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第十二章 黒の主、禁忌の域に立つ
279:二人の王の苦悩
しおりを挟む■ディセリュート・ユグドラシア 樹人族 男
■502歳 ユグドル樹界国国王 ミーティアの父
一連の騒動から早半年、事態はようやく落ち着いたという所だろうか。
毎日が忙しなく、慌ただしく、数百年をぎゅっと濃縮したような半年間だったと思う。
恥ずかしながら五百年も生きて来て、これほどまでに″毎日″を実感する事はなかったのだ。
我が息子フューグリス、娘ユーフィス、大司教の座に居たズール、そして姿をくらませた宰相のゲルルド。
彼奴らが歪ませた国を建て直す事は非常に困難であった。
私が父から受け継いだ時、国の政策としては『継続』が主であった。『変化』ではない。
歪ませるのは簡単でも、それを正そうと『変化』させるのは難しいという事だ。
しかし子供の不祥事でもあり、私の罪でもある。
罪滅ぼしという気持ちと、国を逸早く良い状態に持って行きたいという思いで取り組んだ。
彼奴らの派閥であり子飼いでもあった貴族連中に対しては大鉈を振るった。
その穴埋めにはよく人選し、私だけでなく周囲の意見を取り入れ、妻のロージアまでも使い精査を行う。
民に対しても奴隷の解放はもとより、重税に苦しんだ樹人族以外の種族への補填。
同時にフューグリスの意思を継ぐ『樹人族絶対主義』の者たちの制圧。
それに伴いサントール大司教による神殿騎士団の一新など『変化』が起きない日はなかった。
国の事にかまけて諸外国への対応が疎かになった面もある。
国内の混乱が冷めやらぬうちに恥を広めるのもおかしいし、樹界国が弱っている現状を口外するわけにもいかない。
それは他国の付け入る隙を与えるようなもの。出来る事ならば口外は引き延ばしたい所だった。
とは言え友好国に対し黙っているのも風聞が悪い。恥以前の問題と見る国もある。
海王国のラピス王女がいつもの如く、突然に訪れたのはある意味で助かった。
トリトーン王とは良き友でありたいと思っているからだ。
……しかしまさかラピス王女がミーティアと同じくセイヤ殿の奴隷になるとは思わなかったが。
ミーティアからの手紙でそれを知った時には驚いた。思わずトリトーン王に親書を送った。
ラピス王女、奴隷になっちゃったけど大丈夫なの!? と。
ミーティアという前例がある以上、私がとやかく言えた義理ではないのだが、いくら『女神の使徒』様が主人と言えども一国の王女に奴隷紋を施して良いものだろうかと。
ラピス王女の性格を多少なりとも知っている私からすれば、トリトーン王の心中お察しするとしか言えない。
ともかくあの一件以降、頻度はそれほど多くはないものの、ミーティアからの手紙が来るようになった。
ラピス王女の件もそうだし、カオテッド大迷宮での活躍によりSランクや竜殺しになった事も聞いた。
セイヤ殿の戦闘を間近で見た(ほとんど速すぎて見えなかったが)ので、そこまで騒ぐほどの事はない。
ミーティアもセイヤ殿のおかげで強くなったという事も知っているし、樹神様から『神樹の長弓』を下賜された事も知っている。
今さら竜を倒そうとも「『女神の使徒』様ならば当然か」と読み流すくらいには平然としていた。
その後、【天庸】の一件に関する報告。我が国にてセイヤ殿が倒したボルボラの事もあったので、魔導王国のヴラーディオ王とも親書のやり取りを行う。
魔導王国とは隣接していながらも交流は最小限。国として最低限のやり取りが今までの通例であった。
主だってする必要がなかったとも言えるのだが。
しかしミーティアがセイヤ殿に拾われ、我が国の一件を正して以降、魔導王国とも連絡をとる機会が増えたように思う。
セイヤ殿が間に入っているからこそという面もあるのだが、これは喜ばしい事だ。
今後も魔導王国とは良き隣人でありたい。
まぁその【天庸】絡みの報告でもカオテッドが襲撃されて、セイヤ殿がまた竜を倒しただとか、ミーティアはミーティアで南東区の衛兵に素性がバレたので何とかしてくれとか、忙しいのに仕事を増やして来る内容ではあったのだが。
ちなみにカオテッド南東区の区長には人馬族の貴族を置いてある。
変化の激しいカオテッドにのんびり屋の多い樹人族貴族は不向きであるとした当時の自分を褒めてあげたい。
彼には申し訳ないが今となっては英断であった。
他国との連携をとりつつ、文化の入り乱れた混沌の街。
王都から見れば辺境でありながら極めて重要な土地だ。やたらな者は置けない。
まぁミーティアの事は黙っていたからだいぶ混乱したらしいが、忠義的で律儀な者だ。うまくやってくれるだろう。
ミーティアが『日陰の樹人』となり奴隷となった事についてはこちらから言う事ではない。
王都の中ではすでに一部で周知の事実でもあるから話は国中に広まるかもしれないが、私の口から公言する事はしない。
それは体裁という面ももちろんあるが、これ以上の厄介事に巻き込まれないようにという気持ちもあっての事。
ただでさえ『神樹の巫女』が王都を離れているのに、『女神の使徒』様の下に居るのだから、口外は避けたい所だ。
しかしカオテッドでも周知の事実になれば最早国の全土で周知の事実となるであろう。
それでも何か聞かれれば知らぬ存ぜぬで通すつもりではいるが。
「陛下、彼の方からお手紙が届きました」
宰相がそう言って封書を渡してくる。彼の方というのはミーティアの事だ。
娘からの手紙という事で嬉しい気持ちもあるが、今度はどんな報告をしてくるのかと戦々恐々とする気持ちもある。
そして手紙を読み、大きく一つ息を吐いた。はぁぁぁぁ……。
どうやら私を休ませてくれる気はないらしい。
儂は急ぎ、宰相に指示を出した。
■トリトーン・アクアマリン 人魚族 男
■485歳 アクアマロウ海王国国王
「お父様ー、お姉様からまたお手紙が届きましたっ!」
「……そうか、ご苦労だったなサフィア」
「はいっ!」
うちの第二王女、サフィアがとても可愛らしく返事をし、執務室を出て行った。
非常に利発で誰に対しても笑顔で接する事が出来る素晴らしい娘だ。
最近は王女としての振る舞いにも磨きが掛かる一方、まだあどけなさも残る表情は周囲をも笑顔にする。
人を惹きつける王女としての才とも言えるだろう。
……しかし、だ。
なぜ俺宛ての報告書がサフィア経由なんだよ、いつもいつも!
あの馬鹿娘、サフィアへのお手紙を第一にしてついでとばかりに俺への報告を入れて来やがる!
一応外交の体で出向いてるんだから報告を第一にしろってんだ!
と、怒鳴りつけたくなる不出来な娘が第一王女なのだ。
なぜ良い所ばかりが妹に行ってしまったのか、甚だ疑問である。
そのポンコツ娘が勇者様の下に就くという重要な使命を果たしていると思うと気が気ではない。
勇者様にご迷惑をお掛けしていないだろうか。
いや、確実に掛けているだろうが、お気に障って追い出されないか不安な日々だ。
俺がお会い出来たその日には謝り尽さねばなるまい。娘の不出来を。
そもそもラピスが勇者様の奴隷となった事もサフィアから聞いたのだ。
「お父様! お姉様が勇者様の僕となったそうです! なんと誇らしい事でしょう!」と。
いやいや、僕ってこれ文章を読むに奴隷だよね? 勇者様の下に就くのは海王国としての悲願でもあったわけだが、奴隷とは聞いてないよ? お父さん軽くショックだったよ?
急いでサフィア宛ての手紙を受け取り、武勇伝めいた事はサラッとスルーしつつ読み進めれば、なるほどと一応は納得出来た。
ラピスの主観は抜きにしても勇者様のお力というのはやはり度を越えている。
なるほど、勇者様とはかくも勇者様なのかと思った次第だ。
だからこそそんな勇者様の下に就くのがあのポンコツかと思うと気が気ではないのだ。
怒り心頭で勇者様が怒鳴り込んで来たら、国が沈没するかもしれん。
そうなったら海の底で大人しく暮らそう。
どうやら魔導王国にも行ったらしく一応は外交めいた事もやってくれたようで、それに関しては思わぬ収穫だった。
ヴラーディオ陛下から初めて親書が届き、どうやら粗相はなかったようだと一安心した。
『貴国のラピス王女におかれては凛とした佇まいから美しい所作での礼を頂いた。王女としての品格を体現した姿は素晴らしく、まるで甘酸っぱいベリーを練り込んだパンケーキの如き芳醇な――』
……褒められているんだよな?
……今一ニュアンスが伝わらないが魔導王国の表現は難しい。これも文化の違いか。これからの国交に期待しよう。
そうは言っても魔導王国との間には広大な樹界国があり、川を上ろうにもカオテッドで遮られている。
国交はしたいが、航路がない以上、親書のやり取りが精一杯という所だ。
それでも何もないよりはマシ。親・勇者様を公言する国同士、仲良くやっていきたいものだ。
とまぁラピスのポンコツぶりには怒りと諦めが入り混じる事が多いのだが、それでも報告書を待ち望んでいる反面、今度はどんな事が書いてあるのかと恐れている面もある。
それをサフィアへのお手紙形式でしか送って来ないからあいつはポンコツなのだが。
今回サフィアが持ってきた手紙にはどのような事が書かれているか。
そう見ていくと『追伸、別の封書を同封したからそっちはお父様に渡してね。可愛いサフィアを小間使いするようで心苦しいけどお願いね』とあり、どうやらいつもとは違う。サフィアには読ませたくない内容なのか……?
いつも以上の緊張感を持って、俺はそれを開け、じっくりと読んだ。
「…………こんなもんサフィアへのお手紙に同封するもんじゃないだろうが、あのポンコツ馬鹿娘があああ!!!」
手紙をぐしゃりと握りしめた手で、執務机を大きく叩いた。
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