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後日談2:友人の恋路
11、カシューとカウレル
様々な思いが胸に去来すればだろう。
イブリナは立ち尽くしたままに一言も発せないでいたが、そんな彼女の様子は彼には不思議なものに映ったらしい。
「どうされましたかな? 寡黙など貴女の売りでは無いだろうが……あぁ。まぁ、余計な観客がいればでしょうかな?」
カシューは不審の視線を注いでくるカウレルたちを見渡した。
「そういうことです。友人同士の語らいの場であれば、部外者には気を使っていただきたく……」
「な、なにが部外者だっ! 貴様こそ誰だっ! 名を名乗れっ!」
カウレルが叫んだが、当然と言えば当然の反応だった。
カシューもまた納得の頷きを見せる。
「そう言えば名乗っていませんでしたな。シャルニウク公爵家の嫡男、カシュー・ベンジェスと申します。そちらは?」
公爵家の名乗りに、カウレルはかなりのところ怯んだようだった。
しかし、彼にも伯爵家としての矜持があるらしい。
咳払いをすれば、胸を張って口を開いた。
「キレル伯爵家の当主、カウレルだ」
この名乗りに、カシューはわざとらしく笑顔で手を打った。
「あぁ、あのキレル伯爵家の。確か、イブリナ殿の……あー、なんでしたか? イブリナ殿につきまとっておられる不思議なお方で?」
「ぶ、無礼だぞっ! 私はイブリナの婚約者だっ!」
「あー、そうでしたそうでした。イブリナ殿に徹底的に避けられている、あの情けない婚約者殿で」
ヘルミナは少しばかり慌てることになった。
カウレルは肩を震わせているがそれは怒りの感情で間違いないだろう。
(と、止めた方がよろしいですよね?)
数ではカウレルが上であり、何かあった時に被害を負うのは間違いなくカシューだ。
ヘルミナは仲裁にと前に出る。
ただ、学院時代から賢明なカシューだった。
不意に降参と両手を上げれば、ひらりと頭を下げた。
「申し訳ありません。生来口が悪いものでしてな。無礼な発言を平にお許しいただきたい」
彼の謝罪相手は、理性を手放すところまではいっていなかったらしい。
うかがえる横顔は真っ赤であるが、カウレルはカシューに頷きを見せた。
「いえ、分かっていただければ」
「そうおっしゃっていただければ幸いです。ただ……考えていただく必要はあるような気はしますな」
「は? 考える?」
「何故、イブリナ殿が貴殿を避けておられるのか? そこについて是非」
ヘルミナは理解した。
カシューが何を目的としているかだ。
どうやら彼は、カウレルの婚約者としての振る舞いを正そうとしているようだった。
ほほ笑みの雰囲気は今は無く、鋭い目つきで言葉を続ける。
「世に評価される爵位もあれば風采も十分。そんな貴殿が、何故イブリナ殿にこうも避けられているのか? 考えたことはおありかな?」
カウレルは「ふん」と鼻を鳴らして応じた。
「妙なことを尋ねられますな。そんなことは分かりきったことでしょうに」
「と、おっしゃいますと?」
「甘やかされてきた女だからです。であればこそ、家が決めた婚約にこうも醜いふるまいをしているということで。まったく、公爵家の娘として恥ずかしいことこの上ない」
瞬時に怒りが湧き上がるが、カシューの表情にそれを忘れることになった。
カシューは再びほほ笑んでいた。
瞳に光は無く、怜悧にほほ笑んでいる。
「……ふふ、なるほど。甘やかされてきた公爵令嬢のわがまま。それが現状であると?」
「他に何がありますか。もういいでしょう。私は忙しいのです。この女を連れ帰って、公爵家の娘として、我が妻として、しかるべき教育を施す必要があるのですから」
ヘルミナは黙って注視するのだった。
それはカシューをだ。
彼は頷きを見せた。
そして、笑みが剥がれる。
疲れた表情を見せれば、「はぁ」と大きくため息を吐いた。
「これはどうにも……参ったな」
カシューは歩き出した。
カウレルたちの間を抜けてイブリナの元へ。
未だ立ち尽くしている彼女に並べば、その肩をポンと叩いた。
「では、気分直しに学院時代の楽しい話でもしましょうか。ヘルミナ殿、応接間に案内していただいてもよろしいか?」
ヘルミナの位置からはイブリナの顔は見えない。
ただ、「え?」との呟きが示すように、唖然と目を丸くしているに違いなかった。
一方で、カウレルだ。
カシューの発言を理解するのに時間がかかったらしい。
しばしの間を置いて、怒りの叫びを上げた。
「き、貴殿は話を聞いていたのか!? その女は私の妻であれば、今すぐ連れて帰ると……っ!!」
それに応じるカシューだ。
もはや常の慇懃な雰囲気は無かった。
「ふん。知ったこっちゃない。帰るなら1人で帰れ。と言うか、黙れ。お前如きがイブリナ殿の夫面をするな。虫唾が走る」
こんな罵倒の言葉を向けられたのは初めてなのかも知れなかった。
カウレルは表情を引きつらせる。
「き、貴様……公爵家とは言え、まだ爵位も継いでいない半人前の分際で……っ!! それは私の婚約者だっ!! 連れ帰ることを邪魔するというのであれば敵対行為だっ!! 我がキレル伯爵家とハルビス公爵家。双方を敵に回すということだぞ、分かっているのかっ!!」
この発言はイブリナに響いたようだった。
「か、カシュー?」
その声は、間違いなく制止のものだった。
しかし、届くことは無いらしい。
カシューはカウレルを冷笑する。
「また品性の無い物言いだな。自己紹介はもうけっこう。さっさと帰れ。ここはお前風情が居ても良い場所じゃないぞ」
これで引き下がるはずが無い。
そう思えたが、実際はそうはならなかった。
公爵家の嫡男であれば、武力行使とはなれなかったのだろう。
憎悪の視線を残し、カウレルは共を連れて去っていった。
静けさが戻る。
だが、それも一瞬。
「あ、あ、貴方っ!! 何をバカなことをしてくれたのよっ!!」
イブリナが叫べば、カシューは不服そうに首をかしげた。
イブリナは立ち尽くしたままに一言も発せないでいたが、そんな彼女の様子は彼には不思議なものに映ったらしい。
「どうされましたかな? 寡黙など貴女の売りでは無いだろうが……あぁ。まぁ、余計な観客がいればでしょうかな?」
カシューは不審の視線を注いでくるカウレルたちを見渡した。
「そういうことです。友人同士の語らいの場であれば、部外者には気を使っていただきたく……」
「な、なにが部外者だっ! 貴様こそ誰だっ! 名を名乗れっ!」
カウレルが叫んだが、当然と言えば当然の反応だった。
カシューもまた納得の頷きを見せる。
「そう言えば名乗っていませんでしたな。シャルニウク公爵家の嫡男、カシュー・ベンジェスと申します。そちらは?」
公爵家の名乗りに、カウレルはかなりのところ怯んだようだった。
しかし、彼にも伯爵家としての矜持があるらしい。
咳払いをすれば、胸を張って口を開いた。
「キレル伯爵家の当主、カウレルだ」
この名乗りに、カシューはわざとらしく笑顔で手を打った。
「あぁ、あのキレル伯爵家の。確か、イブリナ殿の……あー、なんでしたか? イブリナ殿につきまとっておられる不思議なお方で?」
「ぶ、無礼だぞっ! 私はイブリナの婚約者だっ!」
「あー、そうでしたそうでした。イブリナ殿に徹底的に避けられている、あの情けない婚約者殿で」
ヘルミナは少しばかり慌てることになった。
カウレルは肩を震わせているがそれは怒りの感情で間違いないだろう。
(と、止めた方がよろしいですよね?)
数ではカウレルが上であり、何かあった時に被害を負うのは間違いなくカシューだ。
ヘルミナは仲裁にと前に出る。
ただ、学院時代から賢明なカシューだった。
不意に降参と両手を上げれば、ひらりと頭を下げた。
「申し訳ありません。生来口が悪いものでしてな。無礼な発言を平にお許しいただきたい」
彼の謝罪相手は、理性を手放すところまではいっていなかったらしい。
うかがえる横顔は真っ赤であるが、カウレルはカシューに頷きを見せた。
「いえ、分かっていただければ」
「そうおっしゃっていただければ幸いです。ただ……考えていただく必要はあるような気はしますな」
「は? 考える?」
「何故、イブリナ殿が貴殿を避けておられるのか? そこについて是非」
ヘルミナは理解した。
カシューが何を目的としているかだ。
どうやら彼は、カウレルの婚約者としての振る舞いを正そうとしているようだった。
ほほ笑みの雰囲気は今は無く、鋭い目つきで言葉を続ける。
「世に評価される爵位もあれば風采も十分。そんな貴殿が、何故イブリナ殿にこうも避けられているのか? 考えたことはおありかな?」
カウレルは「ふん」と鼻を鳴らして応じた。
「妙なことを尋ねられますな。そんなことは分かりきったことでしょうに」
「と、おっしゃいますと?」
「甘やかされてきた女だからです。であればこそ、家が決めた婚約にこうも醜いふるまいをしているということで。まったく、公爵家の娘として恥ずかしいことこの上ない」
瞬時に怒りが湧き上がるが、カシューの表情にそれを忘れることになった。
カシューは再びほほ笑んでいた。
瞳に光は無く、怜悧にほほ笑んでいる。
「……ふふ、なるほど。甘やかされてきた公爵令嬢のわがまま。それが現状であると?」
「他に何がありますか。もういいでしょう。私は忙しいのです。この女を連れ帰って、公爵家の娘として、我が妻として、しかるべき教育を施す必要があるのですから」
ヘルミナは黙って注視するのだった。
それはカシューをだ。
彼は頷きを見せた。
そして、笑みが剥がれる。
疲れた表情を見せれば、「はぁ」と大きくため息を吐いた。
「これはどうにも……参ったな」
カシューは歩き出した。
カウレルたちの間を抜けてイブリナの元へ。
未だ立ち尽くしている彼女に並べば、その肩をポンと叩いた。
「では、気分直しに学院時代の楽しい話でもしましょうか。ヘルミナ殿、応接間に案内していただいてもよろしいか?」
ヘルミナの位置からはイブリナの顔は見えない。
ただ、「え?」との呟きが示すように、唖然と目を丸くしているに違いなかった。
一方で、カウレルだ。
カシューの発言を理解するのに時間がかかったらしい。
しばしの間を置いて、怒りの叫びを上げた。
「き、貴殿は話を聞いていたのか!? その女は私の妻であれば、今すぐ連れて帰ると……っ!!」
それに応じるカシューだ。
もはや常の慇懃な雰囲気は無かった。
「ふん。知ったこっちゃない。帰るなら1人で帰れ。と言うか、黙れ。お前如きがイブリナ殿の夫面をするな。虫唾が走る」
こんな罵倒の言葉を向けられたのは初めてなのかも知れなかった。
カウレルは表情を引きつらせる。
「き、貴様……公爵家とは言え、まだ爵位も継いでいない半人前の分際で……っ!! それは私の婚約者だっ!! 連れ帰ることを邪魔するというのであれば敵対行為だっ!! 我がキレル伯爵家とハルビス公爵家。双方を敵に回すということだぞ、分かっているのかっ!!」
この発言はイブリナに響いたようだった。
「か、カシュー?」
その声は、間違いなく制止のものだった。
しかし、届くことは無いらしい。
カシューはカウレルを冷笑する。
「また品性の無い物言いだな。自己紹介はもうけっこう。さっさと帰れ。ここはお前風情が居ても良い場所じゃないぞ」
これで引き下がるはずが無い。
そう思えたが、実際はそうはならなかった。
公爵家の嫡男であれば、武力行使とはなれなかったのだろう。
憎悪の視線を残し、カウレルは共を連れて去っていった。
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だが、それも一瞬。
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