【R18】けだものと媚薬

陸奥

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けだものと媚薬

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「……『金棒覇者 何度だってそそり勃つ!』いやそういうのは求めてない……『ワクワクえちえちカーニバル☆ ひとりでも♡ふたりでも えっちがも~っとたのしくなる』……これだな」
 疲れが溜まると、性欲EDになったり逆に突然むらむらしてそのことしか考えられなくなるのはなぜなのか。社畜が過ぎて死にそうな社畜女子の性欲は精神的EDから一転、むらむらに大きく舵を切っていた。そんな葦原瑞樹に耳年増の悪友が囁いた。曰く。

 ━━安さの殿堂には、やばい媚薬サプリがある。

 媚薬。正常な理性が働いていれば一笑にふす。媚薬の存在自体が半信半疑な上に、激安を売りにするところで売ってるものだ。プラシーボ効果を狙ったジョークグッズと考えるべきだろう。だが14連勤を乗り越えた社畜には、もはや正常な判断能力などなかった。どうしようもないむらむらと好奇心と理性を失っている自身への可笑しさで、社畜・瑞樹は今日一日働きつつも気はそぞろだった。

 そして地獄のサービス残業後。衝動を薄給で解決せんと、瑞樹はR18と大きく書かれた暖簾の向こう、性のワンダーランドへとむかった。


 ここは安売の殿堂。
 24時間365日、日用品から数年前のDX超変形ロボ、果てはえっちなジョークグッズまでなんでも揃う蛍光灯に彩られた不夜城。
 ここでは夜遅くまで働き詰めで疲れきった社会人がその光に引き寄せられ、正気を失ったまま正気ではないナニカを買ってしまっても、なんら不思議はない。

 見知った顔に出会でくわしても。

「よ、奥さん。奇遇だな」
「せせせせ青蓮さ、えっ?!」

 全く、不思議ではないのだ。


 ▽▲▽


「なんでっておめー、自分の奥さんがこんな夜遅くにドンキ寄るつーから迎えに来たんだろうが。ばか瑞樹」
「っす……ありがとうございます旦那さん……」

 瑞樹が握る会計済みのレジ袋には、カモフラ用にカゴに突っ込んだ食品や日用品に紛れてえっちが楽しくなるが売りのサプリカプセル、生々しく男性器を模したディルド、ピンクローター、女性向けのかわいらしいバイブ、それと電マ。瑞樹のやさしい旦那こと葦原三郎青蓮は、何も知らず当然のように荷物を持とうとしてくれたが、中身が中身だけに瑞樹は固辞した。ぶっちゃけひとりえっち用に買ったから決まりが悪かった。
 瑞樹が羞恥で悶々としている間にも三郎は嫁を乗ってきた軽自動車でサクッと自宅である春蓮寺の奥向に送り届け、既に用意していた晩飯を食わせ沸かしていた風呂に嫁を放り込む。至れり尽くせりである。
 風呂場の扉越しに気の抜けた色気のない声が響いて、三郎はすでにてっぺんを回った壁掛け時計を見上げてやれやれと息をついた。よれよれの嫁がすぐに寝られるよう、布団も敷いてやらねば。
 ぬくい湿気が漏れる脱衣所から一歩出ると、三郎を底冷えする寒さが襲った。すでに十月も四週目、秋深まる時節を肌で感じる。寝所へ渡る廊下は踏み締めるたび、床板からきゅっきゅ、と鶯の声が立つ。三郎はその声を聞くたびに、人よりは少し長い自分の生をふと思い返した。


 ▽▲▽

 二人が住む春蓮寺は昔々その昔、まだ将軍の姓が足利だった頃はさる大山に連なりその名を春蓮坊とした僧房だった。紆余曲折あり寺の主人や上につく寺院が変わるなどして度々廃寺になったが、土地に唯一ある権現寺だったから地元やらの協力もあって再興を果たしていた。寺の縁起物語は廃寺になった寺に住み着いた大狸が村に悪さをして、困った村人が旅の僧に助けを求めこらしめてもらい、以後大狸は村と寺を助けたと語る。このことから村人は春蓮寺をたぬき寺と呼んだ、らしい。

