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ベストミントコンディション
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俺はその日、歩道橋の上で缶コーヒー片手にくつろいでた。
もう冷めきった缶コーヒーを、指先でつまんでぶらぶらさせながら、街灯しか光のない街を見下ろしながら。
大きな町だし、少し繁華街まで歩けば不夜城と言える明るさが見えるだろうが、あえて夜を感じられる町の外れで、ただぼーっとしてた。
曇っているのだろうか、星は一つも見えない。
「……やれることはやったよな」
俺の独り言を聞いてる奴は誰もいない。
「よく頑張ったよ。俺」
自分を褒めるのも悪くない。
大学を中退して、実質高卒として社会に出たのは15年前。
会社が合わず、3回も転職した。
必死で資格を取って、自分で建設会社を立ち上げたのが10年前。
精一杯やったさ。
やったけど、努力が確実に実るのはフィクションの中だけだ。
いやフィクションであっても、悲劇で終わることもあるか。
社員たちに退職金はギリギリ支払えた。
資産はすっからかんになったけど、最後まで支えてくれた奴らを無碍にする選択肢は、俺にはなかった。
文字通り無一文。住所不特定無職。一時間先の未来すら見えない。
でも問題ない。
どんな時でも、始まりはゼロだ。
また夢に向かって踏み出した時、イチになる。イチからやり直せばいい。
「……でも、ちょっと疲れたから、しばらく休むかな」
あてもなく歩き出そうとしたその時、背中に衝撃を感じた。
バランスを崩した俺は、闇雲に腕を振り回したが、なにも捉えられず迫りくる階段と、遥か下の地面を見ているしかなかった。
死の間際はスローモーションって言うけど、そんなことない。
終わりはすぐに来た。
最後に聞こえた音は、コーヒーの缶が地面に跳ねる音だった。
---------------------------------------------------------
不思議と痛みはなかった。
アドレナリンが出てる時は、痛みを感じにくいってやつかな。
多分この後、とてつもない痛みに襲われるんだろう。
意識があるってことは死んでないってことだ。
ただ意識が連続してた感じがない。一瞬気を失ったんだろうか。
あれ、おかしいな。痛みはないが、感覚すらない。
光源が近いのか視界が真っ白だ。でも眩しくない。
変だ。目を閉じようとしたけど変わらない。視覚──というか"目がない"みたいだ。
は?なに?
これって、脊椎損傷で寝たきり植物状態とかそんな感じ?
まじかよオイ。笑える。
無一文だとかそういうレベルじゃない。本当に何もかも失った。
笑うしかないだろ。
ぶるぶるとなんか変な振動を感じた気がした。
なんだ?その振動に集中してみると、音が聞こえた。
「ぶ……ごぷっぷ……は……ははは……」
くぐもった妙な音から、笑い声になった。
その笑い声が自分のものと気付くのに一瞬かかった。
この時、第三者がこの場にいて俺を見てたら、なんとも奇妙なものを目にしたと思う。
何もない虚空から、人間の顔の下半分と上半身が構成されていく、グロテスクな現象を。
肉体が形成されると同時に、感覚を認識出来るようになった。
内耳の構築とそれを受け止める脳の発達と共に、外部に対する聴覚が。
皮膚が出来、触覚を。
眼球が形を完成する前から視覚の一部は機能し始めて、白い砂嵐の中から情景が浮かび上がってくるような、不思議な視界を得ていた。
とはいえ、そこに見えたのは青と白と灰色のグラデーションが織りなす、だだっぴろい空間、としか言えない場所だった。
何もかもが曖昧にぼやけてて、目がちゃんと機能していないせいかと思ったけど、徐々に四肢が現れてくる自分の体はくっきりはっきりと見えるので、そうではないらしい。
周囲の景色が曖昧なんだ。
そして俺の体。
ぶっちゃけグロい。
骨から腱、筋肉から皮膚、どんどん作られていく。
息を吸い込むと、むき出しの肺が膨らむのが見えた。吸い込んだ酸素を心臓が、どくどくと他の器官に送っている。
人体に重要な器官は、頭部と胴に集中していることを改めて知る。
痛みこそないが現実的ではない今の状態をまじまじと見ていても、夢かとは全く思わなかった。
だって次々に生まれてくる感覚が、夢と感じさせてくれない。空気にすら触感はあるんだな。
ついさっきまで生きていた体と、全く同じように感じる。
でも、全然違うとも感じる。
無意識に近かったであろうあらゆる感覚。
いつだって暑さや寒さを始め、どこかの皮膚がわずかに引きつっていたり、圧迫されていたり、痛みやかゆみをかすかに感じていたはず。
もっと根本的に言うなら、重力によって血が下がる感覚だって、人間は常に持ってた。
それが今ない。
五感は全て滞りなく復活して、味わったことがないほどに敏感だ。
意識もクリアで、不具合が何一つない状態。現実でありえないことだろうけど、それを実感していた。
俺は今、ものすごく"新鮮"で"完璧"だ。
───いやいやいや。
完璧な感覚に、妙な万能感で楽しくなっちゃったけど、現状どういうことなの。
俺やっぱり死んだの?ここどこだよ?
今更すぎることを考え出す。
俺自身は、体は全部出来上がって全裸状態ということ以外、特筆するべきこともない。
問題はこの場所だ。
何もない空間。
足元を見下ろすと俺の足は地を踏んでなかった。ていうか地面ない。俺浮いてる。
風景はさっき見た通り、青と白と灰色だ。
遠くになるにつれて青や灰色に色づいてる遠近感的なグラデーションだと思ったけど、上下も曖昧すぎて、空が青いのか白いのか灰色なのかすら分からない。
「なんだよここー!」
とりあえず叫んでみる。
ベストミントコンディションな俺の声帯は、よどみなく言語を排出した。
反響する物質が何もないせいか、その声は虚ろに消滅した。
「あなたに再び生きる時間を与えましょう」
女の静かな声が聞こえた。
もう冷めきった缶コーヒーを、指先でつまんでぶらぶらさせながら、街灯しか光のない街を見下ろしながら。
大きな町だし、少し繁華街まで歩けば不夜城と言える明るさが見えるだろうが、あえて夜を感じられる町の外れで、ただぼーっとしてた。
曇っているのだろうか、星は一つも見えない。
「……やれることはやったよな」
俺の独り言を聞いてる奴は誰もいない。
「よく頑張ったよ。俺」
自分を褒めるのも悪くない。
大学を中退して、実質高卒として社会に出たのは15年前。
会社が合わず、3回も転職した。
必死で資格を取って、自分で建設会社を立ち上げたのが10年前。
精一杯やったさ。
やったけど、努力が確実に実るのはフィクションの中だけだ。
いやフィクションであっても、悲劇で終わることもあるか。
社員たちに退職金はギリギリ支払えた。
資産はすっからかんになったけど、最後まで支えてくれた奴らを無碍にする選択肢は、俺にはなかった。
文字通り無一文。住所不特定無職。一時間先の未来すら見えない。
でも問題ない。
どんな時でも、始まりはゼロだ。
また夢に向かって踏み出した時、イチになる。イチからやり直せばいい。
「……でも、ちょっと疲れたから、しばらく休むかな」
あてもなく歩き出そうとしたその時、背中に衝撃を感じた。
バランスを崩した俺は、闇雲に腕を振り回したが、なにも捉えられず迫りくる階段と、遥か下の地面を見ているしかなかった。
死の間際はスローモーションって言うけど、そんなことない。
終わりはすぐに来た。
最後に聞こえた音は、コーヒーの缶が地面に跳ねる音だった。
---------------------------------------------------------
不思議と痛みはなかった。
アドレナリンが出てる時は、痛みを感じにくいってやつかな。
多分この後、とてつもない痛みに襲われるんだろう。
意識があるってことは死んでないってことだ。
ただ意識が連続してた感じがない。一瞬気を失ったんだろうか。
あれ、おかしいな。痛みはないが、感覚すらない。
光源が近いのか視界が真っ白だ。でも眩しくない。
変だ。目を閉じようとしたけど変わらない。視覚──というか"目がない"みたいだ。
は?なに?
これって、脊椎損傷で寝たきり植物状態とかそんな感じ?
まじかよオイ。笑える。
無一文だとかそういうレベルじゃない。本当に何もかも失った。
笑うしかないだろ。
ぶるぶるとなんか変な振動を感じた気がした。
なんだ?その振動に集中してみると、音が聞こえた。
「ぶ……ごぷっぷ……は……ははは……」
くぐもった妙な音から、笑い声になった。
その笑い声が自分のものと気付くのに一瞬かかった。
この時、第三者がこの場にいて俺を見てたら、なんとも奇妙なものを目にしたと思う。
何もない虚空から、人間の顔の下半分と上半身が構成されていく、グロテスクな現象を。
肉体が形成されると同時に、感覚を認識出来るようになった。
内耳の構築とそれを受け止める脳の発達と共に、外部に対する聴覚が。
皮膚が出来、触覚を。
眼球が形を完成する前から視覚の一部は機能し始めて、白い砂嵐の中から情景が浮かび上がってくるような、不思議な視界を得ていた。
とはいえ、そこに見えたのは青と白と灰色のグラデーションが織りなす、だだっぴろい空間、としか言えない場所だった。
何もかもが曖昧にぼやけてて、目がちゃんと機能していないせいかと思ったけど、徐々に四肢が現れてくる自分の体はくっきりはっきりと見えるので、そうではないらしい。
周囲の景色が曖昧なんだ。
そして俺の体。
ぶっちゃけグロい。
骨から腱、筋肉から皮膚、どんどん作られていく。
息を吸い込むと、むき出しの肺が膨らむのが見えた。吸い込んだ酸素を心臓が、どくどくと他の器官に送っている。
人体に重要な器官は、頭部と胴に集中していることを改めて知る。
痛みこそないが現実的ではない今の状態をまじまじと見ていても、夢かとは全く思わなかった。
だって次々に生まれてくる感覚が、夢と感じさせてくれない。空気にすら触感はあるんだな。
ついさっきまで生きていた体と、全く同じように感じる。
でも、全然違うとも感じる。
無意識に近かったであろうあらゆる感覚。
いつだって暑さや寒さを始め、どこかの皮膚がわずかに引きつっていたり、圧迫されていたり、痛みやかゆみをかすかに感じていたはず。
もっと根本的に言うなら、重力によって血が下がる感覚だって、人間は常に持ってた。
それが今ない。
五感は全て滞りなく復活して、味わったことがないほどに敏感だ。
意識もクリアで、不具合が何一つない状態。現実でありえないことだろうけど、それを実感していた。
俺は今、ものすごく"新鮮"で"完璧"だ。
───いやいやいや。
完璧な感覚に、妙な万能感で楽しくなっちゃったけど、現状どういうことなの。
俺やっぱり死んだの?ここどこだよ?
今更すぎることを考え出す。
俺自身は、体は全部出来上がって全裸状態ということ以外、特筆するべきこともない。
問題はこの場所だ。
何もない空間。
足元を見下ろすと俺の足は地を踏んでなかった。ていうか地面ない。俺浮いてる。
風景はさっき見た通り、青と白と灰色だ。
遠くになるにつれて青や灰色に色づいてる遠近感的なグラデーションだと思ったけど、上下も曖昧すぎて、空が青いのか白いのか灰色なのかすら分からない。
「なんだよここー!」
とりあえず叫んでみる。
ベストミントコンディションな俺の声帯は、よどみなく言語を排出した。
反響する物質が何もないせいか、その声は虚ろに消滅した。
「あなたに再び生きる時間を与えましょう」
女の静かな声が聞こえた。
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