パンドラ

猫の手

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三章

【プログラム-3】

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 福原市の桜木町にあるオフィス街を何台もの車が忙しく走り続けている。片側三車線の道路は天里県の中では福原市などの中心地でしかあまり見かけない。そんな福原市のオフィス街の一角にまだ新しい一棟のビルが立っている。

 そのビルは四階立ての建物でビルの外壁は赤色をしている。窓には太陽光をエネルギーに変えるソーラーパネルが取り付けられていて会社の電力をまかなっている。

 外からは中が見えないが内部からは外が見えるスモークガラスのような工夫もされていた。比較的、周りのビルと比べると独特の外観で人目を惹いていた。

 ビルの内部は、完成してからまだ二年ほどの会社のオフィスになっていて、入り口にある看板には会社名がデカデカと「株式会社パイストス」と書かれていた。

 この会社は二年前に出来たばかりの会社だが、急成長中のIT企業で主にソフトウェアの開発などプログラムに関係している仕事を行う会社だ。

 社員数は十五名前後の小さい会社だが、内部は広々としている。四階立ての建物の一階のフロアには、それぞれの場所に待合室や事務室、そして会議室がある。

 二階は情報部になっており会社の広報や他社などとのやり取り、そしてパイストス社に対するマイナスとなる問題を解決する部だ。

 三階は開発部で会社の運営の要のソフトウェアを開発している。そして四階は社長室になっている。

 パイストス社は社員達がそれぞれ株を所有していて、部外者の干渉が無く、自社の人間だけで経営などをしており比較的に自由にしている。そのためにパイストス社の運営も順調にいき、会社設立から一年半後に『パンドラ』は完成。それから半年後の現在、『パンドラ』の発売は来月に決まっていた。

 ここは二階にある情報部。室内では社員達がなにやら話をしていた。その中に沙羅、池内、荒木の三人の姿があった。

 沙羅はこの情報部の主任で側近の部下である池内と荒木を含めた三人で仕事の件で上司に報告に来ていた。

「それで? その後の経過はどうなんだね?」

 恰幅の良い男が三人に訊いた。

「現在、調査中です」

 沙羅が答えた。

「ふむ、進展は見られんようだな」

「申し訳ありません、清水部長」

 そう言ってから沙羅は頭を下げた。

 男はパイストス社の沙羅達が所属する情報部の部長で「清水秀一郎しみずしゅういちろう」という。

 沙羅達の直属の上司になる男だ。歳は四十代後半で恰幅が良く、濃い口髭を生やし眉も太く、目からはいかにも威厳のある眼光を放っている。先週の廃墟ビルの件で調査を進めていた沙羅達の調査報告を聞いているところだった。

「しかし参ったものだ。まさかハッキングをされてプログラムをコピーされていたとはな」

「ええ、我々の現在の調査では、ハッカーがコピーしたプログラムを所有しているのは確かだと思います」

 沙羅が言った。

「まぁ、その野郎はわかってないんですけどね」

 荒木が言う。

「白井修一の持っていたアドレスは削除したが、如月彩の持っているアドレスはケータイが刑務所の中で対策がないんだったな?」

 清水が沙羅に言った。

「はい。如月彩のアドレスには手が出せません」

「ですが、そのアドレスは放っておいても問題は無いかと。あのケータイは誰もどうすることも出来ないので、我々にとって現在はなんら支障になりません。それに計画が実行されれば、それこそ放っておいても問題ないです」

 池内があとを取るように言った。

「問題はハッカーの野郎ですぜ」

 荒木が言った。

「だったら、そのハッカーを早く見つけ出しプログラムのコピーを取り返したまえ。『パンドラ』の発売は来月に控えているんだ。発売前にプログラムの情報が世間に知れたら計画が全て水の泡だ」

「はい。それにハッカーは何故プログラムを改変してから、スマホのアドレスに変換して、それを白井修一に送ったのかも気掛かりですし」

 池内が言った。

「そうね、どうも不思議だわ。なにかを企んでいるのかしら?」

 沙羅は考え込む。

「なにか企んでるか、ただの遊びなんじゃないですかい?」

 荒木が言った。

「いや、なにか理由があるハズよ。そして、プログラムの力の仕組みを理解していたということは脳に対する知識もあるのね」

「そうですね、だからプログラムを改変した。本来起きるハズの災いが白井修一には起きてませんでしたから」

「ええ。白井修一には変化ということが起きていた。そうプログラムを改変したのね」

 沙羅と池内は思案を巡らす。

「ならば、ハッカーの居場所を突き止め捕まえろ。そして、プログラムのコピーを取り返し、プログラムを改変した理由とアドレスに変換して白井修一に送った理由も掴むんだ。なによりまたプログラムを好き勝手されたら大問題だ」

「はい、全力で引き続き調査します」

「ちっ、一体どこのどいつだ」

 荒木は舌打ちをする。

「清水部長、私達はコレから開発部に行き再度コンピューターのセキュリティ強化を行おうかと」

 沙羅が言った。

「またハッキングされたらかなわんからな、頼んだぞ」

 清水は三人に威厳のある眼光を放ち言った。

 そうして三人は情報部を出た。

 沙羅達、情報部の社員は先週の廃墟ビルでの出来事からプログラムをハッカーがコピーし盗み出したことを知った。

 情報部が全力を尽くして、この一週間で開発部のメインコンピューターがハッキングをされていた痕跡を見つけ出しその事実を証明した。

 本来ハッカーであるシンドラーはハッキングの痕跡などは残さないのだが、開発部にハッキングしたあの時に『パンドラ』のプログラムを見た驚きと気持ちの焦りもあり、ハッキングを終える時にする基本作業である後始末を少し怠り完璧ではなかった。

 それはシンドラーにとってのミスだった。そのために情報部はハッキングの痕跡を見つけ出せたが、痕跡以上のことはわからなかった。だが、ハッカーの存在を確実にした情報部はハッカーの居場所を突き止めて盗み出されたプログラムのコピーを取り返そうとしている。しかし調査は進展していなかった。

 パイストス社の三階にある開発部。カタカタとキーボードを叩く音が室内に広がる。

「失礼するわ」

 沙羅が扉を開け三人は中に入る。

「セキュリティ強化に来たんだけど」

 沙羅はパソコンの前で無心にキーボードを叩く女に言った。

「ん? あら、なにかしら?」

 そう言った彼女はパイストス社に入社する前から沙羅と付き合いのある人間で、開発部の主任をしている「平松未希ひらまつみき」という女だ。

 一流のプログラマーでもあり『パンドラ』の開発を担当した人間の一人でもある。歳は三十代後半で長い黒髪に面長の顔立ちの美人だ。沙羅と同じく気の強そうな目をしている。

「だから、セキュリティ強化に来たのよ」

「あら、そうなの。開発部長が今は外出していて居ないけど勝手にしても大丈夫だと思うわ」

「そう、わかったわ。それじゃセキュリティに不安があるコンピューターは?」

「なら向こうにあるコンピューターをお願いするわ」

 平松は室内の窓際にあるパソコンを指差して言った。

「池内、荒木お願いするわ」

 沙羅に言われ二人は室内の窓際にあるコンピューターに向かう。

「あら、あの人また考えごとをしてるのかしら?」

 沙羅は、池内と荒木がセキュリティ強化の作業をしているそばで頭を抱えている男を見て言った。男はパソコンの画面をただ見詰めていた。

 男は「澤井広和さわいひろかず」という男で、歳は四十代後半で開発部のプログラマーの一員。

 縁の細い眼鏡を掛けていて、身長は高く、目鼻立ちは整っている。その容姿からは二枚目俳優のような印象を周りに与える。

「そうみたいね。澤井さんは最近ああなのよ」

「そうなの。それより、澤井さんも色々と大変よね。今の社内での立場に耐えられないハズよ」

「そうよね……まぁ仕方ないわよ」

「あら、冷たいわね」

「だって本当に仕方ないじゃないの」

「そうね、わかってるわよ……」

「まったく……」

「それより、パソコンの前にばかり居るとストレス溜まるわよ」

「大丈夫よ。私は好きでプログラマーをやってるんだから。それにあと少しで全てが報われる」

 平松は影を含んだ表情をしてそう言った。

「そうね、私達もみんなが報われるわ。今までの人生の苦労も努力も全ての出来事がね」

「ええ、あと少しよ。『パンドラ』が発売されればね。全てはそれまでの辛抱」

「本当にそうね……」

 沙羅は感傷にふけるように窓の外を見た。

「ところでハッカーの件はどんな具合?」

「今のところ全然ね」

「そう。『パンドラ』が発売する前に捜し出してちょうだいね」

「わかってるわ」

 沙羅は首を縦に振る。

「沙羅さん、終わりましたぜ!」

「とりあえず万事大丈夫だと思います!」

 沙羅は荒木と池内の声に振り返る。

「そう、早いわね。それじゃ行きましょう」

「沙羅、『パンドラ』が発売されるまで頑張りましょうね」

「ええ、もちろん。そして、それまでにハッカーの居場所を突き止めてコピーされたプログラムを回収するわ」

 そして、三人は開発部から出ていった。
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