 しかし穏やかな日々も、時代の流れに逆らえず波立つもので。

 御一新によって齎された第五次春蓮寺廃寺危機は、権現寺だった春蓮寺に壊滅的打撃を与えた。権現寺とはつまり神様仏様一緒くたに祀るものだ。権現の起源はまあ平安時代くらいまでいくらしいが、そんなことお構いなく地元は新時代に熱狂した。御一新の炎は神仏分離令が大いに煽り、寺は荒らし尽くされた。

 ━━ま、このとき院主に寺を託されたのが俺なんだが。

 風呂で溶けているであろう嫁と寝るための布団をいそいそと敷きながら、三郎はぼんやり過去を振り返る。門前の狸も百年読経聞きゃ覚えるというもの。化け狸ならさもあらん。ちなみに寺の縁起に出てくる化け狸は三郎の父親で今は亡いが、兄弟たちは方々でまだ好き勝手に生きているはずだ。うっかり車に轢かれたりしていなければ。
 春蓮寺が坊だったころから、そこに人が居ようが居まいが、化け狸たちがここを住処にし続けていた。そして安政のころだったか、国に浮き足立った不穏が満ちるころに、親父が天寿を全うした。そうして兄弟が散っても、三郎はここにとどまった。遊び半分に人に化け、小坊主に化け、三郎は気付けば院主気に入りの話し相手になっていた。院主が三郎を狸と気づいていたかはもう知るところではない。
 ただ三郎に青蓮と名付けたのも、三郎の菊門をいじり倒したのも他ならぬあのクソ坊主だった。ジジイに託された寺を維持したのはなんとなく。いまだ坊主の格好をとるのもなんとなく、だ。
 ただこれ以上、人に荒らされまいと人避けのめくらましを寺にかけたら、今度はオオカミの野郎だの蛇の野郎だのが立ち寄るけだもの寺に変化したのはもう笑い種だと三郎は思う。
 住処が倒壊しない程度に維持しつつ、なんとなく仏前に経もあげながら、三郎は近代から現代を適度に楽しんだ。人同士の殺し合いも熱病のように好景気に浮かれた時代も、けだものにはお遊びに過ぎなかったので適度にやって、適度に引いた。お遊びで入り込んだつもりの大学で、偶然出会った瑞樹と瑞樹の専門分野に嵌まり込むとは夢に思わなかったが。

 布団を敷き終え、瑞樹が隠した黄色のポリ袋の中身を検分することにした。隠すと言っても、寺の奥向を今も使えるようにしただけの自宅だ。草と木と紙だけでできた我が家は、柱の影と屏風の裏くらいしか物を隠せるところがない。せめてと寝所と居間の死角になるの影をわざわざ屏風で隠した瑞樹がかわいくてかわいくて、三郎はいそいそと袋を開けながら思い出した。そういえば来週はハロウィンだったな、と。



 かくして絶妙なタイミングで風呂から上がった瑞樹の、色気もかけらもない悲鳴がたぬき寺に響き渡り、生臭坊主はそんなかわいいかわいい嫁を見てうっそりと笑った。
「よぉ、奥さん。……イイもん買ってんねぇ」
 ヤクザのような凄みのある笑みを向けられて、嫁はただただ悪寒と期待に身を震わせた。
 しかし風呂上がりの柔らかに匂い立つ伴侶を自らの逞しい腕の中に収め、坊主は布団にやさしく寝かせた。
「……せーれんさ……?」
 この世で最も安心できる匂いと温もりに包まれて、瑞樹の思考は早くも溶け出す。硬く大きな掌に、左耳と背中を温められて瑞樹の意識はもうほとんど眠りにさらわれていた。
「さすがに連勤で疲れ果てた嫁をいたぶる程、趣味悪くねーのよ俺」
 だから起きたら覚悟しておけよ、と男がにんまり笑ったことに彼女は気づくことなく眠りに落ちたのだった。


 ▽▲▽



 用法をよく読んで、正しく3錠。

 嫁と自分の口に怪しげなカプセル錠『ワクワクえちえちカーニバル☆ ひとりでも♡ふたりでも えっちがも~っとたのしくなる』を放り込んで、三郎はコップに並々注いだ水でそれを呑ませ、次いで自分も呑んだ。
「精神的EDだなんだって躱してきたのは手前だろよお、瑞樹ぃ」

 あれから結局昼過ぎまでこんこんと眠った瑞樹は、本堂から戻った三郎に甲斐甲斐しくお世話され、気づけばまた布団に逆戻りしていた。日も短くなり自宅は薄闇が広がっているがまだまだ17時台に入ったところである。なぜえっちなジョークグッズサプリを飲まされて膝つめ説教されているのか。瑞樹はしどろもどろになりつつ弁明を試みていた。

「ええまあそうなんですがね。連勤明ける~と思ったらむらむらきたというか……」
「ったく、14連勤だろ。社畜め。ゆっくり寝かしてやろう、労ってやろうと思っていた俺のやさしさを返せ。いい加減転職しろばーか」
「うぐぐ……でもみんないい人たちなんだよ」
「その"いい人たち"を人質にとる会社なんかとっとと辞めちまえ。……会社の代わりは幾らでも効くがな、俺の嫁はお前ひとりだぞ。わかってんのか」

 苦々しくそう吐き出す三郎に、ツキンと瑞樹の胸の奥が痛んだ。キツすぎるくらいキツい仕事も慣れてしまえばたのしかったけど、ぶっちゃけ自分の身体は少しずつ悲鳴を上げ始めている。早朝こむら返りを繰り返していること、恐らく三郎にはバレている。その度に一日足を引きずっていることも。なにより、そんな顔を三郎にさせたいわけじゃない。心配してくれてありがとう、ごめんね。そんな気持ちを込めて、瑞樹は愛しい僧形の化け狸に深い口づけを贈った。

「ん、ごめん。わたしも青蓮さんの嫁の座をあけるのは本意じゃない」
 それが本意だったら怖いわバカ、とあたまをぐしゃくじゃにかき乱された。
「もっと俺に頼れよばーか。ひとりでしたいときがあるのもわかるし、それは咎めねえけど、俺に悪いからって理由でひとりでなんとかしようもするのは……やめてくれ」

 それを聞いて、瑞樹はおのれの短慮をようやく恥じた。誰もわたしなんか見ていないという長年培った思い込みが無意識に自分を無茶な行いに走らせていた。でも彼はわたしをちゃんと見ている。見て、心配までしてして、替えはいないのだと言ってくれる。
「……わかった」
 瑞樹はありがとうの気持ちを込めて、再びいとしの坊主を抱きしめた。抱き返す固い腕と掌が脇と背筋をなぞり、ぞくぞく…っ、と瑞樹は快感に身を捩った。
 カプセルのまされてから、そろそろ5分以上。身体の芯が、じくり、じくりと炙られている。腕の熱に焦れ始めた瑞樹が秀でた側頭部から額にかけてキスを贈ると、呆れたように吐息を漏らす三郎の瞳もどこか熱っぽく濡れ始めていた。
「せーれんさ、ねぇ、効いてきたっぽい……ね、せーれんさん」

「呼び方」
「ぇ、」

「おめえは、坊主に抱かれてぇの? それとも……けだものにぐちゃぐちゃにされてぇの?」

 呼び方次第でご希望叶えてやるよ、と低く痺れる声を右耳に落とされた。妖しく色気を垂れ流す怪僧に瑞樹の奥の奥が熱く疼いて堪らない。まろみを帯びた尻から背にかけてゆっくり辿るようにその骨張った硬い掌でなぞられて、瑞樹ぃ、と名前を呼んで催促されたら自制心や理性なんて保つだけ無駄だと思えた。
「さぶ、三郎、三郎さ、はやくぐちゃぐちゃにして、奥、ほんとのさぶのあついのでたちゅたちゅして、おねがい」
「……わかった」
 袋のエグいやつはまたあとでな、と三郎は色気立つ雄の笑みを浮かべて袋ごと屏風の脇にやった。そうして瑞樹前に戻りキスを繰り返し落としつつ、変化を解いていく。僧形のときはつるつるの頭部に、獣の耳と髪の毛と言えるようなモサモサの長い毛が生え、全身にもざわざわと毛が生えていく。僧形に戻るとまたつるつるなので、瑞樹はいつも不思議だなと感心する瞬間だ。つるつる頭部も手触りがよくて思わずキスしたくなるくらい大好きだし、耳の裏の付け根の柔らかなところなんて舐めると強烈に愛しい男の味を感じてたまらなく欲情してしまう。

 変化を解いた三郎は、精悍な獣顔と尻尾と爪と牙を有する姿になる。創作で言うなら半獣状態と言えるだろう。半獣と本人に言えばきっとオオカミの野郎と一緒にするなと怒るだろうが。

 スルスルと今日に瑞樹の襦袢を解いていく。
 ギザギザの鋭い獣の歯で傷つけないよう舌を絡めてくれる。獣の爪で肌を裂かないよう掌や指の先で触れてくれる。ヒトのすがたのときよりも濃い雄のにおいを目一杯瑞樹に擦り付けて、すきだ、すきだ、と主張してくれる。

 本来の姿で瑞樹に触れるとき、三郎は自分をけだものだなんだというけれど。なによりもそのやさしさと気遣いが本来の三郎と交わるとき止め処なく溢れる。瑞樹が青蓮ではなく三郎をねだるとき、たまらなく胸を焦がすいちばんの要因がそれだった。



 ▲▽▲


「あー……やべえなこれ。全然おさまんねえわ」
 おっ始めるとき呑んだカプセル錠のおかげか、3発瑞樹の中に撃ち込んでもまだ三郎のそれは衰える気配すらなく勃ちあがっていた。瑞樹に説教はじめたときまだ宵の口だったはずの時刻は、もうそろそろてっぺんが近い。枕元の水差しに手を伸ばし口にすると、伸びていたはずの瑞樹が手を伸ばしてきた。

「や、出てっちゃ嫌」
 入ったままの腰にむっちりとした健康美あふれる脚を巻きつけてくる始末。おい可愛すぎだろ。おまえは俺を殺す気か。
「さぶろー…さ……? ん、」
 口移しで水を与えてやると、もっととねだるように舌を絡めてきた。最初に与えたサプリの影響か、瑞樹の粘膜はどこもかしこもいつもよりもさらにとろとろに溶けている。
 水を数口に分けて与え切り、おまえが買ってきた袋の中身取りに行くだけだと諭しても足を解かない。こちらとしてもけだものの陰茎が固定するために膨らんだままだから抜けるわけもないのだが、それを忘れて幼女のようなそぶりととろとろに溶けたなかを健気にきゅっきゅと締めて引き留める嫁のかわいさよ。

 仕方なく瑞樹に入ったまま抱え直してすぐそばの屏風まで歩く。歩みを進めるごとに腕の中の女が鳴いて、ぎゅっと締め付けてくる。たまらない。だいたい今日は初めからしてやばかった。けだものをねだる瑞樹の観音様は、あのときすでに溢れるほど濡れており三郎の舌でねぶるほどに熱ととろみを増した。こちらが勃ちきって入れられなくなる前にその中へ邪魔すると、喜んで解け根本まで受け入れたてくれた。ふにゃ、と溶けた笑みを浮かべた嫁はいつみてもいつ思い返しても神々しいほどにうつくしい。

 がさがさと安っぽい黄色のビニール袋を漁り、目当てのものを掴むと三郎はそれを瑞樹の前にそれを掲げた。心当たりしかない女の膣がきゅっと締まり、けだものは雄くさい笑みがさらに深めた。

 袋の中身はかわいらしいローターからエグいディルドなんかもあったが、使いたいのはこれだった。

「奥さんよぉ、そんなにお揃いがよかったか、うん?」
 三郎が手にしたのはたぬ耳の髪留めと、尾をぶら下げたアナルプラグ。ハロウィン特集のえっちな商品棚で見つけてカゴに入れる瑞樹を想像して、瑞樹の膣内におさめた己がびくびくと跳ねた。

「んにぁ…っ! ん、ん、お揃い、たぬグッズは、珍しいなって、うれしくって」

 かわいい? とたぬ耳ピンを髪に付ける瑞樹がすでに三郎の三郎にクリティカルヒットし反応が止まらない。死ぬほどかわいい、と正直に進上すると彼女はそうでしょ?とご満悦。その笑みがたまらなく婀娜っぽい。ガンガン突いてやりたい衝動を堪えるために三郎は内心心経を唱えた。
「でもおめー、ここきれいにしてねえだろ」
 ほどよく筋肉の締まったむっちむちの尻を揉みつつ、三郎は爪先をすす…と菊門に沿わせる。三郎によって躾けられたそこは、それだけで花開いた菊の花をひくひくと震わせた。
「あ、した、さっき、布団くる前に、きれい、したから、入れていいよ……入れて…さぶろさん……っ」

