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火の精霊ウェスタと素敵な社員食堂〜封印を解かれた幻狼グレイとシャルロットの暗殺計画?

女の闘い?それからピロシキとパン会議(イラスト有り)

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「午前中の勉強の時間が押しちゃったから、もうこんな時間になっちゃったわ」

「あっ、姫様、走っちゃ危ないですよ」

 シャルロットは侍女服に着替えると居城を出て庭園の中を小走りしていた。その後を護衛の騎士のキャロルが続く。
 お昼から乙女椿宮でユハたちと食堂の打ち合わせ会議があるのだ。

「あら?シャルロット様」

 ガゼボの前を通り掛かると甲高い女性の声に呼び止められた。
 振り返るとガゼボで三人の貴族の令嬢たちがお茶を飲んでいた。皆、髪を巻いて綺麗にセットしたり、アラモードで高そうな派手めのドレスを着て指や耳や首には派手な宝飾品。
 たまに参加するサロンや晩餐会で何度か喋ったことがあった。
 歳はシャルロットとそう変わらないだろう。

「あら、アラン様がた、お久しぶりですわ」

 シャルロットは礼儀正しく頭を下げた。
 アランは伯爵家の令嬢だ。レッドヘアーの縦ロール、すらっとした長身のスレンダー美人で貴族の令嬢の中で所謂インフルエンサーまたはファッションリーダーとして有名で人気もある。

「その薄っぺらい侍女服がとても様になっていましたので一瞬誰だかわかりませんでしたわよ、おほほ」

「まあ、ありがとうございます」

 あからさまな嫌味だがシャルロットは笑って受け流した。
 何度か顔を合わせてはいるが、アランたちはシャルロットが気に食わないようだ。

「聞きましたわよ。使用人たちの食堂を作る計画をなさってるんですって?わたくしはオリヴィア小国から皇子の婚約者がいらっしゃると聞いていたんですが、何かの聞き間違いだったのかしら?もしかして王は侍女を雇ったのかしら」

「まあ、侍女を雇う手配は王ではなく侍女長の仕事ですわ。あと、私がグレース皇子の婚約者ですわよ。社交界で名を馳せていて情報通なアラン様が知らないはずありませんわよね」

 シャルロットはあくまで笑顔で応対した。
 アランはお淑やかな笑顔を崩して、グッと唇を噛んでシャルロットを睨んだ。

「私、お転婆娘って呼ばれていますの。毎日のんびりと優雅にお茶を楽しんでいられるような性分じゃないんです。とにかく何か有意義なことをして常に身体を動かしていたくって。結構充実していて楽しいですわよ?グレース様も応援してくれていますの。アラン様もいかが?」

「アラン様じゃなくて、このような気品もプライドもない見窄らしい田舎の姫がグレース皇子の婚約者なんてっ……不釣り合いですわっ……」

 アランの取り巻きの令嬢がカッとなりの椅子から立った。
 それから手に持っていたティーカップをシャルロットに向けて大きく振った。入っていた熱い紅茶をシャルロットに向けてぶっかけた。
 騎士のキャロルが咄嗟にシャルロットの肩に手を伸ばし、自分の方に抱き寄せた。
 紅茶は虚しく地面に溢れ落ち、シミとなって広がった。

「お前たち、姫様になんてことを……」

 キャロルが声をあげた。

「全く…、気品もプライドもないのはどっちよ」

 そこに、亜麻色のショートボブヘアに侍女服を着た少女がズカズカと、ガゼボに続くレンガの小道を闊歩して現れた。

「あら、これはリリース様?フッ……リリース様までなんていう格好なのかしら?グレース皇子に婚約を破棄されてショックで自棄になったの?」

 侮辱の笑みを浮かべたアランに怯むことなくリリースは強気に睨んだ。

「勘違いしないで、グレース皇子はあたしから振ったの!貴女こそ?グレース皇子に相手にされないからって、彼女に八つ当たり?取り巻き引き連れてイジメですか?見っともないわね!」

 挑発的にリリースは笑った。アランは押し黙ったままプルプルと震えている。
 シャルロットは慌ててリリースの腕を引っ張った。

「お茶の時間を邪魔してごめんあそばせ。私たちは退散いたしますわ。それでは行きましょう」

 シャルロットはリリースを連れて足早に庭園を出た。

「あなたがシャルロット様ね?」

「ええ、あなた、リリース様……えっとグレース様の元婚約者様……」

「そうよ、昔の話だけどね。誤解しないで!あたし、グレース皇子みたいな男はいくら美形で皇子でも大っっ嫌いだから!ユハに頼まれてシャルロット様を迎えに来たの。あたしも社員食堂で働くことになったのよ。よろしくね!」

 小さい手のひらを差し出され、シャルロットは笑って握り返した。

「よろしくお願いします。それと、さっきはありがとう。庇ってくれたわね」

「気にしないで。あたし、あの女嫌いなの。あたしがグレース皇子と婚約していた時も散々絡んできて嫌がらせして来たのよ。あなたもヘラヘラ笑ってないで気をつけなさい」

「え、ええ」

 前世で四十年余り生きて女の世界の厳しさもドロドロとしたものも、酸いも甘いも嫌ってほど思い知っているわ。
 あんな威嚇程度ではメンタル折れないわ。

 シャルロットは苦笑いした。

「よかった。外国のお姫様って聞いていたからどんな世間知らずの箱入り娘か、高飛車でワガママなお姫さまかって想像してたんですけど、あの女豹相手に飄々としていられる令嬢なんて早々いないわよ。あなたのことは好きになりそう!」

「嬉しいわ。あの、リリースってお呼びしてもいいかしら?あなたも私のこと、シャルロットって呼んでちょうだい」

「良いわよ!シャルロット」

 少女二人は顔を見合わせて笑った。

 *

「あ!お姫ちゃん、やっと来た」

「遅れてごめんなさい……」

 乙女椿宮にはユハがいた。
 火の精霊ウェスタは珍しく不在のようだ。
 そして暖炉の前の二人掛けの長椅子には長身の男が足を組んで書類片手に座っていた。

「アル!」

 シャルロットはびっくりして声を出した。
 オーギュスト国に帰国していたはずの紺色のスリーピースのスーツ姿のアルハンゲルがそこにいたのだ。

「久しぶりですね」

 フッと精悍な顔を和らげ笑う。

「アルは城仕えのパン職人にジョブチェンジしたんだよ!」

 ユハが説明してくれた。

「え!?王配のお仕事は?」

「ちゃんと引き継いできた。ヴェルが成人して王に即位するまでは白竜の琥珀の監督のもと官僚たちがサポートする。私は対外的には他国に亡命したことになっているが」

「まあ、そうなの」

 アルハンゲルは「座れ」と長椅子の空いたスペースをポンポンと叩いた。
 リリースやキャロルも席についていて、狭い部屋の数少ない椅子は全て埋まっている。仕方なくシャルロットはアルハンゲルの隣に腰を掛けた。

「試作してみたんだ、食べるか」

「あ、ピロシキね」

「美味いか?」

「具は俺っちが作ったんだよ~!日本のピロシキみたいな中華風じゃなくて挽肉とキノコと玉ねぎを刻んだガパオ風~、油で揚げると時間が経つと美味しくないから、本番風に薄皮にしてオーブンで焼いたの。テイクアウトに最適でしょう!」

 ユハはペラペラと自慢げに話した。

「おいしいわ、それにこれなら作業しながら片手でも食べられるわね」

「でも、小麦粉は国内では不作だし輸入物は高価なんでしょう?ピロシキも小麦粉が必要なんでしょ?あたしたち貴族の間なら不自由なく食べられるけど、使用人の分の小麦粉は高くつくわ」

