101 / 421
第四章 黒の主、オークション会場に立つ
98:【急募】常識人枠のできる方
しおりを挟む■ジイナ 鉱人族 女
■19歳 セイヤの奴隷
「ああ、何て素晴らしい……この握り、この重さ、黄色く輝く魔石に合わせるように彩られた装飾、そして複雑な術式。非の打ちどころがない完璧な槌だ。もはや芸術。いくら私の<鍛治>スキルを<カスタム>で最大強化してもらったとは言えこれほどの物が果たして打てるだろうか。いや打てない。そもそも錬金術師でないと―――」
昨日、ご主人様からオークションの戦利品として【鉱砕の魔法槌】を下賜された。
前日にカタログを見ながら相談している時から私が気になっていたものだ。
しかしいくらなんでも私なんかに【魔法槌】は無理だろうと諦めていたのだ。
【魔剣イフリート】や【魔法レイピア】【聖杖】を狙うというのは聞いていた。
戦闘メンバーとは言え、侍女であり奴隷である私たちにそんなものを買い与えるというのも驚いたが、私としてはその三種をこの目で見る事が出来るかもしれないと、ただそれだけを期待していたのだ。
ご主人様は無理してでも手に入れると意気込んでいた。
私はそこで予算を使うが故に、他に大層な武器は買えないだろうと高をくくっていた。
しかし蓋を開ければ、私にも【魔法槌】だ。
これを喜ばないはずがない。
ご主人様からは「抱いて寝るの禁止」と言われたので奴隷として従わないわけにはいかない。
だから昨晩から極力寝ないようにしている。
いくら見ても、何度持っても良いものは良いのだ。
今、私の手に【魔法槌】がある。それを実感するだけで幸せなのだ。
この手触り、匂い、味、これは夢幻ではない。現実として私の手にあるのだ。
「ジイナ、ちょっと頼m……何をしているのです?」
「うわっ! エメリーさんっ!?」
しまった! ペロペロしている所を見られた!
しかも侍女長様に!
「はぁ……ノックをしても返事がない。しかし声は聞こえる。まさかと思って開けてみれば、ジイナ、貴女は……」
「あの、いえ、これはですね、違うんです、か、鍛治の一環でですね」
「まぁ良いです。見なかったことにしましょう」
「うぅ……」
すっごい呆れた顔されてる……。
恥ずかしい……もう自重しよう……。
「それでジイナに頼みがあって来たのです」
「な、なんでしょう、鍛治ですか?」
「ええ。明日からの迷宮探索に備えて私たちは買い出しや料理の作りだめをするのですが、貴女には作って貰いたいものがあるのです」
そうだ、明日からは私も迷宮探索に入るんだ。
そこで初めてこの【鉱砕の魔法槌】に魔力を込めることが……
いやいや、我慢だ! 今はエメリーさんに集中しなければ!
「ご主人様から<投擲>スキルを下賜されたので投げナイフを十本ほど」
「ああ、なるほど。出来ますが店売りでなくてよろしいのですか? 私のもので」
「ええ、まだミスリル鉱石は残っていますし、店売りだと強度が足りないかもしれませんので」
エメリーさんもイブキさんとかまではいかなくても【攻撃】に<カスタム>されているはずだ。
確かに鋼程度では物足りないかもしれない。
私の<鍛治>スキルなら一日でミスリルナイフを十本打つのも可能だ。
「それと、これはご主人様が言われていたのですが、ポルの杖に鍬の刃が付けられないかと」
「は? 杖に鍬の刃……ですか?」
どうやら、鍬を持たせたままポルさんに魔法を使わせたいらしい。
単純に刃を付けるだけなら可能かもしれないが……。
「そうなると鍬の柄が杖の木になりますよ? 【攻撃】に<カスタム>されたポルさんがそれで攻撃した場合、柄が折れると思います。かといって柄までミスリルにすると杖の役割を果たしませんし……いや、杖でなくてメイス状にすれば……でもそうなると触媒としての機能が……」
「やはり無理そうですか」
「うーん、考えうるのは鍬の刃をつけたメイスですけど、メイスは打撃武器じゃないですか。杖より不足する触媒性能をあの形状で補っている部分もあるんですよ。鍬のように細い柄にするとそれが崩れて魔法の威力が落ちます。かと言って形状を残すと鍬の刃が意味を成しません。どっちつかずになるので私は止めた方がいいと思います」
「ですね。では大人しく店売りのアミュレットにしましょうか」
うん。アミュレットなら鍬を持ったまま魔法も撃てるだろう。
まぁ杖以上にアミュレットはピンキリだから、それこそオークションで落とした【炎のアミュレットリング】みたいに高性能とはいかないだろうが。
店売りで一番高いものにして、今のポルさんの杖の性能に届くかどうか、という所か。
難しいな。しかし鍛冶師としてはそそられる問題でもある。
なにせ鍬を武器にするっていう事自体が前代未聞。
ただの農工具を武器としてどう昇華させるかというのは悩ましくも面白い。
色々と落ち着いたら研究してみてもいいかもしれないな。
「ではポルの件はそれでいいとして、明日までにナイフはお願いします」
「分かりました」
「それと時間があれば色々と作ってもらいたいのですが」
えっ、明日までにミスリルナイフを十本。
それ以外にも何かを作ると?
そうしてエメリーさんが依頼してきたもの。『色々』の内容が濃すぎる。
こ、これ明日までですか?
さすがに全部はちょっと……。
……え、さっきのは見なかったことにする?
…………。
ア、アハハー! だ、大丈夫ですよ! 任せてください!
ええ、絶対に明日までに作って見せますよ! ラクショーですよ、ラクショー! アハハー!
■ヒイノ 兎人族 女
■30歳 セイヤの奴隷 ティナの母親
「お母さん、見て見てー! 魔法のレイピアだって! えへへ~」
「ほら、お部屋で武器を振り回しちゃダメでしょ?」
「はぁーい……でも見て、この緑の石がすごく綺麗なの!」
全くこの娘は。
今日、オークションの戦利品といってご主人様から渡されてからずっとこの調子です。
魔力を込めると風魔法が出て危ないと言われたのに、離そうとしません。
このままだと本当に寝る時まで持っていそうで怖いですね。
ご主人様もご主人様で、ティナを甘やかしすぎです。
最初に剣を与えるまでは良かったんです。
ティナも望みましたし、私たちは自衛の為に戦う事を強いられていた立場ですから。
八歳の娘が剣を持つことに抵抗はありましたが、あの状況では仕方なかったと思います。
しかし、それからすぐにミスリルレイピアを与え、今度は【魔法剣】ですよ?
【風撃の魔法レイピア】でしたっけ。
こんなもの普通のAランク組合員でも持てないような代物です。
それをティナに与えるなんて、さすがに分不相応だと思います。
ティナはその価値も分からずにただ喜んでいるだけです。
それ一本で私の店が買えるんですよ?
さすがに言いませんけど。
その日ははしゃぎすぎたのか、ティナはいつもより早く寝てしまいました。
もちろん、寝た瞬間に剣は取り上げました。
これは私のマジックバッグに入れておきましょう。
抱き枕じゃないんですから、武器ですよ、武器。
ご主人様はイブキさんやジイナちゃんに「抱いて寝るな」と言っていましたが、まさか本当に抱き枕にしてはいないでしょう。
さすがにそんな事はしないはずです。
翌日、ティナが剣を探して慌てている声で目が覚めました。
マジックバッグから出してあげたら「とらないで!」って怒り出したので、怒り返しました。
「ご主人様から言われたでしょう、抱いたまま寝ちゃいけませんって! 言う事聞けないと今度はご主人様に取り上げられるわよ!? ちゃんと言いつけを守りなさい!」
「うぅぅ……はぁい」
聞き分けはいいのですけどね。
よく考えずに感情の赴くまま突っ走るところがあります。
まだ幼いからしょうがないのかもしれませんが、店で手伝いをしている時などはここまでではなかったんですがね。
むしろ今の方がどこか子供っぽさが出てきた感があります。
それを喜ばしいと見るのか、間違っていると見るのか。
苦労をさせた分、子供っぽいティナを見るのを嬉しくも思うのですが。
思えば、ここまで感情を出すようになったのはツェンさんが来たくらいからでしょうか。
迷宮に潜り、共に庭で訓練し、そうしているうちに感化されたのでしょうか。
ツェンさんも何と言うか、子供っぽいところがあると言うか……たしか三百歳越えてるらしいですけど。
……あまり考えるのは止めておきましょう。
それはそうと、明日からは皆さんで迷宮探索だそうです。
今日一日はその準備に当てるそうです。
全員で十五人ですか。
以前に全員で二階層に行った時はまだ十人だったんですよね。
しかも五人、五人で分かれていましたし。
あの時はタイラントクイーンと戦うとあって、とても怖かったのを思い出します。
私は数日分のパンを作りだめしなければなりません。
一応念の為十五日分、それが十五人前。とんでもない量ですね。
ポルちゃんの酵母に助けられています。本当に出来上がりが早いですからね。
しかも私の実家の秘伝エキスより美味しいという……何かすごい敗北感があります。
ともあれ、助かるのは事実。
どんどん生地を作って焼いていきましょう。
ああ、この窯も本当に素晴らしい……。
「お母さーん! 焼き上がったパンどこに置くのー?」
「ご主人様が帰ってきたら<インベントリ>に入れて頂くから食堂のテーブルに置いておいてー」
「分かったー」
ティナも料理のお手伝いをしています。
料理班はエメリーさん、フロロさん、サリュちゃん、ドルチェちゃんです。
ドルチェちゃんはそそっかしいですけど、一応料理の補助は出来るので助かってます。
ミーティアさんは買い出し班です。あの人をキッチンに立たせてはいけません。
「えへへ~、みんなで迷宮行くの楽しみだね~」
「そうね。でも無茶しちゃダメよ? ティナは魔物を見るとすぐ突っ込んじゃうから」
「三階層ってどんなとこかな~。魔物強いのかな~」
「もう、この娘は」
ピクニックじゃないんですけどね。
でもまぁティナが楽しそうな顔をしてくれると私も嬉しくなってしまいます。
私はティナを守らないと。
左手につけた【守護の腕輪】を見て、改めてそう思いました。
11
あなたにおすすめの小説
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
最強賢者の最強メイド~主人もメイドもこの世界に敵がいないようです~
津ヶ谷
ファンタジー
綾瀬樹、都内の私立高校に通う高校二年生だった。
ある日、樹は交通事故で命を落としてしまう。
目覚めた樹の前に現れたのは神を名乗る人物だった。
その神により、チートな力を与えられた樹は異世界へと転生することになる。
