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後日談2:友人の恋路
10、イブリナの決断
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とにもかくにも、イブリナの未来の夫を決めるような真似はヘルミナの分を超えていた。
これが問題の根底ではあるのだが、こればかりはどうにも手をつけようが無い。
一方でヘルミナにも出来ることはあった。
「これからも何も気にせず留まって下さい」
家族も婚約者も心地よい相手では無い。
そんなイブリナにそう告げることだった。
その時、彼女は苦笑だった。
「嫌なことの先送りにしかならないけどね」
確かにその通りではあったが、彼女もそれを望んでいたらしい。
よっての今だ。
婚約者の来訪から3日経つが、今日もまた彼女はルクロイの屋敷を訪れてきていた。
「……しかしまぁ、出来ることは大概手掛けた感じかしら?」
応接間での茶を楽しむ一時だった。
イブリナが笑いかけてくれば、ヘルミナもまた笑みになり頷く。
「はい。おかげさまで屋敷が見違えるようになりました」
彼女は変わらずただの客人では無かった。
屋敷の内装から、使用人の振る舞い、窓から望める庭園まで。
全てが見違えるようになっていた。
「ありがとうございます。さすがはイブリナ様です」
賛辞を送らせてもらえば、イブリナは苦笑で首を横に振ってきた。
「正直、あまり褒められたことじゃないかな。これはハルビス侯爵家流の押し付けみたいなものだから。今後、貴女の手でね。ハルース伯爵家流の色にちゃんと染め上げてね」
「あ、あの押しつけではあり得ませんが……はい。私とルクロイなりの家を作り上げたいと思います」
イブリナは笑みで頷いた。
「それが良いわ。しかし、うん。じゃあ、この辺りでお暇させていただこうかしらね」
イブリナがにわかに立ち上がれば、ヘルミナもまた慌てて腰を上げることになった。
「そ、そんな!? お、お帰りになられるのですか?」
帰したくなければの言葉だった。
実家に帰ったとして、彼女に幸福など考えられないのだ。
だが、彼女はその気のようだ。
わずかにほほ笑めば頷きを見せてくる。
「そうよ。ここは居心地が良いけど、そろそろね。運命なんて言うと大仰だけど、ちゃんと自分のすべきことと向き合わないと」
公爵の娘として、家族や婚約者の望んだ姿となる。
そう彼女は言っているに違いなかった。
だがやはりだ。
そこに彼女の幸福があるとは思えない。
ヘルミナは行動に迷うことになる。
引き止めたかった。
しかし、引き止めたところで現状は変わらない。
困難を先送りにしているだけだ。
であれば、見送るしかないとの結論になるが、しかしそれでも……
「あらま、ちょうど良いこと」
イブリナの視線は庭園に向けられていた。
ヘルミナは思わずその視線を追う。
庭園の先の正門だ。
そこには見覚えのある二頭立ての馬車が停まっていた。
間違いなく、イブリナの婚約者……カウレルが屋敷を訪れてきたのだ。
イブリナは淡々と玄関へと歩を進めた。
迎えに応じるつもりなのだろう。
止めたかった。
しかし、止めるに足るだけの言葉が無い。
現状を変えるだけの策も力も無い。
ヘルミナは「あの」「その」と言葉を探しながらに、イブリナを追うことになる。
玄関にさしかかれば、すでにカウレルは屋敷に足を踏み入れていた。
前回の反省か、今回は複数の共を連れている。
彼は敵意に近い眼差しをイブリナとヘルミナに向けてきた。
「……今回は許さんぞ。力づくでも連れて行く」
これが親友の婚約者であっていいのか。
怒りの感情が湧けば、ヘルミナは彼に応じるために前に出る。
だが、イブリナだった。
ヘルミナの肩に手を置けば、穏やかにほほ笑んできた。
「気持ちだけ受け取っておくわ。じゃ、またね」
彼女は淡々とカウレルの元へと歩み寄っていく。
もう、これ以上自分に出来ることは何も無い。
ヘルミナは無力感と共に、イブリナの後ろ姿を見つめ……
「ふむ? なにやら、狙いすましたような時間になってしまったみたいだな」
そんな独白の声に唖然と目を見開くことになった。
イブリナもまた、きっと驚きの表情を浮かべていることだろう。
カウレルたちの背後だ。
そこには1人の貴公子が立っていた。
今はそこに鋭い雰囲気は無い。
目を細めた笑みを見せれば、軽く手を上げてくる。
「婚礼ぶりとなりますかな。お久しぶりです、ヘルミナ殿。そして、イブリナ殿ですが……いやはや、さすが学院では美貌で鳴らしたお方で。何やら、厄介な取り巻きに苦労しておられるようですな?」
その、少しばかり気取った言い回しは間違いない。
カシューの来訪だった。
これが問題の根底ではあるのだが、こればかりはどうにも手をつけようが無い。
一方でヘルミナにも出来ることはあった。
「これからも何も気にせず留まって下さい」
家族も婚約者も心地よい相手では無い。
そんなイブリナにそう告げることだった。
その時、彼女は苦笑だった。
「嫌なことの先送りにしかならないけどね」
確かにその通りではあったが、彼女もそれを望んでいたらしい。
よっての今だ。
婚約者の来訪から3日経つが、今日もまた彼女はルクロイの屋敷を訪れてきていた。
「……しかしまぁ、出来ることは大概手掛けた感じかしら?」
応接間での茶を楽しむ一時だった。
イブリナが笑いかけてくれば、ヘルミナもまた笑みになり頷く。
「はい。おかげさまで屋敷が見違えるようになりました」
彼女は変わらずただの客人では無かった。
屋敷の内装から、使用人の振る舞い、窓から望める庭園まで。
全てが見違えるようになっていた。
「ありがとうございます。さすがはイブリナ様です」
賛辞を送らせてもらえば、イブリナは苦笑で首を横に振ってきた。
「正直、あまり褒められたことじゃないかな。これはハルビス侯爵家流の押し付けみたいなものだから。今後、貴女の手でね。ハルース伯爵家流の色にちゃんと染め上げてね」
「あ、あの押しつけではあり得ませんが……はい。私とルクロイなりの家を作り上げたいと思います」
イブリナは笑みで頷いた。
「それが良いわ。しかし、うん。じゃあ、この辺りでお暇させていただこうかしらね」
イブリナがにわかに立ち上がれば、ヘルミナもまた慌てて腰を上げることになった。
「そ、そんな!? お、お帰りになられるのですか?」
帰したくなければの言葉だった。
実家に帰ったとして、彼女に幸福など考えられないのだ。
だが、彼女はその気のようだ。
わずかにほほ笑めば頷きを見せてくる。
「そうよ。ここは居心地が良いけど、そろそろね。運命なんて言うと大仰だけど、ちゃんと自分のすべきことと向き合わないと」
公爵の娘として、家族や婚約者の望んだ姿となる。
そう彼女は言っているに違いなかった。
だがやはりだ。
そこに彼女の幸福があるとは思えない。
ヘルミナは行動に迷うことになる。
引き止めたかった。
しかし、引き止めたところで現状は変わらない。
困難を先送りにしているだけだ。
であれば、見送るしかないとの結論になるが、しかしそれでも……
「あらま、ちょうど良いこと」
イブリナの視線は庭園に向けられていた。
ヘルミナは思わずその視線を追う。
庭園の先の正門だ。
そこには見覚えのある二頭立ての馬車が停まっていた。
間違いなく、イブリナの婚約者……カウレルが屋敷を訪れてきたのだ。
イブリナは淡々と玄関へと歩を進めた。
迎えに応じるつもりなのだろう。
止めたかった。
しかし、止めるに足るだけの言葉が無い。
現状を変えるだけの策も力も無い。
ヘルミナは「あの」「その」と言葉を探しながらに、イブリナを追うことになる。
玄関にさしかかれば、すでにカウレルは屋敷に足を踏み入れていた。
前回の反省か、今回は複数の共を連れている。
彼は敵意に近い眼差しをイブリナとヘルミナに向けてきた。
「……今回は許さんぞ。力づくでも連れて行く」
これが親友の婚約者であっていいのか。
怒りの感情が湧けば、ヘルミナは彼に応じるために前に出る。
だが、イブリナだった。
ヘルミナの肩に手を置けば、穏やかにほほ笑んできた。
「気持ちだけ受け取っておくわ。じゃ、またね」
彼女は淡々とカウレルの元へと歩み寄っていく。
もう、これ以上自分に出来ることは何も無い。
ヘルミナは無力感と共に、イブリナの後ろ姿を見つめ……
「ふむ? なにやら、狙いすましたような時間になってしまったみたいだな」
そんな独白の声に唖然と目を見開くことになった。
イブリナもまた、きっと驚きの表情を浮かべていることだろう。
カウレルたちの背後だ。
そこには1人の貴公子が立っていた。
今はそこに鋭い雰囲気は無い。
目を細めた笑みを見せれば、軽く手を上げてくる。
「婚礼ぶりとなりますかな。お久しぶりです、ヘルミナ殿。そして、イブリナ殿ですが……いやはや、さすが学院では美貌で鳴らしたお方で。何やら、厄介な取り巻きに苦労しておられるようですな?」
その、少しばかり気取った言い回しは間違いない。
カシューの来訪だった。
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