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火の精霊ウェスタと素敵な社員食堂〜封印を解かれた幻狼グレイとシャルロットの暗殺計画?
アランとシャルロットのアップルチャットニー
しおりを挟む「シャルロット様…!誠に申し訳ございません!」
しんと静まり返った本殿の広間、陽の光が照らすステンドグラス窓の真下で深々と頭を下げるアラン令嬢。
普段 貴族の令嬢らしく勝気で高飛車な態度の彼女らしくない低姿勢に、シャルロットも戸惑う。
「ステラは私の事を思って行動したのです。この件に関しては私ども伯爵家が責任を持って対応いたします。それで許される問題ではございませんがーーどうか寛大な処罰を……!」
「アラン様っ……!やめて……!頭など下げないで……!全部私が悪いのです……」
侍女長ステラは色白な顔をより真っ白にして、涙をボロボロと流して絨毯の上に泣き崩れた。
シャルロットやユハ、アルハンゲルにリリース、そしてグレース皇子たちは無言で彼女らを見ている。
「もう良いわ、二人とも……、分かったから、もう どうか顔を上げて」
シャルロットは困ったように笑いながら二人に優しく声を掛けた。
「ステラさんには今回の件やヘンリー子爵について全て嘘偽りなく話してもらいます。それを条件に、あなたの事はちゃんと保護いたしますわ。温情な処罰をしていただけるように掛け合います。だから正直に話してちょうだい。ーーそれから、もう二度とこのような真似はしないと誓ってください。それで勘弁するわ」
シャルロットの言葉にステラやアランは拍子抜けたような顔をする。
「シャルロット様?私は貴女を暗殺する計画を手伝っていたのよ……?それなのに……」
「そうよ、それなのにタダで済むわけないわ!」
二人は異議を申し立てた。
「安心してください。まだ ここにいる人以外でステラさんの事を知る人は居ないわ。上告もしないつもりです。一応、陛下には全てを報告させていただきますが、今回の件に関しては私やグレース様に一任されてるのよ」
「馬鹿ね。寛大な処罰をって言ったのは私ですが、あまりにもお人好しすぎるわ…!私が黒幕だと疑われても仕方のない状況ですのに……」
アランの言葉にシャルロットも苦笑する。
「アラン様は悪事のためにプライドまで捨てて頭を下げるような人じゃないわ。社交界や城内で、私の悪い噂が流れていた時 アラン様が否定してくれて……、ちゃんと訂正して庇ってくれていたのよね?色んな人から伝え聞いていたわ。本当にありがとうございます」
「ふん……!グレース様が浅ましい婚約者に心酔してるなどと思われないように配慮したまでよ!……貴女も!グレース様の婚約者ならば、あんな噂を立てられないように心掛けなさい!」
二人のやり取りに、ピリついていた空気が解ける。
「あ……、私が先ほど提示した処罰が不満でしたらーーアラン様へ罰を追加するわ!……良いかしら?」
シャルロットはにっこりと黒い笑みを浮かべる。
その笑みにアランは顔を引攣らせ、後退りした。
*
あの後、侍女長ステラは第一騎士団に秘密裏に連行され、これから取り調べを受けるそうだ。少なくとも数日間は地下牢から出てこれないだろう。
翌る日の食堂。
華やかなワンピースに不釣り合いな素朴な白い麻のエプロンを身に付けたシャルロットとアランとリリースは厨房に立っていた。
鍋の中の煮立ったりんごや干しぶどう、玉ねぎにスパイスやビネガーなどを加えてかき回している。
厨房の片隅ではアルハンゲルが黙々とパンを焼成している。
独特のスパイスの香りが厨房の中に広がって、つんと鼻腔を突く。
クライシア大国で庶民や貴族問わず、どの家庭でも手作りで常備されているチャットニー(チャツネ)というジャムのような薬味だ。
