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第四章 黒の主、オークション会場に立つ
98:【急募】常識人枠のできる方
しおりを挟む■ジイナ 鉱人族 女
■19歳 セイヤの奴隷
「ああ、何て素晴らしい……この握り、この重さ、黄色く輝く魔石に合わせるように彩られた装飾、そして複雑な術式。非の打ちどころがない完璧な槌だ。もはや芸術。いくら私の<鍛治>スキルを<カスタム>で最大強化してもらったとは言えこれほどの物が果たして打てるだろうか。いや打てない。そもそも錬金術師でないと―――」
昨日、ご主人様からオークションの戦利品として【鉱砕の魔法槌】を下賜された。
前日にカタログを見ながら相談している時から私が気になっていたものだ。
しかしいくらなんでも私なんかに【魔法槌】は無理だろうと諦めていたのだ。
【魔剣イフリート】や【魔法レイピア】【聖杖】を狙うというのは聞いていた。
戦闘メンバーとは言え、侍女であり奴隷である私たちにそんなものを買い与えるというのも驚いたが、私としてはその三種をこの目で見る事が出来るかもしれないと、ただそれだけを期待していたのだ。
ご主人様は無理してでも手に入れると意気込んでいた。
私はそこで予算を使うが故に、他に大層な武器は買えないだろうと高をくくっていた。
しかし蓋を開ければ、私にも【魔法槌】だ。
これを喜ばないはずがない。
ご主人様からは「抱いて寝るの禁止」と言われたので奴隷として従わないわけにはいかない。
だから昨晩から極力寝ないようにしている。
いくら見ても、何度持っても良いものは良いのだ。
今、私の手に【魔法槌】がある。それを実感するだけで幸せなのだ。
この手触り、匂い、味、これは夢幻ではない。現実として私の手にあるのだ。
「ジイナ、ちょっと頼m……何をしているのです?」
「うわっ! エメリーさんっ!?」
しまった! ペロペロしている所を見られた!
しかも侍女長様に!
「はぁ……ノックをしても返事がない。しかし声は聞こえる。まさかと思って開けてみれば、ジイナ、貴女は……」
「あの、いえ、これはですね、違うんです、か、鍛治の一環でですね」
「まぁ良いです。見なかったことにしましょう」
「うぅ……」
すっごい呆れた顔されてる……。
恥ずかしい……もう自重しよう……。
「それでジイナに頼みがあって来たのです」
「な、なんでしょう、鍛治ですか?」
「ええ。明日からの迷宮探索に備えて私たちは買い出しや料理の作りだめをするのですが、貴女には作って貰いたいものがあるのです」
そうだ、明日からは私も迷宮探索に入るんだ。
そこで初めてこの【鉱砕の魔法槌】に魔力を込めることが……
いやいや、我慢だ! 今はエメリーさんに集中しなければ!
「ご主人様から<投擲>スキルを下賜されたので投げナイフを十本ほど」
「ああ、なるほど。出来ますが店売りでなくてよろしいのですか? 私のもので」
「ええ、まだミスリル鉱石は残っていますし、店売りだと強度が足りないかもしれませんので」
エメリーさんもイブキさんとかまではいかなくても【攻撃】に<カスタム>されているはずだ。
確かに鋼程度では物足りないかもしれない。
私の<鍛治>スキルなら一日でミスリルナイフを十本打つのも可能だ。
「それと、これはご主人様が言われていたのですが、ポルの杖に鍬の刃が付けられないかと」
「は? 杖に鍬の刃……ですか?」
どうやら、鍬を持たせたままポルさんに魔法を使わせたいらしい。
単純に刃を付けるだけなら可能かもしれないが……。
「そうなると鍬の柄が杖の木になりますよ? 【攻撃】に<カスタム>されたポルさんがそれで攻撃した場合、柄が折れると思います。かといって柄までミスリルにすると杖の役割を果たしませんし……いや、杖でなくてメイス状にすれば……でもそうなると触媒としての機能が……」
「やはり無理そうですか」
「うーん、考えうるのは鍬の刃をつけたメイスですけど、メイスは打撃武器じゃないですか。杖より不足する触媒性能をあの形状で補っている部分もあるんですよ。鍬のように細い柄にするとそれが崩れて魔法の威力が落ちます。かと言って形状を残すと鍬の刃が意味を成しません。どっちつかずになるので私は止めた方がいいと思います」
「ですね。では大人しく店売りのアミュレットにしましょうか」
うん。アミュレットなら鍬を持ったまま魔法も撃てるだろう。
まぁ杖以上にアミュレットはピンキリだから、それこそオークションで落とした【炎のアミュレットリング】みたいに高性能とはいかないだろうが。
店売りで一番高いものにして、今のポルさんの杖の性能に届くかどうか、という所か。
難しいな。しかし鍛冶師としてはそそられる問題でもある。
なにせ鍬を武器にするっていう事自体が前代未聞。
ただの農工具を武器としてどう昇華させるかというのは悩ましくも面白い。
色々と落ち着いたら研究してみてもいいかもしれないな。
「ではポルの件はそれでいいとして、明日までにナイフはお願いします」
「分かりました」
「それと時間があれば色々と作ってもらいたいのですが」
えっ、明日までにミスリルナイフを十本。
それ以外にも何かを作ると?
そうしてエメリーさんが依頼してきたもの。『色々』の内容が濃すぎる。
こ、これ明日までですか?
さすがに全部はちょっと……。
……え、さっきのは見なかったことにする?
…………。
ア、アハハー! だ、大丈夫ですよ! 任せてください!
ええ、絶対に明日までに作って見せますよ! ラクショーですよ、ラクショー! アハハー!
■ヒイノ 兎人族 女
■30歳 セイヤの奴隷 ティナの母親
「お母さん、見て見てー! 魔法のレイピアだって! えへへ~」
「ほら、お部屋で武器を振り回しちゃダメでしょ?」
「はぁーい……でも見て、この緑の石がすごく綺麗なの!」
全くこの娘は。
今日、オークションの戦利品といってご主人様から渡されてからずっとこの調子です。
魔力を込めると風魔法が出て危ないと言われたのに、離そうとしません。
このままだと本当に寝る時まで持っていそうで怖いですね。
ご主人様もご主人様で、ティナを甘やかしすぎです。
最初に剣を与えるまでは良かったんです。
ティナも望みましたし、私たちは自衛の為に戦う事を強いられていた立場ですから。
八歳の娘が剣を持つことに抵抗はありましたが、あの状況では仕方なかったと思います。
しかし、それからすぐにミスリルレイピアを与え、今度は【魔法剣】ですよ?
【風撃の魔法レイピア】でしたっけ。
こんなもの普通のAランク組合員でも持てないような代物です。
それをティナに与えるなんて、さすがに分不相応だと思います。
ティナはその価値も分からずにただ喜んでいるだけです。
それ一本で私の店が買えるんですよ?
さすがに言いませんけど。
その日ははしゃぎすぎたのか、ティナはいつもより早く寝てしまいました。
もちろん、寝た瞬間に剣は取り上げました。
これは私のマジックバッグに入れておきましょう。
抱き枕じゃないんですから、武器ですよ、武器。
ご主人様はイブキさんやジイナちゃんに「抱いて寝るな」と言っていましたが、まさか本当に抱き枕にしてはいないでしょう。
さすがにそんな事はしないはずです。
翌日、ティナが剣を探して慌てている声で目が覚めました。
マジックバッグから出してあげたら「とらないで!」って怒り出したので、怒り返しました。
「ご主人様から言われたでしょう、抱いたまま寝ちゃいけませんって! 言う事聞けないと今度はご主人様に取り上げられるわよ!? ちゃんと言いつけを守りなさい!」
「うぅぅ……はぁい」
聞き分けはいいのですけどね。
よく考えずに感情の赴くまま突っ走るところがあります。
まだ幼いからしょうがないのかもしれませんが、店で手伝いをしている時などはここまでではなかったんですがね。
むしろ今の方がどこか子供っぽさが出てきた感があります。
それを喜ばしいと見るのか、間違っていると見るのか。
苦労をさせた分、子供っぽいティナを見るのを嬉しくも思うのですが。
思えば、ここまで感情を出すようになったのはツェンさんが来たくらいからでしょうか。
迷宮に潜り、共に庭で訓練し、そうしているうちに感化されたのでしょうか。
ツェンさんも何と言うか、子供っぽいところがあると言うか……たしか三百歳越えてるらしいですけど。
……あまり考えるのは止めておきましょう。
それはそうと、明日からは皆さんで迷宮探索だそうです。
今日一日はその準備に当てるそうです。
全員で十五人ですか。
以前に全員で二階層に行った時はまだ十人だったんですよね。
しかも五人、五人で分かれていましたし。
あの時はタイラントクイーンと戦うとあって、とても怖かったのを思い出します。
私は数日分のパンを作りだめしなければなりません。
一応念の為十五日分、それが十五人前。とんでもない量ですね。
ポルちゃんの酵母に助けられています。本当に出来上がりが早いですからね。
しかも私の実家の秘伝エキスより美味しいという……何かすごい敗北感があります。
ともあれ、助かるのは事実。
どんどん生地を作って焼いていきましょう。
ああ、この窯も本当に素晴らしい……。
「お母さーん! 焼き上がったパンどこに置くのー?」
「ご主人様が帰ってきたら<インベントリ>に入れて頂くから食堂のテーブルに置いておいてー」
「分かったー」
ティナも料理のお手伝いをしています。
料理班はエメリーさん、フロロさん、サリュちゃん、ドルチェちゃんです。
ドルチェちゃんはそそっかしいですけど、一応料理の補助は出来るので助かってます。
ミーティアさんは買い出し班です。あの人をキッチンに立たせてはいけません。
「えへへ~、みんなで迷宮行くの楽しみだね~」
「そうね。でも無茶しちゃダメよ? ティナは魔物を見るとすぐ突っ込んじゃうから」
「三階層ってどんなとこかな~。魔物強いのかな~」
「もう、この娘は」
ピクニックじゃないんですけどね。
でもまぁティナが楽しそうな顔をしてくれると私も嬉しくなってしまいます。
私はティナを守らないと。
左手につけた【守護の腕輪】を見て、改めてそう思いました。
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