彼福私鬼 〜あちらが福ならこちらは鬼で〜

日内凛

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第二章

第60話/灰色の雲

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  2023年7月14日(金) 12:30



美月は、教室と同じフロアのバルコニースペースで実咲、なぎさとテーブルを囲んでいた。
三人は昼食を食べ終えたあともそのまま特に会話らしい会話をすることなく、それぞれにスマホをいじる。
このところ、昼休みに女子トリオ三人が集まるときはこの場所と決まっていた。

梅雨明け間近のこの頃、天候は一層不安定だった。
予兆なく降りしきるゲリラ豪雨は、中庭の藤棚の屋根ではとてもしのげるものではない。今の時間は雨粒こそ見られないものの、空を覆う厚い雲は少しつつけば弾けて泣き出しそうに鬱屈とそこにあった。

「美月ほらこれ昨日の最強の一枚」
実咲が丸テーブルの上に身を乗り出しながらスマホ画面を突き出してきた。
見れば、実咲含むクラスの女子4人がトランポリンで跳び上がりながら何か妙なポーズをとっている。
「なんこれ」
「ええ~ほらこれこれ」
そう言って音楽を口ずさみながら肩を小刻みに揺らし、同じポーズを取ってみせる実咲。
この頃よく見かける、制服を着た四人組グループの代表曲のダンスだった。一部だけ静止画で見せられても分かるわけがない。
「ふーん、朱華くんは?」
「あ、撮り忘れたわ」
「私撮ってるかも。……っとこれとか」
そう言ってなぎさが見せたフットサルの写真の中に確かにエリーは写ってはいたが、ボールの周りの熱狂を遠巻きに、あるいは怯えるように眺めるだけの彼はほとんど風景も同然だった。
美月は目を細め「私も行きゃよかったかなぁ」と小さく肩を落とした。


実咲となぎさが見せた写真は、昨日の放課後にクラスメイト20人ばかりで幹線道路沿いにある大型スポーツ施設に遊びに行ったときのものだった。
そしてそれは編入してきたばかりのエリーと親睦を深めるという目的で企画されたものだった。つまり、主賓はエリーということになる。
企画はクラスのグループチャットで展開されていたが、クラスで唯一グループに入っていない黒葛はそもそもそのことを知らず、ならば唯も不参加だというので美月も気乗りせずパスをしたのだった。
埋め合わせということではないが、美月と黒葛と唯はまた別途エリーと交流の場を設けることにしている。四人は『もっと唯さまをひたすら愛でる会』というグループチャットの中で他愛もない話をしながら計画中だ。

「付き合い悪くなったよね~美月はさ」
実咲はスマホをテーブルの上に放り、背もたれに体重を預けると勢いで後ろに転げそうになった。
「部活もやめてなーにをしてるんだろうね?」
にやりと笑うなぎさも写真アプリを切り、画面を上にしてスマホを置く。すると待ち受け画面に切り替わり、そこに表示されたのは恋人とのツーショット写真だった。
美月はそれを見ぬふりをして、「色々やりたいことあんの」とスマホを伏せ置いた。
佐海なぎさ。どこまで嗅ぎつけているのやら。やはりあなどれぬ女よ。

もちろん美月は部活を辞めて自由になった時間を恋人たちとの逢瀬に充てていることは否定できないが決してそれだけではない。
本義は4月に黒葛を襲い、また大昔にもこの町で起こったとされる不可思議な災害について追求することだ。同時に、それを引き金として変質した自分たちの身に何が起きているのか、それについても調べる必要があるだろう。

この謎が謎を呼ぶ状況にあって目下、今の目的は“翠羽先生”という、特殊な事情を持つ人物に会うことだった。
そのために翠羽先生の自宅だという和菓子屋を訪ねるのだが、その時に限ってお店にはシャッターが下ろされており、お目通りが叶わない。
昨日は黒葛が帰りがけに寄ってみたがやはり臨時休業とのことだった。
だがさすがに明日、土曜日は営業しているのではないだろうか。三度目の正直という言葉もある。

明日の予定について思案していた美月は、ふとなぎさからの絡みつくような視線を感じ、反射的に目を逸らした。
いかにも眠たげな目をしながら、相手の瞳の動き一つさえも見逃さないとばかりにじっくりと観察をするのがなぎさだ。
目を逸らされたなぎさは肩をすくめ、苦笑した。
「ま、楽しそうだし深くは追求しないけど……ヘンなことに巻き込まれてないよねー」
ガッツリ巻き込まれているが、事情を説明したところで理解をされるわけがない。
ならばこの場でキツネの姿に変身したらばどうなるか、と美月は想像するが、ただスベり散らかして終わりそうだった。ハロウィンにはだいぶ早い。

「そういやこないだ朱華くんとさぁ~」
実咲がそう言いかけた時、テーブルの上にある3つのスマホのうち、実咲となぎさのスマホが同時に震えた。
画面上の通知を一瞥するなぎさ。
「クラスのグルチャだね。……美月ミュートしてんの?」
「仲良い子くらいしかキホン通知入れてないから。気が散る」
美月はメッセージが来ているはずの自分のスマホには目もくれず、弁当袋の紐を指先で弄ぶ。
「まぁ確かに美月の通知覧ウザそうだわ」
苦笑しながらスマホを手に取った実咲の顔から笑みが一瞬で引いた。
「なんか、変なことやってんね」
同じく画面をスワイプするなぎさも眠たげな目はそのままに、微かに眉をひそめている様子が窺えた。
美月も遅れてスマホを取り、そして冷たく目を細める。
「あー……これはダルいな」

