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第一章 黒の主、世界に降り立つ
05:理不尽に抗う転生者
しおりを挟む■神間 正邪 日本人 男
■23歳 会社員
人生とは理不尽なものだ。
いくら頑張っても報われないヤツがいる一方で、何もせずに金や地位を得るヤツがいる。
どんなに努力しても、運が良かっただけのヤツが上に立っていたりする。
ただの嫉妬だ。それも分かっている。
でもそんな真実が多すぎるから″理不尽″って言葉があるんだろう。
青信号を待つ交差点で、俺はそんな益体もない事を考えていた。
春が訪れそうな晴れの日。
吐く息はまだ白く、横切る車から流れる風の冷たさに思わずコートの襟を正す。
なんで休日だと言うのにこの寒い中、顔も知らない前会長とやらの葬儀に出なきゃならん。
なんで社員全員参加する必要がある。
なんで平社員の俺が会ったこともない人間に『ご霊前』を出す必要がある。
分かってる。
どうせ「社員なんだから」とか「前会長のおかげで会社があるんだから」とか言われるんだろ。
分かってるから俺だってわざわざ休日に葬儀に出たし、ご霊前だって渡したよ。心にもなく「この度は……」みたいな事言ったよ。
だから少しくらい愚痴ったっていいだろう?
能力もないのに社長の席に自動的について、見栄の為に大掛かりな葬儀を開き、平社員からも金を奪うようなバカがこの世にはいるって事だ。
ああ、人生はかくも理不尽なのか、ってな。
そんな俺の横を一人の少女が通り過ぎる。
赤信号の交差点へと急ぎ足で走っていく。
信号を見てないのか? それとも行けると踏んだのか?
……そうか。
きっと少女も人生の理不尽さについて考えていたんだろう。
なんと世界はままならないものなのだ、と鬱屈していたのだろう。
赤信号ごときに私の歩みを止められてなるものか! 私は自由だ!
そう思っていたに違いない。
だが少女よ。
それは蛮勇というやつだ。
ほら見ろ、トラックが突っ込んで来た。
言わんこっちゃない。
あわれ少女の自由はかくして終わりを迎える。
これに対し俺は眺めるだけだ。
少女を助ける? 無理だし、そんな義理はない。
これは理不尽でもなんでもない。節理だ。正当だ。
来世で頑張れ、少女よ。
グッバイ少女。
ププーーーッ!!
キキーーーッ!!
そしてトラックは少女を避けるようにハンドルを切り―――俺はトラックに突っ込まれ死んだ。
……人生とは理不尽なものだ。
理不尽すぎるだろ!? おい!
■セイヤ・シンマ 基人族 男
■23歳 転生者
気が付けば何もない白い空間に居た。
目の前には光の衣をまとった絶世の美女。
「セイヤ・シンマ。貴方は死にました」
「私はウェヌサリーゼ。創世の女神です。これから貴方を別世界【アイロス】へと転生させます」
何一つ疑問が解消されないまま、この女神とやらの手により俺は改造されていく。
生きながら身体の中身を弄られる拷問。
……いや死んでるらしいけども。
理不尽に次ぐ理不尽に嘆く暇もない。
ともかくそれにより俺は【アイロス】という世界の知識、言語、そしてスキルとやらを手に入れた。
武器も渡されたんだが、俺が希望した銃はダメらしい。
戦闘経験のない俺が扱えそうな武器なんて銃しか考えられなかったが、【アイロス】という世界はどうやら地球で言うところの中世くらいの技術で止まっている。
その後の技術革新もなく、火薬すらない。銃は確かに問題外だろう。
という事で刀になった。真っ黒の刀身の刀。
明らかに『女神さま』が下賜するモノじゃないだろう。せめて白くすればいいのに。
もうこの時点でこの女神が邪神か何かじゃないかと疑問を抱いている。
行動から何から、俺の思っていた『女神さま』のイメージとかけ離れている。見た目は美人だけど。
そして【アイロス】に飛ばされたと思ったらチュートリアルだそうだ。
しかも超実戦方式の。
そんな事より最低限の知識で補完されなかった、現地における情報とかを教えて欲しい。
まあそんな事を聞いたところでこのゴミ女神が悠長に教えてくれるわけもない。
次々に向かって来るゴブリンを倒し、果てはゴブリンキングが率いる巣の壊滅までやらされた。
正直<カスタム>のスキルがなければ死んでいた。二度目の死だ。
この<カスタム>というスキル。
女神が適当に選んだとは言え、あきらかなチートスキルだと思っている。
まず「<カスタム>」と唱えるとカスタムウィンドウなる画面が出る。
そこには【ステータスカスタム】【スキルカスタム】【アイテムカスタム】というタグが並んでいる。
ホーム画面は【ステータスカスタム】に設定されているらしく、俺のステータスがゲームチックに閲覧できる。
例―――
セイヤ・シンマ 基人族
レベル:1
HP :10
MP :5
攻撃 :3
防御 :2
体力 :2
魔力 :1
抵抗 :2
敏捷 :3
器用 :3
運 :2
―――
まぁだいたいこんな感じだ。非常にゲーム染みたステータス管理が為されている世界だと言うことだろう。
この項目とは別に【CP】という表記がある。
ゴブリンを倒せば【CP:1】となり、それをステータスに上乗せできるというのが<カスタム>における【ステータスカスタム】の能力だ。
大事なのは二列目に書かれた表記、『レベル』だ。
そう、つまりこの世界はレベル制なのだ。
魔物を倒し、レベルを上げればステータスは上がる。
俺の場合、それプラス、CPを使うことでステータスをさらに上げる事ができる。
レベルによるステータス上限があるようだが問題ない。
レベル1で攻撃:3、レベル2で攻撃:5というのが通常のレベルアップだとするならば、<カスタム>による底上げをした場合、レベル1でも攻撃:10、レベル2ならば20まで上がる。
つまり、レベルアップによる上昇の何倍も<カスタム>による上昇の方が大きいというわけだ。
おそらく上限値にいくまで経験値よりもCPを稼いだほうが得となる。
弱い魔物でも数さえ稼げばCPは溜まるので、そちらのほうが望ましいだろう。
とまあ、そんな事を考えながら<剣術>スキルを意識してのゴブリン狩りを行い、CPをステータスに振っていった。
考えるべきは、この理不尽な状況で殺されないこと。
ゴミ女神による悪逆非道なチュートリアルを乗り切ること。
刀を振り続け、CPを振り続け、どうにか終わった時には俺の体力が悲鳴を上げていた。
『さて、私の案内はここまでとします。これから貴方は別地方に召喚されます。まずは召喚主の蛙人族を殺しなさい』
自称女神がまた何か言い出した。
チュートリアルが終わるのはいいが、別地方に召喚?
つまり今いるのは同じ【アイロス】でもチュートリアル専用のステージだったってことか。
ここがどこかって質問に無視しまくったのは、これを見越しての事か。
そして蛙人族を殺せと言う。
もらった知識で知っている。確か獣人とか亜人っぽい蛙頭のやつだ。この世界の分類的に同じ『ヒト』のはず。
つまり俺に人殺ししろと。
いや、今までさんざんゴブリンを虐殺してきたから今さら感はあるが、それでも……。
と考える暇もなく、俺は召喚の光に包まれた。
そして景色は森から石造りの部屋へと変わった。
うるさく騒ぐ蛙人族が多眼族を殺し、俺へと向かって来る。
はっきり言ってゴブリンのほうが怖かった。
俺は「女神の指示」という免罪符を持って、蛙人族を殺した。
不思議なものだ。何も感じない。
忌避感も嫌悪感もない。罪悪感も達成感もない。
ゴブリンを殺していた時も思っていたが、俺は人を殺しても何も感じないよう、女神に心を弄られているんじゃないかと疑ってしまう。
もしくは元々俺がそういう人間だったか、だ。
なんとなく後者のような気がする。
誰かを殺しても心に痛痒を感じない人間だったのか、そしてそれを「まあいいか」と楽観する自分に少しの落胆。
この時、俺はこの世界での生き方を決めたのだと思う。
理不尽に対する、力による抵抗。
俺は<カスタム>により得た力をもって、理不尽な輩に鉄槌を下す、と。
部屋を見回せば貫頭衣を着て抱き合っている二人の女性が居た。
四本腕と額の角……多肢族と鬼人族だったか。
とても美人だ。異種族というのが気にならない程美人だ。
この二人を協力者……奴隷にして侍女ハーレムしろってか?
ゴブリン殲滅よりハードル高いわ。
「承知しました。そしてどうぞ私を貴方様の奴隷にして下さい」
と思ったら向こうから奴隷にしてくれと言われた。
奴隷に対する意識の違い? 価値観の違い?
どこか俺がもらった知識や常識と差異があるように感じる。
そういった点を埋める意味でも協力者は必要だ。
そしてそれを理由として、彼女たちを奴隷とする。
我ながら酷い男だ。
建屋を強盗よろしく物色すれば彼女たち用とばかりに侍女服が出て来たのでさっそく着せる。
なんかもうゴミ女神の手のひらって感じだが、それはそれ、これはこれだ。
侍女服が非常に似合うので満足だ。うんうん。
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