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16.結託と事情
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リディア・セルンフォードの家が傾いたのは、新しい織物工場の建設と、新型の織機の開発への投資を行った時期と、コールブルック家の東方新航路の開拓が重なり、安価な綿織物が流入したことで投資金額の回収の目処が立たなくなったことが原因だった。
密偵がピックアップした中には、当主や子息の放蕩のため借金まみれになったと言う家もあった事を考えると、セルンフォード伯爵家はまともだ。
寝取り王子であれば、普段の素行を考えると、人妻となったリディア嬢が誘惑すれば恐らく食いついてくる。その場合辺境伯家が被る損害は、俺が寝取られ男と揶揄される事か。
リディア嬢の浮気が大っぴらになれば、それを原因として離縁し、慰謝料代わりに織物工場を貰えば、うちで作っている羊毛を、織物になるまで加工して販売することができる。王家からもなにがしかは引っ張れるかもしれない。
首尾よく寵姫になってもらえば更に御の字だ。うちは王家に借りを作れるし、何ならそれを盾に領地に引き篭もれば貴族達の視線も気にならなくなる。
そう父上と検討し、算段した結果として、俺はリディア嬢と婚約を結ぶことになった。
婚約が成立して初めての夏、避暑をかねてリディア嬢がエルドリッジ領を訪れた。
そして、一瞬にして俺の想い人がレスリーであることを彼女は見抜いたのだった。
そろそろ終わりを迎える薔薇園のガゼボで、リディア嬢は生温い眼差しをこちらに向けてくる。
「あの子なんですね。ネイト様の想い人」
「わかりますか」
「だって夜会でネイト様仰ってましたもの。十六歳で、身分差のある預かりものの女の子って。そんなの彼女以外にいないじゃありませんか」
そう言ってリディア嬢はふん、とふんぞり返った。
「式を挙げるまでは適当にお付き合いしますけど、その後は私、彼女とは仲良くしませんから」
「危害を加えるようなら潰しますよ?」
「そんな事しません! しませんけど、お付き合いはしたくありません。だって、羨ましくなってしまうもの」
発言と共にリディア嬢は俺から顔を背けた。
「あなたに愛されて大切にされているレスリー嬢が羨ましい。レスリー嬢自身もとっても可愛らしくてよく出来たお嬢様だわ。あなた達を見ていると、羨ましくて、妬ましくて、人を陥れる事しか考えられない自分が、とても醜い生き物に思えるんですもの」
「リディア嬢……」
「だから極力視界には入れたくありません。レスリー様はチェルシー様にべったりだから、チェルシー様とも距離を取る事になりますわ。でもそれくらいは許してくださいませ」
リディア嬢は一度目を閉じ、再び俺に向き直った。その時には、リディア嬢の瞳は、いつもの静謐なものに戻っていた。
「皇太子殿下を引っ掛けるという計画に、心変わりは無いんですね」
「ええ。動き出した以上、もう後には引き下がれません」
「どうしてそんなにビアンカ嬢を嫌っていらっしゃるんですか? かつては友人と言えるほど親しかったはずでは?」
「家が傾き始めたとき、あの子に哀れみと施し、そして許し難い屈辱を受けました」
リディア嬢はそこで一度言葉を切った。
「屈辱の内容については申し上げられません……しかし、その事がきっかけで私はコールブルック家への報復を誓ったのです」
彼女の立ち居振る舞いからは、誇り高さが伝わってくる。その誇りを、ビアンカ嬢はきっといたく傷付けるような仕打ちをしたのだと言う事が、痛いほどに伝わってきた。
「……もし差し支えなければ、秘密兵器についてお伺いしても?」
