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第三章 黒の主、樹界国に立つ
55:予定調和の先にある悪意
しおりを挟む■セイヤ・シンマ 基人族 男
■23歳 転生者
今朝方、【ティサリーン商館】の使いの人が我が家を訪れた。
言われていた奴隷の準備が出来ましたのでお時間ある時にでもお越し下さい、と。
……俺は何も言ってないけどな!
「おお、仕事が早いのう。入荷してから準備するまでもう少しかかると思ったが」
「お前は一体何を見たんだ、フロロ」
「ふふっ、ご主人様を占っただけだよ。たまたま近くにあった″縁″が見えたに過ぎん」
おのれぃ! もう占い師とか言うのやめて扇動者とかになれば良いと思う。
とまぁそんな事を思いつつ、使用人を増やすのに是非はなし。
ジイナも結局は家事をやるより鍛治をやる専門みたいになっちゃったからな。
そんなわけで前回と同じくエメリー、ミーティア、フロロを連れて行ってみた。
「あらあらあら、お早いお付きですわね。応接室へどうぞ」
マダム・ティサリーンはこちらを見るなりそう案内する。
その予定調和感やめろ。マダムがよりマダムっぽく見える。
いや、既婚者か知らないけども。
「こちらでお待ちになって下さい。ご要望の娘を連れて参りますわ~」
要望を伝えてないって言ってるだろうが!
予定調和感やめろって! ヘイ、マダム、ヘイ!
……とは言え少し楽しみにしているのも事実。
フロロがすでに知っててティサリーンさんが「この娘なら俺に合う」と選んでくれた娘のはずだ。
レア確定ガチャか、と。
いやガチャ扱いはさすがに酷いな。奴隷と言えども。
そんな益体もない事を考えること少し、部屋の扉が開いた。
ティサリーンさんに連れられて入ってきたのは一人の少女。
これまた小さい、ティナと同じくらい小さい。
ジイナと言い、俺は幼女趣味に見えるのだろうか。
後ろに控えた三名が真逆なんだが。
陰鬱とした表情はいかにも奴隷っぽいが顔は整ってる。目がクリッとしてて大きい。
髪の毛はオレンジのマッシュルームカットに、二つのシニョンを付けて……
……ん?
これ、マッシュルームカットじゃないな。
髪の毛じゃなくて、マジのキノコか!?
髪の毛に見せかけた、マジ・マッシュルームか!?
つまりは―――
「菌人族か?」
「あらあらあら、希少な種族をよくご存じで」
ゴミ女神に植え付けられた知識で、一応存在だけは知っている。
たしか樹界国に小さな集落を持つ種族。
基人族より数が少なく、竜人族と同じくらい希少だったと思う。
まぁ基人族も絶滅危惧種みたいなもんなんだが。
ちらりと後ろのミーティアを見る。
侍女として姿勢を崩すことはないが、表情は険しい。
ミーティアは元『神樹の巫女』であり、民の上に立つ存在。
そして菌人族は自国の民だ。
奴隷となった事に思うところはあるはず。
ちらりとフロロも見る。
目で訴えて来る。「この娘だ」と。
そうか……。
「菌人族のポルと申しまして、年齢は十五になります」
十五!? 十歳くらいかと思った! ……デジャブかな?
ホントこの世界の種族は見た目詐欺が多いな。
「家事はもちろんの事、読み書きと農作業も出来ます。戦闘経験はありませんが迷宮に入ることも了承済み。種族的に土魔法と水魔法の適正がありますわ。もちろん適正はあっても経験はないので攻撃魔法など使ったことがないそうですが」
土はフロロが使えるけど、水魔法はありがたいな。
ツェンが水魔法使えるっぽいけどあいつ魔法使ったの見た事ないし。
ティサリーンさんがチラリとミーティアを見て言う。
「言うまでもないかもしれませんが菌人族は集落の特産としてキノコの栽培を行っております。キノコ栽培は菌人族の専売特許のようなもので、それゆえ貴重。もし育てられる環境があればポルが育てる事も可能です」
まじか! それはいいな!
