114 / 421
第五章 黒の主、未知の領域に立つ
110:とある組織の報告会
しおりを挟む■リリーシュ 樹人族 女
■223歳 【天庸十剣】第九席
「ほぉ、そんなことがあったのか。楽しそうじゃのう。やはり儂も樹界国へ行くべきじゃったな」
エクスマギア魔導王国にある【天庸】の本拠地。
向かいに座る獅人族のガーブがそう呟く。
「それでドミオ、盟主様はその『神樹の枝』とやらを研究しておるのか」
「ええ、リリーシュさんが持ち込んでからずっとですねぇ。寝る間も惜しむとはまさにこの事です、ええ」
「それ体調は大丈夫なのか? 盟主様に何かあったら一大事じゃぞ」
「私もペルメリーさんも盟主様に忠言はしているのですけどねぇ、一度研究に没頭するとなかなか話を聞いて下さいませんし、それでなくても『神樹の枝』の魔力が強くて我々は近づく事も難しいのですよ、情けない事ですが」
「かぁ~、魔族も難儀じゃのう」
私が樹界国から持ってきた『神樹の枝』は、あれからずっと盟主様の研究対象となっているらしい。
そこまで喜ばれるものを持ち帰れた事を嬉しくも思うが、ガーブと同じく盟主様の体調が心配になるのも確か。
せめて寝食はとるようにして貰いたいところだけど。
「その枝はどうするんじゃろ。やはり魔法触媒か」
「どうでしょう、私ごときが盟主様の考える事など分かるはずもありません、ええ。―――ただ」
「ただ?」
「おそらく眠りから覚ますのには使うのではないでしょうか」
……それは。
「……逆効果じゃないのか? 『神樹の枝』じゃぞ?」
そうだ。
眠りから覚ますのには使えないのではないか?
覚ますどころか、逆に眠り続けるハメになりそうに思える。
「ですから『おそらく』ですし、私には分からないと申しましたよ、ええ」
「ちっ! めんどくさいヤツじゃのう!」
ガーブはどさりと椅子の背もたれに身体を預ける。
それで、と話を続けた。
「盟主様の研究が終わるまでは動けんのか? それともその【黒の主】とか言うのを捕らえるのか?」
「今捕らえたところで研究どころではないでしょう。それに場所が場所ですからねぇ。どうせならカオテッドを潰すのと同時に【黒の主】も捕らえたいところです」
確かに今【黒の主】を拉致したところで、盟主様の目は『神樹の枝』に釘付けだろう。
それまで捕らえ続けるのも可能だが……。
それにカオテッドは魔導王国どころか周囲三か国にも資源として重要な価値をもたらしている。
魔導王国への金と素材の流出は食い止めたいが、規模が大きすぎるのだ。
かと言って放置していても魔導王国の発達を促すだけ。いかんともし難い。
だからこそやるのならば徹底的に。
カオテッドを潰し、迷宮資源を我らで独占するくらいのつもりで事を起こす必要がある。
【黒の主】を捕らえるとするならば、その時か。
「しかしリリーシュよ、本当にやつらそこまで強いのか?」
「ええ、少なくともミーティアはただの樹人族ではないし、『神樹の巫女』としても異常すぎるわね」
「ほお」
「身体能力は私と同等。おまけに火魔法も使う。互いに小手調べのようなものだったけど、あのまま戦い続ければ負けはしなくても手傷を負わされたかもしれないわ」
「ほほーぅ」
なんとも楽しそうね、ガーブ。
「【黒の主】はどうじゃった。ほんとにボルボラを斬ったのか」
「戦いはちらりとしか見られなかったけどね。あの岩のような巨体が上下真っ二つよ。綺麗に斬られていたわ」
「ほほーぅ」
「ガーブだったらボルボラを斬れる? おそらくラセツでも難しいと思うけど」
ボルボラは岩人族で、元々の防御力が並外れている。
そこへ盟主様の強化が加わっているのだ。
どんな力量、どんな武器を使っても普通ならば真っ二つになど出来ない。
しかし【剣聖】と呼ばれ、世界一の剣の使い手として名を馳せたガーブであれば……。
「出来んことはないな」
「やはりね」
「しかし斬ることは出来ても、一撃で真っ二つは無理じゃな」
「!?」
ガーブでも無理だと言うのか。
だとするならば【黒の主】は【剣聖】を超えると?
基人族なのに?
