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第四章 黒の主、オークション会場に立つ
83:新人侍女の憂鬱
しおりを挟む■アネモネ 多眼族 女
■17歳 セイヤの奴隷
死ぬべき私を生かす存在。『女神の使徒』であるご主人様。
何度死のうと試みても死ねなかったのは、ご主人様に仕える為だったのだろうと、今ならば思える。
私風情がお傍に付くのもいかがなものかとは思うが、どうにか役立ちたいとそう思えるのだ。
ところがご主人様は私のそんな思いを振り払うが如く、色々と規格外な面を次々に見せてくる。
私が「何とかお傍に」と意気込んでも「お前ごときが烏滸がましい」と突き放される感覚。
ふふふ……やはり神は死ねと言うのか……いやしかし……。
ともかく自分の常識に囚われていると、痛いしっぺ返しをくらう。
あまりに常識とかけ離れていて、驚きショックを受けるたびに「本当にお傍に居られるのか」「私はやっていけるのか」「遠まわしに死ねと言われているのでは」と思ってしまう。
奴隷商館で契約した際にも散々驚かされたはずだが、お屋敷に行って、さらに驚きの連続となった。
私と同じく買われたウェルシアさんも同じように驚いている。
なんかすごく仲間意識を感じる。
……いや、私なんかが仲間なんて不敬ですよね、すいません。
ともかく、私の実家以上に大きなお屋敷だし、その中の設備もとんでもない。
実家は大店の商家だったが、確実にそれより裕福だ。
自室のベッドはふかふかだし、いや、それ以前に私なんぞが広い一人部屋なんて許されざるだろう。
中でも驚いたのがお風呂とトイレだ。
これはもう王侯貴族以上なのは確実。
まぁ『女神の使徒』が王侯貴族以上なのは当然だろうけど。
それを私ごときが使わせてもらうというのがおかしな話でして、ふふふ……。
食事にしてもやはりと言うべきか、規格外の美味しさで驚く。
私もウェルシアさんも、それなりに美味しいものを食べてきた経験がある。
にも関わらず、驚くほどの美味しさの未知の食事。
私なんぞ残飯でもいいと言うのに。
いや、このレベルの料理の残飯ならばむしろご褒美……ふふふ……。
これから奴隷として侍女として働くにあたり、このレベルの料理を作らなければならないのかと少し不安になる。
これで不味いものを作ろうものならば、私は投げ捨てられるだろう。
「せめてお片付けくらいはお手伝いさせて頂きたいですわ」
ウェルシアさんは貪欲にこの非常識な空間に馴染もうとしている。
なんて眩しい人だ。
一緒に買われたというのに私ごときとは器が違う。
「今日は歓迎会も兼ねているので明日からでも結構ですよ? 色々とお疲れでしょうし」
侍女長のエメリーさんはそう言う。
しかし奴隷として買われた以上、持て成されるわけにはいかないとウェルシアさんは食い下がった。
私も追従する。
私なんぞに出来ることは限られているだろうけど、やらないわけにはいかない。
そして片付けるだけのつもりで入った調理場でまた驚かされる。
えっ、これをひねると水が? 魔道具ですか?
これ竈ですか? 薪はどこに入れれば……ああ、これも魔道具ですか?
窯が……えっ、あのパン自家製なんですか? ヒイノさんが?
こっちは……寒っ! 氷室!? こんな魔道具存在するんですか!?
明日から料理をお手伝いする自信がありません。
ウェルシアさん、一緒にがんばりましょうね。
「なるほど、ここで火力の調節が……」
ど、貪欲ですね……。
やはり私なんぞとは器が違う。
出来損ないで馴染めない私は、ただ一人、追い出される運命に……。
「エメリーさんお皿を持ってうわああっっっとぉ!!!」
「私も持ってきたのでsうわああっっとぉ!!!」
「ドルチェ、ポル、貴女たちは大人しくしていなさい」
「「はい……」」
おお、お仲間に入れそうです。
■ウェルシア・ベルトチーネ 導珠族 女
■70歳 セイヤの奴隷
ご主人様には驚かされることばかりです。
転生者であり『女神の使徒』様なのですからそれは当然なのかもしれませんが。
色々とわたくしの常識を無理やりこじ開けてくる展開に驚き疲れてしまいます。
理解しがたい事は多々ありますが、何といっても<カスタム>というスキルに集約されるでしょう。
種族的に弱いのに力を得ているのも、Aランククランとして稼いでいるのも、お屋敷の設備が異常なのも、大概はご主人様の<カスタム>に行きつきます。
わたくしの事情を知っているご主人様は、わたくしを<カスタム>で強くすると仰いました。
迷宮に潜り、経験を積み、そして仇たる【天庸】と当たった時に戦う為。
つまり、わたくしが<カスタム>を理解する事が最優先課題です。
その上で、ステータスやレベルといった事を最初に習いました。
わたくしは今まで「人の強さ」というものを漠然と捉えてきました。
戦いを多く経験すればそれを糧として強くなる。魔法を多く行使すれば強い魔法が使えると。
おそらく世界の全ての人がそう思っているのではないでしょうか。
ご主人様のように『項目』と『数字』で強さを見ることなど出来ないのですから。
だからこそ驚きはしたのですが、同時にこんなにも明確に、そして簡素化されて強さが表れるものなのかと感動したのです。
わたくし自身のステータスも見せて頂きました。
レベルは1、戦いの経験がないのですから当然です。
そしてやはり【魔力】の値が高いようです。
同じように魔法が得意な種族と言われる多眼族のアネモネさんと比べても、若干わたくしの方が【魔力】が高く、代わりに【敏捷】【器用】といった値が低い。
これは種族差の場合もあるし、個人差の場合もあるそうです。
何にせよ、わたくしもアネモネさんも魔法主体の戦い方になるだろうと。
だから集団戦闘時の戦い方はサリュさんかフロロさんに聞くべきだと言われました。
「もっと言えば、アネモネは基本的に<魔法陣看破>による罠の警戒が第一。雑魚敵に関しては<闇の弾>とかでもいいし、強敵相手ならデバフが主体になるだろうな」
「……はい」
「ウェルシアはそれこそフロロのように攻撃魔法が主体だ。バフ系の魔法もあるが、うちの場合、よほどの強敵相手じゃなければバフを使うまでもなく倒せると思うから、だったら攻撃魔法オンリーで考えるべきだ」
「はい」
「どちらも第一に【魔力】、次いで【器用】【体力】を上げる。その他は考えて話し合いながらだな」
となりました。
アネモネさん、よく分かってないみたいですけど大丈夫でしょうか……。
わたくしが理解しづらかったのは【器用】です。
ご主人様はこの項目を重要視しているようですが、これを上げることで強くなるとは思えませんでした。
【魔力】【MP】【防御】【体力】この辺りが重要だと思うのですが……。
「俺のイメージとこれまでの経験も合わせての事だけどな、【器用】を上げるメリットは大きく二つ。一つは『動きと考え方がスムーズになる』という事」
「動きと考え方……ですか」
「どう動けばいいか、思考速度が上がり、身体はそれに対して動きやすくなる。つまりざっくり言えば『戦闘が上手になる』って事だな。まぁ家事とかにも活かせるらしいが」
確かに【攻撃】や【魔力】を上げても戦闘時に身体も頭も働かないのでは弱いままでしょう。
なるほど、と納得しました。
「もう一つが『スキルを覚えやすい』ってことだな。【器用】を上げた途端にスキルが生えた連中もいる。【器用】が高い状態で何かのスキルを習得しようと励んだ結果、短期間で習得できる事もある。いい例が器用特化のエメリーなんだが、まぁ……エメリーは特殊だから真似できないと思うが」
ちらりと見ると、エメリーさんは「侍女ならば当然です」という顔をしています。
ご主人様がこう仰るくらいですから、エメリーさんもまた異常なのでしょう。
しかしスキル習得も【器用】が鍵だとは……。
スキルの有用性は誰もが知っている事。
ならば【器用】は上げるべきなのでしょう。
聞いておいて良かった。わたくしが強くなる指針が見えた気がします。
その後、侍女教育をエメリーさんからして頂きつつ、戦闘に関する事はイブキさんやフロロさんに教わります。
戦闘時のリーダーはイブキさんなので教わる事も多いのですが、わたくしやアネモネさんの場合、魔法が主体なのでフロロさんに教わる事も多いのです。
アネモネさんは罠の対処もあるのでネネさんにも教わっていますが。
しかしフロロさんは開口一番、こう仰います。
「<カスタム>で上げるべきは【魔力】でも【器用】でもない! まずは【体力】だ!」
そ、それはご主人様のお考えとも、わたくしの考えとも違うのですが……。
「今は分からずとも良い。だが迷宮に潜った後、汝らは悟るであろう。我の言葉が正しかったとな」
星面族の占い師であるフロロさんにそう言われると少し怖い気になります。
そして数日後、フロロさんの言葉は正しかったと理解させられました。
まさか迷宮をあんなに走るはめになるとは……何ですかマラソンって……。
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