魔導師は地球に一矢報いたい

Licht

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第一章 二 まだ二人は出会わない

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 ここはどこだ?
 俺は確かさっきまで、田舎道をレオの馬車に揺られながら目的地であるはずの山にはずだ。
 しかしここは真っ白な空間。
 そして目の前に突然、一人の少女が俺の前に現れた。
「シャルくん!」
「ん!?マリ!?」
 俺の目の前に立っているのは、俺の護衛対象兼彼女のマリアだった。
 彼女は、蒼くて大きな瞳を数回瞬かせて、にっこりと笑った。
「シャルくん、なんで私と君がここにいるかわかってないでしょ。私ね、ついに覚えたのよ。夢への干渉魔法」
「なんだそういうことか」
 マリは自分と親しい間柄の人間の夢の中に出ることができる干渉魔法を新たに習得したらしい。
「うん!まだシャルくんみたいに無詠唱でこの魔法は使えないけど、頑張って覚えたんだよ」
「最近よく魔法図書館に通い詰めていたのはこのためだったのか」
「そうだよ」
 マリはよく俺に秘密で魔法の特訓をしている。そして新しく覚えた魔法を俺に披露をしてくる。俺はその度に決まってあることをする。
「そうか、さすがマリは偉いな」
 俺はそう言ってマリの頭を撫でてやった。
 マリは赤いバラの髪留めで留めている髪を揺らしながら、
「えへへー、シャルくんに頭撫でてもらっちゃった」
「それにしてもマリ、いつもは回復魔法や戦闘で使うような魔法を覚えるのになんで今回はこんな魔法なんだ?」
 するとマリは少し照れくさそうな顔になった。
「だってシャルくんとお話ししたかったんだもん」
「別に帰ったらいつでもしゃべれるじゃないか」
 俺はそう言って大きなあくびをした。
 夢の中とはいえ魔法発動中は俺も起きているのと同じ状態になるので俺は今眠くてたまらないのだ。
「もー、君はもうちょっと女の子に気を使ったらどうなの?」
 俺は彼女の膝に頭を置いて、
「マリといると、気を使うのとかそういうの全部忘れちゃうんだよ」
「もうっ!そうやって茶化さないの。ほんとに君は、私がしっかりしないとダメなんだから」
「だって俺はマリに骨抜きにされちゃったからな」
「ふふ、じゃあ私が君の骨になって支えてあげないとね」
「ああ、よろしく頼む」
 俺は彼女の膝枕で極上の眠りについた。

「旦那、シャルラの旦那!起きてくだせえ旦那」
「ん……んー……」
 俺の眠りを覚ましたのは、いつもの透き通るような優しい声ではなく、聞き慣れてはいるが目覚めの一声に聞くにはあまりに聞き苦しい野太い声だった。
「そろそろつきますぜ旦那」
 まだ寝ぼけていて何のことかわからない。
「なんだレオか。もう少し寝かせてくれ」
「よーっぽど気持ちの良い夢を見てたんすね?」
「そんなことねーよ」
「夢の中でマリアさんと話すのはやっぱり現実とは違いますかい?」
「エスパー!?」
 なんでレオが知ってるんだ!?
 すると俺よりも一回り年上の彼は髭に手を当て、全てお見通しだとでも言いたげなほどのニヤニヤとした顔をした。
「お前はマリアさんといるときいつもより表情が豊かになるからな」
「うそ!?」
「マジだよ」
「マジか……マリが夢への干渉魔法を覚えたからそれを使いたかったってだけなんだよ」
「へー。で、どこまでしやした?」
「なにを?」
 再びニヤつくレオ。
「なにをって、そりゃー夢の中なら何してもオッケーでしょ?」
「な、なにもしてねーよ。ただ、ちょっと膝枕してもらったくらいだよ」
「はー、リア充はいいっすねー。ソロ充はツライナー!」
 髭を剃って、面食いをやめればもっとモテるはずなんだが、彼はこのこだわりを変えるつもりはないらしいので黙っておく。
「つきましたよ。ドラゴンの住みかに」
 周りを見渡すと、そこには薄暗い洞窟があった。
「もうついたのか。今回のドラゴンってどんなの?」
「今回のは鉄竜種ですから前みたいに火を吹かれて髪が黒こげになることはないですぜ」
 以前は討伐した炎竜種の炎を直にくらってしまい頭が黒こげになり、レオにもマリにも大爆笑された苦い思い出がまた蘇ってきた。
「その話はもうやめろよな。じゃ、サクッと倒してくるからここで待っててくれ」
「分かりやした」

