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火の精霊ウェスタと素敵な社員食堂〜封印を解かれた幻狼グレイとシャルロットの暗殺計画?
かまどの女神と素敵なカンティーヌ
しおりを挟む朝の四時、まだ外は真っ暗だ。
本日より準備を進めていた社員食堂がオープンする。
アランに作ってもらった下ろし立てのコスチュームを着たシャルロットは私室の姿見の前でくるりと一回転をしていた。
シャルロットの幻狼であるポメラニアンのグレイはベッドの上に座りながらシャルロットを見ている。
「どうかしら?グレイ」
「うん、似合ってる」
「よかった。着やすいし、窮屈さもないし、動きやすいし、本当にステキなコスチュームよね」
「シャルロット様、アルハンゲル様がいらっしゃいました」
侍女のリディが外からやって来て、シャルロットに声をかけた。
同じ居城に住んでいるので護衛も兼ねて一緒に食堂へ行こうと誘われていた。
「おはようございます、アル」
アルハンゲルはジッと舐めるようにシャルロットの全身を凝視していた。
そして自分が羽織っていたコートをシャルロットに着せた。
「それで乙女椿宮まで行くのか?外は寒いだろ、着ろ」
「え、でも、アルは」
「俺は良い、ジャケットも着てるから」
さっきまでアルハンゲルが着ていたので温かい。大きな男性用のコートだ、シャルロットの身体がすっぽりと収まる。
「シャルロットちゃん、おっはよー!」
食堂として今日から利用する乙女椿宮の大広間の掃除をしていたウェスタが、シャルロットの姿を発見するなり箒を投げ捨てて抱き着いてきた。
ウェスタもシャルロットとお揃いのコスチュームを着ている。
「おはよう、ウェスタさん。リリース」
たくさん並んだテーブルを拭き掃除しているリリースの姿もあった。
「姫様、アルハンゲルさん、おはようございます」
厨房から続々と料理人たちが顔を見せにやってきた。
中年の料理長マーヤや彼らは、もともとは城仕えの料理人だった。
今日からはこの食堂で働いてもらう。
シャルロットが社員食堂のオーナー、マーヤは料理長を続投し料理人たちをまとめ、ユハは社員食堂の総監督、アルハンゲルはパン作りの指導及び経理を担当、ウェスタとリリースが給仕担当だ。
オープン三十分前。
「おっはよー☆さあ、オープン前にちょっと休憩を挟もうか!ペルソネールができたよ。みんなで朝ごはんを食べようか」
「ペルソネール?」
「賄いって意味だよ。俺っちが作ったの。ジャーン、ロールキャベツだよ。あとは、昨夜の試作のパンの残りのトーストに、それから料理長のマーヤが作ってくれたコドルドエッグだよ」
トマトで煮込まれたロールキャベツ、こんがりと焼き色のついたトーストに、お城の朝食でよく出されるコドルドエッグ。
バターや塩コショウで味付けしたとろとろな温泉卵の黄身をパンにディップして食べる、クライシア大国では朝食の定番メニューだ。
「開店前に食べるのね?」
前世で飲食店でアルバイトした経験もあるが賄いは仕事の合間か仕事後だった、とシャルロットは思い出していた。
「俺っちが働いてたフレンチレストランはオープン前にみんなで食べるのが基本だったよ。腹が減っては戦はできぬ!ってね」
「そうね!いっぱい食べて頑張りましょう!」
厨房の奥で忙しく準備をしていた見習い料理人の青年たちも集まり、みんなで厨房内にある卓を囲み和やかムードで朝食の時間が始まった。
「失礼する、どなたか居るか?」
突如、無人の大広間に野太く威圧感のある男の声が轟いた。
先に席を立ったアルハンゲルに続き、シャルロットやリリースが恐る恐る厨房と大広間を隔てていた扉を開けると、そこには親衛隊の厳つい騎士が二人立っていた。
その2人の後ろには人間姿のコボルトと、軽装姿のクライシア大国の王が姿勢良く立ってこちらを見ていた。
「陛下!?」
「今日から食堂が利用できるのだろう?今から朝食を頂きたいのだが、よろしいか?」
「えっと…陛下、ここは従業員用の食堂で……」
「だから視察に来たのだ。親衛隊の彼らの分も用意してくれ」
「へ、陛下…しかし……」
突然の王の言葉に強面の親衛隊の二人も戸惑っている。
「おじさん、食べに来てくれたの?いらっしゃい~☆」
物怖じしないのはユハただ一人だ。
ユハはトレーの上に白い皿を二つ乗せて、それを王に手渡した。
そして大広間の窓際のブッフェテーブルに並んだ大皿料理を指差した。
