2 / 421
第一章 黒の主、世界に降り立つ
02:四腕のメイド
しおりを挟む■エメリー 多肢族(四腕二足) 女
■18歳 奴隷
私たち多肢族というのはその名の通り、手足を多く持つ種族です。
私は四腕二足ですが、族長ともなれば六腕四足ですし、多少の戦闘能力も持つほどです。
逆を言えば多肢族は基本的に戦闘能力を有しません。
その代わりと言うべきか、他の種族に比べ高い器用さ、生産能力を持ち、それは集落の特産にもなりますし、他街・他国へ行っても生産職として優遇される事の多い種族であると思います。
だからこそでしょうか、そんな私たちの集落が山賊に狙われたのは。
戦闘力はなく金はある、そう思われたのかもしれません。
私がメイドとして働く族長宅でその報せを受けた時、すでに集落の家々は炎に包まれ始めていました。
逃げ惑う人々。そうはさせじと集落の出入り口を封鎖し、次々に殺していく山賊。
私はただ震えることしか出来ませんでした。
「エメリー、早く逃げろ! 私も族長を助けて追いかける!」
護衛として雇われていた傭兵、鬼人族のイブキにそう言われ、私は逃げました。
しかし、人数も多く、計画を用意周到に準備していた山賊たちから逃げることなど無理です。
せめて私にイブキくらい戦える力があれば、そう思わずにはいられませんでした。
捕まったのは私とイブキの二人だけ。
他は皆殺されたのです。
だからこそ私は自分の無力を呪ったのです。戦えない多肢族として産まれたこの身を。
なぜ私とイブキだけが捕らえられたのか、なぜ山賊の集団に穢されることがなかったのか。
その答えは山賊の元から奴隷として売られた先にありました。
「ふむ、多肢族と鬼人族か。見目はまぁまぁだな。確かに処女なのだろうな」
私たちを買いとる貴族らしき蛙人族の男がギョロリとした目で見ながら検分します。
晴れない悔しさと悲しさを塗りつぶすような嫌悪感。
この蛙が私の主人となり穢されるのか、そう思うと枯れたはずの涙がまた流れそうになります。
しかし、その予想は外れました。
蛙人族は私たちを肉欲の為に買い取ったわけではない。
むしろ蛙人族の性処理の道具であった方がマシだったのかもしれない。そう思うほどの事態に陥っていたのです。
蛙人族に連れられて来たのは、山中にある彼の隠し施設のような建物でした。
周りは深い森に囲まれ、その中にポツンとある石造りの怪しげな建屋。
ごく少数の護衛と共に入るその施設にも、僅かな衛兵しか駐在していないようでした。
地下へと下りる前に護衛すらも置いて行きます。
階段をゆっくりと下りるのは蛙人族と私とイブキだけ。
どこに連れていかれるのか、声は出せずに私はイブキと目を向かい合わせます。
そうして下りた先の部屋は広い石畳の空間。
床には大きく複雑な魔法陣が描かれ、魔法使いなのか呪術師なのか、薄暗いフードをかぶった多眼族の男が傍らにいました。
「首尾はどうだ」
「ヒヒヒッ、すでに準備は万端でございますとも。そちらが生贄で?」
「うむ、これならば悪魔が出ようが竜が出ようが問題ないだろう」
「二体ともで?」
「味の好みがあるかも分からんからな」
私とイブキはそこで初めて自分たちの買われた意味を知ったのです。
なぜ集落が襲われたのか、なぜ私たちだけが生き残ったのか、なぜ処女のまま買われたのか。
全ては何か良からぬモノを召喚する為。禁忌の所業。
悪魔などは召喚の代償として処女の血肉を欲すると聞いたことがあります。
私たちは召喚された悪魔か何かに喰われる。その為にここに居るのだと。
奴隷の刻印により暴れることも感情を発露させる事もままならず、私は様々な感情に溢れていました。
悲しみ、絶望、怒り、自分でもよく分からないものです。
何も出来ないまま大人しく死ぬだけの運命に身を委ねるしか出来ない。
そんな自分が悔しくて、悲しくて、心が壊れなかったのは奴隷の刻印により感情を制御されていたせいなのでしょう。
私やイブキの事などどうでも良いとばかりに多眼族の男が召喚の儀式を始めます。
蛙人族の男はそれを部屋の隅で楽しそうに眺めていました。
「ククク、これで強力な手駒が手に入る。そうなれば議会の掌握……いや、皇帝の座も夢ではない! 実に喜ばしい! これが我が理想の未来への第一歩なのだ! カーッハッハッハ!」
この男は自らの権力を強くする為、ただそれだけの為にこんな真似を。
集落を襲い、皆を殺し、禁術の召喚を行い、私たちを喰わせる。
