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*シャルロット姫と食卓外交

クロウの悲しみ

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「里緒……?」

 城から一枚のワンピースを見繕ってきたクロウだが、湖にはもうシャルロットの姿はどこにもなかった。
 目を見開き、幻狼の姿に戻ると必死で辺りを探し回った。

「里緒!?どこ行ったんだい?」

 胸がざわめく。
 心臓が張り裂けてしまいそうだ。

「里緒……っ!!!」

 林の中を狂ったように駆け回り何度も何度も名前を呼ぶ。
 木の枝が身体に刺さろうが岩にぶつかろうが無我夢中で走った。

 ーーなんで?
 ーー里緒の気配が探れない?消されてる?
 ーー魔法?

 ーーそれとも最初から全部幻だったのか?
 ーーいや、幻じゃない、里緒は確かに居た。

 黄金に輝く瞳からボロボロと涙が溢れる。

 長い月日会いたいと願って会えなくて、やっと会えたのにまた離れ離れになってしまうのか?
 
   ーー嫌だ。独りは嫌だ、独りにしないで、

 クロウの遠吠えが、静寂に包まれた林道に虚しく響く。

「こら、馬鹿犬」

 尻尾を垂れ下げて途方に暮れていたクロウの前に、背の高い雑草を掻き分けグレース皇子や第二騎士団の騎士たちが現れた。

「彼女は騎士達が保護した、お前もさっさと帰るぞ」

「ーー里緒は?」

「はぁ?」

「グレースが連れて行っちゃったの!?」

「何を言ってるんだ?」

 クロウはグレース皇子に向かって牙を剥いて威嚇をした。
 黒い靄がクロウを取り囲む。黄金の瞳は真っ赤に変色し、クロウは既に正気を失っていた。
 グレース皇子はハッと目を見開いて、すぐさま後ろにいる第二騎士団に命じた。

「お前ら、皆下がれ!!」

「皇子!?」

「良いから!下がれ!」

 幻狼と契約者は一切の感覚を共有する。
 だからグレース皇子はいち早くその異変に気付いた。

   憎悪、激しい怒り、悲しみ。
   クロウの感情がグレース皇子の中にも流れてきた。

 目の前のクロウはもはや化け物と化していた。
   投げ掛ける言葉も届かない。

 突然見えない何かが爆発したかのように空気の圧が皇子や騎士らを襲う。

「くっ……」

「グレース!」

 勢いよく飛ばされたグレース皇子の体を、ユーシンが起こす。

「どういう事だ?クロウが暴走している?」

 コハン団長は愕然としていた。
   グレース皇子はユーシンの腕を振りほどき、凶暴化したクロウにしがみついた。

「おい!クロウ!目を覚ませ!」

 名を呼んでも届かない。
 身体を大きく揺さぶりグレース皇子を振り解こうとしている。

 ユーシンは共に持ってた魔法のかかった太い縄を幻狼の身体に巻きつけた。
 だが幻狼に一般的な魔道具は通用しない。
 縄はたちまち粉々に千切れ、ユーシンは地面に叩きつけられた。

「わぁっ!」

 ユーシンの悲鳴が上がる。
 その一瞬だった、クロウがユーシンを見ながら動きを止めたのだ。
    瞳の色が黄金色に戻る。
 グレース皇子はその一瞬を見逃さなかった。

 早口で風の呪文を唱え、クロウの胴体を風の鎖で雁字搦めにしたのだ。
 更に呪文を続けると地面から太い木の根が飛び出しクロウの四股と口を拘束した。

 クロウは苦しそうにジタバタと暴れ出す。

「やめて……!」

 木の茂みに身を隠していたシャルロットがグレース皇子の前に飛び出して来た。
 その後をアダムや合流していた第一騎士団の騎士たちが追いかけてくる。

 人間のシャルロットには幻狼の姿は視えないが、
 クロウの悲しげな鳴き声や自分の名前を呼ぶ声が聞こえて居ても立っても居られなくなったのだ。

「私はここにいるわ!」

「シャルルさん…!?危ないです!」

 ユーシンは慌ててクロウに近付くシャルロットを制止する。
 シャルロットは構わず前に出た。

「何も言わずに居なくなってごめんね。でもずっとあの塔に居るのは良くないと思ったの。それでも、ちゃんとあなたが納得してくれるまで話し合えばよかったわね。不安にさせてごめんなさい」

 手探りで視えないクロウの姿を探す。
 クロウは伸びて来たシャルロットの手のひらに大人しく頬を寄せた。
 何かが手のひらに触れている感触がシャルロットに伝わる。

「里緒……」

「私はどこへも行かないわ、だから、ね?一緒にお城へ帰りましょう?」

 クロウの目からボロボロと大粒の涙が溢れでた。
 グレース皇子はクロウを拘束していた魔法をそっと解いた。
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