上 下
1 / 1

煙草とキスといつもの日常

しおりを挟む

「ふぅー……今日もバイト疲れたな……」


ふとポツリと呟きながら、僕は家へと向かう。


家に帰れば、彼女である桜さんが待っている。
……よし、今日は桜さんに甘えよう。
以前言っていた年上の包容力というのを見せてもらおう。


そんな事を考えながら、僕は家に帰る足を速くする。





ガチャ




「ただいまー!」


……返事が無い。
出かけているという連絡は入っていないから、こういう時は多分……

荷物を置きながら、ベランダへと向かうと、いた。
煙草を吸いながら、外の景色をボーと眺めている桜さんが。
フゥーと煙を吐く彼女の姿は何だか……綺麗だ。

僕はコンコンとベランダの窓を軽くノックする。
すると、その音に気付いたのか、桜さんは煙草を消しながら、こちらへ微笑んでくる。


「ごめんごめん、ベランダにずっといたから帰って来てたの気づかなかったよ」


そう言う桜さんに僕は思いっきりハグをする。


「おぉ、いきなりどうしたの?……バイト、疲れた?」


コクりと頷く。


「そう……ならお風呂もう沸いてるから入ってきたら?サッパリして、ご飯食べながらゆっくりしよう?」

「うん、そうする。……でも、その前にいつもの」


そう言いながら、僕は自分の唇を彼女の唇へと近づける。
だが、彼女の手が間に入る。


「ダーメ、キスはまた後で」

「えー、何でよ。いつもはすぐしてくれるのに」

「君は疲れてるんだから早く体を休めないと。それに今私は煙草を吸ったばかりなんだよ?君が望んでいるような甘酸っぱいキスをしてあげられないんだから」

「別にそれでも良いのに……」

「そんな事言わないの。いいから、早くお風呂に入ってきな?キスなら後でたくさんしてあげるから、ね?」

「……分かった」

「よし、良い子だ!あ、服ももう畳んで置いてあるからね」

「うん、ありがとう」


……結局キス出来なかったな。
ちょっと残念。
でも桜さんも僕の事を想って言ってくれたことだし、仕方が無いね。

そうして、僕は桜さんに言われた通り、脱衣所に向かうのだった。















「どう?サッパリした?」


お風呂に入り、ホカホカと湯気を出しながら出てきた僕に彼女はそう言う。


「うん、凄く気持ち良かった」

「そう、なら良かった。ちょっと待っててね、今からご飯温めるから」


桜さんはレンジに料理を入れながら、そう声を掛ける。

……僕はそんな桜さんの背中にまたハグをする。


「ちょ、ちょっと、どうしたの!?今日は珍しく、凄く甘えてくるね。そんなに疲れたの?」

「……うん」

「そっか、じゃあ、尚更サッサとご飯食べて、休まないとね。だから、ちょっとだけ甘えるの待ってくれない?」

「……分かった。……でも、その前にキスがしたい」

「あぁ、キスね。……分かった、じゃあちょっと歯磨いてくるから待ってて――」


そう彼女が言い切る前に、僕は自分の唇を彼女の唇へと重ねる。
我慢していたものを解き放つかのように、少し強引に。
いつもはそこまでしないのに、舌までも絡める。


……まるで溶接でもしたのかというほど離れなかったが、少しして満足してお互い「はぁ……」と息を吐き、離れる。


「……まったく、無理やりキスをするなんてことを一体何処で覚えてきたんだか……。それに……舌まで入れるなんて……」

「ご、ごめん……ちょっと我慢できなくて……」

「まぁ、いいんだけね。……ホント君という奴は、甘えてきたと思ったら、無理やりしてきたり……まるで小悪魔みたいだな」


彼女はそう言い、「フフッ」と軽く笑う。


僕はいくら我慢出来ないと言えど、無理やりしてしまった自分の行動に反省する。


「あぁ、そんなにしょんぼりしなくても良いよ?別に私も嫌だったわけじゃないからさ。……何だったら、気持ち良かったし……。でも、やっぱり君への健康を害することはしたくないから、歯磨きはさせて欲しかったな」

「……ごめんなさい。次からは気を付けます」

「アハハッ、と言っても悪いのは煙草なんか吸ってるニコチン中毒の私の方なんだけどね!」


またしても、ケラケラ笑う桜さん。
僕もそんな彼女の様子に笑みを零す。


「おっと、せっかく温めた料理がまた冷めちゃうよ。……食べよっか?」

「うん、そうだね」


そうして、僕たちは温まった桜さんの手料理を食べながら、今日あったことの話に花を咲かせていくのだった。









……また桜さんと少し煙草臭いキスをしたいと思ったのはここだけの秘密。











しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...