ショコラとレモネード

鈴川真白

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淡く微笑む苦味

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 これまでも何となく差を感じることはあった。端正な顔立ちで、勉強もスポーツもできて、男女どちらからも人気がある。人に囲まれるのが似合う幼なじみ。対して俺は貴臣たかおみがいなければ1人でいることが多かった。

 何もしなくても制服に袖を通すだけで様になる貴臣。俺は高校デビューだと気合を入れて髪を染めてみたものの、鏡を見た自分にしっくりくる感じはなかった。

 目つきも相まって近寄り難そうと家族からは言われたが、貴臣から似合うねって言葉をもらったからいい。そのためだけにやったようなものだ。

 髪色を変えたところで地味なのは変わらない。ずっと地味に、貴臣の陰に隠れて生きてきた。

 それでも、貴臣の隣にいるのは心地良かった。誰に何を言われても、気にも留めなかった。だって俺がどうであっても、笑ってくれる貴臣がすぐそこにいるから。

 貴臣がいれば、俺の世界は完璧だった。――さっきまでは。

「……まじか」
雪斗ゆきと、大丈夫?」

 クラス表を確認した後の絶望の呟きを拾ってくれた貴臣が、眉を下げて俺を見ていた。正直、大丈夫じゃない。てか無理、心折れそう。何なら折れてるかも。

 いとも簡単に完璧な世界は終わりを告げて、これからどうしていいかわからない。貴臣の周りで騒ぐ女子がいないことに安心してる場合じゃなかった。

 ため息を吐きながら俺は肩を落とす。ほんとはしゃがみ込みたいくらいの気分だった。貴臣は「そろそろ行かないと」と言ってくれたものの、行きたくなかった。

 足が重い。貴臣がいない教室なんて、どうでもいい。もう今日帰っても許されんじゃねぇの、これ。

 幼稚園から同じ組で、小学6年間は半分以上同じクラスで、中学3年間同じクラス。高校もどうしてか当たり前のように同じクラスになれると思っていた。

 苦手な英語も必死でがんばって合格した結果がこれかよ。小学生のときは隣のクラスだし、何かと合同授業があって何とかなった。

 でも高校は違う。ましてこれじゃ、端と端のクラスだ。物理的に遠い。

 現実逃避したところで、紙に印刷された名前の位置が変わるわけじゃない。あんまり駄々をこねて貴臣を困らせるわけにもいかないので、仕方なくうなずいて前へ進んだ。

「終わったらすぐ迎えに行くから待ってて。せっかく初日なんだし、今日は一緒に帰ろ」
「いいよ、ありがとう。貴臣のことだし、同じクラスの人と話したり色々あるだろ。俺は先帰ってるから」

 自分の教室へ入って、振り向くと貴臣が手を振ってくれていた。俺は子どもか、って思うけど、貴臣の優しい笑顔に癒された。手を振り返して貴臣が行ってしまうのを見送る。

 どうせ、クラスに馴染めるわけない。貴臣のおまけで話す人がいた中学とは違うんだ、このままいれば俺は1人で過ごすこと確定だろう。

 貴臣は、人とうまく話せない俺と違ってあっという間に人気者になるんだろうな。この学校でも人に囲まれる貴臣は想像に容易かった。

 教室では、いくつかのグループがすでに盛り上がっていて、笑い声や名前を呼ぶ声が飛び交っていた。その中で、俺はひっそりと席に座った。まだ前の方の席じゃなかったのが救いだ。

 周りは騒がしいのに、ざわめきが遠くに感じられた。こんなところで貴臣なしでやっていける自信はまったくない。

 友達ができる気もしない。貴臣がいる予定だったから、作ろうと思ってもなかった。1人が好きなわけじゃないけど、仕方ない。

 1年を乗り越えれば、クラス替えがある。それを待っていればいい。先生の前で貴臣と仲がいいアピールをしたら同じクラスにしてもらえないだろうか。そんなに甘くないかもしれないけど、やってみる価値はある。

 何でもいい、来年に期待して毎日をやり過ごそう。

 俺は真新しいブレザーのポケットからスマホを出して、ゲームを開く。貴臣へ連絡したいところだけど、ぐっと耐えた。貴臣の時間を邪魔したいわけじゃない。

 貴臣にべったりをいい加減卒業しろってことなのかな。さすがに高校生だし、俺も1人で何とかなるだろう。何とかするしかない部分だって出てくる。まだどうしていけばいいか、わかんねぇけど。

 ぼんやりとそう思って、新キャラのガチャを引く。あ、と思ったと同時に後ろから肩を叩かれた。驚きで肩が跳ねて、声にならない声が出た。何!? つーか誰!?

