってこと、よく分かってくれていて嬉しいよ」


 グレンがゆるゆる、と首を振る。


「違うんだ。もう、お前無しでは寝付くことすらできないだろう。言わないのではなく、言えないんだ。すまない」
「謝るなよ」


 頭をぽんぽん、と軽く叩く。

 グレンは額を俺の首や胸元にごしごし擦り付けてくる。まるで拠り所を求めるように。

 彼の熱がガウン越しに直接伝わってくる。

 そのまましばらくそうしていると、温かな体温で眠気が訪れる。



 しかしそこで、グレンが小さな声で呟いた。



「……少し、話を聞いてもらってもいいか。決して、面白くはないが」
「あぁ。いくらでも聞くよ」



 ぽつり、ぽつりと夕立の降りはじめのように言葉が落ちていく。
 


 8歳になったばかりの雨が降る夏の夜。

 浮気をした父親を母親が殺し、母親は父親の浮気相手に殺されるという悲惨な事件があったのだと。



 その時の彼の絶望を思うと、胸が締め付けられる。



 その後、グレンはジェイドとミレイの家に引き取られ、きょうだいのように育った。

 恩返しをするために当時最年少の15歳で騎士団に入団したこと。

 しかし大人になっても夏の雨が降る夜にはうなされて体調を崩してしまう。

 刻まれた傷は、王という立場になってもなお、彼を蝕み続けていた。

 加えて、3か月に1度くらいの頻度で訪れる獣人の発情期は、今まで強い薬で抑えていたのだが、去年くらいから効き目が薄れている。

 俺と一緒にいたいが、発情期に薬が効かなければ気が触れて俺を傷つけてしまうかもしれないのが怖い。

 自身の瞳が獣の欲望で濁ることを、彼は何よりも恐れていたのだ。
 
 俺を傷つけてしまえば、自分も両親と同じ道を辿るような気がして恐ろしい、と。
 
 現に領主会議でタイタスにウインクをされているのを見るだけで苛ついてしまった。独占欲で俺を傷つけてしまうかもしれないのが心底怖いのだと。
 

 ――――とりとめのない話が続いた。


 繋がりがあるようでないと思える話もあるが、全てがグレンの心の中で影響しあっている。

 絡み過ぎた糸は大きな毛玉のようになる。そんな感じだろう。  

 グレンが苦しんでいるのに申し訳ないが、俺は内心喜びを感じていた。

 彼の中に俺と離れる選択肢が無いことを嬉しいと思ってしまった。

 これほど辛い思いをしているのに逃げず、俺と一緒に居たいと思ってくれたから話してくれたのだ。

 あらかた話し終わったグレンは涙を零していて、顔の周りがぺしょぺしょに濡れてしまっていた。まるで幼い子供のように、無防備に泣き濡れている。

 俺はタオルをとって濡れた部分を優しく拭く。


「話してくれてありがとう。今までよく頑張ってきたな」
「……ウゥッ」


 声を上げて泣き始めたグレンの身体を、強く抱きしめる。

 こういう時は自分の身体がグレンより小さいことを恨めしく思う。もっと大きな身体で受け止めてあげたい。

 彼の盾にも、剣にも、そして安らげる寝床にもなりたいと、切に願う。

 これまで溜め込んできた涙が一気に決壊したのだろう、グレンはしばらく泣き止まなかった。

 ようやく泣き止んだところでもう一度水を飲ませて、ベッドに寝かせる。

 そのまま抱きしめていると、あっという間に眠ってしまった。

 俺の腕の中で、ようやく安堵したように穏やかな寝息が聞こえてくる。


「……おやすみ、グレン」


 その額に、そっと唇を落とした。

 今度は温かい夢が見られますように、と願いながら、俺も瞼を閉じた。





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

雨宮卯月は腐男子である

すずなりたま
BL
あとでかく

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

悪役令息上等です。悪の華は可憐に咲き誇る

竜鳴躍
BL
異性間でも子どもが産まれにくくなった世界。 子どもは魔法の力を借りて同性間でも産めるようになったため、性別に関係なく結婚するようになった世界。 ファーマ王国のアレン=ファーメット公爵令息は、白銀に近い髪に真っ赤な瞳、真っ白な肌を持つ。 神秘的で美しい姿に王子に見初められた彼は公爵家の長男でありながら唯一の王子の婚約者に選ばれてしまった。どこに行くにも欠かせない大きな日傘。日に焼けると爛れてしまいかねない皮膚。 公爵家は両親とも黒髪黒目であるが、彼一人が色が違う。 それは彼が全てアルビノだったからなのに、成長した教養のない王子は、アレンを魔女扱いした上、聖女らしき男爵令嬢に現を抜かして婚約破棄の上スラム街に追放してしまう。 だが、王子は知らない。 アレンにも王位継承権があることを。 従者を一人連れてスラムに行ったアレンは、イケメンでスパダリな従者に溺愛されながらスラムを改革していって……!? *誤字報告ありがとうございます! *カエサル=プレート 修正しました。

虐げられても最強な僕。白い結婚ですが、将軍閣下に溺愛されているようです。

竜鳴躍
BL
