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38話【クーリャ視点】:難民と宰相②

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 クーリャは大きく目を見張った。

「こ、これは……」

 中年の兵士が伝えてきた通りだった。
 おびただしい数の荷馬車の列がある。
 それに積まれているのは明らかに食料だ。
 麻袋の小麦、大麦、むき身の干し肉。
 難民たちをしばらく食べさせるに足るだけの──クーリャには光り輝いて映る光景だ。

 しかし、そこに喜びは少ない。
 驚きと疑念の方が大きく勝る。

(い、一体誰が? 何故このような援助を?)

 幸いにと言うべきか、答えを知るだろう者はすぐにやってきた。

「……聞きしに勝ると言うべきか、大した状況だな」

 荷馬車を共にして、歩いてくる男があった。
 彼は難民たちを目に映しながら、眉をひそめている。
 不快と言うよりは嘆かわしいといった様子だった。
 貴族らしい気品のある立ち振る舞いに似合わずと言うべきか、彼はハメイとは違うらしい。
 難民たちの状況に心を痛めてくれているらしく、彼こそが荷馬車の列の主であると推測出来た。

「失礼。貴殿がお客人でよろしいか?」

 声をかけると、彼は淡々と頷いた。

「左様ですが、貴殿が軍務卿閣下ですかな? お忙しいところに、こちらこそ失礼」

「いえ、それよりも……これは一体?」

 荷馬車を見渡しながらの問いかけだ。
 彼は「あぁ」となんでもないように頷いた。

「難民たちの食料で困っていると道すがらに聞きましてな。差し上げますが、ご迷惑でしたか?」

「そ、そんなまさか! しかし、この量……一体どうやって……」

 商人が溜め込んでしまっている今、この辺りで手に入る量では無いはずだ。
 まさか、遠方からわざわざ運んでくれたのか?
 驚きしかないクーリャに対し、男は無表情に応じる。

「驚いていただけるような話はありませんな。近くの商人たちから供出きょうしゅつを受けただけですので」

 は? だった。
 クーリャは前のめりに叫ぶ。

「しょ、商人たちから供出!? 領地を担保にしても彼らは首を縦にしなかったのに!!」

 常ならぬ調子で驚愕することになる。
 一方で、彼は変わらず冷静そのものだった。

「あぁ。その辺りにはコツが必要でしてな」

「こ、コツ?」

「まず、彼らは領地など欲しくもなんともない。領地を経営するには、その道に通じた家臣が多数必要になる。ですが、商人たちにはそのアテはまず無い。持て余すだけになるかと」

 クーリャは思わず頷く。
 確かにその通りかもしれなかった。
 だが、では彼はどうやって商人を動かしたのか?

「貴殿はその、どのように?」

「商人は何を恐れるのか? それは他の商人に出し抜かれることです。富が富を生むのであり、それも当然の話ですがな」

 淡々と語られた言葉に、クーリャは首をかしげる。

「は、はぁ。正直話が見えませんが……」

「簡単な話です。安心させてやればいい。近場の商圏全ての商人たちから、平等に溜め込んだものを吐き出させてやればいいのです」

「平等に溜め込んだものを? 確かにそれならば出し抜かれることはありませんが……」

「彼らにしても木石ではない。難民たちの現状には心を痛めており、食料を溜め込んでいることへの引け目もある。出し抜かれないと分かれば、喜んで供出するものです」

 もちろん、平時の相場での支払いは約束しましたが。
 彼はそう結んで話を終えた。

 クーリャは首をかしげ続けることになる。
 はたして、そんな簡単な話なのか?
 それぞれに事情が異なるはずの商人たちに、そんなことを頷かせることが出来るものなのか?

 しかし、現実として荷馬車の列は出来ている。
 思い出すところがあった。
 ハメイの腹心に、1人相当の切れ者がいるらしい。
 軍務卿を拝命してからだが、そんな噂を耳にしたことがあったのだ。
 
 名前も聞いていた。
 クーリャはその名を思い出しつつに舌に乗せる。

「……ハルベス・ルフ殿。そう理解しても?」

 わずかにだ。
 彼は目を見張った。

「ほお? 驚きました。無名の幕僚の1人についてご存知とは」

「私が知るところであり無名ではありますまい。とにかく……感謝いたします。貴殿のおかげで難民たちは救われます」

 深々と頭を下げる。
 本来であれば頭を下げたぐらいで足りることは無いのだが、現状ではこれが精一杯だ。

「……ふむ」

 それに対しての、彼──ハルベスの反応がこれだった。
 頭を上げたクーリャは、わずかに首をひねることになる。
 彼は興味深げに、しきりとあごをさすっていた。
 思わず問いかけることに。

「あの、どうされました?」

「いえ、重ね重ね勉強になるなと」

「べ、勉強?」

「放っておけない程度に危なっかしいぐらいでは、世界を救うなど出来ぬわけか。人を見る目はあると。なるほどな、うむ」

 非常によく分からない納得であるが、彼には説明する気は無いらしい。
 無表情に戻って、首を左右にしてきた。

「別に、感謝されるようなことはありませんな。これはもののついででありますから」

 クーリャは「は?」と意図せず声に出した。

「もののついで? これが?」

 難民たちを救うこの贈り物がもののついで。
 信じられなかったが、ハルベスは即座に頷きを見せた。

「左様です。今は開拓団の団長を務めているという、フォレスという男から伝言を預かりましてな」

 さらりと告げられた言葉に、クーリャは二の句が告げられなくなった。

(……フォレス?)

 フォレスとはフォレスなのか?
 かつては『勇者』と呼ばれ、今は北に追放されている例のフォレスなのか?
 そのフォレスが伝言とは何なのか?
 恨み節でも寄越してきたのか?
 そもそも、何故この男はフォレスから伝言を託されたのか?
 フォレスとはどんな関係なのか?

 などなど、である。
 疑問は際限なく湧いてくる。 
 だが、とりあえずだ。
 疑問の中でとりわけ印象的であった一つを、クーリャは口の端に乗せることにした。

「……アレは元気でしたか?」

 ハルベスは頷いた。

「元気そのものでしたな。どこぞの誰か程度の陰謀など、あの男にはまるで通用しないようで」

 クーリャは「はぁ」だった。
 胸をなでおろして、安堵の息を吐く。

(良かった……)

 ハメイの悪意は通用していない。
 フォレスが戦場に出るようなことにはなっていない。
 そのことが如実にょじつに分かる回答であった。

 だが、しかしである。

 顔を上げたクーリャは彼に首をかしげることになる。

「貴殿はその、宰相閣下の腹心なのでは?」

 それにしては、ハメイに対して多少トゲがあるような気がするのだった。
 ハルベスは表情も無く肩をすくめた。

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