「おれもそのゲームやってる! 新キャラおれは出なかったー。当たりじゃん」

 こいつと昔からの知り合いだっけ、と思ってしまうくらい自然に話しかけられた。

 スマホを覗いたことに悪びれる様子もなく、にこやかなその人に「はあ」と曖昧な返事をしてしまった。誰だよ、お前。当然知らない人で、俺は暴れる心臓を落ち着けようと息をゆっくり吐いた。

 心の準備がゼロの状態だったものだから、対応できる体制にもなかった。

「な、フレンドなろうよ。ランクどのくらい?」
「……あー、まだあんましで120くらい」

 後ろに体を向けて、相手の目をうまく見れないまま答える。

「え、強いじゃん。おれまだ35とか。けど、俺も強いキャラ持ってるしそっちはレベマだから、フレンド申請送らして」
「うん、わかった」

 普段はランクが同じくらいの人くらいしか承認していないけど、フレンド枠にはまだ空きがあるし嫌がる理由もなかったので受けておいた。クラスにちょっとでも知っている人がいれば、何かあったときに声をかけやすくなるかもしれない。

 自分のコードを表示させて、相手に見せる。ゲームに表示された申請者の名前は梅おにぎり。本名とは全然関係なさそうだった。キャラは言ってた通りちゃんと強い。

「パーティー組むのに助かる。ちょうどこのキャラ連れてきたかった」と、俺のキャラを確認したその人が言った。
「そうなんだ、俺もこのキャラ助かるよ。ありがとう」

 いきなり話しかけてきて自己紹介もないから、誰なのかはさっぱりわからない。

 あ、俺も自己紹介してなかったか。こういうときってすべきなのかな。ゲームに興味があるのであって、俺自身には興味がないかもしれないから、いらないか。

 頭の中でぐるぐるしているうちに、その人は別の人から話しかけられてしまった。

「さっそく後で使わせてもらうわ」

 またな、と席を立つその人。黒板に書かれた名前を見て宇野うのだと認識した。あんなふうにさらっと話しかけられる人もいるんだな、すごい。

 嫌味な感じが全然なかった。むしろ俺の態度で気を悪くしなかったか心配になる。俺にはとても真似できない。

 再びスマホ画面に目を落として、貴臣からの通知が来た。素早く画面をタップする。

 暇だと送ってきた貴臣に嘘つけ、と唇を噛んだ。暇なわけがない。きっと俺が1人でいることを見越して、自分は色んな人と話す合間にこれを送ってきてくれたんだろう。

 いいやつだよな。何で俺と一緒にいてくれるのか不思議なくらい。貴臣が面倒みのいい幼なじみだからっていうのは絶対ある。俺のことを気にかけてくれて、誰よりわかってくれる。

 貴臣がこの場にいたら、俺も宇野とすぐ仲良くなってたのかな。自分だけがこの教室に不釣り合いな気がした。

池本いけもと、今日帰りせっかくだし寄って帰らねー?」
「え、あ、今日は無理で……」

 宇野が横から再登場してきた。とっさに断ってしまうと「うわー、ノリ悪」と誰かが言ったのが耳に入ってうつむく。

 ノリ悪いって、そっちが勝手に盛り上がってんだろ。俺が悪いみたいな空気にされても困る。みんながみんな、同じようなテンションでいられるわけじゃない。

 中学は共学で、俺が誘われる目的はいつも貴臣だった。いきなり誘われて受けてしまったとき、貴臣も巻き込む形になって迷惑をかけて以来は断るくせがついてしまった。

 貴臣を誘うために使われるなんてごめんだ。今回はきっと、違うけど、よく知らないのに行ったところで後悔するのは目に見えている。

 俺自身のことを誘いたいなんて言ってくれるのは、貴臣くらいなものだ。

 だけど、ノリが良くない自覚もあるので何も言えなかった。宇野が「誰だ余計なこと言ったやつ」と庇うようなことを言ってくれたのにも構わず、目をそらしてしまった。

 ここでの時間が早く過ぎることを、ただ願うばかりだ。
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