碧眼の守護者

kakasu

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第19話少女の夢と漆黒の野望(エピローグ)

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 悪魔の襲撃を受けたダミール島の市街地は、海竜騎士団の奮闘により平和を取り戻した。騎士団長ジャンヌの迅速な指揮と活躍により、一般人の被害者を1人も出すことなく戦いは終結した。建物への被害もほとんどなく、ジャンヌが勝利宣言を出した少し後には、観光地としての日常の光景が戻ってきた。
 領主ブルースになりすましていた魔族ロウリーを撃退し、パトラとブーケの救出に成功したクルーガーたちが港へ向かって歩いていく。
 ルンダから母親の死を告げられた兄妹は、気丈にもグッと涙をこらえ、父親の手をしっかりと握り、前を向いて歩みを進める。
 その力強さを目の当たりにしたマイは、到着した港で別れの時、パトラとブーケに気休めの言葉をかけることはせず、黙って2人をギュッと抱きしめた。
 パトラがマイの耳元で「タスケテクレテ、アリガトウ」とささやく。
 海竜騎士団連隊長マーフィンによる警護のもと、パトラとブーケ、そして父親のルンダをはじめとする奴隷たちは定期船に乗り込み、湾岸都市ダイバーへ向かって出港した。
 船に向かって手を振るマイの横で、クルーガーは抱きかかえているクロエの顔を見つめた。

――すっかり大人になったな。初めて会った時は、まだ赤ん坊だったのによお。時間が経つのはホント早ぇな。

「ちょっとクルーさん、やらしい目でジロジロ見ないでください。クロエ様に失礼ですよ」
「俺の目のどこがやらしいんだよ!」
「おお神よ、自覚無き卑猥な男に裁きを与えたまえ」
 両手を組み合わせて祈りを捧げるマイを見て、ガーリンが笑い出す。
「笑うなデブリン」
 クルーガーが、ガーリンの尻を蹴り上げるのを見て今度はマイが声を上げて笑った。
 港に一隻の中型船が入ってくる。
 船から降りてきたのは、褐色の肌に燃えるような赤髪の女性だった。
「クルーガー殿、無事ですか?」
 聖教騎士団副団長フェンリルが走り寄る。
「おう。体中痛いが、なんとかな。それより、こいつを受け取ってくれ」
「クロエ様!」
 フェンリルの顔が青ざめる。
「平気だ。今眠ってる」
 クルーガーの言葉を聞いて安心したフェンリルが、クロエを抱きかかえる。彼女は自分を責めていた。自分がクルーガーの居場所を教えてさえいなければ、クロエが危険な目に合うことは無かったのだ。居所を知れば大好きな兄に会いに行くことは分かり切っていたというのに。
 フェンリルは強い後悔の念に苛まれた。
「皆さん、よくぞご無事で。ダミール島の平和を守っていただき、領主に代わって深くお礼申し上げます」
 船から降りてきた男が丁寧に頭を下げた。
「こちら、都市ダイバーの領主シャルク伯爵です」
 フェンリルの紹介を聞き、マイとガーリンも深くおじぎをして自己紹介する。
 シャルクは微笑みながら、クルーガーに会釈した。
「レオン様の現状のお立場を説明しておきました」
 気を利かせたフェンリルがクルーガーに小声でささやいた。
「このたび国王陛下から命を受け、わたくしがダミール島の領主を兼任する運びとなりました」
「おお、そうか。おめでとさん。ところでシャルクさんよ。聖海騎士団は魔族の手にかかって壊滅しちまったんだ。島の治安維持には部隊の再編成が必要だ」
「そうだったのですか。確かにそれは早急に必要ですね」
 シャルクがクルーガーの意見に同意する。
「そしてここに、聖海騎士団唯一の生き残りであり、期待の新星、動けるデブことデブリンを新たな部隊の隊長に推薦するぜ!」
「えええっ!」
 ガーリンが驚きの声を上げる。
「町を救ったあなたが言うのなら間違いありませんね。早速優秀な人材が確保できて助かりました。これから頼みますよ、デブリン」
「は、ハッ! あ、あのぉ、名前……デブリンではなくですね」
 敬礼したガーリンが言いづらそうに名前を訂正しかける。
「すごいです! よかったですね、デブリンさん」
 マイが拍手してガーリンを讃える。
「いや、あの……名前、ガーリンなんだけどな」
 ガーリンがつぶやきながら苦笑いした。
「ではデブリン、島を案内してくれますか? 歩きながら、騎士団再編成について話しましょう」
「ハッ、了解いたしました」
 ガーリンはマイとクルーガーに別れを告げ、シャルクと共に街中へ向かって歩き出した。
「さてと、俺らもそろそろ行くか」
 先ほど入港した定期便をクルーガーが指さした。
「私は、船室でクロエ様を休めせてまいります。領主城の調査を済ませたのち、シャルク伯爵の船でダイバーへ帰還いたします」
 フェンリルがマイとクルーガーに会釈し、中型船にかけられた階段を上っていった。
 フェンリルの背中を見送り、2人も定期船に向かって歩き出す。
「ちょっと待ちな!」
 背が高く、筋肉質な男2人が後ろからクルーガーの腕を掴んだ。
「なんだテメェら。俺は男に興味はねぇんだ。ナンパはよそでやんな」
「クルーさん……」
 マイが不安そうに見つめる。
 男たちとクルーガーがにらみ合い、空気が張り詰める。
「おおっ! こんなところにいましたか。困りますよお客さぁん。ちゃんと代金を支払ってもらわないと」
 小柄で小太りの中年男性が駆け寄ってくる。
「げっ! 店長」
 おさわりパブ『ハーレム・クイーン』の店長の登場に、クルーガーが慌てた素振りを見せる。
「げっ、じゃありませんよ。宿へ行っても見当たらないし、お客さんを探しているうちに、悪魔の襲撃に出くわすし、勘弁してもらいたいですよぉ」
「ですよねぇ」
 クルーガーがつくろい笑いを浮かべる。
「さ、行きましょうか」
「お、おいおい、どこ連れてく気だよ?」
「どこって、お店に決まってるでしょ。代金が支払えないなら、労働できっちり返済してもらいますよ」
 屈強な男2人がクルーガーの腕を固定し、引きずっていく。
「お、おい、待てって。俺、あいつの従者なんだよ。従者の代金は主が立て替えっ、おい話聞けって! チビーっ、助けてくれぇ!」
「……」
 どんどん小さくなるクルーガーの姿を見ながら、マイはため息をついた。


 ダミール島の一件から3日後、マイとルカはポワール神殿敷地内に併設されたエリーゼの自宅を訪問していた。
「あー、もう明後日から学校なんて、夏休み全然足らないんですけどー」
 ルカが足をばたつかせる。
「ルカちゃん、行儀悪いよ」
「あなたの場合、夏休みがいくらあっても宿題がはかどることはないと思うけど」
 マイとルカは残った夏休みの宿題に追われ、エリーゼがそれを手伝っていた。
 旅行先に宿題は持参したものの、事件に巻き込まれた影響でそれどころではなく、結局手つかずで持ち帰るはめとなった。
 神官初級審査2次試験の前に、夏休みの宿題を済ませていたエリーゼは平気な顔をしていたが、マイとルカの状況は悲惨なものだった。
 特にルカの状況はひどく、一般教養から神官専門科目、自由作文にいたるすべての課題が白紙であった。
「なんで私がルカの専門科目をやらなくちゃいけないのよ」
 神官の歴史問題集の選択肢にマルを記入しながら、エリーゼがブツブツ文句を口にする。
「選択形式の問題集それしかないから仕方ないだろ。記述式だと字でばれちゃうじゃん」
「そういうことを言ってるんじゃないわよ」
「私も終わったら、ルカちゃんの作文手伝うよ」
「おお、マイはエリーと違って優しいなあ」
 わざとらしく大きな声で言うルカを、エリーゼがジロリとにらみつける。
「あー、頭使ったら急に腹減ってきた。ちょっと菓子とってくるわ」
「ルカちゃん、まだ始めて10分だよ……」
 マイが呆れた顔をする。
「キッチンの戸棚、下から2番目よ」
「知ってる、知ってるー」
 ルカが嬉しそうに部屋から飛び出していった。
「マイ、ごめんなさい」
 ペンを机に置いたエリーゼがマイに頭を下げる。
「えっ、どうしたの?」
 突然の出来事にマイは目を丸くする。
「今まであなたに、嫌がらせをしてごめんなさい。意地悪をしてごめんなさい」
「そんな、私は大丈夫だから。だってもう私たち友達でしょ?」
「あなたは優しいからそう言ってくれるけれど、私のしたことは許されることではないわ。だから、せめて謝罪だけでもちゃんとしようと思って」
 目に涙を浮かべるエリーゼの手を、マイがそっと握る。
「神様がエリーちゃんを許さないと言うなら、私が断固抗議する。神様が許さなくたって、私がエリーちゃんを許すから問題ないよ!」
 興奮気味に語るマイを見て、エリーゼが笑い出す。
「マイはやっぱり変わってる」
「ええっ、そうかなあ?」
 マイが照れながら答えた。
「私、ルカをあなたにとられた気がして、嫉妬したの。ルカは、ちゃんと私のこと見ていてくれたのに……」
 エリーゼがマイの瞳を真っすぐに見つめて語る。
 エリーゼの父親は神殿の大神官であり、ルカの父親は彼に仕える下級神官である。身分は違うものの、父親同士は友人であり、エリーゼとルカも生まれた時から、姉妹のように仲良く成長してきた。そんなルカが、神学校に入学してから1人の少女と仲良くなり、次第に彼女と過ごす時間が増えていった。少女は決して目立つ存在ではなかったが、いつも彼女の周りに多くのクラスメイトが集まっていた。
 ある日の学校からの帰り道「エリーもマイと一緒に遊べば分かるよ。あいつ面白いんだ」と楽しそうに語ったルカを見て、エリーゼの中でドロドロした感情が溢れだした。
「私にはルカしかいないのに、誰からも好かれるあなたがルカまで奪ったように思ったの。私のせいでマイだけでなく、ルカまで苦しめてしまったわ……」
「ルカちゃんは、いつも私に言ってたよ。『エリーは、ホントはいいヤツなんだ』って。バルサでララちゃんが魔族に操られたときも、ルカちゃんはエリーちゃんを守ってた。ルカちゃんは幼馴染みのエリーちゃんを、ずっと大事な友達だって思っていたよ」
 エリーゼの目から涙が溢れた。
 マイが寄り添い、優しく背中をなでる。
 部屋の入り口で話を聞いていたルカが、袖口でゴシゴシ目ををこする。
「おーい、エリー。お茶ってどこだっけー?」
 キッチンにUターンしたルカが大きな声で呼びかけた。
「ちょ、ちょっと待って。今行くわ」
 エリーゼがハンカチで涙を拭いて立ち上がる。
「やっぱりマイは優しくて、変わってるわ」
 マイに笑顔を向け、エリーゼはキッチンに駆けて行った。


 ダミール島はこの日も多くの観光客でにぎわっていた。3日前の悪魔の襲撃がまるで嘘みたいに、キレイな海でバカンスを楽しむ人々は、穏やかな時間を満喫していた。
 市街地も店をまわる人々でごった返している。料理のうまいレストランで食事をとる人。アクセサリーショップで商品を手に取りはしゃぐ女の子たち。バーで島原産の酒を味わう男たち。
 そして、観光地ならではの繁華街で、カワイイ女の子目当てに店を訪れる若い客。
「はいお兄さん、今日はラッキーだよ。美女とお酒を楽しめて、おさわりもできちゃう店は当店だけ!。当店の女の子はまさに島の宝石! さあ、どの子を指名する?」
 魔石の埋め込まれた鉄製プレートに、女の子の顔が映し出される。
 客は少し考えてから、プレートの画面を指さした。
「はい、マリーちゃんご指名でーす。3番テーブルにごあんなーい」
「クルーガー君、もうすっかり慣れたねえ。どう? このままうちで働いちゃえば?」
 おさわりパブ『ハーレム・クイーン』の店長が笑顔でクルーガーの肩をたたいた。
「それも、いっすね! ハハハハ」
「全然よくありませんっ!」
 声のする方を見ると、怖い顔をしたフェンリルが立っていた。
「お前こんなとこで何やってんだ?」
「それはこちらのセリフです! ダイバーに戻っていらっしゃらないので、再びダミールに来たものの、まったくお姿が見えない。ガーリンとジャンヌに聞いても首を横に振るし、シャルク伯爵にお尋ねしても分からないとおっしゃる。おかげで、町中聞きこんで、やっと見つけたのですよ!」
 フェンリルが息を切らしながら眉毛を吊り上げる。
「わ、悪かった。すまねぇな」
「わかっていただければ良いのです。さあ、早く準備なさってください。私は外で控えております」
 フェンリルはマントをひるがえして店を出た。
 クルーガーは店長と店のスタッフ、女の子たちに別れを告げ、着替えを済ませて外に出た。
「やっぱ、こっちのが落ち着くわ」
 クルーガーが装着したナイフホルダーに触れながら、フェンリルに笑いかけた。

 湾岸都市ダイバーへ向かう定期船の甲板で、クルーガーとフェンリルは、だんだん小さくなっていくダミール島を見つめていた。
 下級魔族レイマーに続いて現れた中級魔族ロウリー。彼らの背後にはさらに強力な魔族が控えていることを臭わせる。
「ブレンド統括神官より、レオン様をお連れするよう要請がありました。まずは、ユーフォルムへ向かいます」
「は? なんで?」
 クルーガーが不思議そうな顔をする。
「マイ殿の進学の件を依頼されたのは、レオン様ではありませんか」
「ああ、それでユーフォルムね。しかし、俺が行く必要ねぇのに」
「とにかく、ユーフォルムへ向かいます。もう逃げないでくださいよ」
「逃げたわけじゃねぇよ。借金の肩に強制労働を強いられてただけだ!」
「なんと嘆かわしい。クレア様が知ったら、なんとおっしゃるか……」
 フェンリルが両手で顔を覆った。
 クルーガーは渋い顔をしながら、店長から餞別にもらったナッツを口に投げ入れた。


 ユーフォルム神学校の夏休みも終わり、始業式に出席した5年生までの生徒たちは帰宅の途についた。
 6年生には神官初級審査の合格発表という一大イベントが残されていた。合格発表とはいうものの、2次試験で不合格になる者は基本的におらず、受験した者の名前が次々と呼ばれていく。名前を呼ばれるたび、合格者が元気よく「はいっ」と返事をして立ち上がり、クラスメイトたちが拍手で祝福した。
 マイも友達の合格を素直に喜び、拍手で祝福したものの、自分自身の心は少しだけ沈んでいた。不合格であることが悲しいのでなく、大切な人を救えなかった非力な自分と、向き合わねばならない現実に直面していたからである。
 マイ以外のすべての受験者の名前が呼ばれた。

――これからのこと、考えなくちゃ。

 マイが真っすぐに前を見つめた。
「ええ、そして最後に、特別推薦枠としてマイ・ルノワが合格」
 教官の一言に、マイは自分の耳を疑った。

――えっ……合格?

 教室から歓声が上がり、クラスメイトたちが口々に「おめでとう」と言いながらマイを取り囲んだ。
「静粛に! 以上で合格発表を終了する。皆、速やかに下校するように」
 教官の声で席に着いたクラスメイトたちは、帰り支度を済ませてそれぞれ教室をあとにした。
「すげぇなマイー!」
「マイ、おめでとう!」
 ルカとエリーゼがマイの手を強く握りしめた。
 マイは、実感が湧かないまま「うん、うん」とただうなずいていた。
「マイ・ルノワ、少し話があるので学長室まで来なさい」
「は、はいっ」
 マイは「また明日」と手を振って2人と別れ、教官のあとについていった。
 教官が学長室の扉をノックする。室内から「どうぞ」と学長の低く太い声が聞こえた。
 教官の後に続き「失礼します」と言いながらマイが入室する。
 学長室中央のソファに、学長と神官姿の男性が向かい合って座っていた。
「マイさん、こちらに来てかけなさい」
「は、はい」
 マイの心臓の鼓動が速くなる。
 学長室に入るのも初めての体験であり、学長と言葉を交わすことも初めてであった。さらに、見るからに高貴な感じが漂う見知らぬ神官が自分を見つめている。教官は部屋の入り口に立ったまま待機している。
 緊張でガチガチになったマイは、ぎこちない様子でソファに腰を下ろした。
「彼女がマイ・ルノワです」
「初めまして。僕はブレンドと言います」
 学長がマイを紹介すると、神官の男も優しい声で名前を名乗った。
「あ、初めまして」
 マイが慌てておじぎする。
「こちらは、ブレンド統括神官だ。神学校の総長を務めていらっしゃる」
「と、と、と、統括神官! ブレンド総長!」
 マイの手がブルブル震えた。
 自分の目の前に、全神官のトップであり、神学校の最高責任者が座っている。
 こんな間近でしかも言葉を交わすなど、夢のような出来事であった。
「今日は、マイさんにお話があって学校にお邪魔しました」
「は、はい」
「実は、モンフォール公爵から僕のところに君の推薦状が届きました。バルサ神学校の学長と審議した結果、君の合格が決まりました。以上の経緯でマイさん、あなたを特別推薦枠でバルサ神学校中等部、神官コースへの進学を許可いたします」
 学長と教官が笑顔でパチパチと拍手する。
 マイがポカーンと口を開く。
 学長の咳払いで、マイは我に返った。
「あ、あのお。モンフォール伯爵というのは、聖教騎士団団長のクロエ・モンフォール様ですか?」
 マイが恐る恐る尋ねた。
 モンフォールと聞いてマイが知るのは、ダミール島で危機を救ってもらったクロエ様以外にいない。
「いえ、クレア様のご子息である、レオン・モンフォール公爵です」
「ええっと……私、レオン様と面識もありませんし、まったく存じ上げません」
 知らない名前を耳にして、マイは戸惑いを見せる。
「ああ、レオン様が聖教騎士団の報告書を読まれて、あなたの活躍に目が留まったそうです。神官としての未来に可能性を感じ、大いに期待が持てると、推薦書に書かれてありましたよ」
「そ、そんな……私なんて全然ダメなのに……」
 驚くほどの高評価に、マイは顔を赤くしてうつむいた。
「レオン様からあなたに質問を預かってきました。合格は決定事項なので、気軽に答えてください」
「はい」
 マイが姿勢を正す。
「あなたの夢はなんですか?」
「私の夢は……強くなることです!」
「強く、ですか?」
 ブレンドが驚いた顔をする。
「はい。大切な人たちを、弱い人たちを守る強さを身に着けたいです!」
「ふっ、ふふふ。君は面白いですね。神官を志す者で、強くなりたいと答えたのはあなたが初めてです」
「そ、そうなんですか?」
 マイは少し照れながら、優しい笑顔のブレンドを見つめた。
「最後に、レオン様から伝言です。『もしも、乗り越えられないほどの壁に突き当たったときは、壁をぶち壊せ!』だそうです」
「ぷふっ、ふふふふ。あはははははっ」
 マイがこらえきれずにお腹を抱えて笑い出す。
 学長の咳払いで、マイは必死に笑いをこらえて顔を上げた。
「大丈夫ですか?」
 ブレンドも笑いながら尋ねる。
「は、はい。すみません。レオン様の言葉を聞いたら、私の知ってる人を思い出してしまってつい」
「その方はどんな?」
 ブレンドが興味深そうに尋ねる。
「その人は、お金に意地汚くて信仰心も無くて、でもすごく優しくて、自分がどんなに傷ついても人のために戦える、きっと大陸で一番強い人です!」
「そうですか。レオン様に伝えておきますね」
「ええっ! わ、私の話なんかしても面白くありませんよ。今のはナシでお願いします」
 慌てるマイの姿を見て、ブレンドが微笑む。
 マイは丁寧に礼を言い、おじぎをして学長室をあとにした。
 ブレンドも学長と教官にあいさつして席を立った。そのまま隣の来賓室の扉を開く。
「声をかけてあげたら、さぞ喜んだだろうに」
「んなわけねーだろっ。モンフォール公爵様と笑顔でハイタッチするガキがどこにいんだよ」
 壁にもたれかかるクルーガーが皮肉を言う。
「だが、いつまでも今のままってわけにもいかないだろ?」
「ああ。あいつだってすぐに大人になる。数年かそこらでな。そしたら俺も必要なくなる。だからよ、それまでは守ってやりたいんだ。今のまま、あいつの夢を」
 自分に言い聞かせるように語るクルーガーをブレンドが切ない表情で見つめる。
 9月のはじめ、開いた窓から入る少し早い秋の風がクルーガーの頬を撫でた。
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