その世界での樹の功績は認められ、ほんの数ヶ月で最強賢者として名前が広がりつつあった。
そこで、褒美として、王都に拠点となる屋敷をもらい、執事とメイドを派遣してもらうことになるのだが、このメイドも実は元世界最強だったのだ。
これは、世界最強賢者の樹と世界最強メイドのアリアの異世界英雄譚。
異世界帰りの英雄は理不尽な現代でそこそこ無双する〜やりすぎはいかんよ、やりすぎは〜
mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
<これからは「週一投稿(できれば毎週土曜日9:00)」または「不定期投稿」となります>
「異世界から元の世界に戻るとレベルはリセットされる」⋯⋯そう女神に告げられるも「それでも元の世界で自分の人生を取り戻したい」と言って一から出直すつもりで元の世界に戻った結城タケル。
死ぬ前の時間軸——5年前の高校2年生の、あの事故現場に戻ったタケル。そこはダンジョンのある現代。タケルはダンジョン探索者《シーカー》になるべくダンジョン養成講座を受け、初心者養成ダンジョンに入る。
レベル1ではスライム1匹にさえ苦戦するという貧弱さであるにも関わらず、最悪なことに2匹のゴブリンに遭遇するタケル。
絶望の中、タケルは「どうにかしなければ⋯⋯」と必死の中、ステータスをおもむろに開く。それはただの悪あがきのようなものだったが、
「え?、何だ⋯⋯これ?」
これは、異世界に転移し魔王を倒した勇者が、ダンジョンのある現代に戻っていろいろとやらかしていく物語である。
【状態異常耐性】を手に入れたがパーティーを追い出されたEランク冒険者、危険度SSアルラウネ(美少女)と出会う。そして幸せになる。
シトラス=ライス
ファンタジー
万年Eランクで弓使いの冒険者【クルス】には目標があった。
十数年かけてため込んだ魔力を使って課題魔法を獲得し、冒険者ランクを上げたかったのだ。
そんな大事な魔力を、心優しいクルスは仲間の危機を救うべく"状態異常耐性"として使ってしまう。
おかげで辛くも勝利を収めたが、リーダーの魔法剣士はあろうことか、命の恩人である彼を、嫉妬が原因でパーティーから追放してしまう。
夢も、魔力も、そしてパーティーで唯一慕ってくれていた“魔法使いの後輩の少女”とも引き離され、何もかもをも失ったクルス。
彼は失意を酩酊でごまかし、死を覚悟して禁断の樹海へ足を踏み入れる。そしてそこで彼を待ち受けていたのは、
「獲物、来ましたね……?」
下半身はグロテスクな植物だが、上半身は女神のように美しい危険度SSの魔物:【アルラウネ】
アルラウネとの出会いと、手にした"状態異常耐性"の力が、Eランク冒険者クルスを新しい人生へ導いて行く。
*前作DSS(*パーティーを追い出されたDランク冒険者、声を失ったSSランク魔法使い(美少女)を拾う。そして癒される)と設定を共有する作品です。単体でも十分楽しめますが、前作をご覧いただくとより一層お楽しみいただけます。
また三章より、前作キャラクターが多数登場いたします!
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
【モブ魂】~ゲームの下っ端ザコキャラに転生したオレ、知識チートで無双したらハーレムできました~なお、妹は激怒している模様
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
よくゲームとかで敵を回復するうざい敵キャラっているだろ?
――――それ、オレなんだわ……。
昔流行ったゲーム『魔剣伝説』の中で、悪事を働く辺境伯の息子……の取り巻きの一人に転生してしまったオレ。
そんなオレには、病に侵された双子の妹がいた。
妹を死なせないために、オレがとった秘策とは――――。
異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。
Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。
現世で惨めなサラリーマンをしていた……
そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。
その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。
それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。
目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて……
現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に……
特殊な能力が当然のように存在するその世界で……
自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。
俺は俺の出来ること……
彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。
だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。
※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる