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22話:危機と調査①

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「「……おおー」」

 すっかり秋めいてきた青空の下、フォレスは肩のマグヴァルガと共に歓声を上げた。

 なかなかに珍しい──いや、違和感いちじるしい『光景』が目の前にはあるのだ。

 舞台はと言えば、伐採の進みつつある第二拠点の予定地である。
 つまるところ、ほぼほぼ自然そのもの。
 人跡未踏の地に毛が生えた程度の景色が広がっているはずだった。

 しかし、あるのだ。

 足元である。
 幾重いくえもの木の根に包まれるようにしてそこにある。
 フォレスは腕組みして見つめる。
 どう見てもだ。
 風化に風化を重ねた末のように見えるが、とにかくそれは自然物には見えなかった。
 レンガであった。
 レンガの床が広がっていると、フォレスにはそう見えた。

「……遺跡?」

 呟くと応じる者があった。
 隣に立つルイーゼが頷きを見せる。

「はい、そう見えます。人跡未踏の地のはずなのですが、明らかに人工物です」

「だな。俺にもそう見える」

「非常にです。非常に不可思議です。そういうことで、フォレスさま」

 彼女は真顔で頭を下げてきた。

「調査です。よろしくお願いします」

 フォレスが応じるよりにも先にである。
 肩のマグヴァルガが目を輝かせて身を乗り出した。

「たんけん! いいね! ふぉれす! いざ!」

 と、いうことでだ。
 こうしてマグヴァルガが大喜びなのだ。
 フォレスの反応はと言えば、もちろん笑顔での即断……とはいかなかった。

(う、うーむ……)

 思わず胸中でうなり声を上げる。
 正直、心惹かれるところはあった。
 魔獣の森とだけ知られた、この北方の地である。
 そこにこのような人の痕跡こんせきがあったのだ。
 はたして、かつてここには何があったのか?
 東西両大国に関連するものなのか?
 それとも、まったく別の系統の何かしらが存在していたのか?

 そう、気にはなるのだ。
 しかし、それどころでは無かった。
 過去の歴史などについて考えている場合では無い。
 そもそも、こうして調査などと開拓の脇道ですらない行為にいそしんでいる場合では無い。

 大事件があったのだ。
 
 フォレスは思い出す。
 つい先日のこと、突如訪れてきたアルブの使者。
 ハメイ・シュタンゲルの使いだという彼は、フォレスにアルブの軍営に加わるように迫ってきた。
 フォレスは当然断った。
 すると、彼はこう言ってきた。

『その判断にどのような報いがあるのか? まずは実感されるが良かろう』

 そして、ほどなくである。
 フォレスたちは、その『報い』とやらを実感することになったのだ。

 商人である。

 善意で開拓団と交易してくれていた彼らなのだが、彼の一言以降すっかり姿を見ることが無くなってしまった。

 はぁ、であった。
 フォレスはため息を吐いた上で頭をかく。

(まったく。簡単にえげつないことをしてくれるもんだな)
 
 商人の移動を制限されてしまったと見て間違いは無い。
 これは、開拓団にとってこれ以上に無いほどに致命的であった。
 塩である。
 塩が手に入らなくなったのだ。

 陸地であっても、塩の入手方法は無いでも無い。
 代表的なものは岩塩だが、塩泉を煮詰めるという方法も存在する。

 しかし、どちらともにこの開拓団には縁の無い話だった。
 よって、入手の機会は完全に絶たれた。
 少量の貯蓄を切り崩しているのが、開拓団の絶望的な現実である。

 絶望ついでに、すがってくる難民の数は増えこそすれ減りはしていない。
 どうにかしなければならないのだ。
 団長として、何か解決策を見つけ出さなければならない。
 過去の遺物に意識を向けている時間などは、ただの一秒として存在しない。

 ただ、しかしである。
 調査を拒絶出来るかと言えば、それはまた別の問題であった。

「……とにかく見てみるか」

「よーし! いっちょいってみよー!」

 フォレスはレンガの床らしきものに歩みを進める。
 こんなことをしている余裕は無いのだ。
 しかし、無下むげには出来なかった。
 フォレスは横目でうかがう。
 隣に立つ、ルイーゼの表情を──いつも通りに見えて、心配げに揺れている彼女の双眸を見つめる。

 これは彼女の気遣いなのだ。

 自分のせいだと思い詰めた挙げ句、ハメイの命令に従ってしまうかもしれない。

 彼女はそう心配しているらしかった。
 そのためのこの『調査』なのだろう。
 少しでもフォレスを開拓から遠ざけて、心労からもまた遠ざけよう。
 妙な『遺物』が見つかったことをきっかけとして、彼女はそう心配りをしてくれているようだった。

 そして、恐らくそれはマグヴァルガも同じだ。
 いつも通りであるようだが、きっと違う。
 そもそも、『開拓』に関して一家言いっかげん一のある彼女なのだ。
 現状は彼女にとってもはしゃいでいられるものでは無い。
 それでも、彼女はフォレスの前でははしゃいでくれていた。
 これはやはりである。
 気遣いと、そういうことになるのだろう。

(であればな)

 もちろんのこと、フォレスにハメイに従うつもりは無い。
 塩が入手出来ないことはこの上なく痛手だが、自分の不在もまた開拓団にとって致命的になり得た。
 
 よって、彼女たちの心配は杞憂きゆうなのだが、その思いはありがたかった。
 応えたいと強く思えたのだ。
 フォレスは出来る限りで気持ちを切り替え、風化したレンガらしき床にしゃがみこむ。
 
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