「そうですね……支援を既にいただきましたものね。ネイト様にはお話してもいいかもしれません。ネイト様は、魅了の魔女ヴィヴィアン・トレスについてはご存知ですか?」
「ええ、歴史書に必ずと言っていいほど出てくる存在ですから」
魅了の魔女ヴィヴィアン・トレス。それは、二百年ほど前に王宮を混乱に陥れた女魔術師だ。
『魅了』の魔法を開発し、時の王を操って、私欲のままに国庫を荒らしまわり、最後は討伐され、火刑に処された。
「当家はどうも、そのヴィヴィアン・トレスの系譜だったようで、私、見つけてしまいましたの。ヴィヴィアンの残した魔法書を」
「まさか、リディア嬢は魅了の魔法が使えると、そう仰りたいのですか?」
これはまた荒唐無稽な話が出てきたものだ。
精神に作用する魔法は、存在はするが使い手は稀だ。また、同じ魔術師同士の場合は魔法が効き辛いとされている。皇太子殿下は人格と素行に問題はあるが、魔術師としての力量はかなりのもので、仮にリディア嬢が魅了の魔法の使い手だったとしても、簡単にその魔法に引っ掛かるとは思えない。
「ヴィヴィアン・トレスは魅了の魔女と呼ばれていますが、正確には、彼女が当時の王に使った魔法は魅了ではないんです。ここから先は話せませんが、魔術師の殿下を、私に縛り付ける自信も公算もある、とだけ申しておきます」
「……俺としては、あなたが失敗しようが成功しようが、どちらでもいいんですが、失敗すればあなたには大きな傷になりますよ?」
「そうでしょうね。私が皇太子殿下と関係したら、ネイト様は容赦なく切り捨て、当家への支援分を上乗せした慰謝料をうちから巻き上げるだけですものね。構いませんので、徹底的にやってくださいませ」
「リディア嬢はそれでいいんですか?」
「ええ。ネイト様とのお話がまとまってなかったら、脂ぎった中年男の後妻になるところでしたもの。そもそも私には後なんてありませんでしたから」
そう言い切ったリディア嬢は気高く美しく、俺はつい目を奪われた。
レスリーと出会う前ならころっといってたかもな、と考え、慌ててその思考を打ち消す。
もしもの仮定なんて考えても意味のないことだ。
だが、願わくば、彼女にも、何らかの形での幸せが訪れればいいのに。
密偵がピックアップした中には、当主や子息の放蕩のため借金まみれになったと言う家もあった事を考えると、セルンフォード伯爵家はまともだ。
寝取り王子であれば、普段の素行を考えると、人妻となったリディア嬢が誘惑すれば恐らく食いついてくる。その場合辺境伯家が被る損害は、俺が寝取られ男と揶揄される事か。
リディア嬢の浮気が大っぴらになれば、それを原因として離縁し、慰謝料代わりに織物工場を貰えば、うちで作っている羊毛を、織物になるまで加工して販売することができる。王家からもなにがしかは引っ張れるかもしれない。
首尾よく寵姫になってもらえば更に御の字だ。うちは王家に借りを作れるし、何ならそれを盾に領地に引き篭もれば貴族達の視線も気にならなくなる。
そう父上と検討し、算段した結果として、俺はリディア嬢と婚約を結ぶことになった。
婚約が成立して初めての夏、避暑をかねてリディア嬢がエルドリッジ領を訪れた。
そして、一瞬にして俺の想い人がレスリーであることを彼女は見抜いたのだった。
そろそろ終わりを迎える薔薇園のガゼボで、リディア嬢は生温い眼差しをこちらに向けてくる。
「あの子なんですね。ネイト様の想い人」
「わかりますか」
「だって夜会でネイト様仰ってましたもの。十六歳で、身分差のある預かりものの女の子って。そんなの彼女以外にいないじゃありませんか」
そう言ってリディア嬢はふん、とふんぞり返った。
「式を挙げるまでは適当にお付き合いしますけど、その後は私、彼女とは仲良くしませんから」
「危害を加えるようなら潰しますよ?」
「そんな事しません! しませんけど、お付き合いはしたくありません。だって、羨ましくなってしまうもの」
