お疲れポメラニアンの俺を癒したのは眼鏡イケメンの同期だった

こたま

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「あ~、つっかれた~。ねみぃ~」

 前田累(まえだ かさね)は、一流商社に勤める26歳の営業社員だ。ドイツ系アメリカ人の祖母の血を引くクオーターである。白い肌に柔らかな茶髪、目鼻立ちのくっきりした美形。やや高めの声に細身の体つきをしており、学生時代から良くモテた。

 大学時代にバーテンのアルバイトとボランティア活動で培ったコミュニケーション能力を生かして、二流大学出身ながら一部上場企業である会社に採用される事が出来た。

 周囲からはモテのコミュ強と思われ、天然の茶髪がチャラい印象を持たれているが、本来は大人しくて優しく、引っ込み思案な性格であったし、バイトをしていたバーはゲイというマイノリティに悩んで飛び込んだゲイバーである。
 悩みを聞いてくれたママさんのいかつい見た目に関わらずあたたかい人柄に感謝して手伝ううちに、客との会話を楽しめるようになってコミュニケーション能力が上がった。

 見た目どおりのコミュ力を身に付けて、なんとか営業職を続けていたが、最近復活した接待には疲れていた。

 取り引きの希望を鑑みて、食事、そして女性のいる夜の店に行くことが多い。
 今日もクラブで接待があり、強くない酒を飲まされ、隣に座った女性からアプローチされた。
 以前から強い姉のいじりで女性が苦手である。恋愛対象にもならない。その点で夜の接待は苦痛でしか無かった。

(早く帰りたい。眠い。歩くのもダルい)

 会社の独身寮は、単身者用のマンションを借り上げている。簡素な部屋であるが家賃補助で安く借りられ、交通の便が良く助かっている。

(はぁ~。水とかお茶とか、あったっけ?明日の朝食の食材無かったかもな。コンビニ寄るか。あ~、折角の金曜なのに。見たい動画があったんだよなぁ)

 累がお気に入りの動画の続きが公開されている筈だった。水を飲んで、それから風呂に入っても大丈夫か。酒を飲んでいるから、一人暮らしで風呂に入って溺れたり、眠ってしまったら危ない。
 うつらうつらと考えながらコンビニ近くに到着すると…ポン!

(?なんか、暗い。前が急に見えない…もしかして、俺。倒れた?)

 累は自分の腕と足を動かしてみた。手のひらを顔の前に持ってこようとするが

(うん?届かない?動いている感じはある。麻痺しているとかではなさそうだけど。顔を動かしても腕や足が見えない?何だ?コレ)

 もぞもぞ、ごそごそと精一杯動かしてみたら、

「くうん」(ぷはッ)

(顔がでた。息は吸える。でも、なんか変だぞ)

 顔を左右に動かしてみた。どうやら、布地にはまっていた。そして、直ぐ目の前にアスファルトの地面。やけに白線が大きく見える。

「ワンッ?」

(ん?え?今の何?俺、何だ?って言ったよな。ワンって、なんだよ。なんか小型犬の鳴き声みたいのが出たぞ?)

 もぞもぞと布地から全身を引き出し、少し歩いてみた。二足歩行ではない。四つ足で自然に歩いている。もうほとんどパニックである。

(何で?なにがあった?)

 そのまま、直ぐ先の明かりを目指した。帰宅途中に寄ろうと思っていたコンビニエンスストアの明かりだ。

「ワン!」(え!)

