守り守られ

ほたる

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朔の異常排尿行動


リハビリ病棟の朝。

窓から差し込む光の中で、朔は足を見つめていた。

動く。
以前より。
確かに。

強く突っ張っていた両下肢の痙縮は、 薬剤調整によってわずかに緩んでいた。
主治医である織悠が言った通りだった。

「歩行練習、再開できる」

その言葉は、入院してから初めての希望だった。

平行棒。
理学療法士の支え。
震える脚。
一歩。

床を踏めた。

「いいよ、朔くん」

汗が落ちる。
息が荒い。
それでも歩けるかもしれない。
そう思った。
だが…変化は別の場所で起きていた。


午後。
病室で、朔はぼんやりしていた。
頭が霞む。
思考が遅い。
痙縮を抑えるため追加された薬。
副作用説明は受けている。

眠気。
注意力低下。
認知鈍麻。

だが本人には、それが“異常”だと分からない。

ただ…落ち着かない。

妙な違和感。
下腹部の圧迫感。

トイレ?
そう思った気がした。
立とうとする。

だがどこへ行けばいいのか一瞬分からなくなる。
視線がさまよう。
トイレの位置、理解しているはずなのに。
結びつかない。

次の瞬間。
朔は、病室の床に立ったまま……排尿した。

音。
広がる温かさ。
自分の足元。

数秒遅れて理解が追いつく。

「……え?」

止まらない。
何が起きているのか分からない。
ただ呆然と立ち尽くしていた。

巡視に来た山添さんが扉を開けた。
そして視線が止まる。

床。
立ち尽くす朔。

視線が合う。
朔の顔には、羞恥より先に……混乱があった。

「……トイレ、」

かすれた声。

「行こうと……」

山添さんはすぐ近づいた。

怒らない。
驚かない。

静かに肩へタオルをかける。

「大丈夫」

だが視線は鋭かった。

これは失禁ではない。
違う。


ナースステーション。
報告を受けた暁彦先生が眉を寄せる。

「場所認識?」

織悠先生が即答する。

「可能性高い。薬剤性認知低下」

カルテに記載される言葉。

異常排尿行動 初発


その夜。
朔は何度も床を見た。
なぜあそこでしたのか…理解できない。
思い出そうとすると、頭がぼやける。
怖い。
足は良くなっているのに…
別の何かが、静かに壊れ始めていた。

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