力を欲する為に。どうでもいい理由のせいで……。
そんな思いを余所に多眼族の男の儀式は進んでいます。
自らの魔力を召喚魔法陣へと流し込み、その最終工程とばかりに魔法陣が輝き始めました。
「いよいよだ! さあ出てこい!」
蛙人族の男が大仰に手を広げ、声を張り上げます。
多眼族の男は大量の魔力を失った影響なのか、膝をついたまま意識が朧になっている様子でした。
そして魔法陣から放たれた黒い光は魔法陣だけでなく地下室全体を包みます。
衝撃があるわけでもないのに感じる圧迫感。
生暖かいのに寒気を感じる異常な光に思わず目を閉じました。
やがて瞼の外で事態が落ち着いたのを感じると、ゆっくりと目を開きます。
そこに居るのは悪魔か竜か、それを恐ろしく感じながら。
しかし、魔法陣の中央に立って居たのは―――
「ヒュ……基人族だと……?」
「なっ……ばかなっ!」
黒い髪と黒い瞳、黒い服を身に纏った基人族の男性だったのです。
言うまでもなく基人族など、それこそ多肢族以上に戦えない種族。
悪魔や竜など″力″を持つ存在を召喚したかったはずの男たちにすれば、一番遠い存在と言えるでしょう。
「き、貴様あああっ! 何を召喚しておる! 基人族だと!? 高い金を払い、貴重な素材を使い、時間と魔力を掛けて召喚したのが基人族だと!? ふざけるな!!!」
「こ、こんなはずでは! こんなはずはありません! 間違っても基人族が召喚されるなど―――」
「ええい、見苦しいわっ!!!」
蛙人族の男が多眼族の男を斬り捨てました。
技量もないただ振るっただけの貴族の剣です。
それでも魔力の尽きていた多眼族の男の命を奪うのには十分でした。
どうなってしまうのか、とりあえず悪魔に喰われる事はなくなったとは言え安心などできません。
激高している蛙人族の男が怒り任せに私たちに斬りかかってもおかしくはないのですから。
そうして蛙人族の男は次に召喚した基人族の男に剣を向けました。
「くそっ! 基人族ごときが! お前なんぞ要らんわああ!!!」
―――ズバッ
「なっ……なぜ召喚者が……攻撃を……!」
はたして斬りおとされたのは蛙人族の男の首でした。
召喚された男性が佩いていた細身の剣、それをすれ違い様に振りぬいたのです。
私にはそれが非常に速く、非常に鋭く感じました。
まるで流れるような美しい所作。
断ち切ったのは、蛙人族の男の首だけではなく、私たちの奴隷契約もです。
主不在となり無効化された契約魔法。その解放が実感できました。
しかし奴隷紋自体は消えません。
誰かが紋を通して契約すれば、直ちに私たちは縛られることでしょう。
生涯誰かの奴隷となるのは変えられない。
しかし今は解放された現状を喜びたい。
私はイブキと抱き合い、共に涙を流しました。
今までの苦しみを、悲しみを、悔しさを嬉しさで洗い流す為に。
そのすぐ隣では召喚された基人族の男性が呟きます。
「……ひどいチュートリアルだな」
私にはその言葉の意味が分かりませんでした。
6
あなたにおすすめの小説
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
最強賢者の最強メイド~主人もメイドもこの世界に敵がいないようです~
津ヶ谷
ファンタジー
綾瀬樹、都内の私立高校に通う高校二年生だった。
ある日、樹は交通事故で命を落としてしまう。
目覚めた樹の前に現れたのは神を名乗る人物だった。
その神により、チートな力を与えられた樹は異世界へと転生することになる。
その世界での樹の功績は認められ、ほんの数ヶ月で最強賢者として名前が広がりつつあった。
そこで、褒美として、王都に拠点となる屋敷をもらい、執事とメイドを派遣してもらうことになるのだが、このメイドも実は元世界最強だったのだ。
これは、世界最強賢者の樹と世界最強メイドのアリアの異世界英雄譚。
異世界帰りの英雄は理不尽な現代でそこそこ無双する〜やりすぎはいかんよ、やりすぎは〜
mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
<これからは「週一投稿(できれば毎週土曜日9:00)」または「不定期投稿」となります>
「異世界から元の世界に戻るとレベルはリセットされる」⋯⋯そう女神に告げられるも「それでも元の世界で自分の人生を取り戻したい」と言って一から出直すつもりで元の世界に戻った結城タケル。
