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二度目の別れ
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もうしばらく恋人はいらないと思っていたが、初対面のその女性はあまりに綺麗で完全に私の一目惚れだった。
程なくして私たちは付き合うことになった。2人目の恋人である。
「隠し事しないこと」
これは私たちが付き合う前に決めた約束だ。
後ろめたいことは隠したいのが人間の性だとしても、後ろめたいなら初めからしなければいいのにと思う。
彼女は何となく男の扱いが上手く、モテそうだと思った。特に年上から気に入られるタイプだ。そんな彼女を恋人にできたことを幸運に感じた。
彼女は高校卒業後、レストランのウェイターとして働いていた。給料は芳しくなく、日々の生活を賄うだけで、ブランド品を買うことは到底できなかった。
デートの時は少し背伸びして買った服を着て、メイクもばっちりして現れた。私はそんな慎ましく健気な彼女が好きだった。
1年経って同棲の話が出たが、難しいだろうと伝えた。2人で住むならちゃんとした家でないとと思っていたので、もう少し給料をあげる必要があった。
お金の問題で諦めるのは残念に思ったが、無い袖は振れないので何とか説得した。
それからしばらくして、彼女の姿を街で見かけた。
話しかけようと近づいていくと、見知らぬ中年男性が彼女に近づいた。
何となく話しかけづらい状況になったので、しばらく様子を伺っていた。
少し歩いた後、2人はとあるお店に入った。それは私とのデートでは決して行くことのできないラグジュアリーショップだった。
しばらくして店から2人が出てきた。彼女はブランド名の書かれた手提げを持って満足そうな表情をしていた。私とのデートでは一度も見たことのない表情であり、私は激しく嫉妬した。
その後、2人はおしゃれなバルに入って行った。私は店内へと消えていく2つの背中を見届けて帰ることにした。
一連の行動を見て、彼女が援助交際しているのは分かったので、これ以上見張ってても仕方がないと思ったからである。
それから1週間後、彼女に今度会わないかとLINEした。すぐに「うん、私もちょうど会いたいと思ってた」と返信が来た。
彼女が日時を提示してくれたので、私はそれに合わせた。
お昼時なので喫茶レノンは混んでいた。
彼女は先に店の前に着いていたので、先に席を取っておいてくれた。私は待たせたことを詫びて着席した。
「注文は決まった?僕はレノンブレンドにしようかな」
とメニューを彼女に差し出す。
「私も同じのにする」
しばらくしてウェイターがお冷を二つ持ってきて、広げたメニューに目を遣った後で、
「ご注文お決まりの頃…」と言いかけたので、
「レノンブレンド2つお願いします。」
と言った。
「かしこまりました」と言って去っていくウェイター見ながら、少し食い気味な言い方をしたことを反省した。
お冷を口にした後で、
「最近仕事はどう?まだレストランのウェイターやってるの?」
と聞いた。
「一応ね。もうやめようかなと思ってるけど」
彼女は言う。
「何かやりたい仕事でもできたの?」
まもなくしてレノンブレンドがテーブルに運ばれてきた。
彼女は何か話そうとしたが、ウェイターの目を気にして止めた。
ウェイターが去ったのを見て、
「引っ越そうかなって思ってて、それで仕事も辞めようなって感じ」
と彼女はミルクと砂糖を入れながら言った。
「引っ越す?お金はあるの?」
私は驚いた表情で聞く。
「親がお金は出してくれるって言ってくれて。少しくらい貯金もあるし」
彼女はこちらの目をじっと見て言う。
「そっか。何か急でびっくりしたよ」
私は思ったことをそのまま伝えた。
「同棲の話は?」
私は率直に聞いた。
「もう少し先かな。今は2人で住むのは考えられないかも」
彼女はそう言うとコーヒーを口に含んだ。
「そっか。心変わりしちゃったんだね。僕なりに同棲するためにお金も貯めているんだけど」
「変わったのかな私。自分ではよくわからないけど」
彼女は言う。
自分自身の変化は、往々にして自分では気づけないものである。
店に入った時から彼女の香水が変わっていたことに気づいていた。彼女は以前より大人びて見えた。当初はそのスパイシーな香りがそう感じさせているだけだと思ったが、話し方や所作も以前より落ち着きはらっていた。
まるで産後の母親のようにどっしりとした印象を与えた。
それらの印象は私を失望させるものではなく、むしろ彼女と同棲したい、結婚したいという思いをより堅固なものにした。
そんな私の思いとは裏腹に、彼女の心はどんどん離れていった。
以前、同棲をする上での足かせとなるのは経済的な問題であった。
お金の問題が解消されつつあるが、もっと根本的な問題が生じていた。
それは彼女の心が離れているという現実だった。
「またあの頃に戻りたい。一緒に住もうよ」
すでに答えのわかっていることではあるが、それでも言わずにはいられなかった。
「ごめん、もうあの時には戻れない。あなたの言うとおり、私は変わってしまったのかもしれない」
彼女ははっきりとした口調で言った。
同棲は「もっと先」と言っていた彼女だったが、今回はそれすらの可能性もない言い方をした。
続けて
「今日で別れよう」
と彼女は言った。
私は静かに頷いた。
これはどちらが先に言い出すかの問題だった。
「隠し事はしないこと」
それは2人が交際を始める時に決めたルールであるが、それはついに守られることはなかった。
彼女の口から援助交際の事実を聞きたかったが、こちらからも聞かなかった。
もはや聞く必要性がなかったと言う方が正確かもしれない。
援助交際が事実かそうでないかにかかわらず、2人で過ごす未来が絶たれてしまったからである。
喫茶店を出て、彼女と別れた。
「またね」ということができなかったことが辛かった。
離れていく彼女の背中を見送ったが、彼女はただの一度も振り向くことはなかった。
私は数日後、都内の雑居ビルで例の"祈祷師"と向き合っていた。
私は二人目の彼女の写真を見せ、
「よろしくお願いします」と言う。
"祈祷師"は何も言わずに頷き、私に目をつぶって、顔を伏せるように促した。私はその指示に従った。
5分程度だっただろうか?
儀式が終わったことが告げられ、私はお礼を言いお辞儀をしその場を後にした。
数日後、二人目の彼女は死んだ。
港区のタワーマンションへ帰宅するところを狙われたとのことである。
私は例の"祈祷師"を完全に信用できると思った。
程なくして私たちは付き合うことになった。2人目の恋人である。
「隠し事しないこと」
これは私たちが付き合う前に決めた約束だ。
後ろめたいことは隠したいのが人間の性だとしても、後ろめたいなら初めからしなければいいのにと思う。
彼女は何となく男の扱いが上手く、モテそうだと思った。特に年上から気に入られるタイプだ。そんな彼女を恋人にできたことを幸運に感じた。
彼女は高校卒業後、レストランのウェイターとして働いていた。給料は芳しくなく、日々の生活を賄うだけで、ブランド品を買うことは到底できなかった。
デートの時は少し背伸びして買った服を着て、メイクもばっちりして現れた。私はそんな慎ましく健気な彼女が好きだった。
1年経って同棲の話が出たが、難しいだろうと伝えた。2人で住むならちゃんとした家でないとと思っていたので、もう少し給料をあげる必要があった。
お金の問題で諦めるのは残念に思ったが、無い袖は振れないので何とか説得した。
それからしばらくして、彼女の姿を街で見かけた。
話しかけようと近づいていくと、見知らぬ中年男性が彼女に近づいた。
何となく話しかけづらい状況になったので、しばらく様子を伺っていた。
少し歩いた後、2人はとあるお店に入った。それは私とのデートでは決して行くことのできないラグジュアリーショップだった。
しばらくして店から2人が出てきた。彼女はブランド名の書かれた手提げを持って満足そうな表情をしていた。私とのデートでは一度も見たことのない表情であり、私は激しく嫉妬した。
その後、2人はおしゃれなバルに入って行った。私は店内へと消えていく2つの背中を見届けて帰ることにした。
一連の行動を見て、彼女が援助交際しているのは分かったので、これ以上見張ってても仕方がないと思ったからである。
それから1週間後、彼女に今度会わないかとLINEした。すぐに「うん、私もちょうど会いたいと思ってた」と返信が来た。
彼女が日時を提示してくれたので、私はそれに合わせた。
お昼時なので喫茶レノンは混んでいた。
彼女は先に店の前に着いていたので、先に席を取っておいてくれた。私は待たせたことを詫びて着席した。
「注文は決まった?僕はレノンブレンドにしようかな」
とメニューを彼女に差し出す。
「私も同じのにする」
しばらくしてウェイターがお冷を二つ持ってきて、広げたメニューに目を遣った後で、
「ご注文お決まりの頃…」と言いかけたので、
「レノンブレンド2つお願いします。」
と言った。
「かしこまりました」と言って去っていくウェイター見ながら、少し食い気味な言い方をしたことを反省した。
お冷を口にした後で、
「最近仕事はどう?まだレストランのウェイターやってるの?」
と聞いた。
「一応ね。もうやめようかなと思ってるけど」
彼女は言う。
「何かやりたい仕事でもできたの?」
まもなくしてレノンブレンドがテーブルに運ばれてきた。
彼女は何か話そうとしたが、ウェイターの目を気にして止めた。
ウェイターが去ったのを見て、
「引っ越そうかなって思ってて、それで仕事も辞めようなって感じ」
と彼女はミルクと砂糖を入れながら言った。
「引っ越す?お金はあるの?」
私は驚いた表情で聞く。
「親がお金は出してくれるって言ってくれて。少しくらい貯金もあるし」
彼女はこちらの目をじっと見て言う。
「そっか。何か急でびっくりしたよ」
私は思ったことをそのまま伝えた。
「同棲の話は?」
私は率直に聞いた。
「もう少し先かな。今は2人で住むのは考えられないかも」
彼女はそう言うとコーヒーを口に含んだ。
「そっか。心変わりしちゃったんだね。僕なりに同棲するためにお金も貯めているんだけど」
「変わったのかな私。自分ではよくわからないけど」
彼女は言う。
自分自身の変化は、往々にして自分では気づけないものである。
店に入った時から彼女の香水が変わっていたことに気づいていた。彼女は以前より大人びて見えた。当初はそのスパイシーな香りがそう感じさせているだけだと思ったが、話し方や所作も以前より落ち着きはらっていた。
まるで産後の母親のようにどっしりとした印象を与えた。
それらの印象は私を失望させるものではなく、むしろ彼女と同棲したい、結婚したいという思いをより堅固なものにした。
そんな私の思いとは裏腹に、彼女の心はどんどん離れていった。
以前、同棲をする上での足かせとなるのは経済的な問題であった。
お金の問題が解消されつつあるが、もっと根本的な問題が生じていた。
それは彼女の心が離れているという現実だった。
「またあの頃に戻りたい。一緒に住もうよ」
すでに答えのわかっていることではあるが、それでも言わずにはいられなかった。
「ごめん、もうあの時には戻れない。あなたの言うとおり、私は変わってしまったのかもしれない」
彼女ははっきりとした口調で言った。
同棲は「もっと先」と言っていた彼女だったが、今回はそれすらの可能性もない言い方をした。
続けて
「今日で別れよう」
と彼女は言った。
私は静かに頷いた。
これはどちらが先に言い出すかの問題だった。
「隠し事はしないこと」
それは2人が交際を始める時に決めたルールであるが、それはついに守られることはなかった。
彼女の口から援助交際の事実を聞きたかったが、こちらからも聞かなかった。
もはや聞く必要性がなかったと言う方が正確かもしれない。
援助交際が事実かそうでないかにかかわらず、2人で過ごす未来が絶たれてしまったからである。
喫茶店を出て、彼女と別れた。
「またね」ということができなかったことが辛かった。
離れていく彼女の背中を見送ったが、彼女はただの一度も振り向くことはなかった。
私は数日後、都内の雑居ビルで例の"祈祷師"と向き合っていた。
私は二人目の彼女の写真を見せ、
「よろしくお願いします」と言う。
"祈祷師"は何も言わずに頷き、私に目をつぶって、顔を伏せるように促した。私はその指示に従った。
5分程度だっただろうか?
儀式が終わったことが告げられ、私はお礼を言いお辞儀をしその場を後にした。
数日後、二人目の彼女は死んだ。
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