クラスのいわゆる“一軍男子”の一人が投稿したのは写真が1枚と、それに付随するテキストメッセージだった。
写真には、おそらくエリーが写っていた。
というのも、その見た目が実際の本人とは大きく異なっていたからだ。
赤い色はそのままに肩よりも長く伸びた髪の毛。
服装も制服ではなく、ガーリーなデザインが要所要所にあしらわれた肩出しの白いワンピース。大きく膨らんだ胸の間には谷間ができ、ふくよかな太腿が短い丈から覗いている。顔にもほんのりと化粧が施されているようだった。
そして背景はどことも知れない南国らしき砂浜。

〈朱華くん女の子にしたらめっちゃかわいくない!? 目覚めそうw〉

というメッセージのあと、その男子の一味が露骨なサクラとして仰天だったり興奮を表現するスタンプを続ける。

おそらく昨日撮られたであろうエリーの写真を素材として、何かしらのアプリを使っていわゆる“女体化”をしたものらしかった。
それは、確かに可愛らしいものだった。
何しろ女体化も何も、本人は少なくとも肉体的には女性なのだから似合わないわけがない。

「……実際、どういう扱いなんだろ」
「男子っしょ。体育は男子じゃん。今んとこ見学だけど」
なぎさと実咲の、呆れとも軽蔑ともとれる口調の言葉に美月は驚く。
「二人とも、知ってたの?」
「走り方とか筋肉の付き方見りゃね。昨日遊んでみてやっぱそうだろなって」
実咲はさも当然のように言った。
確かに陸上部の実咲なら真っ先に違和感を覚える箇所かもしれなかった。
「私は最初の挨拶の時、先生の感じでそうかなって。トイレも教職員用の使ってるし。女子はもうみんな気付いてんじゃない?」
なぎさは察しているだろうとは思ったが、初日に即看破していたらしい。
その後も二人とはエリーの話題で盛り上がったことはあったが、特に性別については触れなかった。
理由は単純で、エリー本人が自らの性について何も言っていないからだ。ジェンダーというデリケートなものであれば尚更。

美月は頭を掻き、グループのメンバーを確認する。幸いにしてエリー本人はまだ不参加のようで、少し安堵する。
「男子、めんどくせーなぁ……これ。元いたとこではどうだったんだろ」
「カナダは……そういうのかなり先進的な国のはずだけど」なぎさは腕を組んで言った。「でも思うに……日本に来てからオトコの子にシフトしたんじゃないかな。なんか色々……慣れてなさげな感じがあるし」
ふと、実咲が何か文字を打ち込んでいたスマホをテーブルの上に置くと同時になぎさのスマホに通知が届く。
「あ、いった」
「サンキュな実咲」

〈人の写真加工すんのキショいからやめな 最低だしふつうにアウトです〉

実咲のメッセージのあと、女子何人かからの同意を示すスタンプがポンポンと咲き、トークを埋めていく。
そして別の男子による、消しとけよ、と諌める内容の投稿がツリーに蓋をしたのを見届けて美月はスマホをまた伏せ置いた。
「学校も学校で彼を受け入れるまでに根回しつーか色々整えてないのもどうかと思うけど」
「オトナに期待してもしょーがないって。私らで迷惑じゃない範囲で力になりゃいんじゃね」
しばしば部の顧問の文句を垂れる実咲が悟ったように言い、なぎさも身体を前後に揺らして同調の意を表現した。


教室に戻った美月は弁当袋を持ったまま唯の席へ向かう。
食事を終えている唯は読書タイムに入り、その前の席では黒葛が壁にもたれながらスマホをいじっている。
美月に気がついた唯は本を伏せ置き、顔を上げた。
「あ……美月ちゃん」
「唯、エリーくんは? 三人で一緒に食べてなかったの?」
美月は唯の机に寄せてある空席の椅子に目をやる。
「今お手洗い。……さっきの、見せてはないから」
「そっか、ありがと。……祐樹、分かってんね」
唯への柔和な当たりから一転、ギロリとした視線で黒葛に釘を刺す。
「うん、言わないってば……。でも唯ちゃんに見せてもらったけど、クラスのグルチャ……怖くて僕やっぱいいや……」
もはや特技の域にあった気配を消す技術が奏功し、グループチャットに入るタイミングから免れた黒葛は心機一転、改めて招待してもらおうか悩んでいたが、一連の流れを見てすっかり臆してしまった。実際、唯もタイムラインをまともに読む気になれず、大抵瞬間的に開いては既読を付けるだけだ。
「ほぼ数人が私物化してるだけだからあれ」美月は教室の中央あたりを睨むようにして言った。「だからたまにあーやって調子乗るんだよ」
近くの席でスマホをいじっていた男子生徒の一人がその言葉に頷く。先ほどのメッセージの流れに蓋をしたのが彼だった。

「なんか、面倒にならにゃいいけど」
美月はそう呟きながらも理解をしていた。
もうすでに“面倒”というものは発生していて、それは学校が後回しだか当たらず障らずのままにして引き受けなかったことによる皺寄せである。
 
面倒というものもそうだが、一度こじれたものは放っておいたところで自然に治ったりはしない。
むしろ、時間が経つほどにこじれ、結果としてさらに面倒になるものなのだ。

そしてそれは、自分たちにも言えることだった。
変質、変容した自分たちの姿、そして三人の関係性。これらは、一般的な社会通念や常識からはねじれにねじれているものだ。
もし明日、翠羽先生という人に会えたら、超常的というしかない自分たちの有りようについて何か答えが得られたりするのだろうか?

美月は窓の外の景色を眺める。
宝月の町のある一帯が薄ねず色に煙っている。雨が降っているらしい。
蒸気の煙はゆっくりと東の方へ動き、しばらくして消えて見えなくなった。
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