白い結婚の訳アリ将軍×訳アリ一見清楚可憐令息(嫁)。 万物には精霊が宿ると信じられ、良き魔女と悪しき魔女が存在する世界。 女神に愛されし"精霊の愛し子”青年ティア=シャワーズは、長く艶やかな夜の帳のような髪と無数の星屑が浮かんだ夜空のような深い青の瞳を持つ、美しく、性格もおとなしく控えめな男の子。 軍閥の家門であるシャワーズ侯爵家の次男に産まれた彼は、「正妻」を罠にかけ自分がその座に収まろうとした「愛妾」が生んだ息子だった。 「愛妾」とはいっても慎ましやかに母子ともに市井で生活していたが、母の死により幼少に侯爵家に引き取られた経緯がある。 そして、家族どころか使用人にさえも疎まれて育ったティアは、成人したその日に、着の身着のまま平民出身で成り上がりの将軍閣下の嫁に出された。 男同士の婚姻では子は為せない。 将軍がこれ以上力を持てないようにの王家の思惑だった。 かくしてエドワルド=ドロップ将軍夫人となったティア=ドロップ。 彼は、実は、決しておとなしくて控えめな淑男ではない。 口を開けば某術や戦略が流れ出し、固有魔法である創成魔法を駆使した流れるような剣技は、麗しき剣の舞姫のよう。 それは、侯爵の「正妻」の家系に代々受け継がれる一子相伝の戦闘術。 「ティア、君は一体…。」 「その言葉、旦那様にもお返ししますよ。エドワード=フィリップ=フォックス殿下。」 それは、魔女に人生を狂わせられた夫夫の話。 ※誤字、誤入力報告ありがとうございます!

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません

くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、 ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。 だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。 今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。

ぼくが風になるまえに――

まめ
BL
「フロル、君との婚約を解消したいっ! 俺が真に愛する人は、たったひとりなんだっ!」 学園祭の夜、愛する婚約者ダレンに、突然別れを告げられた少年フロル。 ――ああ、来るべき時が来た。講堂での婚約解消宣言!異世界テンプレ来ちゃったよ。 精霊の血をひく一族に生まれ、やがては故郷の風と消える宿命を抱えたフロルの前世は、ラノベ好きのおとなしい青年だった。 「ダレンが急に変わったのは、魅了魔法ってやつのせいじゃないかな?」 異世界チートはできないけど、好きだった人の目を覚ますくらいはできたらいいな。 切なさと希望が交錯する、ただフロルがかわいそかわいいだけのお話。ハピエンです。 ダレン×フロル どうぞよろしくお願いいたします。

【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。

村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました! ありがとうございました!! いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い <あらすじ> 魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。 見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。 いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。 ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。 親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。 ※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。 └性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。

愛しの妻は黒の魔王!?

ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」 ――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。 皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。 身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。 魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。 表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます! 11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!

処理中です...