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後日談:結婚式
8、謎めく去り際
見覚えのある仕草だった。
ルクロイも、夜通しの仕事の朝などに似たようなふるまいをよくしていた。
(書面を相手にするようなお仕事なのでしょうか?)
自身も経験はあったが、ろうそくの火で書面を相手にするのは目が疲れるものだ。
実際のところ、彼の疲労の原因は分からない。
ただ、どうもてなすべきかはこれで判断がついた。
屋敷に戻れば、まずは鍋に火をかけ、残りの準備も進める。
全ての用意を終えれば、ヘルミナは早速シャベスの元に戻った。
「よろしければどうぞ」
庭を眺めていたシャベスは、ヘルミナに首をかしげて見せてくる。
「ふむ? これは?」
「庭の香草を用いたハーブティーです。お口にあえばよろしいのですが」
ヘルミナがお盆で運んできたものはそれだった。
庭の香草を良く干し、それを煮出したハーブティーだ。
カップを手に取ったシャベスは、匂いをかいで首をかしげた。
「ほのかに甘い良い香りがするが……香草ですか。何かいわれなどでも?」
「目の疲れに効くものと聞いております」
ルクロイにもよく淹れているものだった。
彼はよく効くと喜んでくれており、目の疲労となればヘルミナにとってはこれとなるのだ。
シャベスは「ほぉ?」と感心らしき声を上げた。
「あまり周囲に疲れは見せないようにしているのだがな。察せられてしまいましたか?」
「ルクロイも、よく同じような仕草を見せますので」
「なるほど。よく人を見ていらっしゃるが……しかし、これが最も高級というわけでも無いのでは?」
ヘルミナは軽く首をかしげることになった。
ルクロイが社交の人であれば、屋敷に客人を迎えることは少なくない。
であれば、似たようなことを言ってくる人はいた。
ヘルミナは相手の出身地や疲労状況などを見て献立を整えるのだが、そのようなことはどうでもいいとする人は時折いるのだ。
高級であればこそもてなしである。
そんな人たちだ。
ただ、目の前のシャベスに関してはそうは思えなかった。
発言こそ同種であるが、皮肉であったり嫌味な雰囲気はそこには無い。
だとすれば、この発言にある意図は何なのか?
気になるところではあったが、ヘルミナはとりあえず頷くことにした。
「は、はい。高級かと言えばそうではありません。ですが、お客様にとって良いのはこちらかと思えましたので」
「ふむ。そうか。高価であれば良いと思っているわけでも、高級品で見栄を張ろうとも思っていないわけか。なるほどな」
褒められているのか、そうでも無いのか。
反応に困っていると、シャベスはカップに口をつけてほほ笑みを見せてきた。
「良い風味だな。これで目の疲労に効くとすれば助かる。何分、最近は同盟国のことでかなり立て込んでいてな」
「同盟国? それは、ユクとレジオのことでしょうか?」
シャベスは軽く目を見張ってきた。
「ほぉ。ご存知か? 宮廷のやかましいアレコレでは無く、外交について理解のあるご婦人とは珍しい」
「い、いえ、理解があるというほどでは。ルクロイから、時折その手の話について聞き及ぶだけですので」
実際、夕食の雑談程度のことだった。
だが、シャベスは変わらず感心の表情を見せてくる。
「いや、ご婦人方には国外はもとより宮廷の外にすら興味を持てない方も少なくありませんからな。両国の争いの理由などもご存知か?」
「えー、同盟国としての序列などで、何やら主張があるように聞きましたが」
「その通り。同格としてあることに不満があるようで、王家の格などを並べ立ててよく分からん争いをしているのだが……はぁ、まったく」
そうして、だった。
ヘルミナが予期していない展開になった。
色々と外交に関しての不満が溜まっていたのだろう。
どうにも愚痴が止まらなくなったらしく、そんなシャベスにヘルミナは付き合うことになったのだ。
ルクロイからも聞いたことの無いような外交の話に関して、相槌を打てば、時折意見を求められて苦心して受け答えをし。
そんな時間は長くは続かなかった。
不意に、シャベスはしまったと言わんばかりに眉をひそめる。
「……どうにも話し過ぎたな。すみませんな、よく分からない愚痴に付き合わせてしまって」
実際、多少の疲れはあった。
ただ、夫の客人なのだ。
ヘルミナは笑みを作って首を左右にする。
「いえ、お気になさらないで下さい」
「そう言っていただけるとありがたい。しかし、ふむ。貴女はなかなか……ふむ。なかなか面白い方ですな?」
面白い。
そんな振る舞いはあっただろうかと思いつつ、ヘルミナは首をかしげる。
「えー、お、面白いでしょうか?」
「うむ。よく気が利けば、記憶力も理解力もある。停滞させることなく人に話をさせる力は十二分。妙な見栄もなければ、これも間違いなく長所だろう。多少気弱そうなところは玉に傷だが……まぁ、及第点以上か」
ヘルミナが「及第点?」と、妙な言葉への疑問を発するのと同時だった。
シャベスは唐突に立ち上がった。
「へ? あ、あの、どうされました?」
「ルクロイについてはある程度知っているからな。貴殿についてもよく知ることが出来た。であればまぁ、もう良いだろうさ」
彼はヘルミナにほほ笑みを見せてきた。
「ではな、シュネーズ夫人殿。次はしかるべき場所で、お互い違う立場でお会いするとしよう」
後はあっという間だった。
シャベスは足早に庭を立ち去っていった。
何事かと慌てて背中を追うがすでに遅かった。
表に出れば、彼の姿はすでにいずこかへと消えていた。
「……えーと?」
戸惑うしかなかったのだが、不意に足音が聞こえればそちらに目を向けることになる。
「ヘルミナ? こんなところでどうしたんだい?」
そこにいたのはルクロイだった。
どうやら仕事を終えて帰ってきたらしいが、ちょうど良かった。
ヘルミナは先ほどまでいたはずの男性の顔を浮かべつつ問いかけることになる。
「あの、シャベス・ルミアとおっしゃる方がいらっしゃいました。ルクロイ様の同僚だともおっしゃられていましたが……」
ルクロイは「へ?」と首をかしげてきた。
「シャベス・ルミア? いや? 俺の同僚に、そんな名前の人間はいないけど」
「い、いない……ですか?」
ヘルミナは思わず天を仰いだ。
唖然となるしかなかった。
果たして、今までのことは何だったのか。
自分は白昼夢でも見ていたのか。
「ど、どうしたんだい? 大丈夫?」
あるいは大丈夫では無かったかもしれなかったが、ヘルミナは頷きを見せた。
「……はい。とにかくお夕食……はい。お夕食にしましょう」
よく分からなければ、とにかく日常を取り戻したいということだった。
戸惑うルクロイに先立って、ヘルミナは屋敷へと足を向けた。
ルクロイも、夜通しの仕事の朝などに似たようなふるまいをよくしていた。
(書面を相手にするようなお仕事なのでしょうか?)
自身も経験はあったが、ろうそくの火で書面を相手にするのは目が疲れるものだ。
実際のところ、彼の疲労の原因は分からない。
ただ、どうもてなすべきかはこれで判断がついた。
屋敷に戻れば、まずは鍋に火をかけ、残りの準備も進める。
全ての用意を終えれば、ヘルミナは早速シャベスの元に戻った。
「よろしければどうぞ」
庭を眺めていたシャベスは、ヘルミナに首をかしげて見せてくる。
「ふむ? これは?」
「庭の香草を用いたハーブティーです。お口にあえばよろしいのですが」
ヘルミナがお盆で運んできたものはそれだった。
庭の香草を良く干し、それを煮出したハーブティーだ。
カップを手に取ったシャベスは、匂いをかいで首をかしげた。
「ほのかに甘い良い香りがするが……香草ですか。何かいわれなどでも?」
「目の疲れに効くものと聞いております」
ルクロイにもよく淹れているものだった。
彼はよく効くと喜んでくれており、目の疲労となればヘルミナにとってはこれとなるのだ。
シャベスは「ほぉ?」と感心らしき声を上げた。
「あまり周囲に疲れは見せないようにしているのだがな。察せられてしまいましたか?」
「ルクロイも、よく同じような仕草を見せますので」
「なるほど。よく人を見ていらっしゃるが……しかし、これが最も高級というわけでも無いのでは?」
ヘルミナは軽く首をかしげることになった。
ルクロイが社交の人であれば、屋敷に客人を迎えることは少なくない。
であれば、似たようなことを言ってくる人はいた。
ヘルミナは相手の出身地や疲労状況などを見て献立を整えるのだが、そのようなことはどうでもいいとする人は時折いるのだ。
高級であればこそもてなしである。
そんな人たちだ。
ただ、目の前のシャベスに関してはそうは思えなかった。
発言こそ同種であるが、皮肉であったり嫌味な雰囲気はそこには無い。
だとすれば、この発言にある意図は何なのか?
気になるところではあったが、ヘルミナはとりあえず頷くことにした。
「は、はい。高級かと言えばそうではありません。ですが、お客様にとって良いのはこちらかと思えましたので」
「ふむ。そうか。高価であれば良いと思っているわけでも、高級品で見栄を張ろうとも思っていないわけか。なるほどな」
褒められているのか、そうでも無いのか。
反応に困っていると、シャベスはカップに口をつけてほほ笑みを見せてきた。
「良い風味だな。これで目の疲労に効くとすれば助かる。何分、最近は同盟国のことでかなり立て込んでいてな」
「同盟国? それは、ユクとレジオのことでしょうか?」
シャベスは軽く目を見張ってきた。
「ほぉ。ご存知か? 宮廷のやかましいアレコレでは無く、外交について理解のあるご婦人とは珍しい」
「い、いえ、理解があるというほどでは。ルクロイから、時折その手の話について聞き及ぶだけですので」
実際、夕食の雑談程度のことだった。
だが、シャベスは変わらず感心の表情を見せてくる。
「いや、ご婦人方には国外はもとより宮廷の外にすら興味を持てない方も少なくありませんからな。両国の争いの理由などもご存知か?」
「えー、同盟国としての序列などで、何やら主張があるように聞きましたが」
「その通り。同格としてあることに不満があるようで、王家の格などを並べ立ててよく分からん争いをしているのだが……はぁ、まったく」
そうして、だった。
ヘルミナが予期していない展開になった。
色々と外交に関しての不満が溜まっていたのだろう。
どうにも愚痴が止まらなくなったらしく、そんなシャベスにヘルミナは付き合うことになったのだ。
ルクロイからも聞いたことの無いような外交の話に関して、相槌を打てば、時折意見を求められて苦心して受け答えをし。
そんな時間は長くは続かなかった。
不意に、シャベスはしまったと言わんばかりに眉をひそめる。
「……どうにも話し過ぎたな。すみませんな、よく分からない愚痴に付き合わせてしまって」
実際、多少の疲れはあった。
ただ、夫の客人なのだ。
ヘルミナは笑みを作って首を左右にする。
「いえ、お気になさらないで下さい」
「そう言っていただけるとありがたい。しかし、ふむ。貴女はなかなか……ふむ。なかなか面白い方ですな?」
面白い。
そんな振る舞いはあっただろうかと思いつつ、ヘルミナは首をかしげる。
「えー、お、面白いでしょうか?」
「うむ。よく気が利けば、記憶力も理解力もある。停滞させることなく人に話をさせる力は十二分。妙な見栄もなければ、これも間違いなく長所だろう。多少気弱そうなところは玉に傷だが……まぁ、及第点以上か」
ヘルミナが「及第点?」と、妙な言葉への疑問を発するのと同時だった。
シャベスは唐突に立ち上がった。
「へ? あ、あの、どうされました?」
「ルクロイについてはある程度知っているからな。貴殿についてもよく知ることが出来た。であればまぁ、もう良いだろうさ」
彼はヘルミナにほほ笑みを見せてきた。
「ではな、シュネーズ夫人殿。次はしかるべき場所で、お互い違う立場でお会いするとしよう」
後はあっという間だった。
シャベスは足早に庭を立ち去っていった。
何事かと慌てて背中を追うがすでに遅かった。
表に出れば、彼の姿はすでにいずこかへと消えていた。
「……えーと?」
戸惑うしかなかったのだが、不意に足音が聞こえればそちらに目を向けることになる。
「ヘルミナ? こんなところでどうしたんだい?」
そこにいたのはルクロイだった。
どうやら仕事を終えて帰ってきたらしいが、ちょうど良かった。
ヘルミナは先ほどまでいたはずの男性の顔を浮かべつつ問いかけることになる。
「あの、シャベス・ルミアとおっしゃる方がいらっしゃいました。ルクロイ様の同僚だともおっしゃられていましたが……」
ルクロイは「へ?」と首をかしげてきた。
「シャベス・ルミア? いや? 俺の同僚に、そんな名前の人間はいないけど」
「い、いない……ですか?」
ヘルミナは思わず天を仰いだ。
唖然となるしかなかった。
果たして、今までのことは何だったのか。
自分は白昼夢でも見ていたのか。
「ど、どうしたんだい? 大丈夫?」
あるいは大丈夫では無かったかもしれなかったが、ヘルミナは頷きを見せた。
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