「食堂はブッフェスタイルで全てセルフサービスです。どうぞ、好きな料理を皿に盛って食べてください。パンは今さっき焼けたばかりのロールパンならありますよ。お残しはたとえ王様でも許しません!」
「ユハ、王に対して無礼であるぞ。お前が食事の用意をしないか!」
親衛隊の一人が声を荒げて怒る。
王は静かに笑うと彼を宥めた。
「いい、なかなか面白そうじゃないか。それにこれがルールならば従うの筋だろう」
ユハはニコニコ笑いながら全員にトレーを渡した。
シャルロットはコーヒーを淹れて、食堂のテーブルに親衛隊と共に並んで座った王の席へ運んだ。
王は白い皿が見えなくなるほどウインナーやミートボールなどの肉料理を山盛りに盛っていた。
シャルロットは小さな皿を根菜のバターソテーや野菜料理を盛り、それを王の前に差し出した。
「陛下、お肉ばかりじゃなくて、ちゃんとバランスよくお野菜も食べてください」
同じようなことを以前グレース皇子にもやったけ……、シャルロットはデジャブを感じていた。
王は目を丸くしながら、コクンと首を縦に振った。
「シャルロットよ、レイメイはブロッコリーが苦手なのだ」
隣のコボルトがおかしそうに笑ってる。
「あら、グレース皇子もブロッコリーが苦手だったわね。親子ね」
だから本殿での食事にはブロッコリーが出ないのね、シャルロットは今気付いた。
「いや、いただく」
「あらぁ、レイメイは良い歳してまだブロッコリーが嫌いなのね!」
刺々しい声色で隣の厨房から食べていた料理をトレーに乗せて運んできたウェスタは王の手前に腰掛けた。
そして眉間にいっぱいシワを寄せながらガツガツとロールキャベツを食べ始めた。
「ウェスタ……」
「これも美味しいわよ。特別に分けてあげる」
ウェスタは王の皿に無理やり切り分けたロールキャベツを乗せた。
王は苦笑いをしている。
「こうしてお前と食事をするのも久しぶりだな」
「……そうね。カメリアが死んでから、やり場のない怒りをあなた達にぶつけてたわ。ごめんなさい。あなた達も遣る瀬無い想いでいたはずなのに、私ってば感情的になってばかりでダメね」
「……私こそ、お前から親友のカメリアを奪って、守ることもできず死なせてしまったことをずっと悔いていた」
「…それはもう良いの。……その、貴方やグレースは乙女椿宮に寄り付かなくなったじゃない。………この想い出に溢れた宮殿で独り、寂しかったの」
ウェスタの目には涙が滲んでいたが、その顔には笑顔が浮かんでいた。
「でも、もう寂しくないわ。シャルロットちゃんもいるし、この社員食堂に居れば毎日いろんな人と会えるもの。こんな素敵な食堂をありがとう。レイメイ、シャルロット、ユハも」
「ウェスタさん…、が、頑張りましょうね!」
「任せなさい!バリバリ働くわよ!」
ウェスタやシャルロットを見つめる王の目は優しかった。
初めは萎縮していた親衛隊の強面騎士の顔も美味しい料理に口元が綻ぶ。
「どれもすごく美味いなあ、夜も食べに来ていいか?」
「ええ、昼も夜も営業してますわ。どうぞ、いらっしゃい。夜はエールやワインもお出ししてますわよ。三食のお食事は無料ですが、酒類やつまみ、スイーツ類は有料です」
三食の食事や人件費は従来通り国費で賄われるが、それ以外のメニューで採算をとる考えのようだ。
城で働いているとなかなか城下の酒場に通えないという不満の声があり、騎士や兵士から要望があったのだ。
アルハンゲルは酒豪の国オーギュスト国出身で酒に詳しいらしく、色々と近隣国からコスパが良く採算の取れそうな酒を取り揃えてくれた。
「そりゃあ良いな、俄然 働く気が湧いてきたわ」
親衛隊の強面騎士たちはニコニコ笑ってる。
「でしょう!仕事の後の一杯って最高ですわよね」
シャルロットは共感した。
前世で、毎週末仕事終わりに飲む冷たい缶ビールは最高だった。
今世ではまだ年齢的に飲酒できないけれど……。
朝食を終えた王は親衛隊を連れて去って行った。
やがて開店の時間を迎えた。
「あのー」
「オープンしてますか?」
侍女服姿の妙齢の女性陣がわらわらと食堂にやって来た。
シャルロットとリリースは笑顔で彼女らを案内する。
「わあ、美味しそうですね」
「ご馳走だわ。本当にこれ食べ放題なの?」
侍女たちの反応は上々。
シャルロットは嬉しくなって笑った。
「どうぞ、どんどん料理を追加しますから、食べてください」
コストを抑えるためのバイキング形式で食べ放題。
