30 / 31
後日談2:友人の恋路
13、イブリナの勇気
「ちゃ、茶番……でしょうか?」
カシューは笑顔で頷いてくる。
「えぇ、もちろん。茶番です。婚姻を結ぶつもりのない婚約であれば」
イブリナもまた期待していたのかもしれない。
彼女は呆然とした表情で首をかしげる。
「婚姻を結ぶつもりのない……なの?」
「ははは。それはもちろんですよ。不思議そうに何ですか? 貴女だった私との婚姻なんて嫌でしょう? あれほど学院で嫌な顔をされれば、さすがにそれは分かっています」
沈黙を肯定と受け取ったらしい。
カシューは笑顔で続ける。
「であれば、時間稼ぎということですな。私との婚約でハルビス公爵家をなだめている内に、理想の相手を見つめていただこうということです」
彼は「さて」と一息置いた。
「本当は、挨拶程度にうかがうつもりだったのですが、期せずして忙しいことになりました。これから諸用がありましてな。ではこの辺りで失礼を」
華麗に頭を下げて、カシューは背中を見せてきた。
もちろんのこと、諸用とやらに立ち去るつもりらしい。
だが、ここで立ち去らせてもいいのか。
ヘルミナはイブリナを見つめる。
彼女には、いつにない弱気の表情があった。
何かを迷って、しかし自信の無さに何かを選べずにいる。そんな表情だ。
きっと、自分に何か出来るとすればここだった。
ヘルミナはイブリナに歩み寄る。
不安に揺れる視線を向けられれば、ヘルミナは笑みを返した。
その上で、彼女の背に手を添えさせてもらう。
少しでも自分の存在が勇気につながれば。
それを願っての行動だ。
彼女は強い人だった。
すぐに強い瞳を取り戻せば、ヘルミナに頷きを見せてきた。そして、
「か、カシュー!!」
呼びかけた。
カシューは不思議そうに振り返ってくる。
「はい? まだ何か私に尋ねられたいことでも?」
「そ、そうよ。1つ聞くわ。良い? 聞くからね? しっかりと答えなさいよ!」
「は、はい? あの、何を尋ねられたいので?」
イブリナの常ならぬ様子が疑問を呼んだらしい。
カシューが眉をひそめて尋ねかければ、彼女は大きく息を吸って、吐いてを繰り返した。
その上で、だ。
鋭い目をして彼をにらみつける。
「……その気はないの?」
「そ、その気?」
「私を……つ、妻として迎える気はないの!? 良いから答えなさい!!」
ヘルミナはイブリナの勇気に内心で快哉を上げた。
一方で、カシューに関しては少しばかり同情を禁じえなかった。
(そ、それはそうなりますよね)
藪から棒と言うべきか、突然と言ってこれ以上のことは無いのだ。
見事にカシューは固まっていた。
真顔で固まれば、ぎこちなく自らを指差した。
「……へ? 私がか? 私が君を妻として迎えるかって?」
「他にどう聞きようがあったのよ! いいから! 早く!」
「い、いやいやいや!! ちょ、ちょっと待ってくれ!! それはあー、えーと、ど、どういうことだ!? なんでそうなる!? な、なんだ、妥協? 手近な私ですませようと? いや、まったく分からないぞ!!」
まぁ、そうなるだろうと納得しかなかった。
今までに微塵もそんな素振りが無ければ、自身がイブリナに好かれているなどカシューは想像にもしていなかったに違いない。
ただ、イブリナには彼の動揺に同情出来る余裕は無いらしい。
彼女は焦れったそうに眉をひそめる。
「に、煮えきらないヤツね……そんなだからよっ! ルクロイにヘルミナをかっさらわれたりするのっ! 少しは自覚なさいっ!」
「は、はぁ!? ちょ、ちょっと、おい、イブリナ殿っ!! 今の発言は聞き捨てにならないぞっ!!」
そうしてだった。
納得しかない流れとして、2人の口論が始まった。
カシューが「気づかいが無い」「言葉がキツ過ぎる」などと吠えれば、イブリナは「慇懃に見えて無礼」「果断に欠ける」などとカシューの欠点らしきものを並べ立てる。
(ほ、本題が迷子ですね)
すでにイブリナの告白など、当人の頭にすら無い様子だった。
軌道修正すべきか否か?
悩ましいところだったが、ヘルミナは苦笑で見守ることにした。
(まぁ、大丈夫でしょうとも)
なかなかの口論だが、そこには敵意などは欠片も無い。
きっと収まる所に収まってくれるはず。
そんな2人の様子に見えたのだった。
カシューは笑顔で頷いてくる。
「えぇ、もちろん。茶番です。婚姻を結ぶつもりのない婚約であれば」
イブリナもまた期待していたのかもしれない。
彼女は呆然とした表情で首をかしげる。
「婚姻を結ぶつもりのない……なの?」
「ははは。それはもちろんですよ。不思議そうに何ですか? 貴女だった私との婚姻なんて嫌でしょう? あれほど学院で嫌な顔をされれば、さすがにそれは分かっています」
沈黙を肯定と受け取ったらしい。
カシューは笑顔で続ける。
「であれば、時間稼ぎということですな。私との婚約でハルビス公爵家をなだめている内に、理想の相手を見つめていただこうということです」
彼は「さて」と一息置いた。
「本当は、挨拶程度にうかがうつもりだったのですが、期せずして忙しいことになりました。これから諸用がありましてな。ではこの辺りで失礼を」
華麗に頭を下げて、カシューは背中を見せてきた。
もちろんのこと、諸用とやらに立ち去るつもりらしい。
だが、ここで立ち去らせてもいいのか。
ヘルミナはイブリナを見つめる。
彼女には、いつにない弱気の表情があった。
何かを迷って、しかし自信の無さに何かを選べずにいる。そんな表情だ。
きっと、自分に何か出来るとすればここだった。
ヘルミナはイブリナに歩み寄る。
不安に揺れる視線を向けられれば、ヘルミナは笑みを返した。
その上で、彼女の背に手を添えさせてもらう。
少しでも自分の存在が勇気につながれば。
それを願っての行動だ。
彼女は強い人だった。
すぐに強い瞳を取り戻せば、ヘルミナに頷きを見せてきた。そして、
「か、カシュー!!」
呼びかけた。
カシューは不思議そうに振り返ってくる。
「はい? まだ何か私に尋ねられたいことでも?」
「そ、そうよ。1つ聞くわ。良い? 聞くからね? しっかりと答えなさいよ!」
「は、はい? あの、何を尋ねられたいので?」
イブリナの常ならぬ様子が疑問を呼んだらしい。
カシューが眉をひそめて尋ねかければ、彼女は大きく息を吸って、吐いてを繰り返した。
その上で、だ。
鋭い目をして彼をにらみつける。
「……その気はないの?」
「そ、その気?」
「私を……つ、妻として迎える気はないの!? 良いから答えなさい!!」
ヘルミナはイブリナの勇気に内心で快哉を上げた。
一方で、カシューに関しては少しばかり同情を禁じえなかった。
(そ、それはそうなりますよね)
藪から棒と言うべきか、突然と言ってこれ以上のことは無いのだ。
見事にカシューは固まっていた。
真顔で固まれば、ぎこちなく自らを指差した。
「……へ? 私がか? 私が君を妻として迎えるかって?」
「他にどう聞きようがあったのよ! いいから! 早く!」
「い、いやいやいや!! ちょ、ちょっと待ってくれ!! それはあー、えーと、ど、どういうことだ!? なんでそうなる!? な、なんだ、妥協? 手近な私ですませようと? いや、まったく分からないぞ!!」
まぁ、そうなるだろうと納得しかなかった。
今までに微塵もそんな素振りが無ければ、自身がイブリナに好かれているなどカシューは想像にもしていなかったに違いない。
ただ、イブリナには彼の動揺に同情出来る余裕は無いらしい。
彼女は焦れったそうに眉をひそめる。
「に、煮えきらないヤツね……そんなだからよっ! ルクロイにヘルミナをかっさらわれたりするのっ! 少しは自覚なさいっ!」
「は、はぁ!? ちょ、ちょっと、おい、イブリナ殿っ!! 今の発言は聞き捨てにならないぞっ!!」
そうしてだった。
納得しかない流れとして、2人の口論が始まった。
カシューが「気づかいが無い」「言葉がキツ過ぎる」などと吠えれば、イブリナは「慇懃に見えて無礼」「果断に欠ける」などとカシューの欠点らしきものを並べ立てる。
(ほ、本題が迷子ですね)
すでにイブリナの告白など、当人の頭にすら無い様子だった。
軌道修正すべきか否か?
悩ましいところだったが、ヘルミナは苦笑で見守ることにした。
(まぁ、大丈夫でしょうとも)
なかなかの口論だが、そこには敵意などは欠片も無い。
きっと収まる所に収まってくれるはず。
そんな2人の様子に見えたのだった。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
結婚5年目のお飾り妻は、空のかなたに消えることにした
三崎こはく
恋愛
ラフィーナはカールトン家のお飾り妻だ。
書類上の夫であるジャンからは大量の仕事を押しつけられ、ジャンの愛人であるリリアからは見下され、つらい毎日を送っていた。
ある日、ラフィーナは森の中で傷ついたドラゴンの子どもを拾った。
屋敷に連れ帰って介抱すると、驚いたことにドラゴンは人の言葉をしゃべった。『俺の名前はギドだ!』
ギドとの出会いにより、ラフィーナの生活は少しずつ変わっていく――
※他サイトにも掲載
※女性向けHOT1位感謝!7/25完結しました!
誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』
富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに対して、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載しております。
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
婚約破棄されたので田舎の一軒家でカフェを開くことにしました。楽しく自由にしていたら居心地が良いとS級冒険者達が毎日通い詰めるようになりました
緋月らむね
ファンタジー
私はオルレアン侯爵令嬢のエルティア。十四歳の頃、家の階段を踏み外して頭を打った衝撃で前世を思い出した。
前世での名前は坂島碧衣(さかしまあおい)。祖父母の引退後、祖父母の経営していた大好きなカフェを継ぐつもりでいたのに就職先がブラック企業で過労の挙句、継ぐ前に死んでしまった。そして、自分が息抜きでやっていた乙女ゲーム「星屑のカンパニー」の悪役令嬢、オルレアン侯爵令嬢エルティアに転生してることに気がついた。
エルティアは18歳の舞踏会で婚約破棄を言い渡される。それだけならまだしも、婚約者から悪役令嬢として断罪され、婚約破棄され、父親から家を追い出され、よからぬ輩に襲われて殺される。
前世だってやりたかったことができずに死んでしまったのに、転生してもそんな悲惨な人生を送るなんて、たまったもんじゃない!!それなら私は前世継ごうと思っていた祖父母のやっていたようなカフェを開いて楽しく自由な人生を送りたい。
森が開けた自然豊かな場所で念願のカフェを侍女のシサとともに開いて楽しく自由にカフェをやっていたら、個性豊かなS級冒険者たちが常連として私のカフェにやってくるようになりました!