 薄暗い洞窟の中を俺は天井に炎魔法で作った鬼火を一定の間隔で設置していく。
 もちろん無詠唱で行う。コツさえ掴めば無詠唱で魔法を発動することは誰だってできる。
 まだ俺は強力な魔法には詠唱が必要だが、この世界のどこかにいるといわれている大賢者とその仲間たちは全ての魔法を無詠唱で使えるらしい。
 だが、現時点で無詠唱ができる魔導師はかなり少ない。
 魔法の事象を脳内でイメージするのがどうしても難しいらしい。
 マリもよく、どうしても現実と想像のリンクがうまくいかないと言っている。
 無詠唱はできるとかなり便利だ。魔法を発動するときに声を発さなくて済むから隠密行動をするときや敵にばれずに先制攻撃を仕掛けるときに必須となってくる。
 少し歩くとひらけた空間に出た。
 おそらくここに鉄竜はいるだろう。
 鉄竜種は鼻がいいので俺が洞窟に入ってきたのに気付きどこかで臨戦態勢をとっているはずだ。
 コロっ!
 何やら小さな石ころが上から落ちてきた。
 うえか!
 見上げるとすでに鉄竜は自分の胴体にある無数のトゲを俺に向かって射出していた。
 俺はとっさに防御障壁をはる。
 少しはるのが遅れて数本掠めたが大きな傷は受けなかった。
 鉄製のトゲなので、周りには土煙とともに無数の穴が作られた。
 地響きとともに鉄竜が地上に降り立つ。
「グギャギオギギガーー!!」
 けたたましい咆哮をあげこちらに突進してくる。
 俺は自分に身体強化の魔法をかけて背中に背負っている真紅の剣を抜刀して鉄竜を受け止める。
 数メートル後ろに下がったところで止まった。
 さすがはドラゴン。強化した手がビリビリと痺れた。
 そして、俺は次なる一手を加えるべく鉄竜の頭上に跳躍し、剣に炎魔法を纏わせて何度も鉄竜を切りつけた。
 徐々に鉄竜の体は赤くなっていき、やがて全身が真っ赤になった。
 俺はそこに水魔法を使って鉄竜に地面の土と混ざった濁流を浴びせる。
 すると、鋼のように硬かった鉄竜の鱗がボロボロになった。
 鉄竜はそれによって足と羽が動かなくなり身動きがとれなくなっている。
 俺は再び身体強化の魔法をかけて鉄竜の脳天めがけて思いっきり剣を当て付けた。
 鈍い重低音を鳴らして鉄竜の頭は粉々に砕け散った。
 そして残った胴体も地面に倒れ込み動かなくなった。

 洞窟を出ると、
「意外と早かったじゃないですかい」
 寝転がりながら愛読書を読みふけっているレオはまだ読み足りないといわんばかりの表情だ。
「今回のは知能が低い竜だったんだよ。バカの一つ覚えのように単調な攻撃しかしてこないから倒しやすかったよ」
「そうでやしたか。で、報告はもう済ませやしたか?」
「忘れてた。今からするよ」
「じゃあ終わったらまた呼んでくだせえ」
 そう言ってレオはまた本を読み始めた。
 俺は通信魔法を使って王城にある魔導師ギルドに連絡をとった。
 ちなみにこの通信魔法が使えるのはこの国では俺を含めて六人だけだ。
 そこらに落ちてる枝なんかを使ってアンテナ代わりにする。
 俺は簡単にギルドとの連絡を済ませた。
「ほらレオ、帰るぞ」
「へいへーい。ところで旦那、今回はどんな魔法を使ったんですかい?」
「光魔法と炎魔法と水魔法と強化魔法だな」
「かー!さすがは規格外。魔法の大盤振る舞いですなあ」
「ああ、だから疲れた。少し寝る」
「またですかい!?まぁ、ついたら起こしますよ」
「頼む」