死ぬ前の時間軸——5年前の高校2年生の、あの事故現場に戻ったタケル。そこはダンジョンのある現代。タケルはダンジョン探索者《シーカー》になるべくダンジョン養成講座を受け、初心者養成ダンジョンに入る。
レベル1ではスライム1匹にさえ苦戦するという貧弱さであるにも関わらず、最悪なことに2匹のゴブリンに遭遇するタケル。
絶望の中、タケルは「どうにかしなければ⋯⋯」と必死の中、ステータスをおもむろに開く。それはただの悪あがきのようなものだったが、
「え?、何だ⋯⋯これ?」
これは、異世界に転移し魔王を倒した勇者が、ダンジョンのある現代に戻っていろいろとやらかしていく物語である。
【状態異常耐性】を手に入れたがパーティーを追い出されたEランク冒険者、危険度SSアルラウネ(美少女)と出会う。そして幸せになる。
シトラス=ライス
ファンタジー
万年Eランクで弓使いの冒険者【クルス】には目標があった。
十数年かけてため込んだ魔力を使って課題魔法を獲得し、冒険者ランクを上げたかったのだ。
そんな大事な魔力を、心優しいクルスは仲間の危機を救うべく"状態異常耐性"として使ってしまう。
おかげで辛くも勝利を収めたが、リーダーの魔法剣士はあろうことか、命の恩人である彼を、嫉妬が原因でパーティーから追放してしまう。
夢も、魔力も、そしてパーティーで唯一慕ってくれていた“魔法使いの後輩の少女”とも引き離され、何もかもをも失ったクルス。
彼は失意を酩酊でごまかし、死を覚悟して禁断の樹海へ足を踏み入れる。そしてそこで彼を待ち受けていたのは、
「獲物、来ましたね……?」
下半身はグロテスクな植物だが、上半身は女神のように美しい危険度SSの魔物:【アルラウネ】
アルラウネとの出会いと、手にした"状態異常耐性"の力が、Eランク冒険者クルスを新しい人生へ導いて行く。
*前作DSS(*パーティーを追い出されたDランク冒険者、声を失ったSSランク魔法使い(美少女)を拾う。そして癒される)と設定を共有する作品です。単体でも十分楽しめますが、前作をご覧いただくとより一層お楽しみいただけます。
また三章より、前作キャラクターが多数登場いたします!
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
【モブ魂】~ゲームの下っ端ザコキャラに転生したオレ、知識チートで無双したらハーレムできました~なお、妹は激怒している模様
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
よくゲームとかで敵を回復するうざい敵キャラっているだろ?
――――それ、オレなんだわ……。
昔流行ったゲーム『魔剣伝説』の中で、悪事を働く辺境伯の息子……の取り巻きの一人に転生してしまったオレ。
そんなオレには、病に侵された双子の妹がいた。
妹を死なせないために、オレがとった秘策とは――――。
異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。
Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。
現世で惨めなサラリーマンをしていた……
そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。
その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。
それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。
目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて……
現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に……
特殊な能力が当然のように存在するその世界で……
自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。
俺は俺の出来ること……
彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。
だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。
※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる