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東大陸へーー幻狼エステル誕生。シャルロット、オオカミの精霊のママになる
苛政は虎よりも猛し
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木立ちの中をからっと乾いた爽やかな風が吹き抜ける。
金色の毛並みの子狼は自分の体より一回りも二回りも大きなイノシシと対峙していた。
小さな狼に向かってイノシシは突進する。
子狼は突っ込んできたイノシシに向かって魔法を発した。
金色の光の縄が脚に絡まり、イノシシは地面に思い切り倒れ込んだ。悲鳴を上げながら必死にもがいているが、縄は強固で解けない。
魔法の縄からビリビリと強い電流が流れ、イノシシはショックで気絶した。
「エステル!捕まえたのか!でかした!」
獣道から現れた黒髪の青年に気付いたエステルは尻尾をブンブン振りながら彼の脚に飛び付いた。
青年に褒められ頭を優しく撫でられて、とても嬉しそうだ。
「ジョンシア!ぼくが1人で捕まえたんだよ~!」
「そうか、すごいなあ。村に持って帰って、食うか」
明帝国にやってきて半月。
日中、エステルはもっぱら村の畑を荒らしていたイノシシやムジナの駆除をしていた。
一緒に転移してきた騎士2人イルカルとアーサーは自警団の手伝いをして恙無く生活していた。
「エステル様、魔法がとても上達しましたね」
「へへ」
騎士イルカルに褒められてエステルは誇らしげだった。
幻狼の魔力の強さは幻狼の仮の姿である人間の外見年齢に反映し、魔力が強いほど老けていくのだが、エステルは以前よりかなり成長している。
青年姿が一般的な幻狼、エステルは2~3歳児だった外見年齢から5~6歳くらいの男の子の姿にまで成長していた。
ジョンシアは森に自生している悪魔アケビという果実を毎日エステルに与えていた。
アケビのような見た目の果実で色は真っ黒、木に実っているものはケケケケと気味の悪い鳴き声を上げている不気味な森のフルーツ。
人間には猛毒らしいが精霊や魔物にとっては生命エネルギーや魔力をチャージできる栄養ドリンク的な効能のある果実で、恐らくその果実の影響で成長したんだろう。
それだけではなく魔法の使い方までエステルにレクチャーしていた。
「ジョンシア~」
夜、ジョンシアのテントの中に我が物顔でエステルは潜り込んだ。
テントの中で書物を読んでいたジョンシアも優しく微笑んでそれを受け入れた。
子狼姿のエステルは当たり前のようにジョンシアの膝の上に乗ると、ちょこんと座った。
エステルはすっかり自警団のリーダーである彼に懐き、ここ1週間は毎晩彼と一緒に眠っていた。
子犬のように尻尾をブンブン振っている。
「エステル、お前の母親たちが隣の紅国に到着したようだ。クロウという幻狼達がお前をここまで迎えに来るみたいだぞ」
「パパが?ほんと?わーい!」
エステルは嬉しそうだ。
その後で急に耳を垂らし、ジョンシアの顔を見上げた。
「ねえ、ジョンシアもぼくの国においでよ!ぼくの国はね~戦争もないんだよ。それにぼくん家のお城ね~美味しいご飯がいっぱいある食堂があるんだよ~!ユハとママが作ってるの」
「ーー俺は行けない。この国でやる事が沢山あるからな」
「終わったら来てくれる?」
「…………終わるのかもわからない、この国の民達を見捨てられない。だから約束はできない」
「うう」
ママに早く会いたい、パパ達とも会いたい。でもジョンシアとも もっと一緒にたい。
エステルは悩んでいた。
「ーーエステルって言う名前は“星”って意味だろ」
「?…うん。ママがつけてくれたの」
「俺の真名と一緒だ」
「真名?」
エステルも真名をコボルトから授けてもらった。
それは人には知られてはいけない名前で、信頼のできる大事な人にしか教えちゃダメだと言われている。
ジョンシアは宙に人差し指を動かした。
魔法だろう。
光の文字が浮かび上がった。
『星宿』
漢字2文字が宙にプカプカ浮いて、しばらくするとパッと消えた。
「??」
首を傾げるエステル。
「俺の本当の名前だ。真名をホトホリ言う。お前と同じ、星って字が入っているだろ」
「ぼくに教えてくれるの?」
「ああ。お前はこれから遠くに離れてても俺の大事な仲間だ。覚えておけ」
「ウフフ」
エステルは嬉しくなってジョンシアのお腹に顔を埋めた。
「エステル?」
ジョンシアの膝の上でエステルは眠っていた。
魔力は上がったが、生命エネルギーが足りていない。
精霊の魂が弱っている。
彼、仲夏(ジョンシア)ーー朱梓豪(シュ・ジーハオ)はこの明帝国の第2皇子だ。
ジョンシアには、朱暁鵬(シュ・ギョウホウ)ー孟春(マンチェン)という字の3つ年上の兄がいた。
2人とも魔人であるが兄は産まれつき魔力が弱かった。
対極的に弟のジョンシアは産まれつき魔力が強く、その力は父である皇帝以上だと噂された。
優秀な弟と常に比較されている兄のギョウホウ皇子はコンプレックスも人一倍強いのだろう。
幻狼に執着しているのも自分に足りない魔力を補うためだ。
「なんて愚かな……」
力にばかり固執するのは愚かだ。
どんなに魔法が使えたって魔法は万能じゃない。
ジョンシアが小さい頃、宮殿に住んでいた朱色の幻狼シナバーは戦争ばかりの国を憂いて泣いていた。
幻狼が逃げてしまわないように宮殿の地下の大広間に強力な結界を張り、四肢と首を魔法の鎖で繋がれ、身体は酷く痩せ細っていた。
このような酷い扱いをしている契約者の息子であるのに、その幻狼は時折忍び込んでくるジョンシアに優しく声を掛けてくれた。
殆ど宮殿の外に出る事がなかったジョンシアにいろんな話をしてくれた。
悪魔アケビが精霊の栄養補給になるともシナバーが教えてくれた。
ーーある夏の日
少年ジョンシアはシナバーに悪魔アケビをプレゼントしようと思い立ち、こっそりと宮殿を抜け出し山へ入った。
そこで待っていたのは誰かが仕向けた暗殺者。
土砂降りの雨の中 山奥で暗殺者に襲われていたジョンシアを救ってくれたのが、現在の自警団のメンバーである同い年の少年ルイとヨキ、村に住む複数人の農夫たちだった。
彼らのおかげで命拾いできた。
自警団のリーダーなんてしているのも昔の恩がまだ残っているからだ。
それに戦乱の世を嘆き平和を願いながら国を去ったシナバーの願いを叶えたい。
「マンチェンにエステルは絶対に渡せないーー」
兄もきっとーー父と同じ道を辿る事になるだろう。
自滅するだけなら勝手にすればいい、けれど彼らの一挙手一投足には国民の明日が懸かっているのだ。
だからジョンシアは国を出た。
遠い大陸のエスター国の魔人アカデミーへ留学し、魔法やさまざまな学問を習得した。
広い世界を知って、いろんな国の要人と人脈も築いた。
大規模な水害の復興が大幅に進んだのも、隣の紅国からの水面下での支援があってこそ。
いち早く手を回したのはジョンシアだった。
『ーーーー』
エステルの隣に寝転んだジョンシアの耳に旧友ユハの呼応の魔法が届く。
「ーーああ、わかった」
ジョンシアは短く返事をすると、目蓋を閉じた。
*
「買い物のリストですか?」
護衛騎士アダムとキャロルがぽかんと口を開け、驚いている。
彼の目の前で、シャルロットはひらひらと紙を揺らして苦笑していた。
「ユハに頼まれたんです。城下町の書物屋に買いに行って欲しいんですって。なんでも、クリスティー様からの頼まれごとみたいなの。ちょうど、付近にあるから寄りたいの」
今日は朝からグレース皇子や鳳太子と共に視察をして回っていたのだが、ユハに頼まれていた用事を思い出し、護衛のアダムになんとか抜け出せないかと頼み込んでいた。
グレース皇子や鳳太子は視察先の人達と話し込み忙しそうだ。
護衛を付けるなら目の届く範囲であれば自由にして構わないと許可も貰っている。
「姫様、しかし……」
「シャルロットさま、わたくしが同伴いたします」
大瑠璃姫がいつの間にか背後に立っていた。
「よく城下町にお忍びでこっそりと遊びに出掛けているの。道案内ならできますわ」
大瑠璃姫側も2人の護衛を引き連れていた。
シャルロットは笑った。
「大瑠璃姫、ありがとうございます!」
「ルリとお呼びください」
「ルリ様!私もシャルルって呼んでください」
「ええ、シャルル様」
可愛らしい少女達がキャッキャッとはしゃいでいる姿は微笑ましい。
年の近い2人はすっかり打ち解けた。
「しかし、異国の言葉だから読めないですね」
買い物リストに書かれてあるのはユハの字だったが、紅国の言葉だ。
漢字のようだが、前世は日本人でもバリバリの現代人だったシャルロットにも解読できない。
「えっと……、『恐ろしい天下の皇帝、夜はみだらな女王様』……、『へたれ下忍と男前殿のひみつの閨事』……?」
大瑠璃姫は首を傾げながら文字を翻訳しながら読んでいる。
目を点にして固まるシャルロット、更に続きを読み始めた純真無垢な大瑠璃姫をアダムはやんわり制止した。
「えっと……大瑠璃姫、もう大丈夫ですから。ありがとうございます」
「ユハの奴め!……姫様になんて本を買わせようとしてるんだ!」
キャロルは大激怒した。
それを見てシャルロットは苦笑い。
「し、仕方ないわ。ユハは忙しいみたいですし……。今日は一度も姿を見てないもの」
「ふん!どっかでサボってるんですよ!」
書物店は、グレース皇子達が居る視察先から徒歩3分の場所にあった。
中に入ると黒くて長い髪をした女性店主が店番をしていた。
「おや、いらっしゃいませ……えっと~」
背の高い綺麗な女性店主は戸惑っている。
「えっと、このリストに書いてある本が欲しいんですが……」
「あら、ま~、お客様ったら~お目が高いわ~お待ちください!持って参ります」
店主は急にテンションがぶち上がり、忙しく、それに楽しそうに店内を一周して本をかき集めてきた。
「あ、そこの長髪イケメン騎士の方!この本、オススメですよ~!」
「はあ……?」
女店主はアダムに一冊の本を差し出した。
アダムは困ったように笑いながらパラパラと本をめくる。
そして栞が挟まっていたページを開くと目を見開かせた。そして、すぐに普段通りのにこやかな笑顔に戻る。
「確かにーー大変興味深い内容でした」
パタンと本を閉じると女店主に返却する。
「頼まれていた本はこれで全部よ、帰りの船に乗せて置くから!」
(……頼まれ物だとか、船だとか、なんで知っているんだろう?まあ、異国人風の見た目とメモを持っているからそう推測したのかしら)
シャルロットは店を出ながらぼんやりと考えた。
買い物を済ませ一息ついたシャルロット達はさっきの場所へ引き返す。
すると足元に黒い靄がかかる。
「な……!?なに?」
黒い靄は広範囲に広がり、周りの視界を遮った。
「シャルロット様!」