以前の形態より格安かつ美味しい料理がそこには並ぶ。
パンは黒パンだが、アルハンゲルが工夫してくれてふわふわで独特の酸味も抑えられて美味しい。
飲料も、紅茶だけではなくコーヒーも用意した。
「すごいわ、パーティーみたいね」
オープンして間も無くは朝の早い官僚や早出の執事や侍女たち、庭師などの利用が多く、比較的にまったりしている。
日が昇る頃には早朝の訓練を終えた騎士や兵士達がどっと押し寄せるようにやってきてピークになり、食べる量も半端無い大男達に料理を回すにてんてこ舞い。
ここまでの忙しさは予想していなかったのでオペレーションには改善が必要なようだ。
ピークが過ぎてしまえばフレックスタイム制らしい官僚や夜勤明けの使用人が軽食を食べに訪れた。
十時を過ぎて朝の営業は終了した。
「城で働く人たちって結構多いのね。お料理が足りてよかったわ」
「これでもまだ一部よ」
「お姫ちゃん、これ、一緒に本殿まで届けに行こうか」
ユハは大量の包みをシャルロットの前に差し出した。
ケータリング用に作られたサンドウィッチやハンバーガーなどの軽食だ。
本殿には王や官僚達が仕事をする部屋や会議室などが集中している。
乙女椿宮からは距離があるのでランチ限定で出張営業するようだ。
「シャルロット~」
本殿に入って早々黒いチワワが足元に駆けつけた。
「クロウ、こんにちは」
「コスチューム、かわいいね!」
「ありがとう」
黒チワワはシャルロットの足元にピタッとくっついてるポメラニアンを睨んだ。
そして飛びかかる。
ポメラニアンはボールのように弾んでそれをかわした。
クロウはシャルロットと片時も離れずに常に一緒にいる幻狼グレイが気に入らないようだ。
「こら、喧嘩しないの」
「シャルロット姫?」
「あ、グレース様」
正装をしたグレース皇子が廊下の向こうから執事を連れて現れた。
ここ数日忙しいようであまり顔を合わせていなかった。
執事はシャルロットと顔を合わせると、礼儀正しく無言で頭を下げた。
「グレース様もお食事いかがですか?仕事をしながらでも片手で食べられますわよ」
「ありがとう、姫。では三つ、いただけるか?これから会議でな、宰相やバルキリーにもあげよう」
「ふふ、どうぞ」
シャルロットは紙に包まれたサンドウィッチをグレース皇子に渡した。
「お忙しいのですか?」
「……まあ、すまないな、このところお渡りにも行けていない」
「気にしないで」
「では、姫も食堂の仕事頑張ってくれ」
「ええ」
少しでも顔を見られてよかったわ。
シャルロットはクロウとグレース皇子が立ち去った廊下を見つめて微笑んだ。
「天使!」
背後から声がして振り返ると顔を紅潮させて拝むように手を組んで感涙しているアズが居た。
「こんにちは、アズさん、昼食をお届けに参りました」
「ああああありがとう!」
緊張してるのか吃っている。
シャルロットは笑いかけながら彼にサンドウィッチの包みを渡した。
「兄ちゃん、もしかして待ってたの?」
「た、たまたまここを通りかかっただけだよ!」
気付けばわらわらと官僚のおじ様たちに取り囲まれていた。
だが、様子見といったところで遠巻きにされている。
あの事件が起きた後だし、恐らくこの中には食堂経営を快く思わなかった貴族もいるんだろう。
「皆さんもどうぞお食べください!美味しいですよ!」
アズが声を張り上げて彼らに手をブンブンと振った。
貴族達はお互いに顔を見合わせ、それからゆっくりと歩いてシャルロットとユハに群がった。
「サンドウィッチか?皿じゃなくて紙に包まれておるぞ」
「これはなんだ?パンに肉が挟まってるぞ!」
「手に持って食べるのか?」
物珍しそうに首を傾げてる姿がおかしかった。
貴族や王族はお肉好きらしい、貴族のおじ様方には専らカツサンドやハンバーガーが好評だった。
本殿務めの侍女達にはフルーツサンドやサンドウィッチが好まれた。
「本殿の厨房を間借りすることができたよ、食堂で作るより、ここで作ってしまうのもいいかもね」
「まだ色々と改善することはあるわね」
「そうだよ~、オープンがゴールじゃないからね!」
「ふふ、でも楽しいわ。みんなが喜んでる顔見れて、疲れるどころか元気になれた」
「そうだねえ、料理って人を笑顔にできる最強の魔法だね」
シャルロットとユハは肩を並べて、食堂(カンティーヌ)へ続くレンガの道を歩いた。
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