回転家族

右京之介

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回転家族

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    「回転家族」

                 右京之介

“あと五分で家族の回転が始まります”――スマホがいっせいに告げた。
ボクは喜んだ。今は日曜日の夜。あーあ、明日からまた学校かとユーウツな気分になっていたからだ。
でも、今から家族の回転が始まることになった。
 ボクのお父さんは紳士服店で働いていて、毎週月曜日が定休日なんだ。つまり、明日は休みだから、ゆっくりと夜更かしができるということだ。――そう、ボクはあと五分でお父さんになるんだ。
 お父さんはというと、冷蔵庫の中をゴソゴソとかき回している。明日の朝は早起きして、三人分の朝ごはんと二人分のお弁当を作らなければならないからだ。せっかく明日は休みだと言って、さっきまでのんびりとソファーに寝そべっていたのに、冷蔵庫にある食材をながめて、お弁当のおかずを何にしようかと頭の中で考えている。――そう、お父さんはあと五分でお母さんになるんだ。
「健ちゃん、宿題は済んでるよね」お母さんが訊いてきた。
「心配しないで。ちゃんとやってあるよ」
 ボクは宿題を忘れたことなんか一度もないのだけど、出されていた宿題はお母さんが苦手な作文だったから、心配になったのだろう。――そう、お母さんはあと五分でボクになる。 
そして、月曜日からボクに代わって、中学へ通学するんだ。
“家族の回転”はいつ始まるか分からない。いきなりスマホを通して、知らせてくる。次に回転が始まるまでの期間は一週間だったり、一か月だったりとまちまちだ。

 一週間後の日曜の夜、あと五分で回転が始まると告げられた。今度はボクがお母さんになって、お弁当を作り、お父さんはボクになって中学に通い、お母さんはお父さんになって、紳士服店に出勤することになった。
 お母さんになると、朝が早くて大変だ。こんなとき中学生だったら、楽なんだ。朝起きたら御飯はできているし、お弁当も出来上がったものを受け取るだけだから。これはお父さんも同じだ。朝はお母さんだけが忙しい。
そのお母さんにボクは今、なっている。今回は回転が二週間も続いている。ボクの料理のレパートリーは少ない。そろそろ晩ごはんのメニューが同じものになりそうだ。何とか違うものを作ろうと思って、さっきからキッチンで奮闘している。
お父さんになって紳士服店で働いているお母さんは残業で遅くなる。ボクになっているお父さんはゲームに夢中になっていて、手伝ってくれない。
でも、ボクがボクであるときも、お母さんを手伝ってないのだから文句は言えない。

 何とかビーフシチューを完成させたボクは、ボクになっているお父さんと向かい合って、夕食を食べている。
「健一。舞ちゃんという子はかわいいな」突然、お父さんが言い出す。
 ボクは驚いて、シチュー噴き出しそうになる。
「お前、舞ちゃんが好きらしいな」
 確かにクラスメイトの舞ちゃんはかわいいし、頭もいいし、スポーツもできる。好きかどうかと訊かれたら、そりゃ好きに決まっている。きっとクラスの男子はみんな好きだろう。
「健一の代わりに告白してやろうか?」
「ちょっと待ってよ!」
 ボクの代わりと言っても、見た目はボクだし、ボクが告白してるようなものじゃないか。
 お父さんの提案に怒りを感じて立ち上がる。好きらしいなと図星を指されて恥ずかしかったこともある。
お母さんになっているボクは、ボクになっているお父さんを睨みつける。お母さんは背が高い。ボクはというとクラスで二番目に小さい。自然と見下ろす形になってしまう。
「待て待て、冗談だ」お父さんは必死に謝り、気まずくなったのか、宿題でもやろうかなと言いながら、ボクの部屋へ戻って行った。

 この組み合わせは三週間も続いた後、ボクはボクに戻り、お母さんはお母さんに、お父さんはお父さんに戻った。
また家族の回転のお知らせが来るまで、ボクはボクのままでいる。
ご飯を作るお母さんは大変だ。紳士服を売るお父さんも大変だ。
でも、やっぱり、ボクはボクがいい。中学生のボクがいい。
 明日は月曜日。また一週間が始まる。
お母さんは食後の後片付けをしている。
お父さんはソファーに寝転んでくつろいでいる。
明日は久しぶりに友達と会える。
話したいことがたくさんあった。
舞ちゃんへの告白はまだ先だけどね。  
     
                     (了)
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