益々ヤツの事が分からなくなるな。
確かに盟主様が研究するに値する男なのだろう。
「楽しみじゃのう、是非とも儂と一戦願いたいわい。何者なんじゃその基人族は」
「ええ、ラセツさんとスィーリオさんから調査報告が入りましてね、その事についても少し触れてありましたよ、ええ」
「ほう」
・【黒の主】はAランククラン【黒屋敷】を率いる基人族である。
・髪、瞳、服、剣、そのどれもが黒い。
・粗暴な組合員が絡んだ場合、投げ飛ばし気絶させられるらしいがメイドたちの手によるもので、本人の力量は不明。
・迷宮では誰よりも金を稼ぎ、中央区北地区の高級住宅地に屋敷を構えている。
「金持ちって以外は私たちが持ってる情報と同じね」
「不明となっとる力量も高く見積もるべきじゃろうなあ」
「ミーティアとかの情報はないの? メイドが何人もいるのでしょう?」
「ええ、ありますとも。多少ですがね」
・【黒屋敷】に加入しているメイドは最低でも十四名。
・兎人族が二名いる以外は、全て一種族ずつ。そのどれもが見目麗しい。
うち一人は元『神樹の巫女』ミーティアであり、一人はラセツの幼馴染、イブキという鬼人族である。
竜人族や闇朧族、菌人族、星面族といった希少種族も在籍している。
・装備している武器はどれも立派なもの。ミスリルや杖など様々。
・非戦闘系種族のメイドであっても絡んだ粗暴な組合員を投げ飛ばすくらいの実力はある。
・奴隷紋は『創世の女神』が象られている為、【黒の主】は『女神の使徒』か『勇者』の再来なのではないかと一部で噂されている。
「女神の使徒? 勇者? カーッカッカ! 大きく出たもんじゃのう!」
廃れ果てた創世の女神か。
一万年前には『勇者』を創り出し、魔神だか邪神だか悪神だかから世界を救ったと言われる。
今の世に魔神などいないし、理由もなく一万年越しに『勇者』が生まれるとも思えない。
基人族の保護区があるウェヌス神聖国の主教は創世教だ。
だから基人族と女神につながりがあるのは分かる。
女神の奴隷紋というのは基人族だから出たというだけではないのか?
まぁ基人族が他種族を奴隷化するなど過去にもないだろうから考察も比較もできないが。
しかし【黒の主】が『基人族なのに強すぎる』という異常性は確か。
ミーティアが強かったのも、私たちのような魔法的な改造ではなく、『女神の加護』のような特殊な力が働いた可能性もあるのか?
それこそ荒唐無稽に思えるが。
「つまりミーティア以外のメイドも強化されている可能性があると?」
「それは確定ですね、ええ。なんでもラセツさんが【黒の主】のご自宅を襲撃して、実際にメイドと戦ったそうですよ」
「はあっ!?」
「なぁにをやっとるか、あの単細胞は!」
思わず頭を抱える。
ラセツはボルボラ以上にバカだ。
なぜ調査目的でカオテッドに潜入しているのに襲撃するんだ。
「まぁ軽い手合わせで終わったらしいですけどね、ええ。いやほんとスィーリオさんを一緒に行かせて正解でしたよ。うまく止めてくれたみたいで」
「襲撃した時点でアウトじゃろ。これでもう碌に探れんようになったではないか」
「バカばっかりで嫌になるわ。で、その襲撃の報告は?」
「ええ、と言ってもこれも少しだけですがね」
・闇朧族のメイド、少女
察知能力が高く、まだ距離が離れている時点でこちらの接近に気付くほど。
速度が異常に速い。反応速度で何とかなったが、普通に戦えばおそらくスィーリオ以上。
しかし攻撃・防御は低い。低いと言ってもそこいらのAランク組合員よりは上だと思われる。
以上の事から闇朧族の種族特性を全体的に満遍なく強化したものだと思われる。
・竜人族のメイド、女
おそらく力がラセツと同等。素手同士の力比べで拮抗するほど。
他は不明だが闇朧族のメイドを救うために駆け付けた速度を考えると、これもかなり高いと思われる。
ラセツが以前戦った竜人族より数段強い。やはり種族特性を全体的に強化されている可能性が高い。
「へったくそな報告ねぇ。不確定要素しかないわ」
「ラセツの子供染みた感想をスィーリオが文章化したのじゃろう、苦労がにじみ出ておるわい」
「ええ、ええ、とりあえずミーティアさん以外のメイドも何かしらの強化がされていると考えたほうが良いでしょう」
それは確かだ。
ミーティアの身体能力も樹人族としての基本性能を底上げしたものだと考えれば納得できる部分もある。
しかし火魔法が使える事はそれに含まれない。
やはり何かしら特別な方法、もしくは力が加わっていると思えるが……。
「まぁとりあえずはこんな所です。カオテッド襲撃、もしくは【黒の主】捕獲となった時には注意が必要でしょうねぇ。ええ」
「だから儂らをカオテッドにどうのこうの言っておったのか。総力戦で″祭り″でもするつもりか?」
「そうですね。盟主様の御意向次第ですけど【黒の主】を抜きにしても【十剣】での総力戦と思って頂いたほうがよろしいかと」
「第一席は盟主様次第として、第五席はどうするのよ。アレの調整終わってないでしょ」
「すでに盟主様の手は離れてるんですよ、ええ。今はペルメリーさんのお仕事でして、それが終われば試運転といった所でしょうか」
なるほど。
まぁ第一席が無理だとしても、ボルボラを抜いた八人は可能となるのか。
それだけの人数で攻め込むのは初めてだけれど、カオテッドの規模を考えれば必然。
統治区が五つもある時点で、下手すれば王都より攻めにくいのだから。
ガーブではないが、″祭り″になる公算が高い。
これで第一席まで行けるようであれば……。
【黒の主】がいかに不可解な存在だとしても無意味か。
さて、では私はそれまで暇となるな。
いかがしたものか。休日を楽しむとしよう。
1
あなたにおすすめの小説
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