発言と共にリディア嬢は俺から顔を背けた。
「あなたに愛されて大切にされているレスリー嬢が羨ましい。レスリー嬢自身もとっても可愛らしくてよく出来たお嬢様だわ。あなた達を見ていると、羨ましくて、妬ましくて、人を陥れる事しか考えられない自分が、とても醜い生き物に思えるんですもの」
「リディア嬢……」
「だから極力視界には入れたくありません。レスリー様はチェルシー様にべったりだから、チェルシー様とも距離を取る事になりますわ。でもそれくらいは許してくださいませ」
リディア嬢は一度目を閉じ、再び俺に向き直った。その時には、リディア嬢の瞳は、いつもの静謐なものに戻っていた。
「皇太子殿下を引っ掛けるという計画に、心変わりは無いんですね」
「ええ。動き出した以上、もう後には引き下がれません」
「どうしてそんなにビアンカ嬢を嫌っていらっしゃるんですか? かつては友人と言えるほど親しかったはずでは?」
「家が傾き始めたとき、あの子に哀れみと施し、そして許し難い屈辱を受けました」
リディア嬢はそこで一度言葉を切った。
「屈辱の内容については申し上げられません……しかし、その事がきっかけで私はコールブルック家への報復を誓ったのです」
彼女の立ち居振る舞いからは、誇り高さが伝わってくる。その誇りを、ビアンカ嬢はきっといたく傷付けるような仕打ちをしたのだと言う事が、痛いほどに伝わってきた。
「……もし差し支えなければ、秘密兵器についてお伺いしても?」
「そうですね……支援を既にいただきましたものね。ネイト様にはお話してもいいかもしれません。ネイト様は、魅了の魔女ヴィヴィアン・トレスについてはご存知ですか?」
「ええ、歴史書に必ずと言っていいほど出てくる存在ですから」
魅了の魔女ヴィヴィアン・トレス。それは、二百年ほど前に王宮を混乱に陥れた女魔術師だ。
『魅了』の魔法を開発し、時の王を操って、私欲のままに国庫を荒らしまわり、最後は討伐され、火刑に処された。
「当家はどうも、そのヴィヴィアン・トレスの系譜だったようで、私、見つけてしまいましたの。ヴィヴィアンの残した魔法書を」
「まさか、リディア嬢は魅了の魔法が使えると、そう仰りたいのですか?」
これはまた荒唐無稽な話が出てきたものだ。
精神に作用する魔法は、存在はするが使い手は稀だ。また、同じ魔術師同士の場合は魔法が効き辛いとされている。皇太子殿下は人格と素行に問題はあるが、魔術師としての力量はかなりのもので、仮にリディア嬢が魅了の魔法の使い手だったとしても、簡単にその魔法に引っ掛かるとは思えない。
「ヴィヴィアン・トレスは魅了の魔女と呼ばれていますが、正確には、彼女が当時の王に使った魔法は魅了ではないんです。ここから先は話せませんが、魔術師の殿下を、私に縛り付ける自信も公算もある、とだけ申しておきます」
「……俺としては、あなたが失敗しようが成功しようが、どちらでもいいんですが、失敗すればあなたには大きな傷になりますよ?」
「そうでしょうね。私が皇太子殿下と関係したら、ネイト様は容赦なく切り捨て、当家への支援分を上乗せした慰謝料をうちから巻き上げるだけですものね。構いませんので、徹底的にやってくださいませ」
「リディア嬢はそれでいいんですか?」
「ええ。ネイト様とのお話がまとまってなかったら、脂ぎった中年男の後妻になるところでしたもの。そもそも私には後なんてありませんでしたから」
そう言い切ったリディア嬢は気高く美しく、俺はつい目を奪われた。
レスリーと出会う前ならころっといってたかもな、と考え、慌ててその思考を打ち消す。
もしもの仮定なんて考えても意味のないことだ。
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