いやぁこの世界のキノコ高いんだよ。
そりゃ魔物がいる森の中で、魔物に喰われてないキノコを探すんだから大変だとは思ってたけど、栽培できる種族がいるとは!
しかし俺が浮かれる一方で、ティサリーンさんは沈痛な表情を見せた。
またもチラリとミーティアを見て続ける。
「ポルは口減らしで奴隷となった娘です。菌人族の集落は今、重税により危機的状況になっているそうです」
「そんなっ!」
思わずミーティアが声を上げた。
侍女にあるまじき行為。
でもそれを誰も咎めることは出来ない。
「フロロ様から言われた三日後、この商館へとやって来たのがポルです。何か理由があるのかと事情を聞きました。そこで樹界国の話を聞いた時、なるほどと思ったのです。この娘はセイヤ様に会わせなければならない。そして……ミーティア様に会わせなければならないと」
「ミ、ミーティア様!?」
そこで初めてポルの目が見開かれた。
今まで俯いていた暗い表情が一転、ミーティアを見つめた。
おそらくミーティアの姿など見たことがないだろう。
ましてや今のミーティアは『日陰の樹人』だ。
名前に聞く『神樹の巫女』と目の前の罪人が同じ人物だとは思えなかったはず。
そして今、それが合致した。
ポルの目に大粒の涙が浮かぶ。
ティサリーンさんはミーティアの存在に気付いていた。
そしてそれを今示した。
俺はフロロを見る。
「こうなるのが分かってたのか?」
「いや、我が知っていたのはご主人様と森の民が近々出会うという運命だけだ。それが菌人族で、それがポルで、この場にミーティアが居るのも偶然に過ぎん」
我にも見えん運命かもしれんがな、とフロロは続けた。
運命神ね。理不尽な目に会うヤツを放っておいて「出会うからよろしくね」か?
この世界の神はどいつもこいつも碌なのが居ない。
創世のゴミ女神を筆頭にな。
ともかく俺に出来るのは一つだけだ。
「ティサリーンさん、買うので契約を」
「承知しましたわ」
どこまで出来るか分かんないけど、目の前にある″理不尽″には″抵抗″しなきゃならん。
その為の<カスタム>だからな。
せめてミーティアとポルを笑わせるくらいしてやらないと。
―――主人として。
■デゾット 樹人族 男
■388歳 【宵闇の森】幹部
「やはり来たぞ。ミーティアを早く殺せとさ」
分かりきっていた拠点からの指示。
部屋に集まった連中が引き締まるのを感じる。
つい先日、迷宮内での殺しがバレたばかりだ。
狙った獲物を殺し損ねるという大失態。
幸い誰が狙ったのかはバレてねえが、ヘマしたやつは始末した。
【宵闇の森】が素性を知られるわけにはいかない。
目的も知られるわけにはいかない。
俺達は闇に潜むから【宵闇の森】なんだ。
そこへ来て標的の指定。
これで引き締まらないやつなんて居ない。
狙う相手が厄介なのだから尚更だ。
「どう殺る? 屋敷を攻めるのは下策だろう。やはり迷宮か」
「しかしやつら、最近はローテーションでパーティー組んでやがる。ミーティアが早々潜る機会など……」
「もとより【黒屋敷】の人数が多すぎるのだ。ミーティア以外の【黒屋敷】のやつらを順に殺していけば、おのずとミーティアを殺りやすくなる」
「ミーティアに限らず連中だったら誰でもって事か?」
「ミーティアに自分が標的だと悟られない為には有効だが……」
「いや、標的は一つに絞るべきだ。クランを全滅させるなど馬鹿げてる。足がつくだけだ」
「迷宮で一人だけを殺すのが難しいなどお前も知っているだろう? どちらにせよ六人を殺す前提でいかなければならん」
「だったら―――」
今、組合の中で一番厄介なクラン。
その実力が計れず、謎に包まれた強者。
調べるのも困難で、調べる時間もないと来た。
さて、どうするか。
活発な議論を余所に、俺は目をつむって巡らせていた。
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