チーズやハム、ソーセージの付け合わせによく添えられている。
アランはグレース皇子の祖母と昔から親交があり、王家に代々伝わるチャットニーのレシピを唯一知っている人物だと以前侍女から聞いていたのだ。
シャルロットはそのレシピがどうしても知りたかった。
この国の人たちの国民食のようだし、社員食堂のメニューに取り入れたかった。
大鍋で作れて栄養満点なカレーを定番メニューにする予定だが、福神漬けなんていう食べ物はこの世界にはないようだし、このチャットニーで代用するのも良いかもしれない。
具を煮込むアランの隣で、シャルロットは保存用の瓶や蓋を煮ていた。
「私がグレース様の結婚相手になるつもりだったの。小さい頃からずっとそう思ってたわ!だから昔、懇意にしていた皇太后様に必死にお願いしてレシピを教えてもらったわ。それが貴女に教えることになるなんてね」
「感謝してますわ」
「屈辱だわ」
「……ごめんなさい」
「謝らないで!余計に屈辱的よ」
王家に大昔から伝わるチャットニーのレシピ。
王妃から皇子の婚約者に受け継がれていくはずのレシピだったが、グレース皇子の祖母である皇太后は、グレース皇子の母親であるカメリア妃と折り合いが悪く、頑なにレシピを教えなかったようだ。
それでも長年受け継いだ味を守るべく、アランに引き継いだのだろう。
「言っておくけどグレース様を狙ってた令嬢は私だけではないのよ?大人っぽくてスタイリッシュで知的でクールでストイックでお強くって、奢ったところがなくて硬派で、とにかく素敵な方ですから!貴女、令嬢たちを敵に回したのよ!狙われて当然だわ…!ふん」
「かっこいいけれど……クールかしら?怒りん坊だし甘えん坊って感じの可愛い方ですけれど……」
シャルロットは苦笑した。
「完成したわ」
出来上がった熱々のチャットニーを瓶に詰めてようやく完成した。
タイミングよくアルハンゲルが焼きたてのパンドミを釜から取り出した。
「お腹すいたあ~、そういえばお昼まだだったわねえ」
「パン、試食するか?」
アルハンゲルは焼きたてのパンドミを一枚一枚カットして、チーズを塗った。
「良い香りね」
アランはうっとりと香ばしく焼きあがったパンを見つめた。
リリースはチャットニーが入った鍋をアルハンゲルに向けた。
「チーズの上にチャットニーを塗ってちょうだい、チーズとチャットニーのサンドイッチ、美味しいわよ」
クライシア大国ではメジャーな食べ方のようだ。
「ただいま~、美味しそうだなあ、俺っちの分もある?」
「ユハ、お帰りなさい」
侍女長ステラの取り調べに同行していたユハが帰ってきたので、皆で食堂の卓を囲みブランチを取ることにした。
ユハが淹れてくれた温かいカフェオレに心もリラックスする。
アランも美味しそうにサンドイッチを手にしてもぐもぐ食べていた。
「美味しい」
「これ良いわね?サンドイッチなら忙しい合間でも片手で食べられますわ」
シャルロットは一口食べて笑う。
「お姫ちゃん、官僚たちや本殿の侍女や執事たちは忙しいし、ここまで食事のために通えないから、本殿までケータリングサービスも始めるのはどうかな?サンドイッチとか、この間アルが作ってたピロシキとか作ってさ」
ユハは提案した。
「良いアイディアね!」
「商会でしたら、貴女たちに食材を提供するようにうちから口利きするわ。伯爵家の食材や備品も同じ商会を通してて縁があるのよ、きっと嫌でも頷くわ」
「ありがとうございます!アラン様」
前途多難な食堂オープンまであと僅か、希望の光が見えてきた。
笑顔にあふれたシャルロットたちのブランチ風景を窓の外でひっそりと見つめる影があった。
寒さにかじかんだ手をギュッと握り、歯を噛み締めて乙女椿宮の中を覗き込んでいた。
その傍らには銀色の幻狼グレイがおとなしく座り、ギリギリと奥歯を鳴らす少女の歪んだ横顔を見ていた。
「どうして、アラン様がシャルロット姫とご一緒に?……一体どうなっているの?ステラとも連絡を取れないし……どうして……!?」
アイリーンは苛立って地面を思い切り蹴った。
「復讐など無意味な真似はやめろ、アイリーン」
幻狼グレイは少女に話し掛けた。
「復讐じゃないわ、あの方が気に入らないの。突然現れて、グレース様と婚約など!本来ならアラン様がグレース様の隣に立つはずだった!……アラン様が相手なら、私も、納得できた!」
自分はただの一代貴族の子爵家の娘、家は裕福だったが身分は低い。
どう足掻いたって小さい頃から密かに片想いをしていた愛しいグレース皇子と結婚なんて不可能だ。
簡単に近付ける相手でもなく、好きだとも言えず 恋しい気持ちを胸の中で燻らせていた。
今までのグレース皇子はどんなに美しい上位貴族の令嬢からアプローチされても目もくれなかった。
それが、あの小さな田舎の国の貧乏くさくて野暮ったいお姫様に容易く懐柔されてーー怒りが湧いた。
シャルロットのそばにはいつも幻狼のクロウがいた。
あの幻狼がいる限り並みの魔人や人間ではかすり傷さえつけられないだろう。
だからブロンズ像に閉じ込められていた幻狼グレイの封印を解いて従わせることにした。
「だから、早くあの姫を殺してって言ってるでしょ?こっちは契約してるのよ!従いなさい!」
何度言っても幻狼グレイは黙ってるばかりだ。
「幻狼と契約者は対等な関係なのだ。私はお前の犬になったつもりはない」
「何よそれ!話が違うじゃない!……え?きゃあ!」
ふと自分の右腕を見ると、じわっと皮膚が熱を帯び溶けるような痛みとともにシワが寄り、老人斑が無数に浮かび上がった。若々しい張りのある白い腕が、まるで老婆の手や腕のように枯れていく。アイリーンは悲鳴をあげた。
「何故、幻狼が魔人の最高位である王族としか契約しないのか考えなかったのか?魔力も微力にしか持っていないのに幻狼と契約などするからだ。私の膨大な魔力を、お前の体が受け止められず悲鳴をあげているんだ。お前、このままでは死ぬぞ」
「……い、良いわよ、べつに。こんな思いするくらいなら、叶わぬ恋ならば……もう死んだって……!でも、私が死んで、あの子が幸せになるのは許せない。だから殺して!もう何もかも壊してよ!」
投げやりな笑顔をアイリーンはグレイに見せた。
「人間とは愚かな生き物だ」
グレイは記憶の片隅にある王太后の顔を思い出していた。
昔 契約していた王の妻の顔。
美しい王妃であったが横暴で強欲な女だった。
貴族の美しくて若い間男を何人も侍らせ、財政難で苦しい時期に国民から重税を巻き上げ己の贅沢に使う。
気に入らない貴族や侍女たちに酷い仕打ちをする、目障りな貴族の令嬢を冤罪で処刑したこともあった。
幻狼のグレイを邪険に扱い、パートナーである王でさえ妻の言いなりでグレイを蔑ろにしていた。
「綺麗なハチミツ色の瞳ね、お名前はなんていうの?」
まるで鳥籠の中の美しい小鳥のように、乙女椿宮に閉じ込められた異国の美しいカメリア姫だけはグレイに笑いかけてくれた。
偶然出会った彼女は孤立していたグレイを匿い、優しく愛情を持って接してくれた。
グレイにとって彼女という存在はーーこの乙女椿宮は、この冷え切って殺伐としたお城の中で唯一安らげる場所、陽だまりのような存在。
だから彼女をグレイから奪った者は、たとえ魂を分けた契約者であっても許さなかった。
魔力を半分失うことになっても、主人を殺すという禁忌を犯してまでも……奴らが許せなかった。
十数年間 意識を保ったままブロンズ像に長年閉じ込められている内に怒り狂った頭も冷めた。
今となれば復讐など無意味なものだと理解できる。
復讐心は何も生まないのだ。
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