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14話【クーリャ視点】:願い②
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クーリャは「あ」と声を上げそうになった。
決して聞きたくない言葉だった。
あって欲しくない流れだった。
(ま、マズイっ!)
焦燥のままに、慌てて声を上げようとする。
だが、それは果たせなかった。
クーリャよりも先に、ハイメが呟くように声を上げたのだ。
「……フォレスですと?」
ただらぬ声音だったが、彼女がそれに気づいたのかどうか。
セテカは平然と頷きを見せる。
「そうさ? フォレスだ。何かと聞き間違えでもしたか?」
「いえ、そういうわけでは……しかし、フォレスですか。はは。妙なことをおっしゃる。クーリャ殿は討伐隊において最強を誇った戦士です。彼女がいるのにフォレスなどと……ははは。何の御冗談ですかな?」
ハイメは笑みを浮かべていたが、それは明らかに取り繕った代物だった。
だが、やはり気づいていないのかどうか。
セテカは淡々と応じる。
「私は冗談などは言わないがね。確かに、コイツは最強だ。コイツほどに私のスキルを使いこなした人間は、かつていなかっただろうな」
「であれば、フォレスなどという凡俗に出番は……」
「だが、コイツは一介の武人に過ぎんぞ? フォレスとは違う。本隊から10番までの計500人、支援部隊まで含めれば総勢2000か? その強者どもをまとめ、使いこなしてみせたのがアイツだ。これは戦争だ。一介の武人と指揮官。どちらを重用すべきかなどど、火を見るより明らかではないか?」
彼女の言うことはまったくの事実だった。
だからこそ、クーリャは焦った。
その事実が現実を変えるようではマズイ。
この流れを変えなければならない。
クーリャは必死に口にすべき言葉を考え、しかし生来の口下手さからか何も思いつかず、しかし考える必要が無いことにすぐ気づいた。
そもそもである。
その事実は、ある男によって無視されたのだ。
その男は今ここにいる。
ハイメはニコリとほほ笑みようなものを作ると、セテカになだめるような口調を向ける。
「あー、セテカさま? やはりですが、私には冗談としか思えません。我々が何故、あの男を排除したのか? そこをお忘れですか?」
彼はセテカの反応を待たずに言葉を続ける。
「信用ならぬからです。私も一応のこと、あの男に働きかけました。しかるべき地位と称号をもって、アルブにつくようにと。誠意をもって訴えました。しかし、あの男はそれを冗談などと切り捨てて……」
「あー、そう言えばそんなことをお前は言っていたっけかな」
「あの男には、アルブの生まれながらにアルブの誇りなど何も無い! いつ裏切るとも分からぬ男に指揮官などと、冗談にもなりえません」
唾棄すべきとでも言いたげなハイメの表情である。
その話はクーリャも知っていた。
当人から聞いたのだ。
宰相閣下から冗談を聞かされた、と。
本気じゃなかったのか? と真面目に忠告しても、彼は笑って首を左右にした。
この災厄が晴れたばかりの世の中で、まさか商家出身の小倅に大領を任せたりはすまい。
領民を混乱させ、不幸せにするような下策は打つまい。
ともあれ、ハイメの言い分にも一理はあった。
彼は決して、ハイメの言う通りにはならない。
戦力としては、まったくの統制不可であり、予測不可。
そして、万が一に敵に回られたとすれば、致命的にもなりかねない。
その辺りの思いは西国にもあり、よって諸国家連合の決定として彼は北に追放されたのだが……しかし、である。
クーリャは知っていた。
ハイメが彼を追放した理由はそんな収まりの良い理由では無い。
嫉妬だった。
彼に招待されての酒の席で、クーリャはそのことを知った。
彼はグチグチと、酒杯を片手に漏らし続けた。
誰も分かっていない。
魔王討伐に際し、誰が本当に貢献したのか?
誰が討伐隊を組織するために尽力し、その維持に力を尽くしてきたのか?
