後藤家の日常

四つ目

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休日の読書

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買い物を終えて家に帰ると、雛から暇なら家に来て良いかと聞かれた。
新刊を読むつもりだと伝えると、じゃあ私も読ませてと返してきたので一緒に読んでいる。

「あきらー、そっちの本貸してー」
「ん」

手元の本を読み終えたらしい雛が、私の傍に置いてある本を要求する。
それに短く応えて雛の方を見ずに手渡す。
私の視線は完全に手元の本に行っている。今良い所なので目を放す気は無い。

「さんきゅ」
「ん」

雛の礼にも短く応え、本の内容に没頭する。
今読んでいるのは、数人の身売りされたメイドが、館の中でそれなりの環境を与えられつつも、館に来る客に体を売る話だ。
ただ面白いのが、彼女達は売られた身であるが、それでも皆明るい事だろうか。

主人にも技術を教えられる為に様々なプレイをされるが、それはそれとして仕事と割り切っている様な関係だ。
喘ぐのも、よがるのも、仕事の内。相手を楽しませる事が、彼女たちの仕事。
プロとしてその技術をお客に見せる矜持を持った人達の話。
気が付けば、その世界の中に完全に没頭していた。






「ふぅ」

計4冊の官能小説を一気に読んで、一息つく。良かった。
彼女達の生き方もだが、彼女達を扱う館の主人の微妙な良心の在り方が、特殊で面白かった。
何より、物凄く生々しいエロさがあった。これは良い。

「あ、終わった?」

雛は完全に飽きていたらしく、もはや勝手に冷蔵庫からお茶を取って来てゲームをやっていた。
途中から私に話しかけるのを諦めたらしい。
多分あの菓子はお母さんのだろうけど、別に良いか。いつもの事だし。

「うん、読み終わった」
「明ってそういうの読み終わった後は、目がいつもと違って何か柔らかいよね」
「そう?」
「うん、何て言うか、こう、にやけてる?」

ああ、それは確かに有るかもしれない。
その世界に入り込んで、その世界の心に触れるような気持で読んでいると、どうしても気が付くと体が熱くなっている時が有る。
その世界の中で、彼女達を間近で見つめている様な感覚を覚える。

「明ってさー。正直あたしよりエロいよね。いや、あたしも一緒になって読んでたけどさ」
「うん、だと思う」
「もう草野っち、襲った方が話が早いんじゃないのー?」
「それは駄目」

私は女としては、この年代の女としては間違いなく異常だ。
ほんの少しそういう事に興味が有るとか、興味が有ったから行為をしたとかじゃない。
こういう物を見て、他の人のその行為だったりを見て、それを良いと思う様な変な女だ。
我ながら、変態の部類だと思う。

「べーつにさー。女だって性欲が無いわけじゃ無いんだから、普通だって」
「日曜日の真昼間から官能小説読みながら、AV流してる女が普通?」
「・・・いや、うん、確かに普通じゃないけどさ」

私の返しで言葉に詰まり、肯定してしまう雛。
残念ながら、私は私がおかしいという自覚が有る。
それでも付き合いを止めない雛も割と変人だと思う。ありがたいけど。

「いや、あたしが言いたいのはそこじゃなくてさ。あいつだって男なんだから別にちょっと一回ぐらい迫ったって良いじゃんって話よ」
「その結果嫌われたら、私は立ち直れる自信が無い」

前にも雛とは似た様な話をした。その時も同じ様に答えた。
解ってる。私は私が可愛いだけだ。
今の関係を保っていれば、仲の良い先輩後輩を保っていれば変に傷つかなくて済む。
あの人の傍から、離れなくて済む。そう思っているだけだ。
・・・問題の先送りをしてるだけなのは自分でも解ってる。

「いや、あいつが明嫌うわけないじゃん」
「なんで?」
「そりゃあ・・・」

雛に言葉に疑問を投げると、彼女は口ごもった。
雛は春さんの事になると良くこういう風になる。
ちょくちょく春さんにけしかける様な事を言うが、春さんが私に近づくと文句を言う。
春さんに近づくアドバイスをしたかと思えば、途中でちょっと不機嫌になる。

やっぱり雛は春さんの事があんまり好きじゃないのかな。
春さんも雛も良い人だけど、何か波長が合わないのかもしれない。

「あー、いいやもう。何かアイツの為にとかしゃくだし」

雛は眉間に皴を寄せながらそう言うと、一度大きく溜め息を吐いてから続ける。

「でもね、明。いつかは覚悟決めないと先に進めないよ。怖いのは解るけど、その結果あいつの横に居るのが自分じゃない光景を見る事になるんだよ?」

その言葉を聞いて、胸が締め付けられる様な気がした。
そんな事、自分だって解っていた。解っていたけど、考えない様にしていた。
あの人の傍に居られるだけでも、今は幸せだから。そう自分を誤魔化して。

「あたしは諦めなかったよ。嫌われるかもしれないってのは勿論あったけど、諦められなかったもん。空也さんが誰かと一緒に寝てるとか、考えたくもない」

春さんが、誰かと寝る。
私以外の誰かと。
そこに、私以外の、誰かが、居る。

「や、だ」

その言葉が自分の口から出た事にはっとして、思わず顔が熱くなる。
今私は一体何を考えた。
そこに誰が居る事を幻視した。

「ならさ、今すぐにしろってわけじゃ無いけど、ちゃんと行動した方が良いよ。後悔してからじゃ遅いんだから」
「・・・うん」

雛の言葉には説得力がある。彼女はずっと頑張って、今の彼を捕まえたのだから。
後悔しない様に頑張ったんだから。

「あのー、すまない。二人共、きっと真面目な話をしているらしいのは解るんだが、せめてビデオを止めるか、自室の扉は閉めてくれないか?」
「「あ」」

雛がお茶を取りに行って、そのまま扉が開きっぱなしだった事で様子を見に来たお父さんの言葉で正気に戻る。
私に注意をした父の顔は、とても複雑そうな顔だった。御免なさいお父さん。
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