 ガラスに映ったのは、小さなオレンジっぽい茶色の毛をしたポメラニアンだった。累は、自分の姿がポメラニアンに変わってしまったかのように見えた。まさかなと腕や足を動かしてみると、自らの動きとガラスに映るポメラニアンの動きがぴったり連動している。

「ワン?!キュウ…クゥン…」
(え?まさか...何て事だ…)

(どうしたらいい?元に戻れないのか?一体全体どうしたんだ)

 あり得ない現実の前に途方に暮れた累。真ん丸の黒い瞳に涙が滲んで見えた。すると、ウィーンと横のコンビニエンスストア入り口のガラスドアが横に開いた。

「あれ?犬?」

 累は声のする方を見上げた。

「キュゥン!」(野坂!)
「ん?俺に向かって吠えた?」
「ワン!ワン!」(そうだよ、野坂!)
「可愛いな。ポメラニアンか?」
「キュゥン!ワン…」(やっぱ犬に見えるんだな。助けて…)

「どうしたの?わんこ。ひとり?」
「ワン!ワウ~ン」(助けてくれ~)

 そこにいたのは、累の同期入社で経理部に勤める野坂燿司(のさか ようじ)だった。
 野坂は、一流大学卒で在学中に税理士資格に簿記まで取得しているエリートだ。
 180cmある長身に鍛えた体を持ち、眼鏡の奥にはスッキリとした奥二重の切れ長の目をしていて、鼻筋も通っている。薄い唇と合わせて眼鏡をはずすと美形だと噂の人物である。

 仕事に厳しく、眼鏡のしたから鋭い眼差しを向け、伝票の不備や締め切りには口煩く、少しの間違いも許さない頑固さを持つ野坂は経理部に相応しいがやや畏れられてもいた。

 累は、野坂とは同期入社で研修も共に過ごし、同期会で飲みに行くこともあった。話題をふり、話を聞くことも話すことも多い累と違って、静かに人の話を聞くタイプの野坂とは、特に親しくも無ければ疎遠でもなかった。

(野坂は、厳しいタイプだからな。犬になんて構ってらんないか。助けて欲しいけど、助けてくれそうに無いかも…)

「キュゥン…」

 俯いて、抜け出してきた布地の方を向くと、今日着ていたスーツとインナー、ビジネスバッグがあった。

(やっぱ、俺が犬になって抜け出してきたんだよな。どうしよう)

「ねえ、わんこ。あれが何?君の飼い主と関係あるの?」
「ワン、ワン」(飼い主じゃなくて俺だけど。ちょっと来てくれない?助けてよ)

 累は野坂のもとに戻ると、彼のズボン裾を噛んで荷物のほうに誘導した。

「うーん。スーツ、ワイシャツ。ネクタイ。それにビジネスバッグ。一人分すっかり中身だけが無いな」
「キャン!クウン」(そう!その通り)
「ちょっと待てよ?」

 野坂は胸ポケットからスマートフォンを取り出すとなにやら操作を始めた。

「就業規則によれば犬を保護したり飼うのは禁止されていない。独身寮入寮規則は…小型犬の飼育は可能。よし、大丈夫だ。そういえば、女子社員で犬や猫を飼っている人もいたなぁ」

(えっ!?こいつ、スゴッ。スマホに就業規則とか入寮規則とか、スキャニングして入れてんの?流石経理。そんで、それを確認してから保護してくれようとしてんだ?実は俺が思っていたより、優しいかも。犬に対する話し方はいつもよりソフトだもんな)

「とりあえず、家に行くか。コレ、必要なもの?君の物?」
「ワン!キュウ…」(そう!お願い、大事な物が入ってる…)

 野坂は、一度買ってきた物を入れていたマイバッグを置くと、累の衣服を手早く畳んで一緒に入れた。そして、荷物を腕に掛けると累の靴と二つのビジネスバッグを持ち、ポメラニアンの累を抱き上げた。

「荷物が多いな」
「クウン、キャン」(悪い。ありがとう)
「もしかして、お礼言ってる?」
「ワン」(そうだよ)
「ふぅん?何だか会話が成り立ってる感じがするな」

 野坂に抱かれた累は、一緒に独身寮までの道を行く。

(そういえば、野坂は俺の丁度下の階の部屋だったな)

 一匹と一人は、大きな荷物と共に街頭に照らされ独身寮に向かった。
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