要するにである。
彼は不満なのだ。
世間でフォレスが『勇者』として褒め称えられる一方で、その陰で日の目を浴びることが出来ない自らの状況が。
バカバカしいとしか言えなかった。
不満に思うだけであれば、そこに言うことは何もない。
しかし、実際に排除に出たとなると話は違う。
権力をもった子供の、目に余る癇癪。
戦後も、名誉も報奨も求めることなく働き続けたフォレスと比べると雲泥の差がある。
ただ、クーリャにとっては好都合だった。
セテカに向けて、ハイメへの同意を頷く。
「閣下のおっしゃる通りです。そもそも、あの男は『魔術神』とも懇意にしていました。『武芸神』さまの望みのためには、むしろ邪魔になり得るのでは?」
咄嗟にしてはなかなかの殺し文句であった。
セテカは「あぁ」と頷いた。
「そうだね。そうだったね。だったらアイツはダメだな」
頷きを返しつつ、クーリャは内心でほっと一息だった。
(やれやれだ)
なかなか目的を果たすためには気苦労が必要そうである。
だが、良い状況だった。
自らの望んだ状況に、現状はしっかりと収まっている。
どうせ、あの男には何も出来ないのだ。
誰もを救いたがるあの男には、この戦争に居場所など無い。
強力かつ人望があるとは言え、しょせんそれだけの男。
地位も財力も無く、自前の戦力を持つわけでも無い。
大国の間で右往左往し、結果すり潰されるしかないただの個人だ。
(じっとしていればいいさ)
あの男のことである。
なんとか、ある程度の物資を持たせることは出来たのだ。
快適にとはいかないだろうが、魔獣の森でもある程度生き残ることは出来るだろう。
その間に、ケリをつけるのだ。
戦神と謳われた実力をもって、西国の軍勢を斬り伏せる。
戦争をごく短期間で終結させる。
あの男──フォレスを決して、人々の醜い争いの中で傷つけさせない。
それがクーリャの望みだった。
ハメイの道化を演じてでも成し遂げたい、ただ1つの望みだ。
ハメイが上機嫌であるように、戦況はアルブにとって悪くない推移をしている。
この分であれば、望みはきっと叶うことだろう。
クーリャは胸中で決意を改めて固め、しかし……
「ん、クーリャ? 一体どうしたんだい?」
どうやら、思わず首をかしげてしまっていたらしく、そのことへのセテカの追求だった。
クーリャは「なんでもありません」と取り繕うが、内心ではやはり首をかしげる思いだった。
(じっとしていれば……なぁ?)
不意に、疑問が首をもたげてきたのだ。
あの男である。フォレスである。
魔獣の森でじっとしてくれていれば良いと思っていた。
無駄に苦労せず、傷つかずにいてくれれば良いと思った。
だが、
(どうだ?)
怪しく思えてきたのだ。
人を助けたければ、人に頼られる。
それが彼だ。
大陸が東西に分かれて争っている中で、そんな悠長な生活を送れるのかどうか。
(……心配だ)
無駄に苦労を背負い込んではいないだろうか。
フォレスの間抜けな笑みを思い浮かべ、クーリャはどうにも不安を募らせるのだった。
決して聞きたくない言葉だった。
あって欲しくない流れだった。
(ま、マズイっ!)
焦燥のままに、慌てて声を上げようとする。
だが、それは果たせなかった。
クーリャよりも先に、ハイメが呟くように声を上げたのだ。
「……フォレスですと?」
ただらぬ声音だったが、彼女がそれに気づいたのかどうか。
セテカは平然と頷きを見せる。
「そうさ? フォレスだ。何かと聞き間違えでもしたか?」
「いえ、そういうわけでは……しかし、フォレスですか。はは。妙なことをおっしゃる。クーリャ殿は討伐隊において最強を誇った戦士です。彼女がいるのにフォレスなどと……ははは。何の御冗談ですかな?」
ハイメは笑みを浮かべていたが、それは明らかに取り繕った代物だった。
だが、やはり気づいていないのかどうか。
セテカは淡々と応じる。
「私は冗談などは言わないがね。確かに、コイツは最強だ。コイツほどに私のスキルを使いこなした人間は、かつていなかっただろうな」
「であれば、フォレスなどという凡俗に出番は……」
「だが、コイツは一介の武人に過ぎんぞ? フォレスとは違う。本隊から10番までの計500人、支援部隊まで含めれば総勢2000か? その強者どもをまとめ、使いこなしてみせたのがアイツだ。これは戦争だ。一介の武人と指揮官。どちらを重用すべきかなどど、火を見るより明らかではないか?」
彼女の言うことはまったくの事実だった。
だからこそ、クーリャは焦った。
その事実が現実を変えるようではマズイ。
この流れを変えなければならない。
クーリャは必死に口にすべき言葉を考え、しかし生来の口下手さからか何も思いつかず、しかし考える必要が無いことにすぐ気づいた。
そもそもである。
その事実は、ある男によって無視されたのだ。
その男は今ここにいる。
ハイメはニコリとほほ笑みようなものを作ると、セテカになだめるような口調を向ける。
「あー、セテカさま? やはりですが、私には冗談としか思えません。我々が何故、あの男を排除したのか? そこをお忘れですか?」
彼はセテカの反応を待たずに言葉を続ける。
「信用ならぬからです。私も一応のこと、あの男に働きかけました。しかるべき地位と称号をもって、アルブにつくようにと。誠意をもって訴えました。しかし、あの男はそれを冗談などと切り捨てて……」
「あー、そう言えばそんなことをお前は言っていたっけかな」
「あの男には、アルブの生まれながらにアルブの誇りなど何も無い! いつ裏切るとも分からぬ男に指揮官などと、冗談にもなりえません」
唾棄すべきとでも言いたげなハイメの表情である。
その話はクーリャも知っていた。
当人から聞いたのだ。
宰相閣下から冗談を聞かされた、と。
本気じゃなかったのか? と真面目に忠告しても、彼は笑って首を左右にした。
この災厄が晴れたばかりの世の中で、まさか商家出身の小倅に大領を任せたりはすまい。
領民を混乱させ、不幸せにするような下策は打つまい。
ともあれ、ハイメの言い分にも一理はあった。
彼は決して、ハイメの言う通りにはならない。
戦力としては、まったくの統制不可であり、予測不可。
そして、万が一に敵に回られたとすれば、致命的にもなりかねない。
その辺りの思いは西国にもあり、よって諸国家連合の決定として彼は北に追放されたのだが……しかし、である。
クーリャは知っていた。
ハイメが彼を追放した理由はそんな収まりの良い理由では無い。
嫉妬だった。
彼に招待されての酒の席で、クーリャはそのことを知った。
彼はグチグチと、酒杯を片手に漏らし続けた。
誰も分かっていない。
魔王討伐に際し、誰が本当に貢献したのか?
誰が討伐隊を組織するために尽力し、その維持に力を尽くしてきたのか?
要するにである。
彼は不満なのだ。
世間でフォレスが『勇者』として褒め称えられる一方で、その陰で日の目を浴びることが出来ない自らの状況が。
バカバカしいとしか言えなかった。
不満に思うだけであれば、そこに言うことは何もない。
しかし、実際に排除に出たとなると話は違う。
権力をもった子供の、目に余る癇癪。
戦後も、名誉も報奨も求めることなく働き続けたフォレスと比べると雲泥の差がある。
ただ、クーリャにとっては好都合だった。
セテカに向けて、ハイメへの同意を頷く。
「閣下のおっしゃる通りです。そもそも、あの男は『魔術神』とも懇意にしていました。『武芸神』さまの望みのためには、むしろ邪魔になり得るのでは?」
咄嗟にしてはなかなかの殺し文句であった。
セテカは「あぁ」と頷いた。
「そうだね。そうだったね。だったらアイツはダメだな」
頷きを返しつつ、クーリャは内心でほっと一息だった。
(やれやれだ)
なかなか目的を果たすためには気苦労が必要そうである。
だが、良い状況だった。
自らの望んだ状況に、現状はしっかりと収まっている。
どうせ、あの男には何も出来ないのだ。
誰もを救いたがるあの男には、この戦争に居場所など無い。
強力かつ人望があるとは言え、しょせんそれだけの男。
地位も財力も無く、自前の戦力を持つわけでも無い。
大国の間で右往左往し、結果すり潰されるしかないただの個人だ。
(じっとしていればいいさ)
あの男のことである。
なんとか、ある程度の物資を持たせることは出来たのだ。
快適にとはいかないだろうが、魔獣の森でもある程度生き残ることは出来るだろう。
その間に、ケリをつけるのだ。
戦神と謳われた実力をもって、西国の軍勢を斬り伏せる。
戦争をごく短期間で終結させる。
あの男──フォレスを決して、人々の醜い争いの中で傷つけさせない。
それがクーリャの望みだった。
ハメイの道化を演じてでも成し遂げたい、ただ1つの望みだ。
ハメイが上機嫌であるように、戦況はアルブにとって悪くない推移をしている。
この分であれば、望みはきっと叶うことだろう。
クーリャは胸中で決意を改めて固め、しかし……
「ん、クーリャ? 一体どうしたんだい?」
どうやら、思わず首をかしげてしまっていたらしく、そのことへのセテカの追求だった。
クーリャは「なんでもありません」と取り繕うが、内心ではやはり首をかしげる思いだった。
(じっとしていれば……なぁ?)
不意に、疑問が首をもたげてきたのだ。
あの男である。フォレスである。
魔獣の森でじっとしてくれていれば良いと思っていた。
無駄に苦労せず、傷つかずにいてくれれば良いと思った。
だが、
(どうだ?)
怪しく思えてきたのだ。
人を助けたければ、人に頼られる。
それが彼だ。
大陸が東西に分かれて争っている中で、そんな悠長な生活を送れるのかどうか。
(……心配だ)
無駄に苦労を背負い込んではいないだろうか。
フォレスの間抜けな笑みを思い浮かべ、クーリャはどうにも不安を募らせるのだった。
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