 リリースは言う。

「米粉を使うのはどうかしら?米だけではグルテンがなくて小麦粉のようには膨らまないですし、小麦粉のかさを増す方法ですが経費は抑えられるでしょう」

 オリヴィア小国では、関税が高く付きこの世界では高級品である小麦粉よりも安く手に入るお米を庶民たちは日常的に食べている。
 粉末状にすると小麦粉と同じようにパンやお菓子にも応用できる。

「私の国で作ってるお米を輸入して小麦粉の代わりに使うのはどうかしら?クライシア大国がうちに攻め込んできた時に関税を下げさせられたのよね。その分安く入手できると思うわ」

「それは良いアイディアね。庶民が食べてる黒パンもまあ食感はイマイチだけど、原料の栄養価は高いって異国の本で読んだわ。メニューに取り入れても良いんじゃないかしら?」

「めっちゃ良いね!バターとか卵なら安く手に入るし、それならこの前アルが作ってたブリオッシュもコスパ最強じゃん!」

「今この国はソレイユ国から小麦粉を輸入しているんですよね。あの国はここ数年不作が続いているし、法改正で穀物の価格が値上がり内乱も続いている。輸入先を隣の大陸のペレー公国に変えてはどうだ?クライシア大国とペレー国は経済連携協定を結んでるから関税が免除されますし、ペレー国の小麦粉は質は落ちるが、ソレイユ国の小麦粉の半分以下の価格で黒パンとコストも変わらないだろう」

 四人のメニュー会議は日が暮れるまで続いた。
 アルハンゲルは話の内容をまとめながら、白紙の上にペンを滑らせ財務官へ提出する書類を書いていた。
 シャルロットはそれを隣で眺めていた。

「さて、騎士団の夕食の支度があるから俺っち帰るね」

 ユハが元気に椅子を立った。
 リリースも椅子から立ち上がって二人して屋敷を出て行く。
 アルハンゲルと二人で部屋に取り残されたシャルロットも椅子から立つ。

「アルは帰らないの?」

「俺もお前と同じ居城に部屋がある、行き先は同じだから送ろう」

 アルハンゲルは書類の束を整えた。
 辞したとはいえ元王配だけあって使用人として再就職したのにVIP扱いなのね、シャルロットはぼんやり考えていた。

「え まだ書類の整理があるんでしょ?いいわよ、キャロルさんが隣の部屋で控えてるし、送ってもらいますから。それでは、また明日……」

 シャルロットは部屋の扉を開けた。
 するといつの間にかまたアルハンゲルに背後を取られていた。
 シャルロットが部屋を出て行かないように制してるようだ。

「あの?何か?」

 無言で真上からジッと観察されるように見られていて視線が痛かった。
 猫に捕らえられたネズミってきっとこんな気分なのだろう。

「送ってやる」

「ですから、ノーサンキューですわ」

 すっとアルハンゲルの手がシャルロットの口元に伸びてきた。
 これが顎クイか。
 顔を強制的に上げられ顔面をジッと凝視されている。

「なんですか?」

「……おもしろい顔だな、と」

「侮辱ですか!?」

 怒ってやろうと口を開けたところで急に背後から肩に手が伸びてきて、そのまま後ろに引っ張られた。

「きゃっ!?え?グレース様?」

 グレース皇子だ。
 しかも何故か怒った顔をしてアルハンゲルを睨んでいた。

「姫を迎えに来ました、姫は俺が送ります」

 語気を強めてアルハンゲルに言った。

「そうですか、それではよろしくお願いします。私はまだ仕事が残っていますので」

 アルハンゲルは外面用の笑顔を見せて、礼儀正しく会釈をし、そのまま扉を閉めた。
 閉じた扉を見つめ、シャルロットは目を点にしていた。

「俺も詰め所から帰るところだったんだ。外で出会したユハから姫がここにいると聞いてな。ウェスタも不在だそうだから立ち寄ったんだ」

「そうだったの!でも、居城と宮殿って離れているから……遠回りでは?」

「いい、姫と一緒にいたいんだ」

「そ、そう……」

 優しい笑顔で見つめられて、シャルロットは顔を赤らめた。
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