 普通の魔導師は違う種類の魔法を連続発動することはできない。
 稀に二種類を同時に使える天才はいるけど。
 ちなみに俺が何種類もの魔法が連続で使えるのは、俺はもう覚えていないが幼い頃に施された人体実験によるものだ。
 そんな俺はマリの父さんに雇われ、マリの護衛として働くことになった。
 当時、俺は人体実験の恐怖や後遺症で無感情でとても無愛想な奴になっていた。
 そんな俺の閉ざされた心に、マリは目一杯の時間をかけて少しずつ光を当てて俺の失われた感情を取り戻させてくれた。
 だから俺は彼女のことを生涯を賭して守り続けると心に誓っている。

 帰路の途中、突然空に轟音が鳴り響いた。
「旦那!なんですかいありゃ」
 レオに言われて空を見てみると上空には見たこともない鳥が飛んでいた。
「なんだあれ?とり……なのか?」
「でも鳥にしては何かおかしいですよね?」
「そうだな。羽ばたいてないし、なにより速すぎる」
「見てくだせえ旦那。あの鳥何か落としやしたぜ」
「フンじゃないよな?あれは、場所的に王都あたりだな」
 その刹那、真っ白な光が俺の視界を包んだ。
 そしてその数秒後、
 ドゴゴゴオオーーン!!
 なんだ今の音!?
「なんだありゃ!?」
 レオが口をあんぐりさせて遠くを指を指している。
 その方向には、白と黒の混ざったとてつもなく大きな煙が立ち上っていた。
「ケムリ!?爆発か?」
「にしては大きすぎやしませんか?」
「確かに大きすぎる……」
 ん?あの煙が上がってる場所って……
「おい、あの場所ってまさか……王都じゃないか?」
 俺の背中に冷や汗が一筋つたるのがわかった。
「王都が襲撃されたんですかい!?」
 俺の頭には今そんなことはどうでもよかった。
 そんなことなんかよりも、
「マリが……マリが王都に……」
「こりゃえらいこっちゃ!旦那!早く乗って!」
 俺は二つ返事で馬車に乗り込み、レオはすぐさま馬車を走らせた。
 俺は無我夢中で持ってる枝でマリに通信魔法を使っていた。
 だが、聞こえてくる音はノイズ音だけ。
「繋がりやしたかい?」
「くそっ!ダメだ、あの煙が邪魔で魔法が届きにくい」
 すると通信魔法の触媒として使っていた枝の方から音がする。
「……くん…………シャルくん!」
 マリの声だ!
「マリ!良かった、繋がって」
 俺はマリの声が聞けたことで、微々たるものだが心が落ち着いた。
「シャルくん!怖いよ、助けて!」
 マリの叫びがまだ落ち着くのは速すぎると言わぬばかりに俺の心に突き刺さった。
 恐怖と焦燥によって彼女の平生の心が刈り取られてしまっているのがわかる。
「落ち着いてマリ。今俺も全力でそっちに向かってるから。いったい王都で何が起こってるんだ?」
「わからないわ。何もないの。城も町も人も。ほんとにここは王都なの?」
 マリの声が震えている。
「落ち着くんだ。落ち着いて周りをよーく見るんだ。何かないか?」
 ほんの少しの沈黙の後、
「ほんとになにもないよ。え、だれ!?」
「どうしたマリ!誰かいるのか?」
「真っ白な人が……な、なにするの!やめて!キャアアア!!」
「どうした!?」
 再び辺りはノイズ音に包まれ通信魔法が復活することは二度となかった。


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