シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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ミレンハン国のトド王妃と赤獅子シモンのダイエット大作戦!?〜美しい公爵令嬢と獣人騎士の身分差恋愛の行方

前門の虎、後門の狼

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 もう春なのに山のてっぺんには雪が積もっている。
 幻狼クロウの背中に乗せられて、かれこれ2時間は空を飛びっぱなしだ。

「くちゅん!」

 向かい風の冷気に身体が芯まで冷やされて身体が小刻みに震えるし、くしゃみが出た。
 クロウは何度呼び掛けても、ずっと無言のままひたすら空を飛んでいる。

「姫、大丈夫ですか?」

 一緒にクロウの背中に乗っているハムスター姿の赤獅子とウサギ姿のキャロルが心配そうな顔でシャルロットを見上げている。

「ええ、大丈夫よ」

 山をいくつか超え、やがて幻狼は剥き出しの岩だらけの山の一角に降り立った。
 大きな窪みの中に入ると、シャルロットを自分の背中から降ろした。
 シャルロットを見つめる瞳はまだ真っ赤で、虚ろなまま。シャルロットはそっと腕を伸ばして幻狼の顔を撫でた。

「クロウ?」

「……シャルロット、ここにいればもう大丈夫だよ」

 血の気が引いて冷たいシャルロットの手のひらをクロウはジッと見つめて、シャルロットの身体が冷え切っている事を心配したのか岩穴の中で座り込みシャルロットの身体を自分の身体で包んだ。
 フサフサで大きな尻尾が身体にまとわりつく、まるで布団に包まっているようで温かい。

「ここはどこなんでしょう?」

 ハムスターと白うさぎはピョンピョン跳ねて岩穴の外を覗いた。
 辺り一面岩だらけで真下には川が流れているし、寒さに草木も枯れている。空も鈍色で殺風景だ。

 ふと重たそうな雲だらけの空を仰ぐと、光を帯びた物体がいくつかまとまってこちらに飛んできた。

「なっ……!?」

 岩穴の入り口に空から降り立ったのは赤や深緑、白色の毛並みをした、それぞれ同じ黄金の瞳を持つ見たこともない三匹の野良幻狼だった。
 クロウは彼らに気付いてむくりと身体を起こした。

「久しぶりじゃないか、クロウ。お前がこっちに飛んでくるのが見えてついてきたんだ」

 深緑色の幻狼が陽気な口調で話し掛けてきた。

「モス?スノウ?ロゼ?」

「……クロウのお友達?」

「うん!幻狼の仲間だよ」

「コボルトやグレイ以外にも居るのね」

「みんな群れで行動してるの」

 大きな幻狼が四匹も集うと岩穴はとても狭く感じる。
 ハムスターとウサギはシャルロットの背中にひょっこりと隠れた。

「あのね!私の番なんだ!シャルロットっていうの」

 クロウはご機嫌そうにシャルロットを仲間たちに紹介した。

「は、はじめまして……」

「はじめまして~」

 鋭い眼をした狼に囲まれてちょっぴり怖いが、みんな尻尾を振ってフレンドリーに接してくれる。
 大きいワンコのようだ。
 シャルロットが頭を撫でると更に尻尾を振って喜んだ。

「クロウ、久しぶりに帰ってきたんだ。リーダーのところに顔出せよ」

「う~ん……」

 クロウはちらりとシャルロットの顔を見た。

「私はここで待ってるわ、行ってらっしゃい」

「まっまっててね!絶対だよ?穴から出ないでね!?すぐに戻ってくるから!」

 笑顔でクロウを見送るシャルロット。

 こうやって拉致されるのはすごくデジャブだわ……。
 岩穴から仲間たちと共に飛び立ったクロウを見送った後で、苦笑が漏れる。
 シャルロットの背中に隠れていた赤獅子とキャロルが姿を見せた。

「昔 聞いたことがあります。クライシア大国の北の岩山に幻狼の群れが暮らしてるって……恐らくここがそうなのかと」

「えっと、土地勘がないのだけど……、お城からだいぶ離れてるわよね?」

「ええ、そうですね。この距離だと私の転移魔法も使えないし、飛んで帰るのも魔力が持たないです……。申し訳ございません、姫様……」

「謝らないで。なんとかクロウを説得してみるわ!もう正気に戻っているようだし…」

『シャルロットちゃあん!』

「きゃ!?」

 突然シャルロットの腕の痣から炎の龍が飛び出した。
 龍は空中で一回転すると火の精霊ウェスタの姿に変化した。だが、それは幻影のようだ。精霊が使える影送りという魔法らしい。

「ウェスタさん!」

『大丈夫なの!?クロウに連れて行かれたんですって!?』

「ええ、無事よ?でもまだ帰れそうにないわ……。ここは幻狼の群れがいる岩山みたい……」

『そんなところに……!あっ、グレースやグレイが今シャルロットちゃんの所に向かってるからね!』

「グレース様が?……」

『早いところグレイと合流しなきゃ、シャルロットちゃんが……』

 ウェスタが何かを言い掛けていた途中でブツリと幻影が消えた。

「精霊の魔法もここまでは届かないのか…」

 赤獅子は呟いた。

「ふわ……」

 シャルロットは欠伸をした。
 こんな状況だというのに少し眠気がある。

「シャルロット~!」

 クロウが戻ってきた。
 人間姿で手には薄ピンク色のザクロのような形の果実を沢山抱えていた。

「ご飯持ってきたよ」

「あ……ありがとう……」

 クロウはキャロルや赤獅子にも果実を手渡した。
 騎士2人が付いて来たことに気付いていたようだ。
 だが、彼らに危害を加える様子はない。いつもの穏やかなクロウだ。

「ね、ねえ、クロウ。私、早くお城へ帰りたいわ。キャロルさんやシモンさんも早くお城へ帰さなきゃ、みんな心配してるわ」

 キャロルの光の魔法で岩穴の中は明るいが、外はすっかり日が暮れて真っ暗になっている。
 ここへ連れて来られて半日は経って居るだろう。
 クロウはキョトンとした顔で首を傾げている。

「じゃあ、キャロルやシモンは私がお城へ送ろうか?」

「……私は?」

「シャルロットはダメだよ、私とずっとここに居るの。お城に居たら…シャルロットの家族がシャルロットを私から奪っちゃう。連れて行っちゃう……」

 クロウはニッコリと笑って、さも当然のように言う。
 キャロルはクロウの前に立ち叫ぶ。

「私は姫様の護衛だからここに居る!」

「シャルロットを連れて行かない?」

「え?はい……」

「じゃあ、いいよ」

 岩穴の中でクロウはまた幻狼の姿に戻りシャルロットにぴったりと寄り添い片時も側を離れようとはしなかった。
 キャロルやシモンは時折岩穴の外へ出て周りの様子を見回っていた。

 グレイやグレース皇子がこちらへ向かっているとウェスタが言っていた。流石に具体的な居場所までは分からないだろう。
 早く彼らと合流するために騎士二人は岩穴の外を巡っていた。

「う~ん……」

 ずっとクロウの尻尾に包まれて座っていたシャルロットは、クロウの身体にもたれかかる。

「シャルロット?眠たいの?眠っていいよ。私はずっとここに居るからね」

 クロウの優しい声。
 シャルロットはウトウトしていた。

「うん……ちょっとだけ眠るわね」

 かつてないほどの強烈な眠気と目蓋の重さ。シャルロットはクロウにもたれかかったまま気を失うように眠りについた。

「シャルロット……」

 眠ってる愛しい人のかんばせを優しい眼差しで見つめるクロウ。
 だが、時間が経過するほど彼女の肌から血の気が引いていくことに気付いた。
 身体はピクリとも動かず、呼吸も浅くなっている。

「シャルロット?……シャルロット?」

 不安になったクロウは彼女の名前を幾度も呼び、身体を揺さぶった。

「……ん?……クロウ?……なに?……」

 シャルロットは目を開かないまま、気怠そうに呼び掛けに応答した。
 クロウは人間の姿に変化すると彼女の身体を抱き寄せた。

「……よかった。死んじゃったのかと……」

「ふふ、大袈裟だわ。ちょっと眠いだけよ」

 シャルロットに微笑みかけられ、クロウは安堵のため息をつくが、彼女はまたクロウの腕の中で眠ってしまいそうだった。

「……ごめんなさい、あと少し眠らせて……」

 シャルロットはクロウの腕の中で力尽きた。
 このまま眠ったままもう一生目を覚まさないんじゃないかと、クロウは不安そうに彼女の顔を見つめた。
 彼女の胸に手を当て彼女が身籠っている幻狼の子の様子を伺うが、子の心音も弱まっている。
 クロウはギョッとした。

「シャルロット!?起きて?」

「……」

 シャルロットは重たい目蓋を開けようとするが、開かない。
 とにかく眠くて仕方がない。薄く目を開くと、クロウが泣きそうな顔をしている。
 どうしたの?って問いかけたかったが、身体に力が入らず唇も動かない。

「しゃ、シャルロット……!」

 岩穴に戻ってきたキャロルやシモンも異変に気付き、慌てて2人に駆け寄る。

「早く宮廷医に……。お城へ戻りましょう!」

「……そ、それは……っ」

 シモンの言葉にクロウは首を横に振る。
 クロウはシャルロットを抱きしめたまま目に涙を浮かべている。

「どうして?さっきまで元気だったのに……!」

「聖獣の貴方や、獣人の私やキャロルはともかく姫は人間なんですから、いつまでもこの場にいたら弱ってもおかしくないでしょう!この岩山は魔物や魔人でさえも滅多に近寄らないのに……」

 外を見回って調べたところ、岩山には特殊なエネルギーが流れているようだ。
 幻狼だけじゃなく、様々な高位聖霊が山をうろついていた。精霊が棲みつく山のようだ。
 ただの獣人のシモンや半分魔人半分獣人のキャロルには、この山の空気がやたらと重く感じた。違和感程度で身体に異変が出ることはないが、耐性のない人間のシャルロットの身体に異変が起きてもおかしくはない。

「そんな……っ」

 ぬっと岩穴を覗く何者かの気配を感じ、クロウやシモンは振り向いた。

 紫色の毛をした大きな虎だ。
 王虎という聖獣、仲間と共に群れで行動したり王家と契約を結び人とも共存する親しみやすい聖獣とは異なり、単独で行動し人馴れしていない荒くれ者だ。

「そいつがドラジェの精霊に祝福された乙女ってのかい?」

 王虎は気まぐれで好奇心の旺盛な聖獣だ。どこからか噂を聞きつけ、シャルロットに興味を抱いたんだろう。
 クロウは眠っているシャルロットをキャロルに預け、幻狼の姿に変化し王虎の前に立ち唸った。

「さっさと出て行け!ここは私の巣だ!」

「出て行くのはお前だ。その女を置いてさっさと失せな」

「彼女は私の番だ!」

 一触即発の空気が流れ、先手は王虎が仕掛けてきた。
 クロウに飛び掛かる王虎をクロウは瞬時に避ける。そして狼と虎の取っ組み合いの激しい喧嘩が始まった。
 クロウは岩穴から体当たりで王虎を投げ飛ばした。

「私の背中に乗って!ここは危険だ」

 クロウは背中に騎士二人とシャルロットを乗せて岩穴を出た。
 すぐに後ろから王虎が追いかけてくる。

「しつこい奴だ……」

 クロウは更に高く飛ぶ。
 魔力が互角の相手では幻狼の結界も効かない。今は逃げるしかなかった。
 幻狼の背に乗ったキャロルは光の魔法を王虎に向けて立て続けに放つ。
 魔力に差があり過ぎて攻撃は無意味だが、強烈な光を聖獣の目に当てることで目眩し程度にはなっているだろう。
 強い光に王虎はよろめく。

「すごいな」

 隣で見ていたシモンの言葉にキャロルは照れる。

 怒った王虎は逃げる幻狼に向かって魔法で雷を打ち付ける。
 すると突然土の壁が幻狼を取り囲み、落ちてきた雷を防いだ。

「クロウ!何してるんだ!」

 銀色の幻狼グレイの背に乗ったグレース皇子がクロウに怒鳴っていた。
 その後ろにはユーシンも乗っている。
 今のはグレース皇子の土の魔法だろう。

「わぁ~ん!グレース!」

 クロウは泣きながらグレース皇子に近寄った。
 だが、のんびりしてる暇はなかった。王虎は更に雷攻撃をいくつも2匹の幻狼に向けて打ってくる。
 グレイが張った結界で防ぐことができた。グレース皇子は更に土の魔法を使って、王虎の体を縛り付けた。
 王虎は身動きが取れなくなる。

 クロウはプンスカと怒って王虎の頭の上に魔法で雲を集めて人工的にスコールを降らせた。
 水が大の苦手な王虎は悲鳴を上げながら大雨を被り、ずぶ濡れになっていた。
 土の魔法が解かれると、負け犬のように尻尾を巻いてどこかへ逃げて行った。

「おぼえてろよ~!次会ったらただじゃおかねえ!」

「たーけ!間抜け~!弱虫~!おたんこなす!」

 クロウは唸りながら逃げて行く王虎を罵った。
 幻狼と王虎は仲が良くないらしく天敵で、度々抗争することがあるそうだ。

 落ち着いたところでグレース皇子はクロウの尻尾を思い切り引っ張った。

「うぎゃ!」

 悲鳴を上げるクロウ。

「シャルロット姫はどうしたんだ?」

 キャロルに抱きかかえられ眠っているシャルロットを見て、グレース皇子は気が気ではなかった。

「わかんない、ずっと眠ってるの」

 グレイはクロウの背中にいるシャルロットの顔をペロッと舐めた。
 クロウは怒る。

「何すんの!」

「私やウェスタと離れたから魔力が枯渇して気を失ったんだ。シャルロットは人間だから魔力が生み出せない、だが今は幻狼の子を宿しているだろう?精霊の子を産むには沢山の魔力が必要なんだ。だから私とウェスタはいつもそばに居て絶えず彼女に魔力を供給していたんだ」

「え……」

 シャルロットはようやく目を覚ました。

「まあ?…グレース様?ユーシン……?」

「父さん!お城へ帰ろう!オリヴィア小国の右王様や上王様にとっても母さんは大切な家族なんだ!大切な家族を突然奪われたら悲しいのは向こうだって同じっす!」

 ユーシンはクロウに向かって叫ぶ。
 クロウは耳を垂らしてシュンとしている。

「ごめんね……シャルロット、ユーシン……グレースも」

「帰りましょう?クロウ」

「うん…………」

 クロウは尻尾を下げて大人しくグレイの後に続いて岩山を去ることにした。
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