最強賢者の最強メイド~主人もメイドもこの世界に敵がいないようです~
津ヶ谷
ファンタジー
綾瀬樹、都内の私立高校に通う高校二年生だった。
ある日、樹は交通事故で命を落としてしまう。
目覚めた樹の前に現れたのは神を名乗る人物だった。
その神により、チートな力を与えられた樹は異世界へと転生することになる。
その世界での樹の功績は認められ、ほんの数ヶ月で最強賢者として名前が広がりつつあった。
そこで、褒美として、王都に拠点となる屋敷をもらい、執事とメイドを派遣してもらうことになるのだが、このメイドも実は元世界最強だったのだ。
これは、世界最強賢者の樹と世界最強メイドのアリアの異世界英雄譚。
異世界帰りの英雄は理不尽な現代でそこそこ無双する〜やりすぎはいかんよ、やりすぎは〜
mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
<これからは「週一投稿(できれば毎週土曜日9:00)」または「不定期投稿」となります>
「異世界から元の世界に戻るとレベルはリセットされる」⋯⋯そう女神に告げられるも「それでも元の世界で自分の人生を取り戻したい」と言って一から出直すつもりで元の世界に戻った結城タケル。
死ぬ前の時間軸——5年前の高校2年生の、あの事故現場に戻ったタケル。そこはダンジョンのある現代。タケルはダンジョン探索者《シーカー》になるべくダンジョン養成講座を受け、初心者養成ダンジョンに入る。
レベル1ではスライム1匹にさえ苦戦するという貧弱さであるにも関わらず、最悪なことに2匹のゴブリンに遭遇するタケル。
絶望の中、タケルは「どうにかしなければ⋯⋯」と必死の中、ステータスをおもむろに開く。それはただの悪あがきのようなものだったが、
「え?、何だ⋯⋯これ?」
これは、異世界に転移し魔王を倒した勇者が、ダンジョンのある現代に戻っていろいろとやらかしていく物語である。
【状態異常耐性】を手に入れたがパーティーを追い出されたEランク冒険者、危険度SSアルラウネ(美少女)と出会う。そして幸せになる。
シトラス=ライス
ファンタジー
万年Eランクで弓使いの冒険者【クルス】には目標があった。
十数年かけてため込んだ魔力を使って課題魔法を獲得し、冒険者ランクを上げたかったのだ。
そんな大事な魔力を、心優しいクルスは仲間の危機を救うべく"状態異常耐性"として使ってしまう。
おかげで辛くも勝利を収めたが、リーダーの魔法剣士はあろうことか、命の恩人である彼を、嫉妬が原因でパーティーから追放してしまう。
夢も、魔力も、そしてパーティーで唯一慕ってくれていた“魔法使いの後輩の少女”とも引き離され、何もかもをも失ったクルス。
彼は失意を酩酊でごまかし、死を覚悟して禁断の樹海へ足を踏み入れる。そしてそこで彼を待ち受けていたのは、
「獲物、来ましたね……?」
下半身はグロテスクな植物だが、上半身は女神のように美しい危険度SSの魔物:【アルラウネ】
アルラウネとの出会いと、手にした"状態異常耐性"の力が、Eランク冒険者クルスを新しい人生へ導いて行く。
*前作DSS(*パーティーを追い出されたDランク冒険者、声を失ったSSランク魔法使い(美少女)を拾う。そして癒される)と設定を共有する作品です。単体でも十分楽しめますが、前作をご覧いただくとより一層お楽しみいただけます。
また三章より、前作キャラクターが多数登場いたします!
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
【モブ魂】~ゲームの下っ端ザコキャラに転生したオレ、知識チートで無双したらハーレムできました~なお、妹は激怒している模様
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
よくゲームとかで敵を回復するうざい敵キャラっているだろ?
――――それ、オレなんだわ……。
昔流行ったゲーム『魔剣伝説』の中で、悪事を働く辺境伯の息子……の取り巻きの一人に転生してしまったオレ。
そんなオレには、病に侵された双子の妹がいた。
妹を死なせないために、オレがとった秘策とは――――。
異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。
Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。
現世で惨めなサラリーマンをしていた……
そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。
その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。
それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。
目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて……
現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に……
特殊な能力が当然のように存在するその世界で……
自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。
俺は俺の出来ること……
彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。
だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。
※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる