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ひび
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毎日が非常に息苦しく、辛いものでした。
明日のことを考えることも億劫で、毎日夜が明けなければ良いと思い、朝の仄かに薄暗い時間に布団の中に篭りきりになりたいと強く思うのでした。次第に、家や街の至る所でみんなが動き始め、音や光が私の中に入り込んできます。私には、それがひどく苦痛でした。あの薄暗さ、あの静寂の中で一人でゆっくりと寝起きの余韻に浸っていたいと思いました。もっと我儘を言えば、同じ感覚を共有できる誰かとぽつりぽつりと話をしていたいと思いました。
目が覚めると、すでに陽が高く昇っている。ほとんど毎日そんな日々を過ごしている。時々、陽が昇る前の薄暗い時間に目が覚めることがある。そんな時は決まって頭まで布団を被り、再び眠りにつこうと呼吸を整えるのだ。そして次に目覚めた時、「あぁ、また陽が高く昇ってしまった」と、後悔するのである。
かっこいいと感じた靴を買いました。かっこいいと感じた服を買いました。かっこいいと感じた鞄を買いました。それらを全て身につけて出掛けよう。今日の私はいつもの私より、少し強いのだ。
真夜中、家族が誰も起きていない時間に。恐らく街の人達も殆ど起きていないであろう時間に。散歩をするのです。お気に入りのコートを着て、お気に入りの靴を履いて、お気に入りのマフラーを巻いて、お気に入りの手袋をして。それ以外はなにも持たずに。行ってみたいと思う道を行くのです。あの角を右に曲がろうと思ったら、何も考えずに右に曲がるのです。直前でやっぱり左に曲がりたい、と思ったら左に曲がるのです。どこにたどり着くかは分かりません。もしかしたら今さっきまでいた所に戻ってきているかもしれません。それでもいいのです。そこは、あなたが望むようななにか輝やくようなものは無いかもしれません。あなたが夢みた景色とは正反対の景色かもしれません。それでもいいのです。そこは、あなたが自分の足で、自分の心で、自分の頭で選んだ道が導いてくれた場所なのです。他の誰でもなく。あなたが、あなたの“いし“でたどり着いた場所なのです。
突然、広い海のようなところに放り出されました。本当にあまりにも突然のことで、私は泣くことしかできませんでした。目の前にあるそれが危険なのか安全なのかも分かりません。それどころか、周りにあるものがなんなのかさえ分かりません。しばらくして、私は初めて自分以外の誰かを見つけました。その誰かは、しだいに誰かではなくなりました。私はその人達のおかげで様々な知識を身につけました。突然放り出されたあの頃とは、比べ物にならないくらいに。右も左も分かるようになりました。そのうち、東西南北が分かるようになりました。自分で行きたいところへ行けるようになりました。私は好きなとことで好きなだけ、楽しい時間を過ごしました。本当に楽しい時間でした。でも、ある日帰り道が分からなくなりました。初めて放り出された時のように。とても辛く苦しい時間でした。どのくらいの時間が経ったでしょう。ようやく私は彼らのもとへ辿りつきました。私に海の渡り方を教えてくれた彼らです。ところが、彼らの反応はこれまでのそれとは大きく違っていました。今までなら、「おかえり、どんな素敵な時を過ごしたの」と、私がいくら話しても聞き足りないという感じだったのに。私は、必死な思いで彼らのもとへ帰ってきたというのに。私はとても悲しくなり、これからは彼らとは別の場所で生きようと思いました。そうして、今までは「少し遠いなぁ」と感じていた場所へ行ってみることにしました。私は今から長い旅路へと一歩を踏み出すのだ!と、意気込んで舵を取りました。しかし、いざ踏み出してみるとそれは存外大したことのないものでした。私はとうの昔に、この海を渡り歩く術を手にしているのですから。最初のうちは彼らのことが気懸りでした。彼らは元気だろうか、いつかの私のように辛く苦しい時と過ごしてはいないか、私の帰りを待っているだろうか、と。あくる日もあくる日も、少しの合間を見つけては空を見上げて考えるのでした。しかし、いつからでしょう。彼らのことを考えなくなったのは。私の中に確かに彼らはいるのに、いつしかどこかすみっこの方に押しやられてしまったみたいでありました。そして、時は過ぎ私が「彼ら」が、自分の心のすみっこにいることすら忘れた頃、昔の私のような子に出会いました。その子はあの時の私と一緒で、何も分からず不安なのか泣いています。私にはどうしたらいいのか分かりませんでした。しかし、その子が泣いているのは私も悲しいのです。だから、その子に泣き止んでもらおうと一生懸命話しかけました。その子が泣き止むと、私は色んな話をしました。そして、気がつくとその子は、私の知らないどこかへと行ってしまいました。かと思えば、私のとなりに急に現れたりしました。そうして、いつの日か私のとなりに現れなくなりました。
明日のことを考えることも億劫で、毎日夜が明けなければ良いと思い、朝の仄かに薄暗い時間に布団の中に篭りきりになりたいと強く思うのでした。次第に、家や街の至る所でみんなが動き始め、音や光が私の中に入り込んできます。私には、それがひどく苦痛でした。あの薄暗さ、あの静寂の中で一人でゆっくりと寝起きの余韻に浸っていたいと思いました。もっと我儘を言えば、同じ感覚を共有できる誰かとぽつりぽつりと話をしていたいと思いました。
目が覚めると、すでに陽が高く昇っている。ほとんど毎日そんな日々を過ごしている。時々、陽が昇る前の薄暗い時間に目が覚めることがある。そんな時は決まって頭まで布団を被り、再び眠りにつこうと呼吸を整えるのだ。そして次に目覚めた時、「あぁ、また陽が高く昇ってしまった」と、後悔するのである。
かっこいいと感じた靴を買いました。かっこいいと感じた服を買いました。かっこいいと感じた鞄を買いました。それらを全て身につけて出掛けよう。今日の私はいつもの私より、少し強いのだ。
真夜中、家族が誰も起きていない時間に。恐らく街の人達も殆ど起きていないであろう時間に。散歩をするのです。お気に入りのコートを着て、お気に入りの靴を履いて、お気に入りのマフラーを巻いて、お気に入りの手袋をして。それ以外はなにも持たずに。行ってみたいと思う道を行くのです。あの角を右に曲がろうと思ったら、何も考えずに右に曲がるのです。直前でやっぱり左に曲がりたい、と思ったら左に曲がるのです。どこにたどり着くかは分かりません。もしかしたら今さっきまでいた所に戻ってきているかもしれません。それでもいいのです。そこは、あなたが望むようななにか輝やくようなものは無いかもしれません。あなたが夢みた景色とは正反対の景色かもしれません。それでもいいのです。そこは、あなたが自分の足で、自分の心で、自分の頭で選んだ道が導いてくれた場所なのです。他の誰でもなく。あなたが、あなたの“いし“でたどり着いた場所なのです。
突然、広い海のようなところに放り出されました。本当にあまりにも突然のことで、私は泣くことしかできませんでした。目の前にあるそれが危険なのか安全なのかも分かりません。それどころか、周りにあるものがなんなのかさえ分かりません。しばらくして、私は初めて自分以外の誰かを見つけました。その誰かは、しだいに誰かではなくなりました。私はその人達のおかげで様々な知識を身につけました。突然放り出されたあの頃とは、比べ物にならないくらいに。右も左も分かるようになりました。そのうち、東西南北が分かるようになりました。自分で行きたいところへ行けるようになりました。私は好きなとことで好きなだけ、楽しい時間を過ごしました。本当に楽しい時間でした。でも、ある日帰り道が分からなくなりました。初めて放り出された時のように。とても辛く苦しい時間でした。どのくらいの時間が経ったでしょう。ようやく私は彼らのもとへ辿りつきました。私に海の渡り方を教えてくれた彼らです。ところが、彼らの反応はこれまでのそれとは大きく違っていました。今までなら、「おかえり、どんな素敵な時を過ごしたの」と、私がいくら話しても聞き足りないという感じだったのに。私は、必死な思いで彼らのもとへ帰ってきたというのに。私はとても悲しくなり、これからは彼らとは別の場所で生きようと思いました。そうして、今までは「少し遠いなぁ」と感じていた場所へ行ってみることにしました。私は今から長い旅路へと一歩を踏み出すのだ!と、意気込んで舵を取りました。しかし、いざ踏み出してみるとそれは存外大したことのないものでした。私はとうの昔に、この海を渡り歩く術を手にしているのですから。最初のうちは彼らのことが気懸りでした。彼らは元気だろうか、いつかの私のように辛く苦しい時と過ごしてはいないか、私の帰りを待っているだろうか、と。あくる日もあくる日も、少しの合間を見つけては空を見上げて考えるのでした。しかし、いつからでしょう。彼らのことを考えなくなったのは。私の中に確かに彼らはいるのに、いつしかどこかすみっこの方に押しやられてしまったみたいでありました。そして、時は過ぎ私が「彼ら」が、自分の心のすみっこにいることすら忘れた頃、昔の私のような子に出会いました。その子はあの時の私と一緒で、何も分からず不安なのか泣いています。私にはどうしたらいいのか分かりませんでした。しかし、その子が泣いているのは私も悲しいのです。だから、その子に泣き止んでもらおうと一生懸命話しかけました。その子が泣き止むと、私は色んな話をしました。そして、気がつくとその子は、私の知らないどこかへと行ってしまいました。かと思えば、私のとなりに急に現れたりしました。そうして、いつの日か私のとなりに現れなくなりました。
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