アダムやキャロルの叫ぶ声が聞こえる。
でもどこにいるのかわからない。
「シャルル様!」
突然闇の中から小さな手が伸びてきてシャルロットの腕を掴んだ。
腕しか見えないけれどーー大瑠璃姫だ。
シャルロットが彼女の手首を掴んだ途端、黒い靄の中から大瑠璃姫が姿を現した。
「ルリ様!大丈夫?」
「えっ……ええ……」
2人は無言で寄り添うと手をギュッと握り合った。
そして辺りを見渡す。
上下左右 果てしなく真っ暗な闇、その中に白く浮かぶシャルロットと大瑠璃姫。
「もう1人お姫様が居るなんて計算外だったな」
「大人しく俺たちに付いて来い」
突如目の前に現れた黒尽くめのーーまるで黒子のような格好をした覆面男に腕を引っ張られた。
シャルロットは激しく抵抗した。
「やめてください!誰なの!?あなた達は……!」
「手荒な真似はしたくないんだ。黙って付いて来い」
声も魔法で変えているようだ。
不気味なエフェクトの掛かった声……。
「彼女を離しなさい!無礼者!」
気弱そうなのに涙目になりながらもシャルロットの腕を掴んで離さない大瑠璃。
シャルロットも必死で抵抗した。
怖い。
まさか、明帝国の……?
わからないけれど……。
グニャっと空間が歪み、恐る恐る目を開けると見知らぬテントの中にいた。
黒い靄も晴れており、テントの中には先程の黒尽くめの男2人とシャルロットの腕にしがみついたままの大瑠璃姫の姿ーーー。
「シッ……、黙って聞いて」
エフェクトも掛かっていない聞き覚えのある声、これは……。
「ゆ、ユーシン?」
覆面を取った2人は、ユーシンと、それからユハだった。
ユハは笑いながら呼応の魔法をシャルロットと大瑠璃姫に発した。
『大丈夫、アダムにはさっきの本屋さんでメッセージを送っといたから』
「?」
まだ状況が理解できない。
『簡潔に言うねーー明帝国がお姫ちゃんを拐おうとしていた。正しくは明帝国ではなく、第一皇子の個人的な狙いだけど』
「え……?」
『人質だよ。お姫ちゃんを餌にクロウとグレイ 2匹の幻狼を捕まえる魂胆でしょ。なーのーでー、俺っちとユーシンが手下に扮してお姫ちゃんを掻っ攫いに来ちゃいました☆大瑠璃姫がついてきちゃったのは誤算だったかな~』
「は?ーー」
どういうことなんだろう?
わざわざ敵の元に届けたというわけ……?
「ごめん、母さん」
ユーシンはシャルロットの手首を背中に回し縄で拘束した。
シャルロットは戸惑っていた。
ユハは大瑠璃姫の額に手を翳し、魔法をかける。
「……え?きゃあっ……!」
ユハの魔法により、大瑠璃姫は強制的に獣化させられる。
ユハの手のひらの上に、小さな青い鳥が乗っていた。
「ごめんね~、大瑠璃姫はしばらく隠れていてね」
ユハは自らが纏っていた上着の中に小鳥をすっぽりと収納した。
小鳥が服の中でジタバタしている。
「何をするんですか?」
「危ないから、大人しくしてて!」
「ーー煩いぞ、何を騒いでいる?」
テントの中に従者を取り巻きに引き連れ、赤オレンジ色の派手な着物姿の青年が現れた。
「………殿下、申し訳ございません。この人質が騒ぐものですから……」
ユハは口調をガラリと変えて、まるで別人のような名演技。
本当に明帝国の手下みたいだ。
ギョウホウ皇子ーー!
明帝国の第一皇子、皇太子。
黒くて長い髪に狐のような細長い目、痩身で背はすらっと高い美しい皇子。
だが神経質そうな印象を受ける。
「オリヴィア小国の姫だったか……」
ギョウホウ皇子にじろっと睨まれて、シャルロットは全身にどっと冷や汗をかいた。
(ユハってば、こんな場所に私を連れてきて……一体どうする気なの?)
ユハの狙いはわからない。
張り詰めた空気に胃もキリキリと痛む。
金色の毛並みの子狼は自分の体より一回りも二回りも大きなイノシシと対峙していた。
小さな狼に向かってイノシシは突進する。
子狼は突っ込んできたイノシシに向かって魔法を発した。
金色の光の縄が脚に絡まり、イノシシは地面に思い切り倒れ込んだ。悲鳴を上げながら必死にもがいているが、縄は強固で解けない。
魔法の縄からビリビリと強い電流が流れ、イノシシはショックで気絶した。
「エステル!捕まえたのか!でかした!」
獣道から現れた黒髪の青年に気付いたエステルは尻尾をブンブン振りながら彼の脚に飛び付いた。
青年に褒められ頭を優しく撫でられて、とても嬉しそうだ。
「ジョンシア!ぼくが1人で捕まえたんだよ~!」
「そうか、すごいなあ。村に持って帰って、食うか」
明帝国にやってきて半月。
日中、エステルはもっぱら村の畑を荒らしていたイノシシやムジナの駆除をしていた。
一緒に転移してきた騎士2人イルカルとアーサーは自警団の手伝いをして恙無く生活していた。
「エステル様、魔法がとても上達しましたね」
「へへ」
騎士イルカルに褒められてエステルは誇らしげだった。
幻狼の魔力の強さは幻狼の仮の姿である人間の外見年齢に反映し、魔力が強いほど老けていくのだが、エステルは以前よりかなり成長している。
青年姿が一般的な幻狼、エステルは2~3歳児だった外見年齢から5~6歳くらいの男の子の姿にまで成長していた。
ジョンシアは森に自生している悪魔アケビという果実を毎日エステルに与えていた。
アケビのような見た目の果実で色は真っ黒、木に実っているものはケケケケと気味の悪い鳴き声を上げている不気味な森のフルーツ。
人間には猛毒らしいが精霊や魔物にとっては生命エネルギーや魔力をチャージできる栄養ドリンク的な効能のある果実で、恐らくその果実の影響で成長したんだろう。
それだけではなく魔法の使い方までエステルにレクチャーしていた。
「ジョンシア~」
夜、ジョンシアのテントの中に我が物顔でエステルは潜り込んだ。
テントの中で書物を読んでいたジョンシアも優しく微笑んでそれを受け入れた。
子狼姿のエステルは当たり前のようにジョンシアの膝の上に乗ると、ちょこんと座った。
エステルはすっかり自警団のリーダーである彼に懐き、ここ1週間は毎晩彼と一緒に眠っていた。
子犬のように尻尾をブンブン振っている。
「エステル、お前の母親たちが隣の紅国に到着したようだ。クロウという幻狼達がお前をここまで迎えに来るみたいだぞ」
「パパが?ほんと?わーい!」
エステルは嬉しそうだ。
その後で急に耳を垂らし、ジョンシアの顔を見上げた。
「ねえ、ジョンシアもぼくの国においでよ!ぼくの国はね~戦争もないんだよ。それにぼくん家のお城ね~美味しいご飯がいっぱいある食堂があるんだよ~!ユハとママが作ってるの」
「ーー俺は行けない。この国でやる事が沢山あるからな」
「終わったら来てくれる?」
「…………終わるのかもわからない、この国の民達を見捨てられない。だから約束はできない」
「うう」
ママに早く会いたい、パパ達とも会いたい。でもジョンシアとも もっと一緒にたい。
エステルは悩んでいた。
「ーーエステルって言う名前は“星”って意味だろ」
「?…うん。ママがつけてくれたの」
「俺の真名と一緒だ」
「真名?」
エステルも真名をコボルトから授けてもらった。
それは人には知られてはいけない名前で、信頼のできる大事な人にしか教えちゃダメだと言われている。
ジョンシアは宙に人差し指を動かした。
魔法だろう。
光の文字が浮かび上がった。
『星宿』
漢字2文字が宙にプカプカ浮いて、しばらくするとパッと消えた。
「??」
首を傾げるエステル。
「俺の本当の名前だ。真名をホトホリ言う。お前と同じ、星って字が入っているだろ」
「ぼくに教えてくれるの?」
「ああ。お前はこれから遠くに離れてても俺の大事な仲間だ。覚えておけ」
「ウフフ」
エステルは嬉しくなってジョンシアのお腹に顔を埋めた。
「エステル?」
ジョンシアの膝の上でエステルは眠っていた。
魔力は上がったが、生命エネルギーが足りていない。
精霊の魂が弱っている。
彼、仲夏(ジョンシア)ーー朱梓豪(シュ・ジーハオ)はこの明帝国の第2皇子だ。
ジョンシアには、朱暁鵬(シュ・ギョウホウ)ー孟春(マンチェン)という字の3つ年上の兄がいた。
2人とも魔人であるが兄は産まれつき魔力が弱かった。
対極的に弟のジョンシアは産まれつき魔力が強く、その力は父である皇帝以上だと噂された。
優秀な弟と常に比較されている兄のギョウホウ皇子はコンプレックスも人一倍強いのだろう。
幻狼に執着しているのも自分に足りない魔力を補うためだ。
「なんて愚かな……」
力にばかり固執するのは愚かだ。
どんなに魔法が使えたって魔法は万能じゃない。
ジョンシアが小さい頃、宮殿に住んでいた朱色の幻狼シナバーは戦争ばかりの国を憂いて泣いていた。
幻狼が逃げてしまわないように宮殿の地下の大広間に強力な結界を張り、四肢と首を魔法の鎖で繋がれ、身体は酷く痩せ細っていた。
このような酷い扱いをしている契約者の息子であるのに、その幻狼は時折忍び込んでくるジョンシアに優しく声を掛けてくれた。
殆ど宮殿の外に出る事がなかったジョンシアにいろんな話をしてくれた。
悪魔アケビが精霊の栄養補給になるともシナバーが教えてくれた。
ーーある夏の日
少年ジョンシアはシナバーに悪魔アケビをプレゼントしようと思い立ち、こっそりと宮殿を抜け出し山へ入った。
そこで待っていたのは誰かが仕向けた暗殺者。
土砂降りの雨の中 山奥で暗殺者に襲われていたジョンシアを救ってくれたのが、現在の自警団のメンバーである同い年の少年ルイとヨキ、村に住む複数人の農夫たちだった。
彼らのおかげで命拾いできた。
自警団のリーダーなんてしているのも昔の恩がまだ残っているからだ。
それに戦乱の世を嘆き平和を願いながら国を去ったシナバーの願いを叶えたい。
「マンチェンにエステルは絶対に渡せないーー」
兄もきっとーー父と同じ道を辿る事になるだろう。
自滅するだけなら勝手にすればいい、けれど彼らの一挙手一投足には国民の明日が懸かっているのだ。
だからジョンシアは国を出た。
遠い大陸のエスター国の魔人アカデミーへ留学し、魔法やさまざまな学問を習得した。
広い世界を知って、いろんな国の要人と人脈も築いた。
大規模な水害の復興が大幅に進んだのも、隣の紅国からの水面下での支援があってこそ。
いち早く手を回したのはジョンシアだった。
『ーーーー』
エステルの隣に寝転んだジョンシアの耳に旧友ユハの呼応の魔法が届く。
「ーーああ、わかった」
ジョンシアは短く返事をすると、目蓋を閉じた。
*
「買い物のリストですか?」
護衛騎士アダムとキャロルがぽかんと口を開け、驚いている。
彼の目の前で、シャルロットはひらひらと紙を揺らして苦笑していた。
「ユハに頼まれたんです。城下町の書物屋に買いに行って欲しいんですって。なんでも、クリスティー様からの頼まれごとみたいなの。ちょうど、付近にあるから寄りたいの」
今日は朝からグレース皇子や鳳太子と共に視察をして回っていたのだが、ユハに頼まれていた用事を思い出し、護衛のアダムになんとか抜け出せないかと頼み込んでいた。
グレース皇子や鳳太子は視察先の人達と話し込み忙しそうだ。
護衛を付けるなら目の届く範囲であれば自由にして構わないと許可も貰っている。
「姫様、しかし……」
「シャルロットさま、わたくしが同伴いたします」
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「よく城下町にお忍びでこっそりと遊びに出掛けているの。道案内ならできますわ」
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シャルロットは笑った。
「大瑠璃姫、ありがとうございます!」
「ルリとお呼びください」
「ルリ様!私もシャルルって呼んでください」
「ええ、シャルル様」
可愛らしい少女達がキャッキャッとはしゃいでいる姿は微笑ましい。
年の近い2人はすっかり打ち解けた。
「しかし、異国の言葉だから読めないですね」
買い物リストに書かれてあるのはユハの字だったが、紅国の言葉だ。
漢字のようだが、前世は日本人でもバリバリの現代人だったシャルロットにも解読できない。
「えっと……、『恐ろしい天下の皇帝、夜はみだらな女王様』……、『へたれ下忍と男前殿のひみつの閨事』……?」
大瑠璃姫は首を傾げながら文字を翻訳しながら読んでいる。
目を点にして固まるシャルロット、更に続きを読み始めた純真無垢な大瑠璃姫をアダムはやんわり制止した。
「えっと……大瑠璃姫、もう大丈夫ですから。ありがとうございます」
「ユハの奴め!……姫様になんて本を買わせようとしてるんだ!」
キャロルは大激怒した。
それを見てシャルロットは苦笑い。
「し、仕方ないわ。ユハは忙しいみたいですし……。今日は一度も姿を見てないもの」
「ふん!どっかでサボってるんですよ!」
書物店は、グレース皇子達が居る視察先から徒歩3分の場所にあった。
中に入ると黒くて長い髪をした女性店主が店番をしていた。
「おや、いらっしゃいませ……えっと~」
背の高い綺麗な女性店主は戸惑っている。
「えっと、このリストに書いてある本が欲しいんですが……」
「あら、ま~、お客様ったら~お目が高いわ~お待ちください!持って参ります」
店主は急にテンションがぶち上がり、忙しく、それに楽しそうに店内を一周して本をかき集めてきた。
「あ、そこの長髪イケメン騎士の方!この本、オススメですよ~!」
「はあ……?」
女店主はアダムに一冊の本を差し出した。
アダムは困ったように笑いながらパラパラと本をめくる。
そして栞が挟まっていたページを開くと目を見開かせた。そして、すぐに普段通りのにこやかな笑顔に戻る。
「確かにーー大変興味深い内容でした」
パタンと本を閉じると女店主に返却する。
「頼まれていた本はこれで全部よ、帰りの船に乗せて置くから!」
(……頼まれ物だとか、船だとか、なんで知っているんだろう?まあ、異国人風の見た目とメモを持っているからそう推測したのかしら)
シャルロットは店を出ながらぼんやりと考えた。
買い物を済ませ一息ついたシャルロット達はさっきの場所へ引き返す。
すると足元に黒い靄がかかる。
「な……!?なに?」
黒い靄は広範囲に広がり、周りの視界を遮った。
「シャルロット様!」
アダムやキャロルの叫ぶ声が聞こえる。
でもどこにいるのかわからない。
「シャルル様!」
突然闇の中から小さな手が伸びてきてシャルロットの腕を掴んだ。
腕しか見えないけれどーー大瑠璃姫だ。
シャルロットが彼女の手首を掴んだ途端、黒い靄の中から大瑠璃姫が姿を現した。
「ルリ様!大丈夫?」
「えっ……ええ……」
2人は無言で寄り添うと手をギュッと握り合った。
そして辺りを見渡す。
上下左右 果てしなく真っ暗な闇、その中に白く浮かぶシャルロットと大瑠璃姫。
「もう1人お姫様が居るなんて計算外だったな」
「大人しく俺たちに付いて来い」
突如目の前に現れた黒尽くめのーーまるで黒子のような格好をした覆面男に腕を引っ張られた。
シャルロットは激しく抵抗した。
「やめてください!誰なの!?あなた達は……!」
「手荒な真似はしたくないんだ。黙って付いて来い」
声も魔法で変えているようだ。
不気味なエフェクトの掛かった声……。
「彼女を離しなさい!無礼者!」
気弱そうなのに涙目になりながらもシャルロットの腕を掴んで離さない大瑠璃。
シャルロットも必死で抵抗した。
怖い。
まさか、明帝国の……?
わからないけれど……。
グニャっと空間が歪み、恐る恐る目を開けると見知らぬテントの中にいた。
黒い靄も晴れており、テントの中には先程の黒尽くめの男2人とシャルロットの腕にしがみついたままの大瑠璃姫の姿ーーー。
「シッ……、黙って聞いて」
エフェクトも掛かっていない聞き覚えのある声、これは……。
「ゆ、ユーシン?」
覆面を取った2人は、ユーシンと、それからユハだった。
ユハは笑いながら呼応の魔法をシャルロットと大瑠璃姫に発した。
『大丈夫、アダムにはさっきの本屋さんでメッセージを送っといたから』
「?」
まだ状況が理解できない。
『簡潔に言うねーー明帝国がお姫ちゃんを拐おうとしていた。正しくは明帝国ではなく、第一皇子の個人的な狙いだけど』
「え……?」
『人質だよ。お姫ちゃんを餌にクロウとグレイ 2匹の幻狼を捕まえる魂胆でしょ。なーのーでー、俺っちとユーシンが手下に扮してお姫ちゃんを掻っ攫いに来ちゃいました☆大瑠璃姫がついてきちゃったのは誤算だったかな~』
「は?ーー」
どういうことなんだろう?
わざわざ敵の元に届けたというわけ……?
「ごめん、母さん」
ユーシンはシャルロットの手首を背中に回し縄で拘束した。
シャルロットは戸惑っていた。
ユハは大瑠璃姫の額に手を翳し、魔法をかける。
「……え?きゃあっ……!」
ユハの魔法により、大瑠璃姫は強制的に獣化させられる。
ユハの手のひらの上に、小さな青い鳥が乗っていた。
「ごめんね~、大瑠璃姫はしばらく隠れていてね」
ユハは自らが纏っていた上着の中に小鳥をすっぽりと収納した。
小鳥が服の中でジタバタしている。
「何をするんですか?」
「危ないから、大人しくしてて!」
「ーー煩いぞ、何を騒いでいる?」
テントの中に従者を取り巻きに引き連れ、赤オレンジ色の派手な着物姿の青年が現れた。
「………殿下、申し訳ございません。この人質が騒ぐものですから……」
ユハは口調をガラリと変えて、まるで別人のような名演技。
本当に明帝国の手下みたいだ。
ギョウホウ皇子ーー!
明帝国の第一皇子、皇太子。
黒くて長い髪に狐のような細長い目、痩身で背はすらっと高い美しい皇子。
だが神経質そうな印象を受ける。
「オリヴィア小国の姫だったか……」
ギョウホウ皇子にじろっと睨まれて、シャルロットは全身にどっと冷や汗をかいた。
(ユハってば、こんな場所に私を連れてきて……一体どうする気なの?)
ユハの狙いはわからない。
張り詰めた空気に胃もキリキリと痛む。
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