財産が無ければ不要と離縁されました。でも、そのおかげで大切な人と一緒になれました

甘海そら

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3、学院の旧友

 屋敷の正門を出たヘルミナは空を見上げた。

(……青い)

 雲1つ無かった。
 ただただ、空の青さばかりが心に染みてくる。

「……ふふ」

 思わず笑みがもれる。

 心はいっそ軽かった。
 もう屋敷には戻れない。
 両親には合わせる顔は無い。
 であれば、自らが選べる道など決まっていた。

(どなたかに迷惑だけはかけないようにしませんと)

 考えるべきはその程度だった。

 歩き出す。
 崖か、水場か。
 その内にたどり着くことが出来るだろうと、適当にいずこかへ向かう。

 しかし、だった。
 
「……ヘル……ヘルミナ殿っ!」

 ヘルミナは首をかしげて立ち止まることになった。

(呼ばれましたか?)

 そんな気がすれば、その方向へ振り返る。

 そこには馬上の人がいた。
 クセのある赤毛が特徴的な青年だ。
 長身であれば容姿端麗。
 知り合いに見えた。
 ヘルミナは思わず呟く。

「ルクロイ様?」

 どうやら当人らしい。
 馬上から青年が慌てて降りてくる。
 彼はヘルミナを前にすると大きく胸を撫でおろした。
 
「よ、良かった……すでに屋敷を去られた後かと思いましたが、どうにか間に合いましたか」

 安堵の様子であることはよく分かった。
 だが、そこには当然「何故?」と疑問の思いがつきまとう。
 ヘルミナは目を白黒させながらに首をかしげた。

「あ、あの……今日はどうされたのですか? 私に何かご用でしょうか?」

 途端にだった。
 ルクロイから安堵の気配は消え去った。
 険しい顔つきで彼は口を開く。

「えぇ。ハルムが新しく妻を迎えようとしているなどと噂に聞いたもので。ヘルミナ殿のご様子をおうかがいに参りました」

 どうやら知らぬは自分だけだったらしい。
 苦笑の思いが湧き上がってくるが、ヘルミナが浮かべたのはルクロイへの微笑だった。

(この方は変わりませんね)

 ルクロイは貴族学院時代の知り合いだった。

 友人と言えるほどの間柄では無い。
 文字通り生きる世界が違ったのだ。
 身分としてはあまり変わらなかった。
 男爵家の娘であるヘルミナに対し、ルクロイはとある伯爵家の3男だった。
 裕福さではヘルミナの生家の方が上であれば、むしろ立場への評価ではヘルミナの方が勝っていたかもしれない。
 だが、彼は容姿端麗であれば成績も優秀だった。
 なおかつ明るければ社交的でもあった。
 
 彼は日向ひなたの人だったのだ。
 日陰の人であるヘルミナは、人の輪の中にあるルクロイを眩しく見つめるばかりだった。

 ただ、接点はあった。

 彼は人並み外れて優しかった。
 孤立しがちなヘルミナを、ルクロイはいつも気にかけてくれた。

 それはヘルミナがハルムに嫁いでからも変わらない。
 定期的に手紙をくれれば、近況を気にしてくれた。

(ありがたかったですね)
 
 しみじみと思い返された。
 愛が無ければ、いつかの破滅に怯える生活を送っていた。
 それに耐えられたのも、彼の手紙があってのこそだった。

(そして、また今日もですか)

 ヘルミナはルクロイに深々と頭を下げる。
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