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第一章
13.忘れえぬ出来事と意外な告白 ②
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「どうかしましたか?」
矢神の様子に気づいたのか、隣に並んだ遠野が不思議そうに顔を覗き込んできた。
「いや、何でもない……」
胸にどんよりとした痛みが走った。
視界から消し去る様に前を向いた矢神は、歩みを速めた。
あれから何カ月も経っている。心の整理がついていると思っていた。それなのに、締めつけるような苦しみに襲われる。
何も見なかった。もう終わったことだ。全て忘れてしまおう。
自分に言い聞かせるように、頭の中で繰り返していれば、遠野の声で現実に引き戻される。
「あれって、嘉村先生ですよね?」
矢神の視線の先に誰がいたのかを遠野も気づいたようだ。
「そうか……」
「一緒にいるのは彼女さんでしょうか。だから、最近忙しそうにしてたんですね。こっちには気づいてないようだから、やっぱり声掛けない方がいいでしょうか」
「そうだ、な……」
遠野の方を見向きもせず、矢神はただ前を向いたまま足を進めた。
気づかれないうちに早く立ち去りたいというその一心で。
今はまだ、彼らを前にして平常心でいられる自信がなかった。そこまで強い人間にはなれない。
いつか気持ちが落ち着けば、笑顔で迎えられる日がやってくるのだろうか。
しばらく黙ったまま歩いていた。すると、先ほどまで後ろを歩いていた遠野の気配がなかった。
仕方がなく振り返れば、遠野は先ほどの場所で嘉村がいた方を見たまま立ち尽くしていた。
余程、女と一緒にいた嘉村が気になってるようだ。
「遠野、置いてくぞ」
矢神の声でやっと我に返ったという感じで、はっとして足早に駆けてきた。
長い足のせいか、すぐ矢神に追いつく。
「ったく、何してんだよ」
「すみません……」
少し怒鳴っただけのことだったが、なぜかすごく落ち込んだような表情を見せた。
そんなに言い方がきつかっただろうか。
気にしながらも、矢神は屋台の場所を確認することにした。
「どうなんだ、こっちで合ってるのか?」
「あの、矢神さん……」
「何だよ」
「オレ、視力はすごくいい方なんです」
先ほどの嫌な出来事から気持ちがやっと落ち着いてきたと思ったのに、質問に答えない遠野の態度が癇に障った。
「あっそ……今、そんなこと聞いてねーよ」
苛立ちをぶつければ、遠野はまっすぐな視線で矢神を見据えてくる。
意味不明な遠野に、怒りを通り越して疲れを感じ始めていた。
「いったい何なんだよ。屋台に行くんじゃないのか?」
すると、真剣な表情で遠野がはっきり言った。
「嘉村先生と一緒にいた女性、矢神さんの彼女ですよね? オレ、一度しか会ったことないですけど、間違いないと思うんです」
矢神は言葉を失った。
普通は、こんな言いにくいことを口にはしないだろう。この遠野という男は、どこまでも正直な奴なのだ。
矢神の様子に気づいたのか、隣に並んだ遠野が不思議そうに顔を覗き込んできた。
「いや、何でもない……」
胸にどんよりとした痛みが走った。
視界から消し去る様に前を向いた矢神は、歩みを速めた。
あれから何カ月も経っている。心の整理がついていると思っていた。それなのに、締めつけるような苦しみに襲われる。
何も見なかった。もう終わったことだ。全て忘れてしまおう。
自分に言い聞かせるように、頭の中で繰り返していれば、遠野の声で現実に引き戻される。
「あれって、嘉村先生ですよね?」
矢神の視線の先に誰がいたのかを遠野も気づいたようだ。
「そうか……」
「一緒にいるのは彼女さんでしょうか。だから、最近忙しそうにしてたんですね。こっちには気づいてないようだから、やっぱり声掛けない方がいいでしょうか」
「そうだ、な……」
遠野の方を見向きもせず、矢神はただ前を向いたまま足を進めた。
気づかれないうちに早く立ち去りたいというその一心で。
今はまだ、彼らを前にして平常心でいられる自信がなかった。そこまで強い人間にはなれない。
いつか気持ちが落ち着けば、笑顔で迎えられる日がやってくるのだろうか。
しばらく黙ったまま歩いていた。すると、先ほどまで後ろを歩いていた遠野の気配がなかった。
仕方がなく振り返れば、遠野は先ほどの場所で嘉村がいた方を見たまま立ち尽くしていた。
余程、女と一緒にいた嘉村が気になってるようだ。
「遠野、置いてくぞ」
矢神の声でやっと我に返ったという感じで、はっとして足早に駆けてきた。
長い足のせいか、すぐ矢神に追いつく。
「ったく、何してんだよ」
「すみません……」
少し怒鳴っただけのことだったが、なぜかすごく落ち込んだような表情を見せた。
そんなに言い方がきつかっただろうか。
気にしながらも、矢神は屋台の場所を確認することにした。
「どうなんだ、こっちで合ってるのか?」
「あの、矢神さん……」
「何だよ」
「オレ、視力はすごくいい方なんです」
先ほどの嫌な出来事から気持ちがやっと落ち着いてきたと思ったのに、質問に答えない遠野の態度が癇に障った。
「あっそ……今、そんなこと聞いてねーよ」
苛立ちをぶつければ、遠野はまっすぐな視線で矢神を見据えてくる。
意味不明な遠野に、怒りを通り越して疲れを感じ始めていた。
「いったい何なんだよ。屋台に行くんじゃないのか?」
すると、真剣な表情で遠野がはっきり言った。
「嘉村先生と一緒にいた女性、矢神さんの彼女ですよね? オレ、一度しか会ったことないですけど、間違いないと思うんです」
矢神は言葉を失った。
普通は、こんな言いにくいことを口にはしないだろう。この遠野という男は、どこまでも正直な奴なのだ。
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