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しおりを挟む休みというのに直は会社にいた。
先日、葵にもらった資料をもとに食堂の改善についての資料を部下に作らせ、
最短で改善ができるように栄養課との連携をしていくように指示を送っていた。
淡々とパソコンに向かってキーを押しつつも
直の頭の中は昨日の葵のことでいっぱいだった。
「くそっ」
今まで仕事とプライベートははっきり分けてきた。
それが当たり前だったし、別に難しくもなかった。
なのに、葵のこととなるとどうもコントロールがきかないらしい。
昨日、仕事が終わったところで高田に
「葵、今から男の人とあうんですよ。専務、いいんですか?」
と言われたときは正直あせった。
あわてて近くの喫茶店を探していたら姿が見えた。
そのときの葵の表情を見てショックを受けた。
いつもよりちゃんと化粧して、
あんなに笑顔で、
しかもべたべた触りやがって。
怒鳴りつけたかったが、オレを見たときの葵の凍りついた顔を見たら何も出来なくなった。
なんて情けないんだ。
葵のことが好きになってからどんどん情けなくなっているな、オレって。
葵に初めて出会ったのはここじゃなくとある病院の病室だった。
オレの祖父が素性を隠して入院していた時、彼女は担当看護師だった。
最初は無表情な看護師だなって思っていたけど、
ある日のことをきっかけに見る目が変わった。
それは、祖父が亡くなる数日前に突然、
誰にも聞こえないほどの小さな声で何かを言い出した。
オレ達家族はそこにいた看護師に伝えたが誰も何を言いたいのかわからなかった。
次の日、彼女が来てもう一度祖父は、ボソボソと何かを言った。
「ああ、おすしが食べたいんですね。そうですね、先生に聞いてみますね」
にっこりと笑って祖父の手を握った。
彼女は先生と相談してくると言って病室を出た。
まったく帰ってこない看護師を見かねてオレがナースステーションに行くと
「どうして患者さんの願いを聞いてくれないんですか?
状態的に無理なのはわかってます。でも、最後の願いかもしれないんですよ?」
と、医者に向かって怒鳴っていた。
「そうはいっても、誤嚥(食べ物を気管のほうへつまらせてしまうこと)したら・・・。」
「食べるときは私がついてます。吸引の準備はそもそもしてあるので問題ないかと。
それにそんなに食べれないと思います。
彼は見るだけでもきっと喜ぶと思います」
と必死に説得していた。
結局彼女が医師を説得してくれておすしを食べる許可が下りた。
もちろん、彼女の目の前で食べることが前提で。
祖父の行きつけだったお寿司屋から握ってもらいテーブルの前に並べる。
嬉しそうにそれを眺め、
祖父は涙を流しながらほんのわずかだけおすしを食べた。
そして、彼女に向かって
何度も何度も頭を下げてお礼をいっていた。
彼女はそんなに頭を下げないでください、好きなものが食べられてよかったですねと
今までに見たことない笑顔で祖父の背中をさすっていた。
背中に当てた手がとても優しく見えて
彼女のあたたかさが心にしみた。
そうして次の日には祖父は死んでいった。
それからオレは父親とともに会社のことや
家のことで毎日走り回っていた。
忙しい中、ふっと一息つくとすぐに彼女のことを思い出した。
最初は看護師という職業が珍しいから思い出すのかと思っていたが
彼女の祖父の手を握ったときの笑顔が忘れられなくなっていた。
しかし、彼女とは何の接点もなく、ただ月日がながれ数年たち。
彼女を忘れるためにいろんな女と付き合ったり寝たりした。
それでも毎日彼女の笑顔を思い出していた。
三年たって仕事のことがだんだんと大きくなり疲れがピークになって
ただふらりと屋上庭園に空気を吸いに出てみた。
そこでまた彼女と再開し、彼女の笑顔を見たときには、
この偶然を絶対逃すものかと思った。
絶対離すものかと。
それから毎日時間がある限り彼女のところへ行った。
困ってるのも知っている。
迷惑なのも知っている。
だけど彼女に会うたびにどんどん惹かれている自分を止められなくなっていた。
きっとオレを知ってるやつが見たら笑うだろうな。
それでも今の自分は嫌いじゃなかった。
今までの感情のなかった自分よりいい。
そう、昨日までは思っていた。
彼女にあんな表情を見るまでは。
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