 いつの間に、と問うべきか。それとも期待していたのかと揶揄すべきか。三郎にはそんなことはもうどうでもよかった。

「あぶねえから布団もどるぞ」
 けだものは己にしがみつく嫁ごと布団に戻り、腰を下ろした。いわば対面座位である。そして尻尾のついたアナルプラグを清拭したうえで、アナル用のローションを突き出させた彼女の尻とプラグにたっぷり潤した。いれるぞ、と忠告したのち、つぷり、つぷり、と段差あるプラグをよく躾けられた菊門に入れ込んだ。一段入れるごとに瑞樹の膣がきゅうきゅうと甘くキツく三郎を締め付ける。段差を全て豊満な尻の中に納め一息つくと、はいった? と瑞樹があどけなく尋ねた。入ったぞ、と瑞樹がよく感じる右耳に慰るためにキスする。とろりと溶けた瑞樹の顔がさらに溶けた。

「これで、お揃い、ね」

 卑猥な人工物によって自らにいやらしく生えた尾を、瑞樹はとても尊く愛おしいもののように片手で撫でた。もう片手で、けだものの尾をやさしく掴むから、堪らない。元々在って無かったような理性が焼き切れる感覚に苛まれ、三郎は、くそ、と敗北宣言を漏らし愛しき嫁に再び没頭した。菊門に差し込んだ堅いものを壁越しにゴリゴリ感じながら、卑猥でかわいい生き物の奥の奥に、今日一番濃い精液を化け狸は呑ませたのだった。


 ▽▲▽

「青蓮さん。わたし会社辞めるよ」
 朝のお勤めから戻り共に食卓を囲む僧侶姿の三郎に、瑞樹ははっきり宣言した。聞けば体調を崩しはじめた頃合いから辞めると上司に伝えていたがズルズル引き留めにあい、半年経ってもやめれなかったのだという。内容証明で退職届をこの後送りつけるので、郵便局まで車を出して欲しい。決意にどこか寂しさの色をまぜた目で、お願い、と伴侶はぎこちなく微笑んだ。
 そんな事情を聞かされたのは初めてで、三郎は少し喉の奥に苦いものが広がる。瑞樹が就活に苦労したときも、その先で今の職場から内定の連絡が来て喜んだ日も、三郎は側にいたから、なおさら。
 
 いままで愚痴を含め、仕事の内容まで瑞樹は三郎に頼らなかった。自立を志す瑞樹にとって社会人とはそう在らねばならないものだったし、三郎も瑞樹がそう考えていることを尊重していたつもりだった。

「わかった。転職、になるんだろ」
「ん。三ヶ月は失業保険をあてにしつつ、ゆっくりするつもり。いままで心配かけてごめんね」
「俺が勝手に心配したいだけだっての。気にせずもっとドンと頼れ。愚痴ももっと言え。研究室に戻ったっていーんだ。お前のやりたいようにやれよ」
「……ありがと」
 くしゃ、と顔を歪めて瑞樹が笑うからたまらなくなって三郎は柔い身体を抱きしめた。仕事内容のせいか、足にはむっちりと筋肉が備わっているが、反面その身体は学生のころより、腹や背中、腕などの肉が減って骨張って、とても頼りない。肋骨がうっすら浮きはじめてさえいる。もっと早く止めておけば、と無駄な思考が三郎の頭を過ぎる。

 次は身体を大事にできるところと縁がありますように。そう嫁に口では言いつつも、自分の巣に自分の女を囲い込むチャンスが訪れたと叫ぶ歓喜が、衝動が、快感を伴いけだものの臀部から頭の先までをぞくぞくと這っていった。意地汚くも瑞樹に対する独占欲と支配欲は、いつだって胸のうちの隅にある。
 しかし一方で、瑞樹が大学に戻るにせよ転職するにせよ、春蓮寺の外の空気に触れているからこそ己が愛した瑞樹を形作っていることもまた、三郎は理解していた。だからこそ三郎は自身の獣性を飼い慣らし、抑え付け、よい伴侶の顔で笑う。

「お前の不安とむらむらにはいつでも、一生付き合ってやりてーの」
「……一言余計だ、生臭けだもの坊主!」
「その生臭けだもの坊主を伴侶にしたのはお前だばーか」
 瑞樹の不意を突いて舌を絡めると、味噌汁の出汁の味がじんわり三郎の口に広がった。離してやると顔を真っ赤にした嫁が、かっこいい、くやしい、などと言いながら作務衣の肩を力無く叩いてきた。

 一見廃寺にも見えるその寺で、化け狸の僧侶とその嫁は今日も結局のところお互いにメロメロで暮らしている。
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